特別編1 そして夏が来る
「晴れて良かったね」
「ほんとにな。梅雨だから心配はしてた」
「こすもすに感謝するのですよ?台風、滅」
六月末、俺と圭、そしてこすもすぺんぎんは京都にいた。
目的は、この時期にだけ京都で食べられるというお菓子、水無月。
そしてオオサンショウウオをマスコットにしている水族館「ことぱーく」。
「晴れてるなら歩くか。幸いまだ気温もそれほどじゃないみたいだしな」
地図によるとことぱーくまではだいたい徒歩20分ぐらい。歩けない距離ではない。
「そうだね。電車でもいけるけど人多いだろうし」
京都駅のろうそくのようなタワーが見える側の出口からのんびり歩いて水族館を目指す。
今は首都に住んでいるけれど、元々ふたりとも本州最西端の結市の出身だ。
人混みにはさすがに慣れたけれども、だからといってぎゅうぎゅう詰めの電車はやはりあまり得意ではない。今回はこすもすがいるから、なおさらだ。
こすもすは花ぺんぎんやぷらんとぺんぎんと呼ばれるペンギンのかたちをした不思議な生命体で、精霊のような存在。見える人と見えない人がいるし、声も聞こえるかどうかは個人差がある。
俺のように見える側には、梅雨を鮮やかに彩る紫陽花の花の上に座るあじさいぺんぎんが、雨粒の雫を器用に操って虹を出しているのが見えたりする。綺麗だ。
ただ、見えても見えなくてもぷらんとぺんぎんたちは植物のそばにはたいていいる。道端にも、買って帰って花瓶に生けた花のそばにも、野菜パックやいちごパックの中にも。
ことぱーくは公園の中にあるので街中よりも種類も数も多い。彼らを横目に歩き続けて目的地に着いた。
「いらっしゃいませ」
事前に買っておいた電子チケットで館内へ入る。
ひんやりとして少し薄暗い館内を歩くとすぐにオオサンショウウオの水槽にたどり着いた。
「思っていたよりだいぶ……大きい」
「大きいし、数もいるな……団子みたいに積み重なってる」
俺たちの知り合いには、空野雫というオオサンショウウオ大好き人間がいる。
毎年オオサンショウウオケーキを送っていて今年も発送準備を済ませてきたのだが、毎年ケーキを作るうちに一度見て見たくなったのだ。たまに、大雨で鴨川を流れて来たりというニュースを聞くし。
「ゆっくり動くんだね……確かにこれだと流されるかも」
「マイペースだな。顔も含めてゆるいオーラがすごい」
こすもすは肩に乗ったぬいぐるみのふりをしているが、脳内に「びちびちしていて大きいのです」と念話を送ってきた。
「ちなみにだけどオオサンショウウオって方言ではんざきって言われるらしいよ」
「俺もそれ知ったとき微妙な顔になったんだよな……まあオオサンショウウオの化け物とかがいるって伝承もあるらしいから……なんかよほどでかい個体がいたんだろうな」
水槽の中のオオサンショウウオたちはあまり動かずにマイペースを貫いている。昼間だから眠いのかもしれない。今年の梅雨はいつもに比べたらだいぶ涼しいし。
「あとでオオサンショウウオぬい買って帰ろうか。ふたつ」
水槽を立ち去り先へ進み、開けた場所で名物のオオサンショウウオを模した肉まんを食べる。
見た目が可愛いし、味も良い。水族館の生き物を模したメニューは映えの点からも、記念になる点からもやはり魅力的だなと思う。ペンギンのマシュマロが浮いたフロートも追加で頼んだ。
あつあつのドリンクにペンギンマシュマロが溶ける前に、先にペンギンだけをいただくことにする。
「マシュマロとか、生クリームが乗ったドリンクってちょっと特別感があるよね」
「トッピングってやつだな。確かにひと手間かかってる感じがする。でもこれから先はホットドリンクよりソーダとかじゃないか?」
「それもそうなんだけど、夏は冷房があちこちで効いているから逆に冷えちゃうお客さんもいるんだよね。だから、ソーダ系はもちろん考えるけど、温かい紅茶も考えておいて欲しいかも」
「体を温めてスパイシーというとチャイとかジンジャーか。レモンやミントをいれれば暑いけど爽やかになっていいかもしれないな。レモンミントジンジャーティーとか帰ったら試作してみるか」
「俺は青いドリンクとか色が綺麗なローズヒップ系とかでハーブティーソーダとかできないかなって。ハーブ系のコーディアルをソーダで割ると飲みやすいし美味しいけど、そこに夏らしい色とか風味を加えたくて……シロップとかの方がいいのかな」
ぺちぺち、と肩を叩かれて我に返る。
「旅行の時ぐらいは仕事のことを忘れないとね……」
「職業病だな……」
食べ終えたトレーを片づけて、ペンギンの水槽へ向かう。
ことぱーくのペンギンたちには通りの名前が付けられるという慣習があるらしい。たくさんのケープペンギンたちがぱたぱたと羽を震わせたり、気持ちよさそうに泳いだり、うとうとしたりしている。
換羽シーズンなのもあって、面白い羽の残り方をしている個体も何羽かいた。換羽にはものすごくエネルギーを使うらしいから、面白いというのはペンギンに失礼かもしれないのだけど。
「ペンギンってやっぱりかわいいよね」
「かわいいな」
水槽に映る自分の姿を見て思い出す。そういえばこの旅行のためにペンギンの刺繍が入った色違いのおそろいのシャツを着て来たんだった。白と紺、色は違えどこれはペアルックというやつで、これはつまり水族館デートというやつではないのだろうか。
「ペンギンは可愛いのです。ペンギンを崇めよ」
脳内に届いたこすもすの声に適当に相槌を打って先へ進む。
ことぱーくの名物展示にくらげがある。自分のくらげタイプ診断を終えて、くらげってものすごくたくさんいるんだなと感心しながら、くらげの中心で足を止めた。
ふわふわと漂う白。ほの暗い世界をライトが照らす。平日なので他の観光客はまばらだった。
こぽこぽと水音だけがして、海の底にいるようだった。
落ち着くと同時に、少し怖くなって、隣に立つ圭のシャツの裾をきゅっとにぎる。彼は何も言わずに穏やかな瞳で俺を見た。大丈夫、というように。
その後、くらげの風鈴の音を聞きながらミュージアムショップでオオサンショウウオぬいをふたつ、風呂敷を背負ったペンギンぬいをお迎えしてことぱーくを出る。
「さて、水無月だよ」
とりあえず見かけた水無月を買い求め、ホテルに戻ってから食べることにした。
水無月。夏越の祓の頃、正確には6月30日に食される和菓子。
存在は知っていたものの、実物を現地で食べるのは初めてだ。
「いただきます」
飲み物はとりあえず緑茶を淹れて、フォークで一口サイズに切って口に運ぶ。
「美味しい」
「甘さが控えめで食べやすくていいな」
形は三角形。もちっとした真っ白なういろうの上に、つやっとした粒の小豆が乗っている。
口に入れるともちもち食感とつぶつぶ食感が口の中で上品に溶け合う。
「ごちそうさまでした。これで邪気払いもできたし、旅行終わったらまたがんばらないとね」
ホテルの窓から見える空はどんよりとした梅雨空に戻っていたが、あの向こうには確実に夏が待っているのだ。
「京都はこれから祇園祭か。また雫たちが写真たくさん送ってくるんだろうな。楽しんでるようで何より」
「京都の夏はすごく暑いからね……帰りに伏見稲荷だけお参りして明日は早めに首都に戻らなきゃ」
「そうだな。水族館、和風。いろいろとインスピレーションも得られたことだし」
日常は穏やかに続き、――今年もまた、夏が来る。




