霜月 紅葉狩り小旅行 Side 友希
ハロウィンを過ぎると、秋は一気に深くなる。街中には早くもクリスマス用品が並び始め、クリスマスケーキの予約が始まる。今年も早いものであと二か月。
「晴れてよかったね」
「ああ。気温もそこまで低くはないし」
俺は圭と箱根に紅葉狩りに来ていた。
「しかしあっさり許可してくれるとは思わなかったよ」
俺は答えの代わりにPENGの画面を見せた。
発信者は雫で、陽とふたり満面の笑みで紅葉を背に撮った写真。それが数枚続いている。最後に割引クーポン。
「これ見てたら行ってみたくなったんだ。……あと、なんかどこかの紅葉谷でなんか色々あった記憶があるようなないような気がして不思議と懐かしくて。ちょうどお店も忙しいのが落ち着いたし……」
「そう言われるとなんかあったような気もするよな……温泉とかあったような?
ただ、まあ今の時期は秋の温泉特集とか多いから、そのせいかもな」
「温泉、か……そういえば箱根には日帰り温泉があったような……」
最近ハロウィンスイーツやメニュー開発でずっと忙しかったから、のんびり温泉に浸かるのもいいなあ。でも、さすがに泊まりはお店もあるし難しいかな。
「あ、あのさ友希」
金色に染まった銀杏の下で圭は突然足を止める。
「……取ってあるんだ、部屋」
「え?」
あまりにも唐突な言葉に思わず聞き返す。ぱらぱらと銀杏の葉が降ってきた。
こういう樹にはいちょうぺんぎんがいる。彼らはほんのちょっぴりいたずら好きなのだ。いや、そうじゃなくて。
「だから、今日泊まるの旅館。今日は、ふたりでお泊まりだ」
**
話はハロウィンの頃に遡る。
「ゆー兄は働きすぎだと思うんですよ」
こんなメッセージが唐突にPENGに届いたのが全ての始まり。
差出人は隼陽。
「まあ、それは俺も思うけど」
「ですよね!ゆー兄はワーカーホリックなところがあるので……最近あんまり寝てないみたいでだいぶ心配なんです。ハロウィンが終わってお店の人出がおさまったら、どこか静かな場所で綺麗な景色を見て温泉に泊まる一泊二日旅とかしてもらいたくて」
温泉。実に魅力的な響きだ。最近は俺もクリスマスライブの練習で忙しく、まとまった休みはなかったし。
「いいな、温泉。ハロウィンの後なら紅葉が綺麗なところがいいかも」
「じゃあ圭さんとゆー兄で一泊二日温泉旅行してきてください」
「は……い……?」
隼陽のその言葉に圭の思考が一瞬固まる。
「い、いやいやいや?えっ、休暇ならひとり旅とかじゃないのか?俺がなぜそこで」
「冷静に考えてください。ワーカーホリック気味でお人よしな人間がひとりで温泉旅行とか行ったら美味しいスイーツも料理も全部仕事と結びつけると思うんですよ。そして従業員のお土産で真剣に悩み始める」
「あー……」
まさにその通りだったなあと夏の小旅行を思い出して圭は頷いた。
「だから、圭さんに主導権握っていただいてですね。仕事から離れてのんびりさせてあげて欲しいんですよ。もうチケットは鳥束に手配してもらってるんで。なので圭さんは自然にゆー兄を箱根に紅葉狩りに連れて行ってください。これは俺たちからのひと月遅れの誕生日プレゼントです」
**
紅葉狩りを終えて入った喫茶店で俺はお団子とほうじ茶のセットをのんびりと味わっていた。
「はあ……和菓子もいいなあ。歩いたから甘味が染みる……」
目の前では圭が抹茶プリンを食べている。抹茶スイーツ系は少しほろ苦だから甘いものが苦手でも食べやすいのだと思う。そういえば京都で食べた抹茶屋さんの茶そばは温かくて美味しかったなあ。
「というわけで泊まりだから、たくさん時間はあるわけだけど」
「とりあえず観光マップを見る限り徒歩で行ける九頭龍神社から白龍神社か」
湖畔沿いの道を数十分のんびりと歩く。森の空気は澄んでいて心地よい。ひっそりと佇む朱色の本殿にお参りして、水に溶ける誓願符でしっかりお願いもしておいた。
紙が水に溶けていく様子は、じっと見ていてもやっぱり不思議だと思う。
そういえば雫が、京都の地主神社で水に溶けるタイプのお祓いをしたけど多分効果めちゃくちゃあったと思う、と話していたのをふと思い出した。
次は白い鳥居の白龍神社へお参り。そのあとはまたゆっくりと湖畔沿いの道を歩いて、今日泊まる旅館へ。この旅館はレジャー施設の近くにあるので色々と便利だ。部屋の窓からは富士山が見える。改めて遠くに来たんだなと思った。
「楽しかったな」
「たまには、首都を離れるのもいいだろ?隼陽たちに感謝しとけ」
「こすもすも!楽しんだのです。ますたーたちのお邪魔にならないよう姿を見えなくしていたのですがこすもすからはのがれられないのです」
部屋の畳にごろん、と寝転がる。思えば畳に寝転がるのって何年ぶりだろう。隣で圭も畳に寝転がっているけれど、ふたりで畳でごろごろしたのは、異世界のあの時ぐらいか。圭の家はフローリングだったからむしろソファでうたた寝したりしていたなあ……
隣を見ると圭は小さく寝息を立てていて、お腹の上でこすもすもすやすや眠っている。その光景がたまらなく愛しくて、同時に少しだけ悲しかった。
「……大丈夫だよ。きっと守ってみせるから」
小さくつぶやいて、いつの間にか俺も眠っていた。
**
目を覚ますと陽は既に落ちていて、部屋は薄暗かった。照明をつけてカーテンを閉める。まだ寝ている圭を起こさないように部屋に備え付けの露天風呂へ。
「ふあああ……」
気持ちいい。気持ち良くて気の抜けた変な声が出た。
空にはまだ昇ったばかりの月が見える。ぽかぽかした湯船の中で存分に手足を伸ばす。のぼせないようにだけ注意しないと。着替えは……部屋にあった浴衣でいいか。
「圭ー露天風呂いい感じだったから、夕食の前に早く……」
「あ、ああ……」
俺を見る圭の顔が少し赤くなっていたのはなぜだろうと思いながらドライヤーで濡れた髪を乾かす。ふわっとシャンプーのいい香りがした。
それから少し待つと夕食が運ばれてきた。
「いただきます」
その土地の名物を食べるのこそが旅行の醍醐味。新鮮な食材で作られた料理はどれもおいしかった。
「ごちそうさまでした」
お腹を満たしたところで明日の予定について話し合う。
「とりあえず駒ヶ岳ロープウェイに乗って山頂の箱根元宮にお参りして帰るってことで」
**
お参りを終え、山頂から下りのロープウェイに乗る。
眼下の景色は色とりどりに染まっていた。
あっという間の短い旅だったけれど、また来たいな、箱根。
お土産と、帰り道で食べるためのお弁当を買って帰路につく。今からなら陽のあるうちに帰れそうだ。
「友希、どうだった?」
「もちろん、楽しかったよ。でも、多分俺ひとりだったらずっとスイーツ食べ歩きとか仕事のことばっかり考えてた気がする。だから、圭がいてくれてよかった」
「その言葉が聞けて、よかった。俺も楽しかったから」
さあ、帰ったら隼陽たちに旅の思い出を話そうか。




