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縛解師  作者: ネルソラ
9/11

第二話 讐たる(あたる)(3)

 蛇幸丸(じゃこうまる)と名乗った男が去ったにも関わらず、僕は吐き気が収まらなかった。


 その理由がわかる。


 おそらく十メートルぐらい先にあるT字路あたりに、何かいるのだ。


 それがこの気持ち悪さの原因。


 僕は、落としてしまったカメラを手に取り、レンズを(のぞ)く。


 が、やはり何も見えない。


 目で見ると、ぼんやりとしたものがあることはわかるのだが、カメラを通すと、それが写らない。


 ダメだ、僕はゆっくりと後退りする。


 ドカっ!


 と、後ろから、何かがぶつかってきた。


 まさか、さっきの男か!?


「お前は、馬鹿か」


 この声は⋯。僕が顔を向けた先には、ハナツさんがいた。


「ハナツさん!」


 相変わらず、冷たい視線を僕に向けてくる。


 彼女が来てくれたからなのか、吐き気が少し軽くなった気がした。


 そして、心の中に、ほんわりとした温かみを感じる。


 彼女はゆっくりと、嫌な感じがする方に歩を進めた。


 その姿を追うように僕は視線を動かしていく。


 と、さっきまではぼんやりとして、何も見えなかったのに、人影のようなものが見えた。


「霊⋯!?」


「お主、やはり見えるのか?」


 前にも聞かれた気がする。


「ぼんやりですけど、たぶん、女子高校生のように見えます」


 制服を着ていて、身長は160センチぐらいだろうか。


 おぼろげで、顔はよく判別(はんべつ)できない。


「そうか、見えるのか。とりあえず、そこで見ておれ」


 彼女は、霊の方に向かいながら、再び胸の前で両手を動かし、◯や△のような形を作る。


縛解術(ばっかいじゅつ) 止式(ししき)!」


 そう叫ぶと、霊の方に向かって紙のようなものを投げつけた。御札のようにも見える。


 それが霊の周りを舞う。


 と、霊の姿がよりはっきりと見えるようになった。


 もしかしたら、この状態なら()れるかもしれない。


 僕はカメラを霊に向けるが、やはり写らない。


 霊は見えない、写らないということか。


「霊は写らんと言ったろう」


「あ、あの⋯」


「黙っておれ!」


 ハナツさんが一喝(いっかつ)する。


「ハナツ様、先程まで蛇幸丸(じゃこうまる)がおりました」


 抑揚(よくよう)のない平坦(へいたん)な声。


 いつの間にか、シノブがハナツの後ろに控えていた。


 ハナツは振り返り、シノブを凝視(ぎょうし)する。


 その表情に僕はブルリと(ふる)えた。


 端正(たんせい)な顔立ちは変わらないのだが、眉根(まゆね)を大きく寄せ、すべてを(つらぬ)くような眼光(がんこう)に。


「お前は、何者じゃ」


「いや、だから、普通のオカルト系ライターですって」


 本当に何も知らないのだ。


 蛇幸丸(じゃこうまる)と呼ばれた男には初めて会ったし、そもそも、なぜいきなり霊が見えるようになったのかもわからない。


 ハナツがツカツカと僕の方へ歩み寄ってくる。


 そして、しゃがみ込み、地面に散らばった例のレポートを手に取った。


貴様(きさま)は、どこまで知っておる」


 お主、お前、貴様と、僕の呼び名は確実にランクダウンしている気がした。


「本当に何も知らないですって」


 何かに巻き込まれていることは確かだが、身に覚えがまったくない。


 と、ハナツの後ろにいた霊が、蠢動(しゅんどう)するのが見える。


 そして、ハナツの背中に向かって、白い玉のようなものが発した。


 ウゲッ。


 災難(さいなん)続きである。


 僕は咄嗟(とっさ)にハナツを(かば)い、白い玉のようなものを背中で受けた。


「お主、何をしている⋯」


 どうやら呼び名は再びランクアップしたようだ。


「いや、何か玉が来たので、思わず⋯」


 烈火(れっか)のごとく(いか)っているように見えたが、いつの間にか彼女の表情は、水が()んだように、落ち着きを取り戻していた。


 それにしても顔が近い。


 こんなに女性と顔を近づけたのは、人生初めてだ。


 そして、綺麗すぎる。


 心做(こころな)しか、キンモクセイの香りがしたような気がした。


 このまま倒れ込んでしまいたいと思った矢先、身体がぐるりと横に回転し、僕は天を(あお)いだ。


「そこで大人しく寝ていろ」


 彼女はそう言って、再び霊と対峙(たいじ)する。


縛解術(ばっかいじゅつ) 痿式(にしき)!」


 彼女がそう(とな)えると、女子高生の形をした霊がブルブルと振動する。


 前の時と一緒だ。


縛解術(ばっかいじゅつ) 散式(さんしき)


 ハナツさんが霊に向かって、長い針のようなものを投げつけた。


「その想い、解き放つ! 縛解(ばっかい)!」


 霊は大きくブルリと揺れたあと、散っていくように消えていく。


 その瞬間、僕の視界は再び白くなり、女子高生が道を歩いているイメージが見えてきた。


 これは、眼の前のT字路(てぃーじろ)と同じ場所だろうか。


 そこに(もう)スピードで車が突っ込んできて、そのまま彼女にぶつかっていく。


 (はじ)き飛ばされていく彼女、そして(ゆが)む表情。


 彼女は壁に激突し、軽くバウンドして、そのまま道路に突っ伏した。


 車から男が(あわ)てて出てきたが、彼女を一瞥(いちべつ)し、周囲を見渡した後、再び車に乗り、その場を走り去った。


 彼女の視線の先には、学校指定のカバン。


 カバンについているお守りに、手を伸ばそうとするが、身体がそれ以上動かなかった。


 徐々に視界が狭くなっていき、そして暗転(あんてん)する⋯。


 と、コンクリートの道路が目に飛び込んできた。視界が戻ったのだ。


 何だ⋯今のは。


 いつの間にか、ハナツさんが僕の(そば)に立っていた。


 その眼からは、涙が流れている。


 前と一緒だ。


 そして僕もまた、涙を流していた。


「何か、見えたのか?」


 僕はたどたどしい口調で、今見た映像について話した。


 話しながら、映像として見えた女子高生の顔は、さっき道路で見た霊の顔に似ているようにも思えた。


 僕の話を聞いているハナツさんの表情はどこか物憂(ものう)げで、寂しそうに見えた。


「お主、大丈夫か?」


「全然平気です。というか、霊って幻影なんですよね? 僕は何かをぶつけられたような感じがしたんですけど⋯」


「身体ではない、心じゃ」


 心?


「うーん、どうなんだろう。ここに来たときは嫌な感じがしたんですけど、今は何か心がスーッと軽いです」


 彼女は(くも)りのない真っ直ぐな、どことなく温かみを感じるような目で僕を見てくる。


()かれている感じはせんな」


()かれてるって? もしかして霊にってことですか?」


「正しくは、人の(おも)いにじゃ。生きたいという(おも)い、死にたくないという(おも)い。それが変容して、生きるものへの嫉妬(しっと)へと変わ⋯」


 言い終えないうちに、ハナツさんが力が抜けたようにペタリと座り込む。


 すかさずシノブが彼女を支えた。


「とりあえず、移動しましょう」


 淡々(たんたん)とした口調で、シノブが言いながら、ハナツを背負い歩き出した。


 僕も(あわ)ててシノブの後を追う。


 あの小さな身体のどこに、ハナツさんを背負えるほどの力があるのか。


 そんなことをぼんやりと思った。

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