第8章あれから奇跡が次々と
2023年は大阪府の文化芸術コンテストに、またノミネートしたが「受賞者は、お断りしている」と断られてしまった。新たな人にチャンスを与えたいとの配慮だろう。受賞した後、3曲のオリジナル曲ができた。ボランティアで舞台に立つことはポツポツあったが、目標を失ってメンバーは落胆していた。私は無謀にも2025年の大阪関西万博への出演を狙っていた。パリやタイのジャパンエキスポも、ノミネートして舞台を射止めていた経験があったから。『どうやったら舞台に立てるのか?』あちこちにアンテナを張り巡らせていたら夏頃、募集要項を探し当てた。年末までのノミネートだったが、スタッフの人が難色を示した。「要項を読むだけでも多すぎて時間が無い」と断ってきた。そこで、全ての必要書類を送ってもらって、長い文章を読み込んだ。確かに大変な作業になる。でも諦められない。「書くところは全て私がやるので、文章を流し込んで欲しい」と懇願して協力を得ることができた。もちろん、文章だけではノミネート用紙は埋まらない。写真や舞台の配置図、資料などなど。さすがに世界的な国のイベントだけあって作業は果てしなかったが、頼んだ人が優秀だったので助かった。面倒な書類を完璧に仕上げて提出してくれたのだ。しかし、プロでもない、障害者の集まりの名も無い【カラフルな天使たち】が、受かるとしたら【いのち輝く】という万博のテーマが、障害や年齢や性別や国籍等関係なく互いを尊重し合える社会作りという理念に、のっとっていることぐらいだと思っていた。もちろん、しきりにと活動はあちこちでしていた。ギャラが出るイベントもあった。見た人が感動して涙まで流してくれた経験が自信にもなっていた。でも、世界157か国が集う世界的なイベントだから、メンバーは私の妄想だとしか受け取っていない嫌いがあった。2024年の5月に結果発表があるのは知っていた。その月に新たな歌が誕生した。日本の言霊の中でも一番だと思われる【ついてる】という言葉を入れ込んだ【ラッキーパワーコール】だった。その歌を歌いながら、万博の舞台で歌えることをイメージしながら。すると、本当に選ばれた。夢のようだった。ただ、それからの作業も大変だった。全てがネットでのやり取りで、質問も全てAIで、要領を得られなかった。出演者の個人データも、同行するスタッフやボランティアのメンバーも、まだ決定していないのに入力することを迫られた。緻密な作業も、優秀なカラフルの所長がいなければできなかった。来年の4月スタートするエキスポは全てのシステムが未来型で、今まで経験のあるプロデューサーでも手を焼いたことだろう。カラフルな天使たちのユーチューブもイベントも、そこから大阪関西万博の成功を応援するメッセージを入れた。否定的なマスコミやネガティブキャンペーンにもめげずに、エキスポで世界中の人々と繋がり、平和で差別の無い世の中が到来することを心から信じて歌っていた。万博のためのオリジナル曲も2曲作って歌うようになった。




