第5章 サピエ図書館で耳で読みまくる幸せ
これまでの道も、様々な試練の連続だったけれど、自分の魂磨きのための修行だと思えば、ありがたい。こんな風に考えることができるようになったのも、サピエ図書館という、本を読んで聞かせてもらえる視覚障害者のサービスを受けられるようになったから。プレックストークという機械を一部負担で安く購入したおかげで、本をダウンロードして、いくらでも聞くことができるようになって2年で千冊以上、今までに1800冊の本を読むことができて、発想が変化したおかげだと思う。成功哲学から精神世界系、医学や薬学、もちろん文学なんでも、次々と読みあさり、目からウロコ。宇宙の摂理とか神様や目に見えない世界のことなどなど。目は見えなくなったから、心眼が開けた感じで、毎日が楽しくて仕方ない。考えてみたら、幼い頃から本が大好きだった。いつの頃からか、読む時間が無くなって、大人になったら、本屋に行くことも図書館に行くことも少なくなっていたことに、気づいた。読まなかった年月を埋めるかのように、次々に寝る間も惜しんで読んだ。SNSが発達した今だからできること。昔ならば、八重洲の本屋や国会図書館に行かなければ手に入らなかった本も、ネット検索で読むことができる。ボランティアの人々が長年かけて何万冊も読んで録音してくれたおかげで。しかも、無料で好きなだけ読めるという幸せ。目の障害がなければ、いや多分盲目にならなければ耳で本を読むなどということは考えもしなかっただろう。視野が狭くなっても、目が見えている間は、やはり視覚に頼っていた。たった5パーセントでも見えていた時は、ガラケーの小さな画面を使って必死でメールを読み書きしていた。7年前、とうとう盲目になって文字どころか多くの事を諦めざる得なかった。それは、死にも等しい絶望の日々でもあった。体も病んで、動かなくなったので肥満にもなって、何もやる気になれなかった。動けば何かを踏み、転げてケガをする。少しでも見えていた時は、白い杖を持って、危ないのだけれど本人には自覚が無くて外を歩いてもいた。一人でも、できることは多かった。不自由だったけれど、誰かに頼まなくては何もできないということはなかった。しかし今は、いつもヘルパーと一緒。メールも電話も、預金通帳の中身まで個人情報など言ってられない。別に隠し事があるわけでも無いけれど、絶えず人の目にさらされているというのは気が滅入る。




