【58話】優しさ
地下書庫の調査結果を、私たちは国王陛下と女王陛下、そしてセリウスに報告した。
「礎堂の地下に、紋章についての研究施設が……」
国王陛下の声には驚きが滲んでいた。
紋章について、誰も知らなかった場所がまだ残っていたという事実は、王家の人間にとっても重いものらしい。
「過去に紋章を発現した者についての記録もありました。詳細はまだ分かりませんが、『末永く王家を見守り続けた』という記述があります」
アルトの説明に、女王陛下が静かに目を伏せた。
「……そんな話、聞いたこともありませんでした」
セリウスは包帯の巻かれた腕を軽く動かしながら、考え込むように言った。
「随分と昔の話なんだろうね。記録が地下に隠されていたくらいだ。誰かが意図的に伏せたのかもしれない」
その言葉に、部屋の空気が少し冷えた気がした。
報告を終え、解読を続けることを約束して、私たちはその場を辞した。
廊下を歩きながら、アルトはどこか言葉を選ぶような様子だった。
「リリィ、少し話せるか」
……あの様子だと、何か言いたいことがあるのだろう。
私は素直に頷き、彼の後について部屋の隅、人気のない回廊へと向かった。
けれど、ふと足が止まる。
先に部屋を出ていたはずのセリウスが、少し離れた柱の陰で、アルトに小さく目配せをしていた。
何か、二人だけで話したいことがあるのかもしれない。
私は気づかれないよう、回廊の角に身を隠した。
盗み聞きをするつもりはなかった。けれど、何故か足が動かなかった。
「アルトリア」
セリウスの声が、いつもより低く、硬い。
「さっきの記録のこと、少し気になっている」
「兄上も、ですか」
「リリアが狙われていることを考えると、嫌でも繋げて考えてしまうんだ。あの子の力は、自己犠牲の上に成り立っている。それを利用しようとする誰かがいるなら……何が起きてもおかしくない」
アルトが、息を呑む音が聞こえた。
「だから、アルトリア。もしリリアが力を使おうとしたら、止めてほしい。簡単には使わせない方がいい」
「……兄上」
「君が一番、あの子の隣にいる。だから、君にしか頼めない」
セリウスの声には、いつもの軽さがなかった。
それだけに、その言葉の重さがよく伝わってきた。
「分かりました。私が、リリィを止めます」
アルトの声は静かで、迷いがなかった。
けれど、その強さの裏に、隠しきれない恐れが滲んでいるのが分かった。
「……アルトリアらしいね」
セリウスの声は柔らかく、けれど少し寂しげだった。
「でも、リリアがそれを聞いたら、何て言うだろうね」
その言葉に、アルトは何も答えなかった。
私は、柱に背を預けたまま、声を出すことができなかった。
私を守るために、私自身の力を封じようとしている――それは、紛れもなく優しさだった。
けれど同時に、私の中で、小さな反発のような感情が生まれていた。
守られるだけの存在でいたくない。
私は、ただ守られるためにここにいるわけじゃない。
そう思う自分と、アルトを失いたくないと願う自分が、胸の中で静かにせめぎ合っていた。
気づかれないように、私はそっとその場を離れた。
けれど、今聞いた言葉は、もう私の中から消えてくれそうになかった。




