767話_side_Folka_某所
~"王太子の兄貴分"フォルカ~
俺達従者勢がランチタイムの準備を整えている最中、『少し外す』とだけ告げて姿を晦ましたプリムローズは、何故か一人の少女を伴って戻ってきた。
その少女とは、我が主カーマイン殿下の想い人であるミアベル・アトリーだ。
ちなみにクラリスは勿論のこと、ルークやランディーもミアベルとは友人なので、この場の全員が知った相手ではある。故に各々がリアクションを見せる中、最もわかりやすい動揺を表出したのは言うまでもなく殿下であった。なんせ、突然の想い人襲来である。なんの心構えもしていなかったところに、しかもミアベルは自室から直接連れてこられたかのようなラフな装いだ。絶賛片想い中で彼女の自室に招かれたことなどあるはずもない殿下にとって、無防備な部屋着姿は中々に刺激が強いものであったことだろう。いや、特になんてことない普通の年頃らしい私服でしかないのだが、殿下は純情で初心なので。
「あれ、ミアベルじゃん。どしたん急に」
「おっすー」
「こんにちは。ルーク君、ランディー君。えへへ、アシュタルテさんにお呼ばれしまして……」
「こんにちは、ミアベルさん」
「あっ! こんにちはクラリスさんっ!!」
と、殿下がフリーズしている間も他の面子はミアベルと親しげに言葉を交わしており、あからさまな呆れ顔をしたプリムローズから『ソイツをなんとかしろ』と視線を向けられた俺は苦笑して殿下の肩を小突く。
ほら、とミアベルのほうを仕草で示すと、殿下はなんとかかんとか動揺を飲み込んだ様子で、
「アトリー、き奇遇だな」
「カーマイン君もこんにちは! フォルカさんも」
そして眩いくらいの笑顔を向けられて再び固まる殿下。
まあ及第点だろう、と俺はミアベルに片手を挙げて応じた。
プリムローズが何を思って急にミアベルを召喚したのかはよくわからないが、彼女は有難いことに殿下の恋路を応援してくれる立場を表明しているので、その一環ということなのだろう。俺にたびたびクラリスを嗾けてくることもそうだが、このお嬢様にはそういうところがある。
どうやらプリムローズは俺とクラリスを恋仲にしたい様子だが、今のところ俺達にその意識はない。俺としてはクラリスを好ましく思っているし、自惚れでなければ彼女も同様だろうが、今は互いにそんなことよりも優先すべきことがある。尤も、周囲にはそう思わせておいたほうが都合がいいので敢えて俺も彼女も否定はしないし、なんならアリバイ作り的な交流は重ねているわけだが。
「さて、では食事にしよう」
機能不全を起こした殿下をダメそうに見遣ったプリムローズが、代わりに場を仕切る。
この辺鄙な立地の練術場には食事のためのスペースなんてものはなく、一応の管理小屋と申し訳程度のベンチがあるとはいえ、この人数が座れるだけの席もない。ということで、魔法で適当に均した地面に俺が持ち込んだ敷物を広げて、そこで昼食を取ることにした。こうした食事風景は故国においては珍しいことではないし、討伐者をやっているルークも特に抵抗感はないようだが、普段は絶対に地べたに腰を下ろすことなど無さそうなプリムローズがむしろ率先して敷物にちょんと座ったのは意外ではあった。
そして彼女は自身の隣をてしてしと叩く。
「ほら、クラリス。貴様も座れ」
「は? あいえ、しかし」
主人と同じ席に着くなどとんでもないと身振りで訴えるクラリスに、プリムローズはこれ見よがしな溜息で返す。
「貴様が座らねば他の者が座れんだろうが。なあ?」
と、彼女が俺に水を向けてきたので、俺はランディーへと話を振る。
「どうやら俺達は立っていなくてはならないようだ。従者は辛いな?」
「いや、しゃーなしっす。そういうもんだからな。うん」
心得たとばかりに白々しく頷くランディーの姿も見て、揶揄われていると察したクラリスは羞恥と憤りが半々くらいの様子で頬を染め、猫のような奇妙なうめき声を喉から絞り出しつつ、
「~~~~っもう。わかりました。私が悪ぅございました!」
渋々とプリムローズの隣に腰を下ろすのだった。
で、全員が座れるだけの充分なスペースがあるので、他の面子はどこに座ろうが自由なのだが、戸惑うようにきょろきょろと周囲を見回したミアベルは、ややあって控えめにクラリスの隣に座った。
最初に座ったプリムローズの場所と向きによって、自然と全員が車座になって座る流れが出来ていた。
それから、察した様子のランディーがルークの背を押してプリムローズの隣に座らせ、自分はそのルークの隣に。となると俺は当然ランディーの隣に陣取り、
「さあ殿下、どうぞ」
あとは殿下が座れば晴れて輪が完成する。当然、空いている場所は俺の隣であり、その更に隣はミアベルである。
殿下はしばらく俺に恨みがましい視線を送っていたが、最終的に観念して隣に腰を下ろす。クラリス以上に渋りに渋ってようやく座った殿下であったが、そんな彼にすぐさま次なる試練が襲い掛かる。
想い人であるミアベルの隣という絶好のポジションを得た殿下であったが、その挙動がまたしてもフリーズしてしまった。凍り付いたというよりは、油の切れた絡繰りといったほうが近いかもしれない。
俺にはその理由がわかり切っていた。
というのも、ミアベルのほうから『いい香り』が漂ってくるのだ。
具体的には、シャンプーのような。
そう、つまりミアベルはおそらく風呂上りだ。たぶん自室でシャワーでも浴びていて、その直後にプリムローズによって連れてこられたのだろう。
これはいかん、と俺は思った。部屋着姿に動揺を隠せない初心な殿下に、あまりにも酷な仕打ちである。
ミアベルから漂う香りにルークも気付いたようで、
「ん? ミアベルおまえ、シャワー浴びてた?」
「ふぇ? そうだけど……よくわかったね?」
「なんかめっちゃいい匂いするぜ!」
「そ、そう? なんか恥ずかしいね……」
「ダンクーガ様、そういうことはお気付きになっても口に出すものでは、」
「そうそうきいてくれルーク。私がこいつを呼びに行った時なのだが、これが傑作でな」
「お、笑える話か?」
「うむ。脱衣所でな――」
「わーーーーー!! それは内緒ですってアシュタルテさぁん!?」
「お、お嬢様……」
にやにや笑うプリムローズの暴露を防ぐためにミアベルが大慌てで腕を振り回し、ルークは興味津々に耳を傾け、ランディーは流れ弾に被弾しないように賢く距離を取り、デリカシーに欠けるルークを諫めようとしたクラリスはそんなルークの比ではないノンデリ暴露を始める主人の姿に頭を抱えていた。
そして俺の殿下はというと、小難しい顔をして黙り込んでいた。
これは表情の通り、小難しいことを考えているのだ。
小難しいことを考えていなければ、脳内が煩悩や妄想に支配されてしまうからだ。
プリムローズの口から漏れ聞こえるワードと、真っ赤になったミアベルの慌てぶりをみれば、彼女らの間にどういうアクシデントがあったのかは容易に想像がつく。
既に機能不全を起こしている殿下の頭にそんな爆弾を叩きつけた日には、とうとう致命的なエラーを起こしかねない。
「むぅーっズルいですよアシュタルテさん、クラリスさんを盾にするなんて!」
「馬鹿め、クラリスは常に私の味方なのだ」
「その通りなのですが、こういう使われ方はあまり本意では……」
物理的にプリムローズの口をふさごうと詰め寄るミアベルを躱すために、プリムローズはクラリスの身体を利用して巧妙に身を隠す。なお三者ともに座ったままであり、なんとも器用な立ち回りというか、されるがままのクラリスの周りに二人がじゃれついているようにしか見えないというか。
ひとしきり騒いだ後で、プリムローズはあっさりと矛を収めてすとんと元の位置に戻った。
「ま。このあたりにしておこう」
「ふぇ?」
「これ以上言うと、貴様はともかくカーマインの心臓が止まりかねんからな」
俺個人の意見を言うならば、想い人のあられもない姿を想像してしまうのも、妄想や煩悩に囚われてしまうのも、別に不埒な行為だとは思わない。
年頃の青少年なのだから、むしろ健全であるとすら言えるだろう。
ただ、少なくとも本人がその場にいる状況では慎むべきなのも確かだろう。
きょとんとして殿下のほうを見遣ったミアベルが、ハッとした表情になる。
「あっ、ごめんなさい嫌ですよね! こんな安物シャンプーの匂いなんて」
例によって何も察していないミアベルがどうしてそうなったのかわからない結論に至って席を立とうとするので、殿下とクラリス以外の全員が『いやいやいや』と押しとどめる。
「え? え? え?」
ますます混乱した様子のミアベルが助けを求めるように顔を回し、唯一呆れ顔ではないクラリスへ縋るような視線を向けた。
クラリスはやんわりと微笑して、
「私見ですけど、殿下は決して悪く思われてはいない……と私は思いますよ?」
クラリスのフォローを受けて、ミアベルが窺うように殿下を見る。
他の面子もそれ以上は茶化すことをせず、殿下の言葉を待つ。男児たる者、女性を不安がらせておくものではないと俺は思う。だから敢えて、俺も手は差し伸べない。
そんな必要はないと知っているからだ。
カーマイン殿下は、覚悟を決めたように表情を引き締め、
「い、いいいい香りだと思うぞ」
よし。
俺は頷く。
若干『い』が多かったり声が裏返ったりしていた気もするが、そんなのは些細な問題である。よかったと安堵するミアベルと、やり遂げた感を醸し出す殿下が満足そうだからすべてよし!




