卯月 特別な花 Side 圭
「今年の桜の開花予報は――」
テレビから流れる声に一瞬手を止めた。それによれば今年の桜の見頃は四月に入ってからのようだ。
「そうか、もう春だなあ……」
思い立って窓を開ける。吹き込む風は暖かく、柔らかい。
「お前ももうすぐひなから成鳥になるのかな」
窓辺の植木鉢では、薄桃色の花ぺんぎんが窓の外をじっと見つめていた。
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友希のところから貰い受けた花ぺんぎんのひなは三月の初め頃にピンク色で葉っぱのマントをつけた姿に変化した。らべになんの種類かと聞いたところ、さくらびなと答えが返ってきた。あの庭には桜はなかったはずだけど、どこからか迷い込んできたのか。
「そもそもあの庭には桜なんてないはずだけどな」
「友希さんずっと桜スイーツ試作して、マスターに食べてもらってたでしょう?それに、おふたりにとって桜は、何か重要な、特別な意味を持つ花なのでは?」
確かに桜は俺たちふたり、いや四人にとっては特別な花だ。
あの日。舞い散る桜の下で俺たちは再び巡り合った。ある意味では桜が繋いだ縁なのだ。
「そうだけど、それと花ぺんぎんのひながさくらびなになるのとなんの関係があるんだ?」
「花ぺんぎんのひなはマスターとなる、懐いた相手と縁の深い花に変化すると言われています。さくらぺんぎんはさくらびなという特殊形態を持ち、渡りをするちょっと変わった花ぺんぎんなんですよ」
さくらびなはぴぃ、と鳴いた後、うとうとと昼寝を始めた。
「渡り?」
「ええ。桜前線とともに彼らは集団で北上していきます。なので、さくらぺんぎんは集団に加えてあげる必要があるんです。具体的には桜が満開になってさくらぺんぎんになったら、お花見に行きましょう。マスターはそこで見つけた群れに、さくらぺんぎんを預けてください」
「わかった。友希にもPENGで連絡入れとく。俺も事務所に相談してみるよ」
さくらびなは暖かい陽光を浴びてすやすや眠っている。
「……それまではよろしくな」
起こさないようにいつもより小声で呟いた。
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「絶好のお花見日和だね」
お花見当日はよく晴れた暖かい日になった。川沿いの桜並木を抜けて人が少ない方を目指す。友希はこの日のために気合いを入れた重箱を両手に持ち、俺は肩にさくらぺんぎんを乗せていた。
「それにしても私たちまで都合が合うなんてね」
「そうだね。ちょうど原稿が終わったところで……」
その後ろに続くのは梓と梨華。勝手知ったる高校生時代からの同級生にしてリア・クロスの創立メンバーだ。ふたりとも最近は忙しいと聞いていたが、今日はたまたま都合が合った。
「これも桜の導きってやつかもな」
「あの時と同じように?だったら桜も粋な計らいをするものね」
梨華の目線は肩に乗っているさくらぺんぎんに釘付けだ。なにしろ彼女は無類のペンギン好き。最近はペンギングッズ制作もはじめて、作家デビューしたらしい。
そういえばピエトラにもアクリルキーホルダーがいくつか置いてあったような。
「梨華、さくらぺんぎんが気になるなら触ってみるか?」
「えっ?で、でも花ぺんぎんってマスター以外に懐かないんじゃ」
「個体差はあるのです。でもちょっと至福のもちもちを味わうぐらいは花ぺんぎんならウェルカム。むしろなでなでは好きです」
こすもすぺんぎんにそう言われて、躊躇いがちに梨華が手を伸ばして、さくらぺんぎんの頭をそっと撫でた。
「も、もちもち……かわいい……もちもち……」
さくらぺんぎんもまんざらでもなさそうで、嬉しそうにぴぃ、と鳴いた。
しばらく歩くと、人がいない静かな場所に辿り着いた。
満開の桜の下にレジャーシートを引いて、全員が座ったのを見た友希が重箱を開く。
「はい。お花見弁当。食べやすいようにご飯は丸いおむすびでいろんな味を作ってみたんだ。定番の海苔、わかめ、梅。あとはシソに鮭。ツナマヨとかもあるよ。あとは卵焼きに唐揚げ!タコさんウィンナーに鶏つくね。デザートは、食後のお楽しみ」
「飲み物はさくら紅茶にしてみた。あとはオレンジジュースや普通の麦茶もあるから言ってくれ」
人数分の取り皿と飲み物を配り、「いただきます」の合図で各自食べ始める。
花ぺんぎんたちには「おさかなくっきー」。とはいえこすもすやらべは基本なんでも食べるのだが。
「美味いか?」
さくらぺんぎんは嬉しそうにぱたぱたっと羽を振っておさかなくっきーを食べ終わると、近くにある桜の樹を登り始めた。
「……元気でな」
さくらぺんぎんは一瞬振り返り、くえ、と鳴いてそれきりもう戻らなかった。
ちなみに友希の持ってきたデザートは桜のシフォンケーキ。
ピンク色の生地はいちご味で、トッピングに桜の塩漬けが乗っている。
甘いものはそこまで得意ではないけれど、塩漬けのしょっぱさが良いアクセントになって食べやすい。生地はふわふわで、春の匂いがした。
賑やかなお花見はあっという間に終わった。陽は傾き、空になった重箱を抱えて来た道を戻る。梨華はどこかで見つけて来た花ぺんぎんの種をプラスチックのカップに入れて大事そうに抱えている。彼女が孵した花ぺんぎんはすくすく育つだろう。
「今日は楽しかったわ。料理も美味しかったし。また来年こうやって会えたらいいわね」
梓の言葉に全員が頷く。
夕陽に照らされた桜は金色に輝いていた。
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陽が落ちる前に部屋に戻る。
さくらぺんぎんがいた空の植木鉢はやっぱり少し寂しい。
今日はお花見で、久しぶりに四人で会ったから、余計に。
そんなことを思いながらベランダのミントを見て、驚いた。
「これって」
緑色の、ミントの香りを放つ種がそこにあった。
「……よろしくな」
空の植木鉢に、プランターの土を混ぜて、種に軽く土をかける。
その上からたっぷりと水をやった。
さて、この子はいつ頃孵るだろうか。




