【60話】暗躍する影
組織の存在が明らかになってから、城の警備は格段に厳しくなった。
けれど、それが逆に、何かの予兆のように私には感じられた。
「街で、不審な動きがあったそうです」
報告に来た衛兵の言葉に、アルトの表情が硬くなる。
「礎堂跡地の周辺と、城下町の南区――両方で、同じ紋章を身につけた者たちが目撃されています」
「紋章を……」
私の声に、衛兵が頷いた。
「かつての組織を示す印かと思われます。今までは身を潜めていたようですが、こちらが正体を掴んだことを察したのか、急に動きが活発になっております」
オルディンの解読で組織の輪郭が見えた途端、向こうも動き出した――まるで、こちらの動きを見ていたかのような速さだった。
「向こうも、こちらに正体を知られたと分かっている、ということですね」
アルトの呟きに、セリウスが苦い顔をする。
「だとしたら、悠長にはしていられない。次に何をしてくるか、読めない」
その懸念は、すぐに現実になった。
数日後、城下町の教会施設――小さな礼拝堂が、夜の間に何者かに襲われたという報告が入った。
幸い人的被害はなかったが、施設の地下に隠されていたとみられる記録や遺物が、すべて奪われていたという。
「礎堂と同じ作りだった、ということですか」
「左様。儂が思うに、似たような施設が、他にもいくつか存在するのでしょう。組織は、自分たちの拠点や記録を、先に回収しようとしているのやもしれませぬ」
オルディンの推測に、アルトが眉を寄せる。
「こちらに知られる前に、証拠を消そうとしている……あるいは、何か別の目的のために、必要なものを集めている、ということですか」
「両方、かもしれませぬな」
不穏な空気が、城の中にも静かに広がっていく。
私はその間、できる限り紋章共鳴の訓練を重ねていた。
何が起きても、誰かを守れるように。
セリウスを傷つけてしまったあの夜の記憶は、今も鮮明に胸に残っている。
けれど、もう怖がって力から逃げるわけにはいかない。
「リリィ」
訓練の合間、アルトが静かに声をかけてきた。
「無理はしなくていい。何かあれば、私が」
「ううん」
私は首を振る。
「アルトだけに守ってもらうんじゃ、嫌なの」
思わず零れた言葉に、自分でも少し驚いた。
けれど、それは確かに、今の私の本音だった。
アルトは、しばらく黙って私を見つめていた。
それから、小さく息をつくように笑う。
「……分かった。一緒に、強くなろう」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
けれど同時に、外の不穏な動きが、確実にこちらへ近づいてきているのを、私は肌で感じていた。
組織が次に何を仕掛けてくるのか――それは、もうすぐに分かることになる。
翌日、オルディンが新たな解読結果を持って城を訪れた。
「奪われた記録の写し、わずかですが手元に残っておりました。それを調べて、恐ろしいことが分かりましてな」
「恐ろしいこと、とは」
「組織は、紋章を疑似的に再現する術を持っているようです」
アルトの表情が、すっと険しくなる。
「本来、紋章は選ばれた者にしか発現しない力のはず……」
「左様。ですが、彼らはそれを真似た、いわば模造の紋章を、術によって己の身に刻むことができるのでしょう。一時的に、力を大きく増幅させる――そういう代物です」
「ですが、本物には及ばない、ということですか」
「出力は、本物とは比較になりませぬ。それに、術者の命を確実に削っていく。粗悪な、まさに捨て身の力です」
部屋の空気が、ひやりと冷えた。
「命を削っても構わない、ということですか」
私の問いに、オルディンは静かに頷いた。
「彼らにとって、おそらく己の命は、すでに賭けの対象でしかないのでしょう。最後の手段として、その術を使う覚悟を持っているのやもしれませぬ」
自分の命さえ犠牲にして力を求める者たち――その狂気の深さに、背筋が冷たくなる。
「本物の紋章を持つ者を奪おうとしたのも、頷けますね」
アルトの声は静かだったが、その奥に強い警戒が滲んでいた。
「彼らにとって、私たちの紋章は、喉から手が出るほど欲しいものでしょうな。模造では決して届かぬ、完全な力ですから」
オルディンの言葉に、私は思わず自分の首元に触れる。
彼らが本物を求めている限り、私たちが狙われ続けることは、もう避けられないのだろう。
そしてもし、彼らが本当に「最後の手段」を選ぶ時が来るなら――それは、相応の規模の何かを引き起こす前触れになるはずだ。
「気を引き締めないと、いけませんね」
アルトの呟きに、私は静かに頷いた。
静かな緊張が、城の中に広がっていく。
何かが、確実に近づいてきている。




