41話 目前
「やっったああー!!」
羊太郎は大声を上げ、良磨と城にハイタッチし、猪介に激突した。
「よ、よかったねぇ…」
勢いに驚いたのか、どこか他人事な城に良磨は「おいおい」と若干呆れていた。
「おめでとうございます。しかし、手放しに喜んでもいられません」
「準備とかあるんすよね?」
良磨の問いに、猪介は静かに頷くと三人へ書類を配る。
「宣伝写真やファンコンテンツのための撮影もしますが…一旦は楽曲に専念してもらおうかと」
「めっっちゃ楽しみー!」
羊太郎が書類を捲る。
当面のスケジュールと更新されたコンセプト案。そして、デビュー曲の歌詞だ。
城は書類をさらっと流し読み、猪介の顔を見た。
「曲、もうできてるんですか?」
「はい。四曲できています。」
「四曲!?」
良磨が驚き後退ると、羊太郎はずいっと前に出た。
「なんでなんで!?最初からアルバム出すの!?」
「いえ。一曲はユニット全体、残りはみなさんそれぞれをイメージした曲です。ソロ曲ではないですが…」
「一気に四つも…覚えられるかな…」
城が視線を下げると、良磨も引き攣った笑みを浮かべる。
「俺も怪しいっす…」
「えー!大丈夫大丈夫!頑張ろー!」
猪介は静かに三人へ視線を送る。
「…一つ、私の認識が誤っていたことがありまして」
「え?」
「な、なんすか」
「これらの楽曲は、今後ライブ…つまり演劇の中に組み込まれ、舞台構成の一部になるのですが…」
「知ってる知ってる!ミュージカルみたいで楽しいんだよね〜!」
羊太郎はその場でぴょこぴょこと跳ね、興奮気味だ。しかし、猪介は眉を顰め首を横に振る。
「これが、ミュージカルとは決定的に違うようでして…これらの楽曲、劇中に組み込むのは皆さん自身になります…」
「どこに入れるか決めていいってことですか?」
「はい。本番中に決めてください…」
「えっ!?本番中!?」
「ど、どうやって…?」
驚く三人を前に、猪介は苦しそうに言い淀む。
「それぞれの曲に再生条件をつけます。例えば、前に見ていただいたルミさんのセカンドシングルは『床をほうきで掃く動作』が再生条件らしいです。」
「なるほど…?」
困惑気味の城の横で、羊太郎は腕を組み考え込んでいた。
「もしかして、ジャンプして目元でピースがらぶらびの再生条件だったりする?」
「はい。定番曲なのでわかりやすい動きを振っているようです。」
「これも俺らで決めていいんすか?」
「はい、我々はこれをコマンドと呼んでいます。」
「なんかかっこいい!」
羊太郎がはしゃぐと、城は微笑んだ。
「劇中に演者が自らのタイミングでコマンドを使い楽曲を開始する。これが我々の言う『アイドル×演劇』のやり方です。」
「で、でも、これ…間違ってコマンドやっちゃうとかもありますよね…?」
城が恐る恐る尋ねると、猪介は頷いた。
「ルミさんも何度か誤発で予定外の楽曲を披露しています。」
「え!全然気づかなかった!いつ!?」
「先日のライブでも『落ちちゃったと発言した後に、手を叩く』で誤発してます。あまり歌わない曲だと、偶発しないように難しいコマンドを振るのですが…それが仇になったみたいですね。」
「そうだったの〜!?えー!めっちゃ面白いじゃーん!」
楽しげな羊太郎に反して、良磨と城はそわそわして落ち着かない。
「皆さんはルミさんと違ってユニットですから…複数人の掛け合いや動きをコマンドにすれば、偶発は格段に減るかと…」
「んー…僕が城に抱きつくとか!?」
城は羊太郎に抱きつかれ、一瞬驚いたが「えー?」とはにかんでいた。
「もちろん良いのですが…何かの拍子でよろけたり、偶然そうなった場合にもコマンドと取られるので…なかなか難しいかもしれません。」
「それ音響とかの人もめちゃ大変っすよね…」
「はい。ですので、音響照明の全てを自社で運用しています。」
「へぇ…」
猪介は三人を見つめ、小さくため息を吐く。
「偶発も舞台構成の一部です。ミスやトラブルが起きても役柄を崩さず舞台に立っていてください。」
「崩さず…」
「だからキャラ固めが先だったんすね」
良磨が腰に手を置くと、城と羊太郎は納得した様子で感嘆の声を上げた。
「はい。プレデビューと違いやることが格段に増えます。しかし、役柄を忠実に守れば大きなトラブルにはならない…とのことです。」
「今から四曲覚えてー、それのコマンドも覚えて、ダンスも付くでしょー?本番前には台本もだしー」
羊太郎が指折り数えていると、城は猪介に縋りついた。
「い、猪介さん…これいつまでに……」
猪介は優しく城の肩に手を置き、そっと引き離すと改めてみんなに向き直った。
「デビュー日は二ヶ月後。それまでに仕上げてもらいます…しかし、デビュー直後はプレデビューのように短い劇でこのシステムに慣れるところから始めていきます。」
「そ…それならなんとか…?いやでも…でもじゃない。」
城がじっと床を眺め、自問自答を繰り返す。
その間、羊太郎は稽古場をぐるぐるとスキップで飛び回っていた。
「告知はもっと早いよね!?告知出たらみんなに伝えていいよね!?」
「はい。もう匂わせてもいいですよ。」
「みんな?」
良磨が問いかけると、羊太郎はピタッと止まった。
「配信来てくれるみんな!!」
「あ、インフルエンサー?続けてたんだ!」
「うんっ、猪介が案件とか受けなければいいって言ってたから!やっとお知らせできるー!!」
「そっかぁ…羊太郎くんのファンの子ならすごく喜んでくれそうだね…」
「僕、アイドルになりたいってずっと言ってるし、絶対喜んでくれる!楽しみー!!」
羊太郎が飛び上がらんばかりに喜んでいると、城はしみじみと彼を眺めていた。
「すごいなぁ…練習しながら配信もして、学校も行ってるんだもんね…」
「しかも進学校…」
良磨が呟くと、城はへなへなと肩を落とした。
「俺なんて小学校すらまともに行ってないよ…」
「いや、城は仕方ないだろ…」
「城は生まれた時からモデルさんだもんねっ!海外活動も多いんだから当然だよー!」
羊太郎が食い気味に口を挟むと、城は目を逸らした。
その間で、良磨は自嘲気味に息を吐く。
「俺こそ何もしてないぞ?体操は続けてきたけど大した功績があるわけでもないし…」
「でも良磨は今までやってきたこと全部無駄にしてない感じ!自然に流れを作るし、当然アクロもすごいし!!」
良磨は眉を下げ、乾いた笑みを溢す。
すると羊太郎は不服そうに口元を歪めた。
「なぁんでよ!!みんなすっっごく魅力的で最高なのに!!」
稽古場を満たすほどの大声を出すと、腕を組み子供のようにプイッと顔を背ける。
城と良磨は困ったように顔を見合わせると、ごめんごめんと笑いだした。
ついにデビュー目前となり、Toy Boxは三者三様の反応を見せていた。
猪介は口元を手で覆い、ただ静かに三人の様子を眺めているのだった。




