【61話】宣戦布告
その手紙は、王城の正門に何の前触れもなく届けられた。
差出人の名はなく、封蝋には組織の紋章が刻まれている。
「『第三王子アルトリアと、その婚約者リリアに来てもらいたい。礎堂跡地にて、日没とともに』……」
アルトが読み上げる声に、部屋の空気が凍りつく。
「正面から、堂々と呼び出すとはな」
セリウスが手紙を奪うように取り、文面に目を走らせる。
「罠だろ。間違いなく」
「分かっています」
「分かっているなら、行くなと言っているんだ」
セリウスの声には、珍しく強い苛立ちが混じっていた。
「向こうの目的は、お前たちの紋章だ。二人とも揃って出向くなんて、それこそ望み通りじゃないか」
「では、行かなければ、ということですね」
アルトの問いに、セリウスは即答できなかった。
「……当然、行かないという選択肢もある。陛下に頼んで、今まで以上に城の守りを固めればいい」
「それで、組織は黙って引くでしょうか」
オルディンが、静かに口を挟む。
「あの者たちは、自分の命を投げ出す強い覚悟を持っております。呼び出しを無視されれば、別の標的を選ぶでしょう。街か、あるいは――」
「街の人々を、人質に取るかもしれない、ということですね」
私の言葉に、オルディンは重い表情で頷いた。
部屋には、長い沈黙が落ちた。
「護衛を大量に送り込んで、罠を逆に潰す、というのはどうだ」
セリウスの提案に、アルトが首を振る。
「それでは、向こうも警戒して、別の手を打つでしょう。それに、こちらが多人数で動けば、街にいる仲間に何かをする時間を与えてしまう」
「だったら、どうすればいいんだ」
セリウスの声に、初めて焦りのようなものが滲んだ。
「私たちが、罠だと分かっていても飲むしかない、ということか」
誰も、はっきりと答えられなかった。
話し合えば話し合うほど、堂々巡りになっていく。
守りを固めれば別の被害が出る。
多人数で動けば仲間が危険になる。
無視すれば、街が狙われる。
結局、どの選択も、安全な答えにはならなかった。
「セリウス様」
私は、静かに口を開いた。
「これ以上、話し合っても、答えは出ません」
「リリア」
「私たちが行かないことで、また誰かが傷つくなら……それは、私には耐えられません」
セリウスの表情が、苦しげに歪む。
「お前たちは、いつもそうだな。自分を犠牲にする方を選ぶ」
「そうかもしれません」
私は、彼の目をまっすぐ見た。
「けれど、これは犠牲ではなく、選択です。誰かが傷つくのを黙って見ているより、自分の足で向かう方を、私は選びたいんです」
「リリィの言う通りです」
アルトが、静かに私の隣に並んだ。
「これ以上の被害が出るくらいなら、向こうの望み通り、二人で行きます」
セリウスは、しばらく黙って二人を見つめていた。やがて、深く長い息を吐く。
「……分かった。けど、護衛は最大限つける。無茶だけはするな」
その声には、止めきれない諦めと、隠しきれない心配が、両方滲んでいた。
日没とともに、私たちは礎堂跡地へ向かった。
陥没した地面の縁に、黒い装束を纏った男が一人、静かに立っていた。
「よく来てくれた」
男の声には、奇妙な落ち着きがあった。
「噛み合わない問答は不要だろう。我々の目的は、ご存知の通りだ」
言葉と同時に、男の体に紋章のような紋が浮かび上がる。
けれど、それは私たちの紋章とは違う、歪んだ、不自然な輝きをしていた。
「これが……疑似紋章」
アルトの呟きに、男は薄く笑う。
「本物には及ばぬ。だが、それでも――」
男の姿が、瞬時に消える。次の瞬間、横から強い衝撃がアルトに迫った。
「アルト!」
けれど、アルトは冷静に剣を構え、その一撃を受け止めていた。
確かに、男の動きは並の兵士を遥かに超えている。けれど。
「これだけ、か」
アルトの声は、静かだった。
剣を返す一撃で、男の体勢が崩れる。
守ることを前提とした剣術は、相手の力をいなし、流すことに長けている。
疑似紋章の力は強い。
けれど、本物の紋章を宿すアルトには、届かない。
男は数度斬りつけられ、片膝をついた。
「……まだ、だ」
息を乱しながらも、男は薄く笑った。
「これで終わりだと思っているなら、見誤っている」
その言葉と同時に、男の体から、これまでとは違う、ぞわりとした気配が立ち上る。
「奥の手、というやつを、見せてやろう」




