36話 直前
沢見所北、駅から徒歩十分程に位置するショッピングモール。
あまり大きな施設ではなく、休日ということもあり家族連れや若者で溢れ返っていた。
「やぁ〜こりゃすごい、歩くだけで疲れそうだ。」
「この中から一割でも来てくれれば万々歳なんですが…厳しいでしょうね。」
「ビラでも配る?僕やるよ〜?」
町田はにやけ顔で平井の顔を覗き込む。
「いや…会社の株落とさないでください…」
「そこまでいうー?もー…みんな毒舌なんだから…」
彼の緊張感のなさはいつも通りだ。
公演直前は張り詰めてしまう平井にとって、これは救いでもあり煽りでもあった。
「ここですね。」
「楽しみだねぇ」
催事場はモールの裏側。
ステージから後方にかけて客席が徐々に上がっていく、所謂階段型配置だ。
「これ、どの席からも見えるのはいいですけど、下手すると、ただ見えるだけになるのが難点ですよね…」
「上方を意識できるか…だろうねぇ、まぁ子連れなら前列で見てくれるんじゃない?」
「だといいんですが…」
平井はキリキリ痛む腹を抑え項垂れる。
その横に町田が並ぶと、彼は急に目つきを変えた。
ぐるりと周囲を見回し、静かに頭を掻く。
「ああ、これはまずいな」
「え?」
「よよちゃん、これ。ここ二階からしか入れないね。」
平井は先ほど入ってきた入口を見てから、会場全体を観察する。
「…動員は望めませんね…」
催しを行うのは一階部分、しかし入り口は二階。
何か音が漏れ聞こえて興味を持っても、ふらっと立ち入る確率が低くなる。
これは嫌な誤算だ。
「それとねぇ…お子さん連れて、わざわざ階段降りようとか思えないよねぇ…」
「……社長……」
「なぁに?」
「いじめないでください…」
彼女が弱々しく呟くと町田はへらへらと笑った。
二人は最後列からステージを見下ろした。
ステージ上にはすでにセットが組まれており、Toy Boxの色鮮やかで可愛らしい世界が華やかな大道具で表されていた。
「…彼ら、声量はどうなんでしょう」
「だから直接見に行きなさいとあれほど…」
町田の小言を遮り、場を切り裂くほど無邪気な少年の声が響いた。
「すぅっっごーーい!!!ひろーーーい!!かわいいー!!!!!」
羊太郎はステージ上を一周し、飛び跳ね、表情が見えなくても喜んでいることが伝わってくる。
平井は短く「ひっ!」と悲鳴をあげて町田の後ろに隠れた。
「とりあえず…彼は大丈夫みたいだね。」
町田が呟くと、羊太郎の声を聞きつけたらしい良磨と城もステージに出てきた。
何かを話しているようだ、羊太郎が大人しくなったのを見るに軽く嗜めたのだろう。
ステージ上で三人はセットをまじまじと見て回る。
きゃっきゃっと楽しげな声が響き、かなり仲睦まじい様子だ。
その後ろから、いつも以上に固くスーツを着こなした猪介が現れた。
彼は客席を確認し、町田達を見つけ一礼する。
「社長!!おはようございます!!」
大袈裟な挨拶にToy Boxメンバーは肩を跳ねさせた。
「え?社長?」
「どこどこー!」
混乱した様子ながらも町田達を見つけ、Toy Boxは猪介に続き挨拶をこなす。
町田は軽く手を振り応えていた。
「声量、大丈夫そうだよ?」
平井を前に出そうと肩を叩いたが、彼女は依然として背後で固まっている。
猪介はじっと町田達を見つめたかと思うと、軽く足を開き体勢を整えた。
「平井プロデューサー!!!!」
先ほどより大きな声。
平井は「馬鹿!?!?」と慌てふためく。
町田に同化するのではと思えるほど、彼の背に顔を押し付けた。
「プロデューサー!!!?」
「よろしくお願いしますー!!!」
「プロデューサーー!!!」
Toy Boxメンバーが興味と期待を込めた声を飛ばすが、平井はブルブルと震えだんまりを決め込む。
「…まぁ、声量は大丈夫なんじゃないかな?」
町田はため息混じりに肩の力を抜いた。
猪介は三人をステージ裏へ誘導し、自らは町田達に歩み寄った。
彼が何かを発しようとした瞬間に、平井は町田の背後から飛び出る。
「谷口氏!!馬鹿ですかあなたは!!!」
「馬鹿です。高卒ですよ?」
「いやそういう話じゃなくて…!!」
あまりにも飄々としている猪介に、気が抜けた平井は弱々しく俯いた。
「こ、こっちは死活問題なんですよ…!?」
「はぁ。挨拶は大事ですよ?」
猪介は興味がなさそうに息を漏らす。
「そう言う問題では……」
平井は口籠もり、メガネを掛け直した。
「谷口氏は…なんというか、煙に巻く癖がありますよね…」
「そうですか。」
猪介の雑な返事に平井が唖然と口を開けた。
その横から町田は、楽しそうに猪介の肩を叩く。
「谷口くん、君結構可愛いとこあるじゃない!僕にもそんな感じで接してくれたらさぁ!」
「はい?何のことですか。それより先輩、聞きたいことがあって…」
「僕社長なんだけどなぁ!?」
町田の主張は無視され、猪介は改まって平井に向き直った。
「本番前にあいつらに言っといた方がいいこととかないっすか?」
「……ここまできたら楽しめ。としか…幸い緊張はしていなさそうですし。稽古やリハを見た限り、一朝一夕で直るような箇所はありません…」
「わかりました。」
猪介が軽く会釈し、二人に背を向けた。
「あ、谷口氏。あなたから言いたいことは言うべきです」
「はい?」
振り向いた猪介は、訝しげだ。
「彼らを一番近くで見てきたのはあなたです。あなただからかけられる言葉を!」
「………ないっすね。」
猪介が視線を逸らすと、平井は崩れ落ちそうなくらい脱力した。
「谷口氏…あなたは情があるんだかないんだか…」
「俺は演劇のことはわからないし、あいつら別に気負いはしてないんで。変に煽らない方がいいでしょ」
「い、一理あるような…でも」
納得いかない様子の平井を遮り、町田が猪介を真剣な面持ちで見つめる。
「ところで谷口くん、本番中はどこにいるつもり?」
「はい?あー……その辺で全体見とこうかなと思ってましたけど。」
「……その辺ってのは客席?」
「はい。というより客席の後ろ…?」
猪介の返答に、平井は即座に町田を押し退けた。
「ダメです!絶対ダメ!!!」
「な、なんすか…」
平井の必死な形相に、猪介は気圧され眉を顰めた。
「あなたはステージ裏に…彼らと共にいてください!!」
「は、はい?なんで…」
「あなたが、ずっと見守ってきたあなたが変わらずにそこにいる。それだけで彼らには意味がある…!だからあなたはそばにいてください!!」
空虚な会場内に、平井の必死の叫びが響き渡る。
直向きな視線が猪介を捉えると、彼はバツが悪そうに口元を手で覆った。
「…お願い、します…」
平井の声は震えていた。
猪介はしばらく沈黙を保っていたが、観念したかのように息を吐く。
「…わかりました。」
ホッと胸を撫で下ろした平井に、猪介が一歩踏み込む。
「なら先輩、俺の代わりに見ててくださいね。」
「はい?」
「俺の代わりに、舞台上のあいつら。」
平井は一瞬呆気に取られたが、すぐに気を持ち直し猪介を真っ直ぐと見つめる。
「はい!!」
彼女の爽快な返事を聞くと、猪介は悪巧みする子供のような笑みで応えた。
「見ててください。ね。」
わざとらしく念を押す彼の背を、町田達は見送った。
ステージ上には、可愛らしいおもちゃの国に不釣り合いな瓦礫たちが運び込まれていた。
スタッフたちの手でおもちゃの国は徐々に壊されていく。
「いよいよ、だね?」
町田が頬を緩めると、平井は拳を握りしめた。




