第二話 讐たる(あたる)(5)
砂浜に絵を描くなんて、リア充の男女がすることだろう! と喉まで言葉がでかかったが、それでは僕がまるでリア充じゃないみたいな気もして、思わず
「学生の頃にはよく描きましたね」
と、見栄を張ってしまった。
ハナツさんが、少し疑いの目を向けていたのに気づき、そう言えば、色が見えると言っていたことを思い出す。
「よ、よくは言いすぎでした⋯」
僕は慌てて訂正をする。
「まあ、良い。簡単に言えば、その砂浜に描いた絵というのが、人の想いや思念じゃ」
「ちょっと話が飛びすぎで、まったくわかってないんですけど」
「落ち着け。説明はこれからじゃ」
そう言って、セイロンティーを一口飲む。
「人間が何か考えるとする。そうすると、砂浜にその跡が残る。そして、砂浜は言ってしまえば、我らが見ることができない、高次元、ここではわかりやすく、痕跡次元とでもしておこう」
「痕跡次元⋯」
僕は頭で逡巡する。
「さっき、影絵の話をしたじゃろう。影絵で言えば、我らの世界は壁に映っている方で、手が痕跡次元ということじゃな」
「それだと、痕跡次元の方が、主従で言えば、主ってことになりますよね?」
「そうじゃ。我らの世界は、その痕跡次元の写像、投影されたものにすぎん。わかっておるではないか」
「そうだとすると、人間の想いとか思考とか、それが元だとするなら、それが魂ってことなんですかね?」
「それは違う」
「どう、違うんですか?」
「正確に言えば、我らの世界のあらゆる物質は、痕跡次元に存在しておる。元が、痕跡次元というたじゃろう。影絵で言えば、壁に映った影も、3次元の世界の一部というのと一緒じゃ。痕跡次元の中に、我らの世界が存在している」
「えっ、でも、それだと⋯、人間の想いや思考だけが残るのはおかしいですよね?」
「だから、言うとるじゃろう。すべての元は痕跡次元の方なんじゃ」
ダメだ。理解が追いつかない。
「そうじゃな、たとえば、このマグカップをこうして動かしたとしよう」
ハナツさんは、自分の前にあるマグカップを左から右へ移動させた。
「この移動もすべて、痕跡次元には存在する。しかしじゃ、このマグカップの移動を認識したところで、我々は何も感じることはない。お主は、何か感じたか?」
「いえ、確かに移動したというだけですね」
「しかしじゃ、人間の想いや思考というのは、感じることができる。喜び、悲しみ、苦しみ、様々な感情に共感できる」
「なんとなく、言いたいことはわかりますけど⋯」
「そこで砂場じゃ。例えば、砂場ににっこり笑った人の顔を描いたとしよう。それを見たは人は、笑っていると理解できる。しかし、ぐちゃぐちゃに、まるで子どもが駄々をこねて、適当に砂場に描いた線を見ても、何も感じることはないじゃろう」
「確かにそうですね」
「つまりじゃ、我らの世界は、痕跡次元の中に存在しておるが、我々が感じることができるのは、意味のある痕跡だけ。その意味として認識できるのが、人間の想いや思考というわけじゃ」
「それって、誰でもそうなんですか?」
「そうじゃな。ただ、その影響はとてもわずかじゃ。流石にニュートリノよりは影響があるが、あまりにも影響が小さくて、全員が感じることができるわけではない。言葉で言えば、共感力が高い人間は、痕跡次元からの影響を感じやすいということじゃ。いわゆる、お主らの言葉で言えば、霊感というのが、それに当たる」
「つまり、霊能者っていうのは、共感力が高い人」
「その通りじゃ。共感力が高い人間は、単純に相手の心情を理解しやすい。もっと言えば、相手の想いや思考をトレースしやすいということじゃな。そういう人間は、霊からすると器になる」
「器⋯」
「うむ。想いや思考を再現できる器じゃな。器の大きさはそれぞれ違う。器器の中でも、もっとも重宝されるのが、じ⋯」
「ハナツ様! お時間です」
シノビが突然割り込んでくる。
「もう、そんな時間か。少し話すぎたか」
ハナツさんはゆっくりと立ち上がり、僕を見下ろす。
⋯。
あっ、お土産か。
僕は慌てて、冷蔵庫からスイーツを取り出し、彼女に手渡す。
二人が去っていく姿を見送りながら、僕は、今日の話について、頭で再び考えていた。
僕が今まで知っていることとは、まったく違う話だったけれど、言いたいことは理解できなくはない。
「そうじゃ、1つだけ言っておくぞ」
ハナツさんが振り返る。
「あくまで、これは、我らの世界に起きていることを説明するための、1つの解釈じゃ」
「解釈⋯」
「ただ、そう考えると、辻褄が合うというだけじゃ」
そう言って、彼女はかすかに微笑んだように見えた。




