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ホリゾント・ヘル  作者: 神無時雨
第三章 揺蕩う飛花に山おろし

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三章7話  ずっと待ってた、ずっと待ってる。

ガチャリ。


ノブが回るだけの音が、(推定)夜の病院の廊下にやけに大きく響く。目指すは1階、インフォメーションセンター。そこにはおそらく病院全体の見取り図がある。辿り着くこと自体は容易であろう。ただ下っていけば良いだけなのだから。だが。


ぐるるる…


そう、陰から湧いた異形が行く手を阻む。ちゃきっ、と朔は宿霊剣を鞘から抜けないように構える。他の面々も武器を取り出す。強行突破だ。


「行くぞ。うおおおおりゃあああああ!!!!」


もうこそこそ隠れ回る必要はない。あとは『書斎の主』を詰めるためのゲームだ。


「しっ!!」


横薙ぎに払った朔の一撃が異形を散らす。朔が少し体を壁に寄せると電光がスレスレを通り過ぎる。澪がおーちゃんに頼んで先導してくれる。

朔たちはその後から異形を蹴散らしながら進む。


「あ゛〜…瞬間移動技が欲しぃ〜…」


「きりがないですよね…」


ぼやく朔に嘆く輝登。


「こら相棒、弱音をはくんじゃないよ…あぁ早く帰ってシャワー浴びたい…」


「ちょっとマリンちゃんまで…何ここ精神汚染でもあるの?」


かくして一行はインフォメーションセンターへ。そこにはひどい汚れが付着していたが、目的の情報は手に入った。NICUは、1階の急患受け入れ口からすぐにある。


「…行こう。」


「ああ、そうだな澪。」


朔たちは割れた観葉植物の鉢植えを乗り越え散らばった書類の山を抜け散らばるガラス片を避けてようやく目当ての場所へ。


ゴクリと皆が唾を飲み込む。

マリンが、NICUのドアを開け放った。


「やあ。遅かったじゃあないか。」


部屋に入ってすぐ感じたのは、青白い光。今まで暗い中を進んできたため幻想的にさえ思える。やはり『書斎の主』がいたのはここだった。彼が澪を目線で捉え、胡乱げな顔をする。


「おいおい幻を抜けられた覚えのないそこの小さな女が起きてるじゃないか。どう言うことだ?」


「澪ならここの裂け目に取り込まれた後すぐ目を覚ましたぞ?」


「ちっ、幻は異空間に持ち越せないのか。正直1人が延々と幻を彷徨っていたらその1人を庇ってお前らの動きは鈍ると踏んでいたのだがな。」


「澪さんはそんな弱い人じゃありませんよ。」


「もう少し時間があったら自力で抜け出してたに違いないよ。」


輝登やつばさの言う通りだ。朔は自信を持って言い切る。


「俺たちは仲間だから。信頼しあってるのさ。羨ましいだろ?」


「ちょっ…相棒…!?なんでそんな煽んの!?」


マリンが焦って朔に詰め寄るが、朔はどこ吹く風でまた話し出す。


「なあ…お前も羨ましかったんだよな。みんなが当たり前に得てる幸せが、お前も欲しかったんだよな。」


「なっ…だよ!!上っ面だけの同情なんていらないよ!!」


『書斎の主』はそう言ってこちらを拒絶する。


「ああ、上っ面だよ。だって俺たちはお前のことを何も知らないんだから。だからさ、俺はその上っ面の下を埋めたい。」


「…何を言っているんだ?意味がわからない。」


目を泳がせる『書斎の主』に、


「俺たちと!!一緒に!!来ねえか!!ってこと!!」


一音節ごとに区切ってシャウト。


「お前のことをもっと知りてえ!!今何に興味があるのか、何をしてみたいのか俺たちと全部やろうぜ!!今までできなかった分も!!これから取り戻そうぜ!!灰色なんて古臭え、極彩色の明日を手に入れるんだよ!!」


「……ッ!!」


もう『書斎の主』は反論しない。いや、できないのだ。


「俺たちは全員霊が見えるし、それと仲良くできる。一般ピープルから見たら変人だ!!だけどな!お前らみたいなやつに寄り添えんなら、それでもいいさ!!俺たちの仲間は優しいんだ!みんなに訳を言えば一緒にいられる!!」


「なんで…そこまで…!!」


その問いに、朔は真っ向から向き合う。


「俺も、NICUに入ってた。」


「!!!」


「難産でな、母親もそれで逝っちまったよ。だから俺は母のことをほぼ知らない。でもな、最近さ、ビデオメッセージが出てきたんだ。」


それは、朔が高校生になったら見せて欲しいと母が父に言いつけていたもの。父は、密かにそれを朔の机のメインの引き出しに忍ばせておいた。家の荷物をごっそり退霊師団本部へ持ってきた朔は、そこの自室に入って荷解きして初めてそれを見つけたのだった。


「すぐ見たさ。気になったしな。」


『お母さんがいなくても、好きなことをして生きていってね。お母さんがいた証として、あなたの半分になってずぅぅーーっと見守ってるからね。』


「だからさ、お前も両親成分を半分ずつもらってんだよ。そんなお前が死んで、親はそれこそ死ぬほど悲しんだだろうよ。で、お前はなぜか霊として意識もあって動ける状態にあるんだよ。俺たちと一緒にくれば、くだらないけど最高に幸せになれると思うぜ。なのにだ。それを断って1人不幸の海に沈むのか?幸せになろうとしないなんてもったいなくないか?」


そう、それこそが朔が出せる最大限の誠意。『書斎の主』

の人生を抱え込む覚悟だ。


「来いよ。お前が過去にしたことなんてぶっちゃけどーでもいい。まあ最悪閻魔が裁いてくれんだろ。俺は今、そして明日の話をしてんだよ。幸せ、積み上げようぜ?道はさ、前にしか開けていかないんだからさ。」


「……っ…くそっ…なんでだ…涙がっ…くそ!!最悪だっ…!!」


「最悪ならそれでいいさ。こっから良くしかならねーじゃんかよ。」


そう言った朔は駆け寄り、『書斎の主』の小さな手を取る。冷たい。それを温めるかのように片手を添える。そして空いた片手で背中をポンポンと叩く。

嗚咽を堪えきれなくなった『書斎の主』が泣きじゃくる音だけが、静寂の病院に響いていたのだった。


しばらく後。朔は頃合いを見て切り出す。


「んで?来んの?来ないの?どっちなーんだい?」


「励ましてんのかおちょくってんのかどっちなんだお前は。」


「お、元通りだ。じゃあ冷静な答えが聞けそうだな。どうだ?」


「……。………。行きたい。いや、僕を連れていってくれ、頼む。」


その答えを聞いた朔は、満面の笑みになる。


「だってよ!!みんな、いいよな!」


しかしみんなは。


「ちぇ…いいところ全部持っていかれましたね…」


「名言垂れ流しメーカーか相棒ってやつは…」


「私たちが言いたかったこと全部言われちゃったしね…」


「まあ別にいいんだけどね…」


めっちゃいじけていた。独走したことがお気に召さなかったらしい。しかしマリンが代表して答える。


「うん。いいよ。ただ、後で一瞬だけお父さんのとこ行ってね。」


そう言ったマリンは、すすすすと近寄ってきて小声で言う。


「いちおうあたしたちの目的地上の霊を減らすことなんだけど?」


「あー…わかってるけどよ…。」


するとつばさがヒソヒソ話に参加する。


「うちのおばあちゃん曰く、なんか霊を体に宿す方法があるみたいだよ。」


「小森さんのおばあさんと言えば…イタコ?」


「多分それもあるけど…なんだったかな…。

確か『共鳴』とかなんとか…。それだったら誰かと一緒に行けるんじゃない?」


「まあその話は後で聞くわ、つばさちゃん。それじゃあまず、ここから出し…」


『何をしている?』


「「「「「Huh?」」」」」


突然現れた天の声に、5人の声がユニゾン。


『せっかく目の前に供物が現れたのに蜂起するのか…』


『書斎の主』はその声のたびに頭を抑えて苦しがる。


「くっ…僕は…そんな…考え方は思考停止だって…今…教わったんだ…!!僕は…変わるんだ!!!」


『黙れ。拒否権はない。せめて大王の娘だけでも始末するんだな。なんのために幻惑の術を授けたと思っているのだ。』


「誰…?あたしを知ってる…??十王はお父さん以外全員滅んだ訳だし…」


「誰でもいいですよ、今はそれどころじゃない、何やら危なそうですよ…!!」


「あぁっ…。くぅ…っ!!!ふぅぅっ…!!幻術…っ解除!!!」


苦痛に悶える『書斎の主』がそう唱えた瞬間、病院の空間が綻び、崩れ落ちる。朔たちがいたのは狭い地下室。


『おい!!!…もういい。地獄で再教育だ…』


そう聞こえた瞬間、『書斎の主』がもっと透け出す。


「僕はもう…染まらない!だから…いつか地獄に…助けに来て!!待ってる…」


それを最後に、完全に消えてしまう。天の声も聞こえない。


「おい待て!!!」


なんの反応も返ってこない。


「ちくしょうっ…!!」


朔は壁に拳を叩きつける。場外からの力による、強制的で完全な敗北。


「絶対…助けてやる…!!!」


こうして朔はまた一つ、背負う荷物を増やしたのであった。


つばさに言われて、まずみんなは家を出た。玄関のドアは普通に開いた。


「…久しぶりに太陽を見た気がする…。」


「だねぇ〜…帰還した!!って感じだよねつば…」


ゾクッ。


マリンがただならぬ気配を感じて言葉を切る。彼女は周りを忙しなく見渡す。


「どーしたの?マリンちゃん?」


「いや、すごーい背筋がぞくっとして。誰も感じない?」


しかし誰もそんな感じはない。勘違いだろうか?


しかし次は朔が何かを感じて飛び退る。刹那、そこの足元に一撃が。


「なになになに!?」


「…なんか落ちてるよ…?」


とそれを拾い上げる澪。彼女は目を見開く。

それは、薄い桃色の布の端切れだ。何か書いてある。


『テキシュウ キョウト スグモドレ』


「…なんか電報みたい。」


「思ったけど今はそうじゃないでしょう!!…これは…味方からのものですかね?」


「小森さん…弾道的なの見えた?」


「いや。なんにも。気づいたらこの布が。」


「どっから飛んできたんだこれ!?」


澪が確信に至る。送り主が京都にいるのなら。こんな長距離弾道を描いてかつ軌道が見えない。こんなことができるのは1人しかいない。


「…陽葉さんだよ。あの人、不可視の弓矢を使うんだ。」


「なんじゃそりゃ!?…ああでも、そういやあの人、白衣がこんな色だったな!!」


思い出すのは、つばさとの帰り道、退霊師団本部へ連れていかれた時のこと。確かに彼女の上の服はこんな色だった。


「…そう言えば木の上で仮眠取ってた真名先輩は??」


「お、みてこれ!!木になんか掘ってある!!」


マリンがみんなを手招き。


『京都全体に霊がうじゃうじゃ現れたらしい。出てきたらカラスで来て。』


「カラスっていうな!!金烏!!!」


ぷりぷりするマリンは置いておいて、


「どうしてこうもタイミングが悪いんだ…」


「でもさ、書き方的にはさっきの天の声が出てくる前ぐらいから霊が出たんじゃないの?」


「じゃあ連携して出現したのではないんですね。」


「ってことは…地獄には何勢力かがいて、バラバラの目的で動いているのかもね…。」


「ん〜…聞いたことはないんだけどね。まあ今の地獄の状況ならあり得るか。」


「とりあえず火急の用だよなこれ。」


つまり先ほどの布は、朔たちが出てくるのが明らかに遅かったため飛ばされたのだろう。


「行くしかないね、京都。」


「「「「応!!」」」」


金烏を呼び出し、5人は大空を舞った。

前話の、澪と陽葉がいた場所は川の近くの仮設小屋です。あと、澪の髪型は過去への戒めも兼ねて今は三つ編みです。

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