38話 反省
Curtain Rise三階会議室。
社員のほとんどが集められ、Toy Boxの初公演を終えてのミーティングが行われていた。
「えー…まず映像を見てもらったわけですが……どうですか、社長。」
進行を任された木村が、緩く町田へ意見を伺う。
町田は深く背もたれに体を預け、腕を組んだ。
「そうだねぇ…まぁ、結果としては悪くなかったんじゃないかな?」
じっと目を閉じ、緩い笑みを口元に貼り付けている。
「初公演だしねぇ、こちらとしても新しい収穫はあった。うん、よかったよ。」
町田がまとめると、木村は小さく頷き他社員を見回す。
反論はなく、町田の言葉に概ね同意の空気だ。
「演技のことはよくわからないですけど、好感触に見えました。」
山本が机を眺めながら言うと、清水は弾んだ声色で同意した。
「子供達に楽しんでもらえて、Toy Boxの皆もやり甲斐感じられたんじゃないかな!」
社員達は口々に同調し、成功の雰囲気に胸を撫で下ろそうとした。
しかしその時、育美が静かに手を上げる。
「あの、ちょっといい?」
「あ、どぞ」
木村から雑な許可を得ると、育美は猪介をキッと睨みつけた。
「谷口あんた、言うことは?」
「……?メンバーは手応えを感じていました。」
「違う。」
「…城さんは声の飛ばし方を直せなかった、羊太郎は背中を見せてしまったと反省してました。良磨さんは自分ではわからないから皆さんの意見が欲しいと…」
「違う。」
「……?本日もお綺麗ですね。」
「ちっっがう!!」
育美は椅子を跳ね飛ばし、机に資料を叩きつける。
「谷口、あんた!さいっていよ!!!」
室内から漏れ出るほどの怒号が響くと、猪介はいつもの涼しげな目元を少し下げた。
「はい。」
「はいじゃない!!わかってないんでしょ!」
「…先輩がなぜお怒りかは存じません。」
動じない猪介に、育美はわざとらしくため息を吐く。
「客降り。誰も聞いてないんだけど。」
「客降り?」
「わからないの!?あいつら、演者が客席に降りたでしょ?!」
「…勉強になります。」
育美が身震いしていると、木村が頬杖をつきながら口を挟む。
「結果として良かったですよね?まぁステージから直接降りたのは危なかったけど」
「そこ、それも危ないのよ!!でもそれ以上に!これはマネージャーとしての怠慢!!」
山本は書類を指先で弄びながら、育美を見つめた。
「こいつも初めてのマネジメントですから…」
「いえ、それは」
猪介が遮ろうとすると育美が机を叩きつけ、スクリーンに停止されていたステージを指差す。
「あれはね、イベント運営会社とか派遣とかも使って、導線も完璧に設計して!万全を尽くしてやっとできるの!!演者に危害が加わったらどうするの!?」
育美の叫びを、皆が粛々と聞いていた。
「演者だけじゃない!今回なら子供が怪我をする可能性だってあった!!わかる!?」
「はい、すみません…」
「それに!演劇的に考えても危険だわ。演者全員が客降りすると観客の視線が散る。今回みたいなエチュードだと収拾をつけられないで、公演そのものが破綻する可能性だってある!」
猪介が静かに首を垂れると、育美は沸騰したかのように顔を赤くした。
「あんたねぇ!舞台が壊れる可能性があったの!マネージャーは表を、演者を支える仕事!!私が今まで何を教えたと…!!」
胸ぐらに掴みかからんばかりの覇気で詰め寄ると、猪介と育美の間にスッと手が入った。
「あのね、ちょっといい?」
清水は真顔で、育美を猪介から引き離す。
「は、え?な、なに?」
「うん、育美ちゃんのいうことわかるよ。私も危険はあったと思う。」
いつも控えめな彼女が間に入ったことで、社員達は動揺していた。
「でもさ、これは皆悪いよ。」
「どういうこと?」
「……こういうこと全部、谷口くんに教えられてないよね?」
「こんなの言わないでもわかるでしょ!?」
「わからない。」
「はぁ?!」
「わからないの。」
清水の言い切りにたじろいだ育美は、渋々腰を下ろした。
「私や育美ちゃん…ヴィエルジュからの社員は自分たちも舞台に立ってたし、そういうのがわかる。」
清水は猪介に視線を向けると、言葉を詰まらせた。
「でも、谷口くんみたいに芸能に興味があるわけじゃない、演劇だってわからない。そういう子にはわかるわけないの。」
震える声を抑え、ゆっくりと呼吸を整える。
「今まで…谷口くんがわからないって言いにくるまで…誰も気が付かなかった。」
清水の視線は、押し黙った育美へ。
次に猪介を見ると、その後数名の社員へとゆっくり流れた。
視線を向けられた社員達は、警戒し身構える。
「それはみんなの責任ですよね…」
清水が見ていたのは蒼凛舎から来た社員達だった。
「あなた達は舞台に関わっているのに、わからないことは自分達には関係ないって顔して流すでしょ?ルミちゃんや育美ちゃんが言うことなんてわからない。でも問題ないって…」
「…それは俺たちはシステムとか運用側で」
木村が言い訳じみた独り言を漏らすと、清水は視線を逸らした。
「私もそう思ってました。でも、もしこのまま、公演は成功した。よかったよかったで終わってたら……」
続く言葉を想像し、藤井が苦々しく俯く。
「…只事じゃないですね。」
重たい空気に、息を吸い込むことすら気を使うほどだ。
「みんなで舞台を作ってる。みんながCurtain Riseの社員なんですよ…」
清水が声を振るわせると、町田が椅子を引いた。
「ま、そういうことだね。蒼凛舎から来てくれたみんなは、僕たちが無意識にローカルルールの話をしてたら教えてね。今は谷口くんだけがそれをしてる。」
猪介が居心地悪そうに座り直すと、町田はにんまり微笑んだ。
「それで僕たちも、この子達は劇人じゃない。と切り捨てたり、割り切らないで。しっかりと向き合って他人事じゃないって思わないと…逆に僕らが運用のいろはを知るべきだと思うし。」
町田は緩く片腕を突き上げた。
「現場と内部。しっかり情報共有して、風通しの良い会社にしていこーう!」
なんとも気の抜けたまとめに、会議室内の空気はほんの少し軽くなった。
育美は何度も腕を組み直し、落ち着かない様子だった。
そして覚悟を決めたように膝を叩くと、猪介へ向き直った。
「私、あんたを過信してた…悪かったわよ」
「?はい。」
猪介の態度に、育美は目を釣り上げた。
「やっぱいけすかないけどね!!」
「そうですか、すみません。」
「そういうとこよ!!」
育美が声を上げると、清水はまあまあと嗜めた。
「とりあえず…話を戻します。初公演を終えて、演技技術面とこれからのマーケティング方針に関して話し合えればと思います。」
木村が進行の役目を取り戻し、会議は本筋に戻り始める。
先ほどまでの重い空気は隅に置かれ、事務的なやり取りが積み上げられていくのだった。




