37話 開演
『まもなく開演いたします。皆様に公演を楽しんでいただくために——』
公演前のアナウンスが流れる。
今回、SNS上での告知は行わず。近隣や施設内のポスター告知のみにしている。
「やっぱり人、少ないねぇ」
「下手に騒がれてマイナスイメージを植え付けられるよりマシです。」
トップモデルがアイドル転身。それを面白がるメディアに出鼻をくじかれないよう、保護するためだ。
「でも思ったよりみんな前の方行ってくれたね?」
町田氏が指差す方向。
前列には、数組の親子連れがおり、ステージのセットを眺めながら始まりを待っている。
「ぎゃーー!」
耳を劈くような悲鳴が響き渡った。
「…思ったより年齢層が低めかなぁ」
泣き出した赤ん坊を、母親があやす。
町田氏は気に留める様子はなく、ただぼんやりと眺めていた。
子供は感情をコントロールできない。
だからこそ、この公演は武者修行なのだ。
アナウンスが終わると開幕ブザーは省略し、BGMが流れ始めた。
緊張感のない電子音は、どこか安っぽくも聞こえる。
「あ〜〜!ここもかよぉ!!」
リョウマがステージ上で、膝をついて頭を抱えた。
ふらふらと立ち上がり、瓦礫をいくつか拾い上げては落とす。
その後ろからヨウタロウがスキップで現れた。
瓦礫を軽く爪先で蹴飛ばし、口を尖らせる。
「もぉ!せぇっかくかわいかったのにー!!」
その後に続くのはキズキ。
彼が来てから物語は本格的に復興へ流れる……はずだった。
彼は瓦礫をものともせず、ステージ中央を目指す。
その姿は凛としていて、目元はどこか憂いを帯びていた。
これは、酉脇城だ。
重たげに視線を伏せ、リョウマとヨウタロウを焼き付けるように見つめる。
この場にそぐわない威圧感。
観客のポカンとしている顔が、目に浮かぶようだ。
——これはまずい。
まだToy Boxは、誰も客席を見ていない。
それどころかプロのオーラで威圧し、舞台の空気は完全に変わってしまった。
練習時にはこんなことしなかった、どうして…
緊張しているのか…?
思わず目を逸らしそうになった瞬間、彼はストンと脱力した。
「きったなぁーい!」
先ほどの圧が嘘のように解け、あっけらかんと叫ぶ。
私が呆然としていると、リョウマが客席側を指差した。
「ほら!あんなとこまでボロボロだ!」
リョウマの指を追うように、全員がこちらを向いた。
「困っちゃうよね!」
ヨウタロウが頬を膨らませ、キズキはしばらく眉を下げ客席を眺めていた。
そして、ふと何かに気がついたように目を大きく見開く。
「ようこそ!!おもちゃの国へ!!」
目の前にいた親子連れ達へ向け、満面の笑みを送る。
それに続きリョウマとヨウタロウも、ステージギリギリまで前に出た。
「わぁ!お客さんなんて久しぶり!」
「今はこんなんだけど!ちゃんと綺麗にするから!」
「歓迎するよ!今日はなにをして遊ぼうか!」
三人の畳み掛けるような呼びかけに、子供が反応する。
それに対し「いいね!」「でもここだとあぶないよ!!」など何往復か会話する。
掴みはまずまずのようだ…
ほっと胸を撫で下ろしていると、三人は一歩下り全体を見回した。
「早く片付けて、おもてなしの準備をしないとね!」
キズキの一声に、リョウマはステージ上の瓦礫を退かし始めた。
パントマイムも加え、重たい瓦礫に悪戦苦闘して見せる。
その横でヨウタロウは、手伝うふりをしながら瓦礫を指で突いていた。
子供が何か指摘したらしく、客席に向かって「しーっ!」と口元で指を立てるジェスチャーをする。
その時、リョウマが退かした瓦礫の下から、何かが滑り出た。
キズキは急いでそれを拾い上げ、客席に見せるように掲げる。
「あったあー!!」
「な、なんだよ急に!」
キズキの手元には歪な形の何か。
キズキはそれをリョウマへ押し付けると、慌ただしく裏へ駆けて行った。
「なになにー?」
ヨウタロウが不思議そうに裏を覗き込む。
ガタガタガタと不安定な音を立てて、黒いパネルが現れる。
パネルはキズキに支えられていたが、途中瓦礫に引っかかり倒れかけた。
「わ!たすけて!!」
「キズキ!」
リョウマが反射で支え、ヨウタロウがパネルを動かしやすいように瓦礫を避ける。
「ころんだー!」「がんばれ!」
客席の子供達はToy Boxが何かするたびに反応している。
町田氏は安堵のため息を吐き、こちらを振り向いた。
「悪くない反応じゃない?」
「はい、今のところは…」
何度かアドリブは入ったが、おおむね練習で見たものだ。
しかし、もう少しでエチュードパートが入る…
「なぁに?これー?」
ヨウタロウはパネルを指差し、首を傾げた。
キズキはリョウマの手から、先ほどの何かを受け取りパネルにはめ込む。
「昔はここに、絵があったんだ。僕、すごく大事にしていたのに、バラバラになっちゃった…」
キズキが悲しげにパネルを眺めると、ヨウタロウが床から何かを拾い上げた。
「もしかしてこれー?」
ヨウタロウが拾い上げたものはパネルにピッタリとはまった。
「それ!ありがとう!!他にも…あるはずなんだけど…」
「おっけ!似たようなの見つけりゃいいんだな!」
リョウマが会場を見回すと、キズキは大きく頷いた。
そう、今回の『復興』はステージ上に散らばったピースを見つけて一枚の絵を完成させること。
そして、ここからがエチュード…
つまり、本番だ。
「うーん、でもゴミだらけだし〜…あ!これ?!」
ヨウタロウは瓦礫を摘み上げ、まじまじと見つめる。
「ちがうや!」
彼がわかりやすく肩を落とすと、一人の子供がステージに駆け寄った。
ステージは子供の肩ほどの高さで、一般的なものよりだいぶ低め。
子供はステージの縁に手をかけて、熱心にヨウタロウの背後を指差した。
「どこー?あ!!あった!!」
子供の指差した位置を探り、ヨウタロウはピースを掲げた。
すると保護者らしき人物が、我が子を引き戻そうと立ち上がる。
キズキはそこへ軽い足取りで近寄り、微笑んだ。
「ありがとう!また見つけたら教えてくれる??」
笑顔を至近距離で食らった保護者は固まった。
無理もない…
保護者が連れ戻せなかったことで、その場に残った子供があれこれとステージを覗き込む。
それに感化され他の子供達もステージ前に集まり、後方にいた観客は自然と前方へ移動した。
「あれ!!」
一際大きい子供の声が響くと、その子はステージセットの最上部を指差す。
キズキはそれを見上げ、ゆっくり顔を伏せた。
「あれは…取れないね…」
「あんなんどうやって置いたのー!」
ヨウタロウがピースを目指して数回ジャンプするが、二十センチほど足りていない。
すると、背後からリョウマが飛び上がる。
大した助走もなしに踏み込み、軽々とピースを手にした。
「よっしゃ!」
周囲から驚きと感心の歓声が上がる。
保護者の声が漏れ聞こえたことに、思わずこちらも口角が上がった。
「すぅごい!」
ヨウタロウが両手を広げて喜ぶと、子供達から「もういっかい!!」の歓声が上がり、リョウマはそれに応えた。
再度跳ぶと、手にしていたピースを元の位置に戻す。
やけに得意げに胸を張る彼に、子供から笑い声とヤジが飛んだ。
「リョ、リョウマ〜…」
「いや!取ってよ!!」
キズキとヨウタロウが指摘すると、リョウマは「おお、そうか」と惚けながらピースを取った。
その後も子供達の協力があり、残すピースは三つになった。
このピースはステージ上に配置されていない。
Toy Boxメンバーが、自らのタイミングで取り出すように台本で指示している。
「もぉなくなぁい?」
「そんな…」
三人がステージを探すことをやめると、子供は自分の足元や、周囲を探し始めた。
リョウマがそれを見て、客席の後方を指差す。
「あの辺は見てないよな!」
後方にいた観客達は驚いた。
私も例外ではない、これは——
キズキがステージのギリギリまで踏み出し、こちらを見つめる。
凛々しく後方を見据え、ニッと微笑んだ。
「そうだね!」
そう言うと、ひらりと軽々ステージから降りた。
キズキに続き、ヨウタロウとリョウマもステージから降り、子供に手を引かれ客席を練り歩く。
「ななな、なにやってるんですか!?客降り!?」
「危ないなぁ…」
「舞台から降りる時は階段から…!!そんな常識を知らないんですか!」
「…よよちゃん、それ猪介くんに教えた?」
私が絶句していると、町田氏は「だめじゃなーい」と思ってもなさそうに呟いた。
キズキは子供を引き連れ、一緒に客席下を覗き込む。
「この辺ではないかも!」
それに呼応し、保護者へ声かけしていたヨウタロウが「こっちも!」と叫ぶ。
彼らは子供たちを保護者の元にそれとなく誘導すると、後方へ歩み寄った。
後方にはふらっと立ち寄ったであろう大人がほんの数名、中にはカップルもいる。
そして私たちも…
「落ちてなかったですかー?!」
ヨウタロウが一人の女性に接近した。
女性は気まずそうに目を逸らし、手をブンブンと振る。
その反応に彼は一歩引き下がり、ポケットを弄る。
「なぁんかぁ!!こんなんなんですけどー!」
ヨウタロウは何かを取り出し、見せつけていた。
女性が首を横に振るとヨウタロウは自らの手元を確認し、オーバー気味に驚いた。
「これじゃん!!!!」
ピースを天高く掲げ、ステージへ走り出す。
「あったー!!」
ヨウタロウがいなくなると、絡まれていた女性はくすくすと笑っていた。
(今の絡みは、だいぶ賭けだったな。)
恐る恐る町田氏の反応を確認すると、いつもより厳しい目つきでヨウタロウを見送っていた。
その横をリョウマが通りすぎる。
入り口付近を駆け回り、モール内から覗いていた客に手を振っている。
そして、町田氏の隣でしゃがみ込んだ。
「…っ!」
私は思わず息を止め、じっと地面を見つめる。
「この辺にキラッと光った気がしたんですけどー!」
「ごめんねぇ、おじさんは見てないや!」
町田氏は私に顔を寄せ、こくこくと頷く。
「彼女も知らないって!頑張ってねー!」
リョウマは一言礼を言うと、客席を駆け降りた。
「……彼は安全牌に来たねぇ」
「ですね…」
声どころか体も震えている、まともに前が見られない。
脳内で谷口氏の『見ててください。』が反響して止まない。
…彼は、どこまでわかっていたんだ?
なんとか自分を落ち着かせ、ゆっくり周囲へ目を向ける。
ちょうどリョウマとヨウタロウがステージに到着し、裏へはけて行くところだった。
ガタンッ!ガコ!!
ステージ裏から大きな物音がし、客降りで散っていた観客の視線がステージに集中する。
「なぁーーい!」
「こっちは!?」
忙しく響く大声に、大袈裟な物音。
おそらく谷口氏も協力しているのだろう。
音が止むと、ヨウタロウがステージ上に戻ってきた。
べたっと床に足を広げ、座り込む。
「あー!つかれたー!!」
ヨウタロウに続き、髪と服を乱した状態で現れたリョウマは、手を払いながらピースを見せつけた。
「これであと一つ!!」
ピースをパネルにはめ込む。
残りは、真ん中の一ピースだけになった。
「…ありがとう!」
ふと、背後からキズキの声が響く。
まだ客席にいたのか…
皆の注目が集まると、キズキはその視線を存分に浴びながら、ゆっくりと階段を下る。
彼の視線はパネルだけを捉え、入場時と同じくらいのオーラを放っている。
…でも、キズキのままだ。
これは、キズキのおもちゃの国の王子としての気高さ。
「最後は、僕が持ってる。」
客席半ばで放ったセリフは、相変わらず一人称癖が抜けていない。
しかし、独白のようにも、投げかけたようにも聞こえる…
独特の緊張感を保ったまま、キズキはステージ前にたどり着いた。
彼はリョウマとヨウタロウの手を借りてステージへ上がり、恭しく取り出したピースをゆっくりとはめ込む。
「わぁ!完成!」
「これ…!」
ヨウタロウとリョウマが喜び、キズキは完成した絵を眺め大きく頷く。
「おもちゃの国は、こうじゃないと。」
かつてのおもちゃの国を描いた絵が完成した。
三人はパネルを指し、ひとしきりの喜びを噛み締める。
「もー!こんなにかわいいのに!なんでこんなゴミだらけにー!」
「ま、少しずつ直していきゃいいだろ!」
「そうだね」
キズキは二人に微笑みかけると、客席へと向き直った。
「みんなのおかげだよ!ありがとう!」
その声かけに続き、リョウマ、ヨウタロウも客席へ声をかける。
子供もそれに返答し、なんとも理想的な大団円だ。
「…酉脇氏、どこまで狙ってたんでしょう…」
私の呟きに、町田氏は腕を組み直した。
「酉脇城はクライアントを失望させない。」
「え?」
「都市伝説的に囁かれてたことだけどね。彼にとってのクライアントが、今までブランドやデザイナー…商品なのだとしたら…」
町田氏は目を閉じ、天を仰いだ。
「今は、観客のはずだ。」
「な、何が言いたいんですか…?」
「さぁ…?でも、彼最後のセリフ三人称になってたよ。」
「あ…」
末恐ろしさと同時に興奮が込み上げる。
「彼、多分。狙ってどうこうしようってより、こうありたいと思ったらできちゃうタイプじゃないかなぁ」
「そ…それって…」
「うん。」
「………天才…ってこと…ですか…」
顎が抜けそうな私に、町田氏は軽快な笑い声を投げかけた。
ステージ上ではToy Boxが手を振りながら、退場するところだ。
しばしの間を置き、終演を告げるアナウンスが鳴る。
「よし、ちゃんと最後まで見られたね。」
町田氏は立ち上がり、息を吐きながら体を伸ばす。
観客があらかたいなくなった後も、私はその場を動くことができなかった。




