第二話 讐たる(あたる)(4)
「これは飲み物なのか?」
ハナツさんがショートケーキの絵柄が入った缶をマジマジと眺めている。
「『パティスリー魔法庵』の『ショートケーキ缶』です」
パカリと蓋を開け、ハナツさんは美味しそうにケーキを頬張り、笑顔をみせる。
本当は、美人霊能者 ユキナさんのために再び購入したのだが、彼女が美味しそうに食べているのを見ていたら、まあ良いかとも思う。
その横で、シノビがジッと僕を見てくる。
「解凍しないとダメなんだよ。なので、それは自分用に解凍しておいたやつで⋯」
視線を逸らさないシノビ。
「ま、まだ、あるから、帰りに持って帰る?」
コクコクとシノビが頷く。
まあ、必要経費ということで、仕方がないか。
って、これ、経費じゃ落ちないだろうなあと。つまり、自腹か。
「あの、霊って結局、何なんですか?」
僕は、ハナツさんが最後の一口を、口惜しそうに食べたのを見計らって、質問した。
「霊は、脳が作り出した幻影じゃと教えたじゃろう」
「想いとか、思念とか、それを感じるってのが、その、よくわからないというか」
非科学的というか⋯は、口にしなかった。
そもそもオカルトライターなのだから、そのあたりは丸呑みしても良かったのだが、自分が知っている霊の概念と違っていて、どうしても気になったのだ。
ハナツはお茶をすする。
「これは美味しいな。何という飲み物じゃ」
「普通のセイロンティーです」
「ハナツ様は、普段、カロリーメイトとウィダーインゼリーしかいただかないので」
「それ、身体に悪くないですか?」
「考えたこともなかったな」
「最近、上京したばかりなので、世間には疎いのです」
そういうものだろうか。彼女は、一体どういう家庭環境で育ったのだろう。ちょっと変わったファッションもそうだし、喋り方も特殊だ。
「そもそもこの世界は、写像じゃ」
「しゃ、しゃぞうって?」
「写すに、映像の像じゃ」
「いや、まったく意味不明です」
「まあ、理解できんのも仕方ないじゃろ。今日は、お土産もあるそうじゃから、特別じゃぞ。少しだけ話をしよう」
えっ、もしかして、もう1つ持って帰ろうとしてる!? ハナツさんは、僕の心情も意に介さず、話を続けた。
「お主は、影絵は知っておろう」
「それぐらいわかりますよ。キツネとかを手で作って、そこに光を当てて、壁とかに映すやつですよね」
「そうじゃ。想いや思念というのは、言ってしまえば、その手の部分じゃ。そして、わしらの世界は壁で、霊はその影と言える」
「壁と影⋯」
だめだ、まったく想像ができない。
「わかりやすくするために、今は影絵で話しておるが、それが3次元で起きている」
すでに脳がパンクしそうになってきた。
「一旦、3次元のことは忘れい。影絵の例に集中せねば、ここから先はさらにわからんぞ」
「りょ、りょうかいです⋯」
「影が映った世界の住人は、影はわかるが、影絵の元になっている手の形はわからんじゃろ」
「確かにそうですね」
「ただ、影の形から、何かがあることは認識はできる。影が霊で、その元の手の部分が、想いや思念ということじゃ」
うーん、わかったような、わからないような。
「3次元の世界では、手も存在し、壁も影も存在する。つまり、2次元は3次元の中にあるんじゃ。それは理解できるじゃろ」
「それはわかりますけど⋯」
「わしらが生きているこの世界は、さらに高い次元、例えば4次元とか5次元とかの中にあるということじゃ。そして、わしらは、その高い次元を見ることはできない。けれど、その一部であって、むしろ大元は高い次元のほうなんじゃ。わかったか?」
なんとなくは理解できた気がするが、話が飛躍しすぎていて、ついていけていない。
「じゃあ、帰るか、シノブ」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
「なんじゃ」
「その、霊が手だというのは、とりあえず受け入れます。それって魂とか、そういう話なんですか?」
「それは違うぞ。まったく理解しておらんな」
そりゃあ、説明が足りないですからね⋯と言いかけて飲み込む。
「⋯」
ハナツさんは立ち上がったまま、こちらを見ているが、何も喋らない。なんだ、この沈黙は⋯。
もしかして、もっと献上品が必要なのか? あっ、冷蔵庫を開けた時に、他のやつも見えていたのか⋯。
「あー、そういえば、他にも別な味のがありまして⋯」
「そうか、それは良き心がけじゃな」
ハナツさんは再び座ると、マグカップを覗き込む。どうやら、セイロンティーも気に入ってくれたようだ。
「セイロンティーも持ってきますね。ちょっと待っててください」
僕は急ぎ、湯沸かし器と新しいセイロンティーのティーパックを持ってきて、ティーポッドから、マグカップに注ぎ込む。
「お主、なかなかやるの。関心関心」
彼女はフーフーと冷ましながら、一口セイロンティーをすすった。
「お主、砂浜で絵を描いて遊んだことはあるか?」
再び、ハナツさんの講義がはじまるのだった。




