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神無月 しるしのピアス Side 圭

「ピアスとかどう?」


 唐突なメッセージがメッセージアプリPENGに届いたのはある晴れた秋の午後のこと。


 しばらく考えて、そういえば雫に友希の誕生日プレゼントの相談をしていたことを思い出した。


「悪い虫除けに指輪とかネックレスも考えたけど、食品扱ってるとなかなかつけづらそうでさ。ピアスならずっとつけてても影響ないかなって思ったんだよ。マグネットピアスじゃなくてちゃんと穴開けるやつ。良さそうな店知ってるから興味あったら返信しといて」


 改めてメッセージを見返して考える。


「ピアスか……」


 基本的に毎年スイーツチケットや手作りケーキなど食べ物を渡してきたがそろそろ形に残る、それも「おそろい」のものを贈ってもいい気がする。


 しかし、ピアス、ときた。マグネットピアスなるものもあるようだが、落下の危険性が低いのはやはり穴を開けるタイプだろう。


 友希は料理が本当に好きで、喫茶店ピエトラの店主をしているのだし、ピアスが落ちてスイーツに混入でもしたら大惨事だ。


 ただ、友希がピアスを開けることに同意してくれるかという別の問題もあるし、訊いてしまえば誕生日プレゼントがバレてしまうし。


「……とりあえず自分の分を先に買ってくるか……雫、暇かな……」


 ピアスを買いに行きたいと返信するとすぐにPENGにオオサンショウウオのスタンプが返信されてきた。


**


「……開けてしまった」


「思い切ったなーとは思うけど、表の顔はアーティストなんだからこれぐらいはオシャレのうちだと思うぜ。そういえば陽のピアス開けたのは俺だったな……誕生日にアクアマリンのピアス贈って。翌年俺はサンストーンのピアスを陽からもらってお揃いになった」


「あれ、その石って」


「そう、お互いの守護石ってやつ。もう何があっても離れたくない、離さないって思いを込めて。あと、単純に悪い虫除け。陽って顔きれいだし、ちゃんと俺のものって主張しときたくて」


 俺のものと言い切れる雫は強いなと思う。もっとも、彼はそう言い切れるだけの愛と時間を恋人――畑野 陽に注いできた。


 事情で見た目がもはやほとんど変わらない俺たちは忘れてしまいそうになるが、現実世界では世界の形が変わってもう数十年が経っている。そして数十年、彼らは触れることさえ叶わなかったのだ。雫が陽を取り戻し、身内だけの結婚式を挙げたのはまだほんの一年前。つまりは新婚ホヤホヤというやつ。リア・クロス本部に戻ってきた陽は、昔よりも笑顔が増えて、デスクにオオサンショウウオグッズも増えた。最近はばすぴすすという古代魚サカバンバスピスをモチーフにしたものもちらほらある。明らかに雫の影響だと思う。正直微笑ましい。


「俺は流石にそこまでは言い切れないけどさ……でも、お守りぐらいにはなればって。昔ほど一緒にはいられないから……お互いに」


 目的地に着いたらしく、雫が足を止める。


「予約しておいた空野です。直さん……店長に取り次いでください」


**


「えええ!?そんなもらえませんよ。だってダイアモンドですよ俺の守護石!」


「まあまあそう言わずに。こちらのオパールのピアスもセットで」


 【本来の幸石堂】に通された俺たちに、店主である氷上 直は小さな箱をふたつ差し出した。何気なく開けてみると見るからに高そうなダイアモンドとオパールのピアス。それをタダで譲ると言われて今俺の脳内は半分パニックになっていた。


 ダイアモンドに隠れがちだがオパールも紛れない宝石。カンテラオパールやプレシャスオパールを調べてみて、その値段に驚いたものだ。


「というよりあと貴方達だけなんですよ。ピアス受け取ってないの。誤解のないように言っておくと、これは石守依音――アイオーンの遺したものです。貴方達の守護石で作った貴方達のためのピアスだって」


「依音さんの……じゃあ受け取らないのも失礼だな……」


 箱をそっと手に取って鞄の中に大事にしまう。友希もきっとピアスをすることに同意してくれるだろう。石守依音は自らの全てでこの世界を守ったのだから。


「ちなみに一度つけると不思議な力で外れないらしいけど、この際ピアッサー買って開けてあげなよ、友希に」


 ――大切な人に所有印ぐらい刻んでもいいんじゃない?世界を敵に回すなら、どこに行っても連れ戻せるように、さ。


 耳元で囁くような雫の声は、ひどく胸に残ってざわつかせる。


「所有印」なんて、傲慢そのものなのに。


**


「誕生日おめでとう、友希」


「ありがとう、圭。手作りケーキ、と?」


 小さな包みを見て、「開けていい?」と聞かれたのでいいよ、と答える。


「これ、ピアス?」


 中にはダイアモンドのピアス。あの日、受け取った依音さんからのプレゼント兼俺から彼に贈るお守り。


「依音さんが遺していたらしいんだ。俺はオパールのピアスだった」


「オパール、って俺の守護石……あ、そっか、だからダイアモンドなんだ。でも、俺ピアスなんてつけられないよ。だって穴、開いて……」


 友希の目が俺の耳で止まる。そこには開けたばかりの穴がぽっかりと。


「友希。オパールのピアスを俺の耳につけて欲しい。……それで、そのピアス開けても、いいか?いや、その、無理にとは言わない……けど……」


 友希は少しだけ困ったように笑って、「いいよ」と言った。


 空洞という形で刻んだ所有印をダイアモンドのピアスで埋める。


「似合うかな?変じゃないよね……?」


「変じゃない。なんというか、嬉しい」


「嬉しい?もしかしてお揃いだから?」


 ――それとも、ようやく、所有印をつけられたから?


 耳元で囁かれて、耳まで真っ赤になってしまう。


「ゆ、友希、急に何を」


「あはは。ごめん、雫の受け売り。積極的な圭も悪くないと思って。それに、俺も嬉しいよ。どこにいっても、圭のそばに、この世界に戻って来られるような気がするから。それにはきっと【重い】方がいいんだ。俺の【系譜】は、多分【軽さ】に慣れすぎているから」


 【金の瞳】の生は悲しいほどに短かったとディアマンテは言っていた。この世界での成人年齢に満たないものも多かった。【管理者】の作り出した人であって人ではなく、異分子ゆえに孤高であり、美しい存在である彼らの命の価値はひどく軽かったのだろう。その上に心も身体も道具のように扱われて、彼らの意思などはプログラミングでほぼなくされていたと聞く。


 俺たちは、その時代を知らない。きっと友希も。それでも、どこかに積み重なった痛みが、刻み込まれていて。


「……【重い】方がいいならいくらでも重くできるぞ。付き合いが長いだけあって色々あったし、今だって……」


 ふわりと友希を抱きしめる。耳に光るダイアモンドがきらりと光る。


「……大丈夫。もう充分、圭は【重い】から。それに、悪夢もまだ見てるんでしょ。……大丈夫だよ。ただの夢でも、万が一、別の世界の圭が本当に別の世界の俺を殺してたとしても、ここにいる圭は何もしてないし、俺はちゃんとこうして生きてる。それに、多分理由があると思うんだ。俺だって、死ぬの、怖いんだよ?いくら圭相手でも、理由がなかったら抵抗するからね?」


 そっと触れるだけのキスをして、友希は赤くなった顔を背ける。


「……あと、【重い】方がいいなら俺だって……前世とか考えると圭だって無茶ばっか……してるんだから。俺が【軽い】のは否定できないけど、俺だって……不安なんだから。梓が言ってたよ。【風は繋ぎ止めておけない】って。だから、その……オパールのピアスしてくれたのすごく嬉しいし……そのためにピアス開けてくれたのも嬉しいし、しるしつけてくれたのも嬉しい……ってああ、もう何言ってるんだろ。雫のせいだ……あの幸せ新婚オーラに当てられたんだ!」


「……ゆ、友希、幸せでどうにかなりそうだからその辺で」


 やばい。これ以上は本当に、理性がやばい。


「元はと言えば圭のせいなんだから!……それに、幸せでもいいんだよ。誕生日ぐらい。毎年、プレゼントもらって、一日圭とのんびり過ごしてたわいない話して。それが本当に……俺は幸せなんだ。だから圭も今日ぐらい幸せに溺れたらいいと思う」


 へにゃりと笑う彼の笑顔に「そうだな」と返し、触れるだけのキスを落とす。


「じゃ、今年の俺の手作りケーキ食べようぜ。紅茶淹れてくる」


「俺のジャッジは厳しいよ?楽しみにしてるね」


**


 圭が台所に消えたあと、ぴょこんとこすもすぺんぎんが顔を出す。


「毎年確実に上手くなってるのはすごいと思うのです。こすもすは認めてやるのです。らべぺんも紅茶の腕は認めてるのでもういっそふたりで喫茶店やればいいと思うのです」


「こすもす、いいこと言うね。ふたりで、喫茶店……そうだね。これから一年後に最終決戦が来る。そのあと俺が生きていれば、そうしたいな」


 こすもすがぺち、と友希をはたく。


「ますたーはもっと前向きに生きるのです。というか生きてやるのです。はやひーぐらい生にしがみつくことを覚えるのです。次は、もうないんですから。……もうちょっと圭のこと信じてあげて欲しいのです。彼は……どの世界でもますたーの幸せのためだけに動いているのですよ」


「え……?それってどういう……」


 友希の疑問は、明るい声と紅茶の香りに溶けて消える。


「お待たせ。こすもすもオレンジペコでいいか?今年はチョコレートケーキにしたから合うかなって思って」


「美味しそうです!」


 こすもすは期待で羽をぱたぱたさせている。プリンやケーキやおさかなくっきーなど彼女はなんでもよく食べる。


「あのさ、全部終わったら雇って欲しいんだよ喫茶ピエトラに。紅茶の腕だいぶ上がったと思うし、そばにいたいから。……そんな未来を俺が見せてやる」


「それは楽しそうだ。見せてよ。そんな未来を、俺に」


 そっと指切りを交わすふたりの耳に、決意のしるしは静かに煌めいていた。

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