補完[雷哮-2]
~"黒髪令嬢"イオ~
「とりあえず、時間を作るか」
そう言ってハイメロート殿が右腕を翳すと、王太子殿下を取り囲むように集結しつつあったゴーレム群とわたくし達を隔てる位置に、複数の歪みが出現する。風魔法によって作り出された高密度の圧縮空気球だ。
翳した腕の握った拳を開くと、呼応して圧縮された空気が外向きに解き放たれ、物理的な威力すら伴うほどの風圧が放射状にゴーレムを吹き飛ばした。
岩でできたゴーレムすらをも半ば粉砕しながら吹き飛ばす一撃は、たかが空気と侮ることなどできない立派な兵器である。
ハイメロート殿の意図はその端的な言葉通り、王太子殿下との情報共有を行うための時間稼ぎに過ぎない。
わたくしは気持ち襟を正して王太子殿下の眼前に立つ。
「非常時故、作法にはお目溢しください」
相手が異国の王族なので、まずはそう断りを入れると王太子殿下は皮肉気に頬を歪めた。
「元より俺に払う礼節の持ち合わせなどあるまい」
「滅相もない……それはともかく、殿下は何故この場に?」
「ただの偶然だ」
わたくしとこの王太子殿下の接点と言えば、過日の親睦会における険悪なコミュニケーションが唯一だ。
あの時はプリムローズ様の魔法を貶められたためについ感情が昂ってしまったが、わたくしとて反省はするし分は弁えているつもりだ。少なくとも王太子殿下の肩書に払う敬意くらいの持ち合わせはある。
裏を返せば、肩書以外は欠片も敬ってなどいないということだ。
当たり前である。わたくし、根に持つ性質なので。プリムローズ様が気になさらなくとも、わたくしはこの男の物言いを忘れてやるつもりも許すつもりもない。
そんなわけで間違っても友好的とは言い難いわたくし達の関係性ではあるが、今はそんな些事に拘っている場合ではないことはお互いに理解している。
「俺の魔獣もここで世話をさせているからな。たまに様子を見に来てみれば、この有様だ」
ただでさえ威圧的な風貌を苛立たしげに歪めて、王太子殿下は遠く見えるゴーレム群を睥睨した。
彼の魔獣と言うのはおそらく、彼がガルム本国からこちらに留学するにあたって移動用に使用したものだろう。比較的知能が高く魔法も使える魔獣は、然るべき調教を施せば貴人用の馬車の牽引役としてこれ以上ないほどに適役である。なにせ、魔法によって増速したり悪路を踏破することも容易で、更にはそれでいて魔法で風防や制振をすることで快適な乗り心地を提供することすらできる。
ちなみに、牽く魔獣の形態が馬でなくとも、慣例的にその車は『馬車』と呼ばれる。
「それで、お一人で獣舎を防衛して居られたのですか?」
他にも獣舎を守るために戦っている者達の姿はあるが、少なくとも王太子殿下が彼らと連携していた形跡はない。まあ、殿下の実力と魔法適性から言えば下手な味方は邪魔にしかならないから敢えて遠ざけているのかもしれないが。
わたくしの言葉に、王太子殿下は嫌そうに顔を顰めた。
「ほざけ。何故俺が弱者を守るために力を振るわねばならんのだ」
「そう仰るとは思いました」
だってガルム人だもの。
「俺は向かってくる者を迎え撃っているに過ぎん」
その結果、背後にあるものが勝手に助かっているだけとでも言いたげだ。
「武力による挑戦は受けて立つ。例え相手が道理を解さぬ土くれであってもだ。それが故国では当然の流儀だ」
これぞ典型的なガルム人の思考回路である。彼の国の王族である王太子殿下は、まさしくその文化の体現者ということだ。
ガルム人というのはとりわけ自国の文化に矜持を持っている国民性である。それは自国のことを必ず『母国』でも『本国』でもなく『故国』と言う独特の表現方法にも現れていて、彼らは常に望郷の念を忘れないのだ。
なお、わたくし達がこの場を訪れるきっかけとなった先輩方はそもそも、獣舎を守る戦力に不安があるから応援を呼びに走っていたわけであるが、たぶん彼らは王太子殿下の存在には気付いていなかったのだろう。知っていたら流石に教えてくれたと思う。
きっと彼らが方針を話し合っていたであろう場に王太子殿下が参加していたとは到底思えないので、察するに殿下は騒動の発生から今に至るまで我関せずと独自行動を貫いているのだろう。王太子殿下の魔法はかなり鮮烈なので、気付かないというのは逆に難しいが、先輩方がこの場を離れてから王太子殿下が戦闘を開始したと考えればおかしな話ではない。
「わたくし達は救援要請を受けてこの場に参りました」
「そうか」
「殿下には不本意かもしれませんが、助太刀させていただきます」
「勝手にしろ」
俺の邪魔をするな、くらいに言われてもおかしくないと思っていたのだけど、わたくしの予想に反して殿下は至極あっさりとこちらの申し出を了承した。どうやら、辟易した表情を見せていたことからも想像できるが、受けて立つとは言うものの彼にとってもゴーレムの相手と言うのは特段愉快なものではなく、義務感から迎撃を厭うことこそないが、事態が終息するのならばそれはそれで望むところらしい。
てっきり頑なな戦闘狂の類だとばかり思っていたので、少しばかり意外なことだ。
「お前はともかく、そちらの男はそれなりに出来るようだからな」
挑発的に投げられた言葉に、わたくしは「む……」と少々鼻白む。
歴戦の戦闘者であるらしいハイメロート殿に比べればわたくしの実力などてんで大したものではないというのは自分でも認めるところであるが、それをこの男に言われるのはいかにも面白くない。
なお、ハイメロート殿は周囲を警戒する体で居て殿下のほうを見てすらいない。声が聞こえていないはずがないので、つまりあからさまな無視であるが、殿下に気分を害した様子はない。強者をあからさまに優遇するのもまたガルム人らしさである。
差し当たりは共同戦線を張ることの了承だけは取り付けたので良しとすると、先程吹き飛ばされたゴーレムどもが再び近距離まで迫ってきていた。
「……少し、減りましたか?」
パッと見で明らかに頭数が減っている。明らかだというのにわたくしが疑問形を拭えないのは、なんだか数が減った代わりに個々のサイズが増しているような気がして、視界に占める面積は然程変わっていないからだ。
「奴らについて知っていることは?」
「然程多くはありません」
わたくし達が知っていることはこの目で見たことだけで、奴らが高魔力体を狙って行動することと、存在の根幹は内部の銀の流体であり、それを排除しない限りは修復を繰り返す性質を持っているということ、そして流体を侵食させることで同胞を増やすこと――その程度だ。
早口で説明すると王太子殿下は頷いた。
「奴らにはお粗末な知性があるようだ。蹴散らしてやると再生がてらに至近の個体と融合して巨大化する」
「自らを強化するため、でしょうか」
「だろうな」
つまり先程ハイメロート殿に砕き散らされた個体が融合しながら再生したために、個体数が減少したものの個々の規模自体は拡大しているのだろう。お粗末な知性とは言い得て妙で、困難に対処するために融合するという判断はできるが、それが限界で、結局は倒され続ける限り巨大化し続けるしか能がないのだろう。
迎撃態勢を取ろうとしたわたくし達に――正確にはハイメロート殿に殿下が声を掛ける。
「お前は風魔法使いだな?」
「そうだ」
言葉少なに肯定したハイメロート殿に、殿下は片手の親指で背後の獣舎を指して見せる。
「アレを覆う規模で遮音の結界を構築することは可能か?」
「……結界を敷く時間が必要だ」
「いくらだ」
「三分は掛からん」
遮音の結界とは読んで字の如くのものだ。風属性の魔法使いとは空気の密度を操るプロフェッショナルである。真空の壁を作り出して音を遮断することも可能だろう。同じく風魔法使いであるわたくしも、流石にあの獣舎丸々を覆う規模の結界を構築するのは難しいが、例えば自分一人を音響攻撃から守る程度であればわけはない。
王太子殿下の意図を知ってか知らずか、訊かれたことに答えただけという風のハイメロート殿に、殿下は迷う素振りもなく「やれ」と命じる。
ハイメロート殿がわたくしを一瞥したので、視線で頷いて見せると彼は即座に踵を返して獣舎へと走って行った。
何故この状況で防御用の結界ではなく遮音なのかはわからないが、少なくとも王太子殿下に策があるというならわたくしはそれに乗ることに躊躇はない。この男のことは個人的には好ましいとは言い難いけれど、ガルム人という人種がこと戦に関しては非常に真摯であると知っているが故に。
なんだかんだでわたくし達が味方であると認めさえすれば、ちゃんと味方として扱う。
王太子殿下のそういうスタンスが伝わるから、わたくしもこの場は真摯に応じることに否やはない。
「それで、こちらは?」
「ヤツが結界を構築するまでに、アレを一纏めにする」
殿下が顎で示したのは当然ゴーレムどもだ。
巨体になった分だけ重い足取りで地響きを起こしながら迫ってくる個体は、数えて五体。小さいのもまだいくつか居るが、融合して巨大化したのは五体だ。元々の素材がバラバラなせいか、岩石や土くれ、建造物の破片と思しき物や果ては草木に至る雑多な素材のハイブリッドと化したゴーレムどもは、その巨体と相俟ってまるで景色が意志を持って動いているかのようだった。
奴らを一纏めにする、という殿下の言う意味はわかる。要は五体を粉砕して再生融合させればいいのだろう。
小さいうちに破壊して流体を散らしてしまえば簡単だったのに、と思いかけたわたくしはふと思い至る。
「もしや殿下、敢えて奴らを融合させたのですか?」
「そうだ。雑魚を一つ一つ潰していては埒が明かんからな」
なんでもないことのように言う殿下を横目で見ながら、わたくしは少しだけ彼を見直していた。
彼が敢えてそうした理由が、果たして融合して強化された個体を打倒したいというガルム人らしい欲求故なのか、あるいは単に面倒なのでゴミを一纏めにしてから一網打尽にしようと画策したのか、定かではないし興味もないが、一つだけ確かなことがある。
破壊した個体に敢えて融合と再生を許したということは、それだけ王太子殿下を狙うゴーレムが増え、王太子殿下の周囲にゴーレムが集結し、そして再生する時間の分だけ行動規制できるということだ。ゴーレムが小規模のうちに核となる銀の流体を排除しておくというのは堅実だが、その分工程が増えれば時間を要し、ひいては守るべき背後への侵攻を許すことになるのだから。
だから王太子殿下の行動が何を意味するのかと言えば、つまりそれだけ獣舎のほうへと向かう敵戦力が減ったということだ。
ただでさえ高い魔力を有していてゴーレムの誘引能力が高い王太子殿下だが、正門にゴーレムが密集していた理由は決してそれだけではなく、彼はその行動をもってゴーレムの大部分を自らに釘付けにしていたのである。
先程、王太子殿下はわたくしの『獣舎を守ったのか』という言葉を否定していたが。
実際、彼の意図ではないかもしれないし、結果論かもしれないが。
彼の戦いは紛れもなく、背後の獣舎やそこで戦う人々を守るためのものであったのだ。
「――――ふ、」
迫るゴーレムを見据えて腰を落とし、少し息を吐き、太刀の鯉口を切る。
異国の王族にこれだけの働きを見せられて、間違ってもわたくしがそれを台無しにするわけにはいくまい。これで彼の足を引っ張るようなことがあれば、それは正しくリヒティナリア貴族の名折れである。
故に、いざ尋常に――――
「推して参ります!」




