第二話 讐たる(あたる)(2)
あの角を曲がった先に、何かある。そう僕は確信した。
僕は走りながら、カバンにしまっておいたカメラを取り出しにかかる。
スマホでは撮影できなくても、カメラならもしかしたらと思ったからだ。
角を曲がると、そこには⋯ハナツさんではなく、癖っ毛の白い装束を来た男の後ろ姿が見えた。
「その想い、縛りつける」
男は低く、ゆっくりと言葉を発した。
モヤモヤとは違う、トゲトゲの感覚が僕の胸を刺す。
と、急に吐き気が襲ってきて、思わず僕は膝をつく。
空いたままのカバンの口から、持ち歩いていた資料が散乱する。
とても嫌な感じだ。
ゴトリと、僕は手からカメラを落としてしまう。
その音に反応したのか、男がと振り返った。
「これは珍しい」
少ししゃがれたような、落ち着いた低い声だが、今は逆に心を押しつぶすように感じられた。
男はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「君は、見えるのか?」
男が僕の顔を覗き込むように見てきた。
大きな眼で、僕を飲み込むような視線。
僕はまるで蛇に睨まれたカエルのように、動けずにいた。
「そういうわけでは、無いのかな?」
男はチロリと舌を出し、下唇に這わす。
「な、何を⋯」
ようやく声を絞り出せた僕だったが、言葉が続かない。
男は口角の右だけをあげ、ニヤリと笑った。
背筋に嫌な汗が流れる。
と、男の視線が僕の脇の方へ流れた。
「これは⋯」と言いながら、男は僕のカバンから半分ほどはみ出た紙束を手に取る。
レポート 東北地方のとある村についてだ。
「⋯やめろ」
僕の言葉を無視し、男はページをペラペラと捲っていく。
「へぇ、よく調べているじゃないか。ただ、誰に聞いたか知らないが、ほとんど間違っているけどね」
間違っているだって?
それは一年前から、僕が地道に調べてきたものだ。
伝聞だから多少情報に違いはあるかもしれないが、ほとんど間違っているというのは、納得できない。
「ま、間違っているって、どういうことですか?」
思わず口に出してしまった。
それはライターの端くれとしてのプライドだったのかもしれない。
「そのままの意味だよ。君は真実を知りたいかい?」
「真実?」
男は再びニヤリと笑う。
「私は、当事者だからね」
!
「その顔は、興味津々ということかな」
と、男は急に視線を僕の後ろへ移した。
「いるんだろう。どうやら、めんどくさいことになりそうだね。ここは退散しておこうか。君は運が良いよ」
そう言って、男は僕の頭をポンポンとする。
ゾワリと体が震えた。
本能的なものが、何かを感じ取ったように思えた。
男はそのまま立ち去ろうとしたが、おもむろに僕の胸元に手を伸ばしてきた。
そして、僕の首から下がっているペンダントを、節くれだった太い指掴む。
「君、面白いもの持ってるねぇ」
そして僕の胸ぐらを軽く掴み、顔をじっと寄せてきた。
少しシワが目立つ顔。
歳は50歳程度だろうか。
「俺の名は蛇幸丸。覚えておくといい」
男はくるりと踵を返し、僕から離れていく。
「きっとまた、どこかで会うことになりそうだ。楽しみにしているよ」
背を向けながら男は右手を上げ、手を振った。
僕は立ち上がろうとしたが、ざわついた心のせいか、それとも得も言われぬ恐ろしさのせいなのか、身体に力が入らなかった。




