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Curtain Rise!  作者: 風見ことは
第一幕
39/46

39話 不安



「いやぁ…こういうのもなんですが、羊太郎くんはもったいないですよ!ヒップホップはもちろんですけど、ロックやポップスも楽々。ハウスとかもかじってたみたいで…」

「えっと…」

猪介はToy Boxの担当ダンストレーナーの元へ、レッスンの進捗伺いに来ていた。

どうですか?の一言でトレーナーは一気に捲し立て、猪介は廊下の隅に追いやられていた。


「体幹と柔軟性、キレはもちろんですけどね。リズム感が特にずば抜けてて…!!」

トレーナーは今にも叫び出しそうなほど熱が入っている。

押されつつも、猪介は表情を変えずに話を続けた。


「あ、ありがとうございます。酉脇と牛頭はどうですか?」

「彼らもやっぱり前職もあってか飲み込みが早いです!」

「そうですか…」


猪介が静かに頭を下げると、トレーナーはグッと猪介の肩を掴んだ。

「今すぐ本番は無理でも、来月には充分いけますよ!」

「そすか、でもまだデビュー日が決まっていないので…」

「もう今から楽しみですよー!」

トレーナーの満面の笑みに、猪介は苦笑いで返すとそそくさと立ち去った。


ダンストレーナーほどの太鼓判はなかったが、他トレーナーからの評価も上々だ。

Toy Boxの飲み込みはかなり早いらしく、デビューへの土台は整いつつある。


(まぁ…あいつの評価なしにはなんも決まんねぇけどな…)


猪介は二階の一番奥、一際目につきにくい資料室のドアを叩いた。


「はい。」

「先輩、行ってきましたよ。進捗は良いです。」

「ですよね…」

平井はノートパソコンを閉じ、猪介を見た。


「やっぱり、素直な人って吸収が早いんですよ。」

「そうすか。で、先輩はどう思うんですか?」

「……」

「…Curtain Riseとして、あいつらは…」

平井は猪介の問いに答えず、質素なパイプ椅子にもたれかかった。


冷たい金属の擦れる音と秒針の音に、一抹の緊張を覚える。


「んー……正直、私も決めかねています。」

「そうですか。」

「彼らは、私の意図を組んでいると…思うんです。」

メガネ越しに覗く平井の瞳は、閉じられたノートパソコンに向けられている。

硬く口を結ぶ平井を、猪介は訝しげに眺めた。

彼女の背後では、もう日が沈みかけている。


「なんか引っかかるんすか?」

「偶然…」

「はい?」

「偶然かもしれない。」


猪介は呆れたように吐き捨てる。

「どういうことすか?」

「元より彼らに寄せたコンセプトです、偶然重なっていたとしたら…彼らが理解しているとは言い難いですから。」

「それじゃまずいんですか?」

「役を自分に染めるのは構わないんです、でも自分のまま舞台に立つのは良くない…なかなか言語化が難しいのですが…」


平井が言葉に詰まると、猪介は口元を手で覆った。

資料室は薄暗く、お互いの表情を確認することすら叶わない。

「……まだ判断できねぇってことでいいっすか?」

「そうですね。とりあえず予定通り、再演を行なってください。」

「わかりました。」


暗がりの資料室で猪介のため息が響いた。

「なんつーか…あいつら早くデビューさせた方がいいですよ。」

「?そんなこと言うなんて珍しいですね」

「暇なんすよ、あいつら」

「暇?」

「稽古場行くとまとわりついてくるし、ことあるごとに連絡寄越すんすよ。特に羊太郎が」

「………不安があるのでは?」


猪介が腕を組むと、布の擦れる音が微かに鳴った。

「そういうんだったらいいんすけど…今朝何食べたとか趣味はなんだとか…そんなんすよ。」

「…それは…いや…うーん…」

平井が唸り声を上げると、猪介の革靴の底が静かに床へ打ちつけられる。


「なんすか?」

「……仲良く、なりたいのでは??」

「はぁ?」

平井には輪郭すら確認できない闇の中でも、猪介の困惑顔がありありと想像できた。

「一番身近な裏方ですから。私生活を知ろうとしたり、物理的な距離を縮めるのは自然かと…」

「はぁ〜……」

息を吐き切るほど深いため息に、平井はくすくすと笑った。


「谷口氏、懐かれてますねぇ」

「めんどいっすよ」

「ふふふ」

脳内には鈍感系主人公が過り、平井はいよいよ声を上げて笑った。


「…なんすか」

「いえ、こっちの話です」

「とにかく、早くデビュー日の目処を立てて欲しいです」

「実はもう楽曲制作を依頼してます。」

「ならもうちょいすね」


猪介は安堵したのか、心なしか声が和らいだ。

「でも多分、谷口氏のそれはずっと続きますよ」

「はぁ?勘弁してくださいよ…」

呟いたそばからバイブレーションが低く唸り、猪介はポケットからスマートフォンを取り出す。


煌々と照らされた彼の表情は、相変わらず平静そのものだ。

「なにかありました?」

「…城と羊太郎とで蒼凛舎の社食行ったらしいっす。」

「仲良しですねぇ〜」

「勝手に好きなもん食えよ…」

冷たい独り言は吐きつつも、忙しく動く指先から丁寧な返信を送っているのがわかる。


「蒼凛舎に出入りできてるんですね、酉脇氏との関係が悪くならなくてよかった。」

「社員証がないから入れなかったらどうしよう、とか言ってましたよ。」

「酉脇城を追い返す蒼凛舎…?」

平井は呆然と呟き、吹き出した。

「あほっすよね、ロビーにしつこいくらい城のポスター貼ってあんのに…」

「かわいいじゃないですか〜」

「ご丁寧に入っていいか聞いて、受付困惑させたらしいっす」

メンバーとのやりとりがまだ続いているらしい。

スマートフォンに視線を固定したままの猪介を、平井は満足げに見つめる。


「…彼らと正式に契約を交わしたのが十月末でしたよね。」

「そうっすね」

平井の呟きに、猪介はぶっきらぼうに返答した。

「もう今年も終わる…」

「?」

「彼らには五年しかない。早くデビューさせたいのは私も同じです。」

「いや俺は早くデビューさせたいってよりは…」

猪介の発言を遮り、平井は立ち上がった。


「来月、また公演を見に行きます。それで正式なデビュー日を決定しましょう。」

「……わかりました。」


挨拶もそこそこに資料室を出た猪介を、平井は静かに見送った。


ノートパソコンを開くと、作成中だったスライドが表示される。

先日の公演を見直し、更新を加えたToy Boxの設定


(酉脇氏が、本当にあの演技を『おもちゃの国の王子』としてやっていたのなら…)


スライドを何度も切り替え、内容を見比べる。


「自覚的ならそれほどいいことはない。でも…」

キーボードをそっと撫で、立ち上がる。


記憶と勘を頼りにスイッチに辿り着き、資料室にはようやく光が満ちた。


「無自覚なら…手に負えない…」

ため息と共に疲労が溢れでる。

平井はノートパソコンや筆記具などの小物を乱雑にまとめると、点けたばかりの電気を消し資料室を後にした。


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