第4章 消えた障害者年金
日本は素晴らしい国で、貧しくとも生きていけるシステムが充実している。特に大阪市は障害者や老人、子供たちには手厚い。障害者は市バスや地下鉄の無料パスが頂ける。美術館や、プールなどなど、公共の施設も、無料で利用できる。稼げない障害者でも、芸術やスポーツを楽しめるのは、ありがたい政策だと思う。しかし、そんなサービスがあっても、老人介護の方に注目しているせいか役所の人に聞いても知らない事が多い。知らないなら、いい加減なことを言わなければいいのに、嘘を教えて事なかれ主義を決め込むのはやめて欲しいものだ。私のように障害者年金の恩恵を受けられず貧困に苦しんでいる人も多いはず。私もそうだった。バイトもパートも雇ってはもらえない。資格を取るにも先行投資する余裕はない。結婚していても共働きで、やっとの、この時世。そのために社会保険なるものを毎月かなりの金額かけているはずなのに。保険なるものは、請求する段になると、手厳しい。
障害者年金なるものもあるが、なかなか認定されるのは困難。中途で障害を持つと、こんな特典が社会保険をかけていたらあるなんて、知らないまま数年間が過ぎた。NHKの特集番組で紹介されるまで、私も区役所の人に何度聞いても「ご主人が収入がある人は関係ないと思います」と自信満々に嘘を教えられて、『おかしいなぁ。もらえている人がいるのに』と首をかしげてばかり。もちろん、そんな情報を知らない家族に言っても無駄。そして役所の人も適当なことを言って障害者年金のことを知ったのはテレビで盛んに言われ出してからのようだ。国民保険の窓口で、やっと社会保険事務所に行くようにと案内されたのは、実に障害者として認められて15年以上も経っていた。私に間違った情報を流して年金を受け取る機会を遠ざけた人も何の責任も取らぬまま。『その年金さえあれば、娘たちが大学の奨学金という多大な借金で苦しむこともなかったのに』と思うと、その怒りを、どこに向けていいのか?しかも、社会保険事務所で、そのことを話し、受け取れなかった年金について相談し「どうにかならないのか?」と聞いても「5年前の事については請求できない」と取り付く島が無かったが。それから10年過ぎた時、YouTubeで5年前までのは請求できると聞いて・・・。『つまりは、10年前、社会保険事務所の人は、15年前のことだから請求できないと言ったけれど、その時から5年前までのは請求できたってこと?』と思った時にはすでに10年経っていて請求できないって、どういうこと?たぶん、窓口の人も知らなかったのだろうと諦めるしかないの?受け取ることができたのに、担当者が無知のせいで手にできなかった1500万円ほど。それだけあったら、どれだけ楽だったろう。知らないために、貧乏を舐め尽くした、あの当時のみじめな日々が思い出されて今でも悔しくて仕方ない。だから、目が見えなくなる恐怖と闘いながら、必死で自分が社会で活かされ稼げる事を模索し、チャレンジできたのかも知れないと今は自分に思いこませている。




