【67話】未来への誓い
戴冠式の朝は、雲のない晴天だった。
大広間には、国中から集まった貴族や民の代表、そして王家に縁のある者たちが顔を揃えていた。
レオンハルト兄上とセリウス兄上は、いつもより幾分か神妙な顔で壇上の脇に控えている。
母上は、静かな微笑みを浮かべて、最前列に座っていた。
俺は、王の証である冠を前に、跪いていた。
「アルトリア・ヴァレンシュタイン。汝、この国の王として、民を守り、国を導く意志を持つか」
大司教の問いに、俺は迷わず答えた。
「はい。誓います」
冠が、頭上に置かれる。
その重さを感じた瞬間、首元の紋章が、ふっと強く脈動した。
「……っ」
普通ではない、昨日の夜感じたようなあの温かさが、今、白昼の大広間の中で、確かな熱を持って広がっていく。
紋章から、淡い光が立ち上った。
「な……」
周囲から、小さなざわめきが起こる。
光は、ゆっくりと人の形を取っていく。
誰の目にも、はっきりと見える形に。
淡く透き通るような輪郭。
実体はない。
けれど、その姿は、誰もが知っている――リリアそのものだった。
「リリア……」
母上が、思わず席を立つ。
広間中の視線が、その光の人影に集まった。
『皆さん、お久しぶりです』
透き通った声が、大広間に静かに響いた。
誰の耳にも、確かに聞こえる声だった。
「リリィ……」
俺は、思わず立ち上がりかけた。
彼女は、いつもの優しい微笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
『今日は、特別な日だから。少しだけ、皆さんにも見える形を、紋章が許してくれたみたいです』
セリウス兄上が、息を呑むのが分かった。
『レオンハルト様、セリウス様、お久しぶりです。お元気そうで、よかった』
「リリア……ああ、本当に、久しぶりだな」
兄上たちの声が、珍しく上手く言葉を続けられないほど揺れていた。
『母上様も』
『リリア、あなたは……』
母上の目に、涙が滲んでいた。
『心配かけてしまって、ごめんなさい。でも、私は、ずっとここにいました』
リリィは、ゆっくりと、広間中の人々を見渡した。
『私はもう、皆さんと同じ姿で歩くことはできません。けれど、アルトの中で、ずっと一緒に、この国を見てきました』
その声は、静かで、けれど確かに、広間の隅々まで届いていた。
『これからも、私はアルトと一緒に、この国を守っていきます。形は違っても、私の想いは、何も変わっていません』
リリィは、最後に、俺の方を見た。透き通った瞳に、確かな優しさが浮かんでいる。
『アルト』
「リリィ」
『おめでとう。これからも、よろしくね』
微笑みと共に、その姿は、光の粒子となって、再び紋章の中へ溶けていった。
大広間に、静寂が戻る。
けれど、それは、悲しみの静寂ではなかった。
誰もが、今しがた見たものの意味を、確かに胸に刻んでいるような、温かい静寂だった。
「……ありがとう、リリィ」
俺は、小さく呟いた。
冠の重さと、紋章の温かさを、両方確かに感じながら。
王として、これから歩む道に、迷いはなかった。
リリィの想いを胸に、この国を、民と一緒に守り続ける。
それが、俺たちの選んだ、終わらない約束だった。
大広間に響く、新しい王の誕生を祝う歓声を聞きながら、俺は静かに目を閉じた。
隣には、もう誰の姿もない。
けれど、胸の奥には、確かな温かさがあった。
――これから、リリィと一緒に、ちゃんと前を向いて歩いていく。
そう、心の中で、もう一度誓った。




