35話 台本
「こちらです。」
「本当にできたんですね…!」
猪介がコピー用紙の束を差し出すと、城は贈呈というような仰々しさで受け取った。
「たぁのしみ!」
「薄いっすね?」
羊太郎と良磨は受け取った束をペラペラと捲る。
「それにしても薄いよーな??」
「公演が一回三十分程度なのと…内容のところどころがエチュードと指示されています。これがうちのやり方です。」
「へぇ…最後もエチュード指定だ…」
「何回か練習したらパターン化しそうっすけどね」
「それはそれでいいそうです。」
猪介の淡々とした受け答えに、城はドギマギと身を捩った。
「プロデューサーさん…やっぱり不安なんですかね?」
「不安…ですか?」
「癖とかがあるから…悠長に練習させてる暇がない…みたいな?」
半笑いで目が合わせない城に、猪介はため息を吐いた。
「逆です。今回台本が急ピッチで仕上がったのは、プロデューサーが皆さんの解釈を聞いて、そうすべきと判断したからです。」
三人はきょとんと顔を見合わせた。
猪介は三人の困惑を受け止め、あくまでも冷静に説明する。
「Toy Boxへの理解度が高いと感じ、演技力より先に完成度を高めようと言う判断です。つまり期待されているのかと…」
「そ、そうなんですね…!羊太郎すごいね!」
城が微笑みかけると、羊太郎は一瞬たじろいだ。
「え、ま、まぁ!僕あったまいいしー??!!」
得意げに笑う羊太郎に、満足したらしい城は静かに台本を開く。
淡々と上から下に流れていた視線がピタッと止まり、首を傾げる。
「……僕…?」
「あ、城僕になってたよね!王子様っぽい!」
「一人称とか一番間違えそうだよなぁ…」
「二人は変わってないんだ!……気をつけるね。」
室内には三人が捲る紙の音と、ボソボソと音読する声だけが響く。
「大体の流れは把握できましたか?一度読み合わせをお願いしたいのですが…」
「あ、はい」
「やろやろー!」
猪介は彼らが順調に読み進める中、ルミたちの指摘に滑舌のことはなかったと思い出していた。
「猪介!このセリフ読みにくいー!語尾変えていいー?」
「大丈夫です。」
「あ、俺もここ…」
「はい。問題ありません。」
平井からは、Toy Boxを造るのはメンバー自身なので口調や語彙は好きに変えてくれと言われている。
猪介はそれに沿って許可を出すのみだ。
ここにきて猪介は、平井が言った「役を染める」の意味を理解し始めていた。
「うーん…猪介さん」
城が苦い顔で台本を見つめる。
「はい。」
「…これってエチュードの指示がない時は、絶対に台本通りなんですか?」
「…と言うと?」
「その…一言足したりとか…」
「大きく流れを変えなければ大丈夫ですよ。」
「わかりました。」
城は何かを決意したように大きく頷き、台本になにやら書き込み始めた。
「なになにー?」
羊太郎が覗き込むと、城は顔を赤らめ拳を柔らかく握った。
「王子様ならもっと…来てくれた人にお礼とか言いたいなぁ…って…」
「お客さんにってこと!?いいじゃーん!」
「えへへ…どこかのタイミングで入れられたらいいな…」
「国の代表ならそうなるよなぁ」
「ねー!」
城はひとしきり照れた後、羊太郎をじっと見つめる。
「どしたのー?」
「…羊太郎がね、オーディションの時に…自分の好きをたくさん伝えたいって言ってたでしょ?」
「うん!それが信条!!」
「俺…ファンとかいなかったし、俺が直接何かを伝えるってことなくて…でも、アイドルってきっとそういうのだよなぁ…って…」
羊太郎がはにかむと、良磨は感心したように頷いた。
「なんつーか…ユニット的にも志?みたいなのはあった方がいいよな。」
「僕はめいっぱい楽しんでもらいたい!!!」
「俺も、楽しんでもらえたら嬉しいな」
「んじゃあ全体目標そこだな…観客?に楽しんでもらう」
良磨が身を乗り出すと、羊太郎はそれに応えた。
「っていうか!ファンネームも早く決まるといいね!決めていいのかな!?」
羊太郎が食いつくと、城は眉を下げ弱々しく口を挟んだ。
「フ…ファンネームってなに?」
「ファンの総称ー!ルミちゃんのファンは来園者なんだよ!」
「へぇ〜!」
「ファンネームはプレデビュー後に確定予定です。それまでの呼称はお任せします。」
猪介の冷淡さに三人は狼狽えることなく、雑談を交えた相談を続ける。
三人の和気藹々とした姿を、猪介はどこかぼんやりとした気持ちで眺めていた。
Toy Boxの初公演は来月末。
充分なゆとりがあるように思えるが、彼らがこなすのは公演の練習だけではない。
Toy Boxとしてではなく、基礎的な演技。
ダンスや歌、アイドルとしての準備。
これらが密集する中で、舞台を築き上げないといけないのだ。
「……大丈夫です。」
猪介が静かに虚空へ投げかけると、三人の視線が集まった。
彼は無言のまま、ぽかんとする三人の顔を一人一人確認し頷く。
「声の向きがどうであれ、その歓迎の心持ちがあれば…」
「歓迎…」
「そうだね!目一杯楽しませるぞー!」
「ま!なんとかなるもんすよね!」
緊張や不安より、期待や楽しみが勝っている。
猪介は彼らの中にある、平井が設計したToy Boxの核を確認し安心した。
これがある限りは大丈夫。そして、それを維持するために…
三人が気がつかないうちに、猪介はその場を後にしていた。
「猪介ー?」
「いないね」
「なぁんかつれないよね!!」
羊太郎がムッっと口を曲げると、良磨がまあまあと肩を叩いた。
「忙しいんだろ、全部一人でやってくれてるみたいだし」
「一声かけろー!とかじゃなくてさ!なんか…うーん…」
「少し、寂しい…みたいな」
城が視線を伏せると、良磨は困ったように頭を掻いた。
「仕方ないんじゃね?」
「ま、まぁそうだよね!マネージャーさんだし……」
羊太郎は一歩下がり、ニヤッと笑う。
「…じゃあ僕裏目標決めた」
「裏目標?」
「プレデビュー中に、猪介に素顔で接してもらえるようにする!」
「ええ?」
「そ、それは…」
二人が困惑すると羊太郎はチッチッと舌を鳴らし、指を振る。
「一番身近な人を魅了できないとだめでしょ!!」
その一言を聞き、二人はやけに納得してしまった。
羊太郎は声を落とし、ひそひそと話す。
三人は広い稽古場の片隅で小さな塊になっていた。
そこからは複数の囁き声が漏れ聞こえ、時折明るい笑い声が響いていた。




