補完[雷哮-3(end)]
~"黒髪令嬢"イオ~
ハイメロート殿は結界構築まで『三分は掛からない』と言った。
わたくしの役目はそれまでに五体の巨体ゴーレムを破壊し、融合再生を誘発すること。そこからは王太子殿下の仕事だ。殿下がなにをするつもりにせよ大技を使うのであればモデル構築には集中力と時間を要する。
ならば彼にはそちらに集中してもらったほうが良い。出来る限り、わたくしのほうで片付けるべきだ。
尤も、この王太子殿下が大人しく準備に専念するとはとても思えないけれど。
わたくしは太刀を抜刀しながら駆け、最も突出しているゴーレムに肉薄する。
ゴーレムの形態がどのように決定しているのかは定かでないが、視界に入る奴らの姿はてんで統一感がなく、わたくしが最初のターゲットと見定めたそれに至っては四足六腕に頭部が二つもある丸っきり妖怪変化の如き外見をしている。
四つの脚は短く強靭、トップヘビーの体格で、とにかく腕が長い。
この類の手合いを相手にするときに留意すべきことは、外見の形状で機能を判断しないこと。ゴーレムの頭部は頭部でなく、そこに重要な機能があるわけではない。同じようにゴーレムの脚は脚でなく、ただの接地部分でしかない。関節の曲がる向きに制限はなく、その気になれば脚で噛み付き腕で歩き、頭で殴り掛かることすらあるかもしれない。
ただし、物理法則には従う。
「『穿空衝』!」
ゴーレムの足元の地面を割って空気の杭が噴出し、前脚二本を砕き散らす。アンバランスな体格のゴーレムはそれだけでバランスを崩して派手に擱座するが、案の定長い腕を脚の代わりに使って移動を再開しようとする。
そこに、真正面から踏み込む。
いくつかの腕を姿勢制御に使ったとて、元から六本もある腕だ。ゴーレムはフリーの腕を使って横薙ぎにわたくしを殴り飛ばそうとする。
その巨大な拳が巻き起こす風圧に、わたくしはふわりと乗った。
既に発動している『風花一片ノ法』の効果は、自らで吹かせた風に乗って加速したり軌道変更したりすることが可能だが、その本領は相手の動作によって発生する風を利用して舞うことだ。
風に揺られ、落ちる木の葉を断ち切るのが容易ではないように、あるいは落ちる花弁を掴むのが容易ではないように。
風に乗ったわたくしの身体を、ゴーレムの攻撃は捉えることが出来ない。
「『断波』!」
ゴーレムの体表をうねる空気の流れに乗って、滑るようにその六腕の間を飛び抜けたわたくしは、斬撃魔法を発動して六腕の悉くを根元から切り捨てた。なお、この魔法の正式名称は『断波ノ法』だが、東方の言語の面白いところで同じ単語に複数の読みがあるので『タチナミ』でも『ダンパ』でもどちらでも宣言として機能するのだ。
滞空するわたくしは上から次の獲物を見定める。次いで接近してきているゴーレムはまたもや四足の形態だが、今度はまるで虫のように細長い脚が体躯の横に張り出した格好だ。
明らかに上からの荷重に弱い構造だと判断したわたくしは、行動に移る。
威力重視の風属性の打撃魔法で、上から圧し潰してやる。まるで不可視の槌で叩かれたみたいにあっけなく地に伏したゴーレムには目もくれず、次へと移る。
五体のうちで最も遠くに居た人型の個体が迫ってきている。地響きを鳴らしながら地を駆けてくる速度は中々のもので、巨体もあってかなりの迫力だった。わたくしはその姿を見遣り、
「好都合ですね」
というわけで断波。
飛ぶ斬撃が駆けるゴーレムの片膝を直撃し、砕くまでには至らないものの深い罅割れを刻んで見せる。となると後は簡単で、巨体の自重と走る衝撃で勝手に砕け、二足の片方を失ったゴーレムはバランスを崩す。
そして走る勢いのまま、わたくしが行動を封じた最初の二体のゴーレムに横からぶち当たった。
大質量同士がぶつかり合う土砂崩れのような騒音が響き、粉塵と突風が舞い上がる。その風に乗って更に上昇したわたくしは残りの二体を俯瞰し、そして目にした光景に呆れを抱いた。
「……乱暴な」
残りの二体のゴーレムに、金色の光が伸びている。
言うまでもなく王太子殿下の魔法だった。彼が翳した両腕からそれぞれに伸びた金色の稲妻がまるで鎖のようにゴーレムの体表に纏わりついているのだ。殿下が両腕をクロスするように振り抜くと、そこから伸びた稲妻に引っ張られたみたいに、二体のゴーレムの巨体が宙を舞った。
腕力ではない。磁力だ。
ゴーレムを構成する素材に磁性体が含まれていたのか、あるいはあの銀の流体が反応しているのか、宙を舞ったゴーレムは引き合う磁石のように一点へと向かう。つまり、わたくしが一纏めにした三体に合流するようにぶつかりに行ったのだ。
王族らしいスケールの大きさとでも感心すれば良いのか。王太子殿下はあろうことかゴーレムの巨体を即席のフレイルにして叩き付けたのである。
これで五体が一纏めだが、王太子殿下のオーダーには今一歩足りない。
奴らは既に破損個所の修復を開始しているようだが、見たところ五体のゴーレムが個々に再生しているだけだ。もっと個々の形が残らないくらいに破壊しなければ修復過程で融合はしてくれなさそうだ。
ならば、とわたくしは太刀を納刀し、空中で抜刀の構えを取った。
轟轟と、わたくしを取り巻く空気がうねる。
「奥義――」
これは抜刀術でないし、更に言えば剣技ですらない。
構えを取るのは自己暗示。近接系の魔法使いにとって構えと言うのは結構大事で、己の思考だけで発動可能な魔法が暴発して自爆することを防ぐため、ある程度は身体の動作に呼応してモデル構築を行うように条件付けを行うことが珍しくないのだ。
特に、強力な魔法を使う場合は。
「『無双天弦』!!」
刀を抜かずに解き放たれるは極大の斬撃。その正体は虚空を伝播する衝撃波だ。
圧力の壁が物理的な威力を伴って、不可視の爪となってゴーレムを轢き潰す。完全無欠の対物魔法で、本来の用途は城壁や門扉を粉砕するための攻城魔法である。
今度こそ完全に粉砕したゴーレムの残骸から銀の流体が湧きたつ。巨体のゴーレム五体分の流体はかなりの物量で、それ自体が一個の生物のように蠢き、膨張伸縮をくり返しながらゴーレムの残骸を取り込み瞬く間に一個の巨大極まる個体を形成し始めた。
わたくしは落下軌道を微調整して王太子殿下の側へと着地した。
「このような塩梅でよろしいか?」
わたくしの問いに殿下は鷹揚に頷いた。
「うむ。悪くない働きだった」
「あ、ありがとうございます……?」
いきなり素直に称賛されると少し面食らう。
丁度いいタイミングで、背後の獣舎を覆うように光の壁が発生した。ハイメロート殿の遮音結界が完成したのだ。
「あとはお任せしても?」
「無論だ。見ているがいい」
自信満々な殿下の視線の先では、ついにゴーレムがその姿を確たるものにしつつあった。
なんでもかんでも周囲の素材を取り込んで巨大化した不定形の物体から、まず二本の強靭な脚が生え、長い尾が生え、太い首が伸び、そこに爬虫類と肉食獣を混ぜ合わせたようなフォルムの頭が乗っかる。
例えるならば、ドラゴンのなりそこないのような姿だった。
その全高だけで獣舎の屋根を超える巨大さだ。その太い尾を一振りすればわたくし達も魔獣も獣舎も纏めて薙ぎ払われるだろう。
「フン。生意気な姿だ」
言い捨て、殿下が右腕を翳す。ゴーレムに掌を向けて突き出した右手首を、左手で握って支える射撃体勢だ。
殿下の魔力の高まりに応じて帯電する魔力が光を増し、その右腕に収束していく。
修復を完了し、こちらへと向かって足を踏み出したゴーレムを見据え、無造作に殿下が魔法を放った。それは横薙ぎの雷となって、ゴーレムのドラゴン擬きの頭部に着弾し、蒸発させて通り抜ける。
残光が視界に線を引いて、巨大な光の槍がゴーレムを刺し貫いたように見えた。
わたくしの風魔法にも言えることだが、魔法において物理現象を再現する場合と言うのは二通りのパターンがある。魔力を使って物理的な現象を引き起こす場合と、魔力に物理現象の振りをさせる場合だ。
魔力と言うのは結局はただのエネルギーであり、物理法則ではなく術理法則に従う概念だ。術理法則とはつまり魔法モデルのことだと考えて大差ない。術理エネルギーを物理エネルギーに変換すれば物理現象を引き起こすことが出来るし、術理エネルギーのまま作用させることも出来る。
例えば、殿下の雷魔法で砲撃をする場合。物理現象としての雷として放てば生物に対しては高い威力を発揮するかもしれないが、絶縁体による防御を抜けなかったり、あるいは避雷針の影響を受けたりする。そこでただ砲撃としての威力だけを求めるならば、術理エネルギーのままで放ったほうが都合が良かったりするのだ。
つまりは、雷のように見えるエネルギーの塊、だ。
基本的にはその中間、物理と術理の特性を併せ持った状態を正規とすることが多く、学院で攻撃魔法を習う際もそのように教えられる。
だからこそ、風の杭が岩塊を砕いたり、雷の槍が土くれを蒸発させたりするような、物理法則だけでは実現困難な事象が攻撃として成立するのである。
「…………殿下?」
雷の砲撃は確かにゴーレムの頭部を縦に貫通して蒸発させたが、ゴーレムは怯みすらせずに驀進してくる。
それはそうだろう。見た目が生物っぽいシルエットをしているだけで、別にゴーレムの頭部には脳が入っているわけでも、眼球で視認しているわけでもないのだ。頭が無くなって困ることと言えば重心が変わって全体のバランスが狂うことくらいだろう。
思わず呼び掛けたわたくしに、殿下は『黙っていろ』とでも言いたげな一瞥を返した。
そこで気付く。ゴーレムの直上、遥か上空に収束する莫大な魔力と、ゴロゴロと不穏に鳴り響く低い音。
「まさか、」
察して、咄嗟に瞳を閉じたわたくしの耳に、王太子殿下の声が届く。
「頭が高いぞ。死ね」
――『神鳴る戦槌』
王太子殿下の宣言と同時、わたくしの視界が白く染まる。瞼を下ろしていてなお視界を焼き尽くすような強烈な輝き。
そして、耳を劈く轟音。
まるで、ではなく文字通り至近距離で雷が落ちたのだ。先程ゴーレム同士をぶつけた際の音すらを遥かに上回る、凄まじい音。そして輝きと衝撃。わたくしは無意識に身を竦ませ、永遠のような一瞬を耐えてやり過ごすことしかできない。
光が収まったのを感じて目を開くと、すぐには視界が回復しなくて、しぱしぱと数回瞬きする。
ようやく見えてきた目でゴーレムのほうを見てみると、
「まあ……!」
そこにはちょっとしたクレーターと、焦げた地面が残るのみで、あんなに巨大だったゴーレムは跡形も無かった。
銀の流体がどうのではなく、一切合切消し飛んだのだろう。
おそらくだが、殿下が最初に放った砲撃魔法は、ただのマーカーだったのだ。対象のゴーレムを帯電させ、本命の落雷を誘導するためだけの事前準備に過ぎなかったのである。
そしてどれほど巨大なゴーレムでも一撃で消し飛ばす自信があったから、わざとゴーレムを融合させるように動いたのだろう。
遮音の結界は、言うまでもなく獣舎内の動物への配慮だ。動物と言うのは人間よりも遥かに敏感だ。匂いや音、静電気などに対しても。特に雷を恐れる動物は多い。ただでさえこの戦闘の騒音で浮足立って興奮状態にある動物が、落雷の轟音を至近距離で浴びたりしたら、大袈裟でなく体調を崩す個体が居てもおかしくない。
ちなみに、魔獣を飼育する施設は魔法封じをしなければならない都合上、基本的には外部に開放された構造は取らない。この獣舎も例外ではないので、落雷の光は建物の壁でシャットアウトされるとしても、音までは防げない。そうであるが故に、ハイメロート殿にわざわざ遮音を命じたのだ。
「こんなものか」
つまらなさそうにゴーレム跡地を眺める殿下にはまだまだ余裕がありそうだった。
これだけの規模の攻撃を繰り出しておいて、大したものだ。ゴーレムを誘引できるほどの内在魔力量も然ることながら、これだけの戦闘行為に対してまるで動じたところのない不遜なまでに強靭なメンタリティと、そして息一つ切らさない基礎体力の高さも見るべきところがある。
だが、やはり最も目を瞠るべきは、尋常ではない魔法の出力だ。
魔法と言うのは基本的には魔力を注げば注ぐほど威力を高めることが出来るが、当然上限はある。これは魔法使い個人の資質もあるが、それ以上に技量によるところが大きい。魔力を注げば注ぐほど、エネルギー量が大きくなればなるほどに制御性は悪くなる。
これはつまり魔力の量が少なければ無視出来る程度の出力の揺らぎが、母数が大きくなるほどに相対的に無視出来ないものになってくるということ。故に一定以上の出力を発揮しようと思えば専用の魔法モデルをリアルタイムで構築して制御を行わなければ、まず魔法の正しい発動まで漕ぎ付けられずに暴発不発で終わる。
その、頭の痛くなるような精密制御を苦もなくやってのけるのがカーマインという男なのだ。
彼に与えられた二つ名である『雷哮』とは、その雄々しい響きが与える印象だけの姿ではなく、実際は彼の精密極まる魔法モデル運用とそれによって齎される超高出力の魔法行使能力を認められたが故のものなのだ。
「たいしたものですね」
素直な感嘆を声に乗せて呟くと、王太子殿下は一つ鼻を鳴らした。
そして、特に誇るでもなくこう言った。
「当然だ。俺を誰だと思っている」
正門に集結していた敵勢力の大部分は片付いたが、獣舎の周辺では今も小競り合いが続いている。ハイメロート殿が戻ってこないのはそちらの援護をしているのかもしれない。わたくしも行くべきかと考えていると、殿下が声を掛けてきた。
「他の学生が応援を呼んでいると言ったな?」
「はい。遠からず到着すると思いますが」
わたくし達の仕事はそれまでの繋ぎである。予想外の王太子殿下のおかげで援軍が来るまでもなく片付いてしまった感はあるが、あのゴーレムの性質を考えれば、残存した個体からまた爆発的に増殖する可能性は否定できない。
現状はあくまでも小休止と思っておいたほうが良いだろう。
「ならば、それまでは俺が面倒を見てやる。お前達は行っていいぞ」
「それは有難いお話ですが……よろしいので?」
「俺はどの道俺の魔獣を守る。お前達が居ようと居まいとな」
ならばわたくし達がここに留まったところで戦力の無駄でしかないと言うことか。
殿下の実力に疑いはないし、人間性はともかくとして彼が戦ってくれるということにはやはり疑う余地はない。ガルム人とはそういう民族性だ。
ここは有難くお言葉に甘えることにしよう。
わたくしは殿下に感謝を込めて一礼すると、ハイメロート殿と合流するために足を踏み出そうとする。
「……余計な世話かもしれんが」
「はい?」
踵を返したわたくしには背を向けたまま、殿下がなんとなく気まずいような声音で言った。
「その服で、空中戦は止めておけ」
「……ええと」
「気を遣っているのはわかるが、無理がある」
殿下の言葉の意味をじんわりと理解して、わたくしは言葉に詰まる。
この男にそんなことを言われたことが、というか言わせてしまったことが、というか、悔しいような申し訳ないような居た堪れないような恥ずかしいような、良くわからない謎の感慨である。
「きもにめいじておきます……」
蚊の鳴くような声でそれだけ返して、わたくしはそそくさと立ち去ることにした。




