文月 素敵な旅の思い出を Side友希
「七夕に天体観測とそうめん流しと社員旅行をします」
俺の発表に喫茶ピエトラの社員たちが「おーっ」と歓声を上げた。
福利厚生は大事だし、隼陽たちにはもっといろいろなものを見てもらいたい。
彼らは昨年は戦い詰めだった上、色々と本当に大変だったし。
それに育ってきた環境を考えるとみんな旅行なんて初めてだろうから。
「ヒメ、どれも知らないです。でもきっと、素敵なこと」
「旅行ってどういうものなんだろうな?オレは隼陽がいて楽しいならそれでオッケー」
「くっつくな。そうめんを……流す?よくわからないな……」
「すまないが私もその、そうめん流しを見たことは、ない」
「知らないことがたくさんある方が楽しいだろうし、気にしないで。とりあえず必要なものをまとめておいたから出発日までにまとめておいてね」
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当日の早朝。首都からリニアに乗り込んで京都までは数時間の旅だ。
鳥束はリニアが珍しいようで車体の写真を撮っていた。
残念ながらほぼトンネルの中を通るリニアは景色は見れない。ただその分、早い。京都駅に着いたのでまずはみんなで朝食を摂ることにする。
「……この、くりーむそーだ、キラキラしてかわいいです。ヒメ、飲んでみたい」
「そうだな。色が鮮やかで可愛い。食べ物はパンケーキが美味しそうだ」
「俺はとりあえずパスタ。ナポリタンがいいな」
「そうだな俺もミートソースパスタを」
四人はメニューに目を輝かせながら好きなものを頼む。俺?俺はパンケーキとホットココア。トッピングでアイスクリームも添えて。
しばらくしてまず運ばれてきたのはクリームソーダ。
「可愛い……写真、撮ります」
「味は、どんな感じなんだろうか?」
クリームソーダは可愛い。鮮やかな色の海にぷかぷか浮いたアイスクリーム。ちょこんと乗ったさくらんぼ。しゅわしゅわほどけて消える泡。
ただ、喫茶店にでも行かない限りあんまり触れる機会はないなあとも思う。
ピエトラでもクリームソーダは出してはいるけど現状メロンの一種類のみ。そうだ、帰ったらヒメと桜耶にクリームソーダの新メニューを考えてもらおうかな。
「……!口の中がしゅわしゅわで甘くて、美味しいです。アイスクリームも美味しい。何よりこの青色はすごくきれいです。ヒメはとても、好き」
「桜色の方はいちごか。なるほど炭酸の独特なパチパチ感は面白い。甘くてはじける。美味しいな」
女子ふたりはにこにこしながらクリームソーダを飲み進めていく。
そして焼きたてふわふわのパンケーキが運ばれてきた。黒蜜シロップをかけ、バターを乗せてフォークとナイフで切り分けて、ひとくち。
「美味しい……」
外の少しカリカリに焼けた生地と中のふわっふわの食感がたまらないんだよなあ。トッピングのアイスクリームを足すと、口の中がちょっとひんやりしてココアを飲むのにちょうどいいのだ。
男子ふたりはもくもくとナポリタンとミートソースを口に運んでいる。
朝が早いからお腹が空いていたのかも。
これは豆知識だけど、京都のパンは美味しい。和食のイメージが強いかもしれないけれど喫茶店も多い。機会があれば焼きたてのパンをぜひ。
これから数日京都に滞在するから、その間で食べられたらいいな。
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京都の夏は暑い。といってもまだ七月の初めだからそこまでではないなと思いつつ空野 雫は流しそうめん台を組み終わった。毎年使っているのでメンテナンスもばっちりだ。
「終わったぞ、斎、陽」
「お疲れ様です、雫さん。僕たちの方もそうめんを茹で終わりました。もう少ししたら友希さん達も着くらしいです」
日陰で冷えた麦茶をひとくち飲むと生き返る心地がした。
夏の空は高く、青い。七夕は雨になることが多いけど今年は大丈夫そうだった。
「ありがとな、斎。賑やかなの得意じゃないだろうに」
「友希さんには恩もありますし、訳ありの方々と聞いていますから……僕自身がそうなので、断りきれないというか……それに陽さんと雫さんがいるなら……」
そう言って柔らかく笑う斎は、この泉 神社の主。出身は島根の出雲らしい。
ひょんなことから雫と陽はこの神社に流れ着き、長い間居候をしていた。
その間に斎に勉強やいろいろな娯楽を教えた結果すっかり懐かれたのだ。今でもオンラインゲームのマルチプレイなどで定期的に交流がある。
「つ、着いた……のです」
「ヒメ、大丈夫か?確かに初めてだとあの石段は長いしきついかもしれない」
「あ、陽ー!雫ー!」
友希とその一行が無事に神社に到着した。
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「じゃあ、流しますよ」
泊まる離れに荷物を置いて、四人は箸とつゆの入ったお皿を持って思い思いの位置でそうめんを待っていた。
まずは第一弾。白いそうめんが筒の中を滑るように落ちていく。
「あ」
「よし、取れた」
取れた組は冷えたそうめんをつゆに入れてすする。つるつるとして喉越しがよくひんやりしたそうめんは、ほてった身体に染み渡る。
「じゃあ次行きます」
何度か流すにつれて四人もコツを覚えたらしく、そうめんを箸でとってはつゆに入れて楽しんでいた。楽しかった、と言いながらみんなで流しそうめんの装置を分解したあと、昼寝をして境内の掃除をする。
夕飯はみんなでカレーを食べ、あっという間に天体観測の時間になった。
空は晴れ、弱い風が境内に立てられた笹を揺らしている。
「まずはみんな、願いを書いた短冊を笹に吊るして。それが終わったらござの上でくつろいで空を見てね」
願いを書いた短冊で笹が鮮やかな色を纏う。斎があとでお焚き上げをしてくれると言っていた。煙にのって願いは空へ届くのだ。
ござの上で思い思いに星を見上げる。
一番わかりやすいのは夏の大三角だ。ベガ、デネブ、アルタイル。
天を流れる星の河、天の川。南天の蠍座、アンタレス。
首都では天の川を見る機会はなかなか、ない。
「綺麗……」
ふと空を流星が横切っていく。俺は、無言で心の中で願い事を呟いた。
三回唱えるのは難しいから、そのぐらいの思いを願い事に乗せて。
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天体観測の翌日、朝食を済ませて荷物をまとめ、雫達とともに泉 神社を後にした。
これから先は自由行動の時間。雫達が四人をことあくありうむへ連れて行ってくれることになっている。
四人と別れた俺は、とりあえず星楽堂に向かうことにした。
星楽堂は京都の糺の森近くにある、星と花と鉱物の雑貨カフェで店主はミオソティスさん。喫茶ピエトラの取り引き先相手でもある。
着くとすぐに、たくさんの花ぺんぎんが駆け寄ってきた。俺はなぜか花ぺんぎんにめちゃくちゃ好かれるようだ。店内に入ると、ミオソティスさんが出迎えてくれた。
「やあ、京都へようこそ、友希くん」
「お久しぶりです、ミオソティスさん。立ち話もなんですからとりあえず花のクリームソーダを。ヒメ達が美味しそうに飲んでるから飲みたくなっちゃって」
「すぐに作るよ。待っていて。これはおさかなくっきー。こすもすにあげるといい」
「おさかな!くっきー!」
こすもすは器用にもらったおさかなくっきーの袋を開けて食べ始める。
ミオソティスさんのおさかなくっきーは花ぺんぎんだけでなく人間にも人気で喫茶ピエトラでも入荷すると数日で完売してしまう。味はシンプルだが、形が可愛い。その上に小魚粉末配合でカルシウムも摂れる。販売用のものはおさかな缶に入っているため、それも可愛いとまた人気なのだ。
「はい、お待たせ。夏はひまわりのクリームソーダだ」
下層はメロンの黄緑色、上層はレモンの黄色。その上に浮かぶのはバニラアイスとチョコレートのひまわり。爽やかな夏の味にどうしても彼を思い出してしまう。
七夕ライブがなかったら一緒に京都旅行とか、行きたかったなあ。
京都の街はひとりで巡っても楽しい。観光地も多いし、美味しい喫茶店だってたくさんあるけれど。
「おや、浮かない顔だね?お気に召さなかったかな」
「いえ、クリームソーダはとっても美味しいんですけど。なんとなーく……圭のこと考えちゃって。大人になって、昔みたいな関係ではいられないのはわかってるんですけどね。ちょっとさみしいな、なんて……」
口に出した瞬間、PENGにメッセージが届く。
「友希。今は京都だよな?実はライブの後に一日京都でオフが取れたんだ。隼陽たちは明後日の早朝のリニアって聞いてたから念のため梓にPENGで引き継ぎできないか頼んだらいいって返事が来たから、その……一緒に夏の京都、巡らないか?」
「うん!」
「よかった。じゃあ待ち合わせ時間とかはまた連絡するよ」
ことん、とスマホを机に置く。
「……よかったね?楽しんでおいで」
「はい。……あのよかったらおすすめの場所とか教えてもらえますか?」
ミオソティスさんは微笑んでおすすめの喫茶店をいくつか教えてくれた。
スチームパンクや鉱物をテーマにしたカフェや町屋カフェ。
どれに行くかは圭と相談して決めることにしよう。
クリームソーダの代金を払い、店を出る。
爽やかな風に、君を想った。
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翌朝早く、伏見稲荷の前で圭と落ち合った。
正直雫にお守りをもらったのと、稲荷寿司が気になって行ってみたかったのだ。
「じゃ、行こうか」
圭と共に鳥居をくぐる。神社といえば狛犬だけれど、さすがは稲荷神社の総本山、ここにあるのは狛狐だ。本殿にお参りを済ませて、有名な千本鳥居をくぐっていく。朝が早いので人は少ない。鳥居が連なっているため中は薄暗く、なんだか不思議な気持ちになる。抜けると奥宮に着く。ここでしか買えないお守りやお土産を買ったあとで、興味深いものを見つける。
「おもかる石」
「なるほど、持ち上げた時に思ったより軽ければ願いが叶う。重ければもっと努力する必要がある、か」
ちょうど空いていたのでお賽銭を入れて持ち上げてみる。
石が、重い。ただ、石というのは基本的に重いものだから本来の重さがどのぐらいなのかはよくわからないけれど……浮き上がりもしなかった。
この石がそもそも重いのか、それとも俺の腕力の問題なのか。
なお、圭の時は石は微妙に浮いていた。
俺も少し……鍛えようかなあ……
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伏見稲荷を後にして、稲荷寿司を探す。
この辺りでは稲荷寿司のことは「おいなりさん」と呼ばれるのを知った。
駅の入り口で稲荷寿司専門店を見つけ、気になるものを買った。
味の染みたお揚げはとても美味しかった。
「じゃあ、これからどこに行く?ミオソティスさんからは鉱物カフェやスチームパンクカフェがあるって教えてもらったけど」
「地下鉄前提ならどっちにも行けそうだな。リニアの時間は夕方にしてあったはず」
「じゃあ、行こうか」「ああ」
ふたりで夏の京都を巡る。美味しいもの、きらきらしたもの、素敵なものたちを思い出と共にカバンに詰め込んでいく。
きっと俺は、俺たちはこの先何度もこの夏を思い出すのだろう。




