42話 思案
猪介はToy Boxメンバーを目の前にし、言うか言わざるかを繰り返し思案していた。
「な、なんすか?」
「……いえ。」
「猪介って本当秘密主義だよねー」
羊太郎が口を尖らせると、城は肩をすくめて笑った。
「お仕事だから…」
空気の停滞を感じた猪介は、視線を落とし静かに話始めた。
「…あまり…おすすめはできないのですが」
「え、なんかやばい話っすか?」
「…振付師から、羊太郎さんの意見を取り入れたいと…言われていまして。」
猪介が言い切らないうちに、羊太郎は立ち上がる。
「やる!!絶対やるー!!」
城は「いいね」と柔らかく綻ぶ。
しかし猪介は眉を顰め、目を逸らしていた。
「おすすめはできません。四曲ありますし、これから歌撮りやイメージ写真の撮影なども…やることは山ほど。羊太郎さんは学生ですし」
「やだ!やる!!勉強なんて余裕だし!振付参加できれば振り入れの時間は省けるでしょ!」
羊太郎が詰め寄ると、猪介はぎゅっと目を閉じ苦しげに唸った。
「いや……その……」
「なに!!」
「心配なんですよ。余計な負担は減らした方が…」
「余計!?余計じゃないし!負担じゃない!」
グイグイ迫る羊太郎を、良磨が宥めようと優しく引き離す。
猪介は気まずそうに視線を伏せたまま、口元を手で覆っていた。
「羊太郎さんのキャパシティの心配をしているわけでは……」
「じゃあーなに!クオリティ??」
「いえ、そこは疑っていません。」
「じゃあなにー!」
良磨の腕の中でぴょんぴょんと跳ねる羊太郎を、城は困ったように眉を下げて見守っていた。
「確かに心配…かな、羊太郎くんばっかりやること増えちゃう……から」
「でも超楽しそうだよ!?」
「楽しみだけでは許容できません、本当に心配なんです…ご理解ください。」
猪介が苦々しく羊太郎を見つめると、彼はべっと舌を出す。
「まだ『羊太郎さん』なんて呼んでる人に言われても納得しない!僕やるから!!」
「…」
猪介は頭を抑え、しばらく悩んでいた。
そして、心配気に見守る良磨と城に視線を移し、息を吐く。
「…わかりました、しかし…無理はせずに…」
「わぁい!やったー!!」
飛び上がる羊太郎に反して、猪介は頻繁に腕を組み替え居心地が悪そうだ。
良磨はそんな二人を見比べ、羊太郎をそっと撫でる。
「まぁ、トレーナーもすげぇ褒めてましたもんね。羊太郎勉強もできるし…大丈夫なんじゃないすか?」
「そー!僕そういうとこ抜かりないよ?」
「……そう、ですね」
猪介は煮え切らない態度だが、喜ぶ羊太郎を前に言葉を飲み込んだ。
気まずさを引きずったまま、猪介はパソコンにUSBを差し込む。
「とりあえず…曲を聴いてもらいますね。」
三人は静かに注目し、歌詞カードを眺めた。
パソコンのスピーカーから楽曲が再生される。
シンセサイザーやパーカッションの軽やかな音にギターと金管楽器が合わさり、楽しげな曲調だ。
「わ、すごい。」
「リズムいい〜!ロックとかワックも合いそうだし…楽しみ〜!」
「なんか、イメージ通りっすね」
仮歌を聴きながら、城は顔を歪め両手を握り胸の前に添えた。
「こ、こんな上手に歌えるかな…」
「こういうデモの歌声ってなんか…ド正解って感じっすよね。カラオケとか」
「カラオケ…行ったことないや…」
不安の色が消えない城の顔を、羊太郎はぐっと覗き込む。
「この曲もいつか入るんだから!」
「えっ」
「目標〜!楽しみ〜!!」
一人興奮気味な羊太郎に、猪介は頭を抱えながらも淡々と楽曲の説明を始めた。
「これはグループ全体のイメージということで、城さんの爽やかさ、良磨さんの安定感、羊太郎さんの陽気な印象が強く組み込まれています。」
「俺、爽やか…?」
「歌詞も仮組み扱いですので、レコーディングまでに変更案をいただければプロデューサーに相談します。」
「そんなとこまでいじれるんすね…」
良磨が困惑すると、羊太郎はにこにこと両肘をついた。
「それだけ世界観重視ってことだよね!ルミちゃんもそうだもんね〜!」
「…確かに、キズキが歌わなさそうな歌詞は変えないとだよね…うん…」
「これらの楽曲は全て後ほど送信いたしますので、ご検討ください。」
猪介は一礼し、スケジュール帳を開く。
三人は少々の雑談も交えながら楽曲に聴き入っていた。
「……」
振付制作期間とレコーディング期間は確実に被っている。
さらにToy Boxメンバーの演技指導は続いており、そこに加わる写真や動画の撮影。
どう考えても過密だ。
羊太郎の振付への参加に対し、猪介は平井と育美に相談を持ちかけていた。
しかし二人とも「本人の意思に任せろ」と返答していた。
(…つってもな、どう考えても危ねぇだろこれは…)
乱雑にスケジュール帳を閉じ、羊太郎を見つめる。
二曲めの再生が始まると、一音一音に笑みを浮かべ、今すぐにでも踊り出しそうなほど身を跳ねさせている。
「これは城さん…キズキイメージの曲ですね。基本的には柔らかく、しかし芯の強さが立つように設計されています。」
短く説明を終えると、再び三人はざわざわと話し合う。
これがToy Box…Curtain Riseのやり方なのは猪介にもわかっているが、未だに受け入れきれていない。
(本人がいくら大丈夫つっても、それをこっちがそうですかって流すのはちげぇよな。)
猪介は無意識に乱していた前髪を静かに撫で付ける。
設計はプロデューサーの仕事、運用は企画担当、マネージャーは演者のスケジュール管理。
これは育美に何度も言い聞かされていることだ、しかしそれだけではない。
育美は元あにまるzooでルミと肩を並べた仲間。
あの二人はマネージャーとタレント以上の関係値がある。
それを自分がどこまで引き継げば良いのか、猪介はそれを決めかねている。
(でも…俺は……)
前髪を整えると、ネクタイを締め直す。
三人は楽しげに楽曲について語り合い、笑っている。
三曲目の再生が始まる。
シンセサイザーなどのポップさを抑え、金管楽器やベースが前に出た楽曲だ。
「リョウマイメージですね…安定感と騎士の精悍さを際立てたものです。」
「ピッタリ!」
「統一感はあるのにしっかり個性があって…作曲家さんってすごいなぁ…」
感心する三人を目の前に、猪介は冷静にコンセプトの共有を行う。
これは彼に今できる最善であり、自己逃避であった。




