補完[雷哮-1]
・タイトル通りのアイツの話です(出番があるとは言っていない)。
~"黒髪令嬢"イオ~
学院中にゴーレムが溢れかえった騒動から二日。
わたくしはようやく訪れた束の間の休息に、自室にて羽を休めていた。
学院のカリキュラムは一週間が休講となり、教員学生の区別なく魔法使いを駆り出しての復興作業が急ピッチで進められていた。
わたくし達もまた魔法使いの義務として、ひいては貴族の義務として率先して作業に参加したのは言うまでもない。
力持ちで身体強化にも秀でたソシエは瓦礫の撤去に精を出し、治癒魔法に秀でた水属性魔法使いのレキは負傷者の治療にあたり、わたくしは専ら風魔法を使っての清掃作業を行ったりしていた。
「お嬢様、お茶をどうぞ」
レキが淹れてくれた緑茶を啜り、ほうと一息。
そのままレキはソシエにもお茶を淹れ、最後に自らの分を用意して席につく。
ようやく纏まった時間が取れたので休息がてらに、件の騒動にて別行動した際の情報共有をしておこうと思ったのだ。
「――と、私達のほうはそんな塩梅でして」
レキらしい非常に簡潔で要点がわかりやすい説明を聞き終え、わたくしは一つ頷く。
ちなみにソシエは論理的な説明がちょっとだけ苦手みたいなので、こういう時の説明役は大抵レキだ。もちろんソシエも報告すべき事柄があれば要所要所で発言を厭うことはない人物であるが。
「よくわかりました。大義でしたね」
「恐れ入ります」
レキとソシエには遊撃として、ゴーレムの掃討および襲われている人の援護をお願いしていたのだが、優秀な彼女達らしくしっかりと役目を果たしてくれていたようだ。勿論、なにも心配はしていなかったけれど。
さて、彼女達の事情は理解したので、次はわたくしの番だ。
「わたくしはあの後――」
あの騒動で経験したことを一つ一つ思い出しながら、わたくしは語り始める。
プリムローズ様からの救援要請を受諾したわたくしはソシエ達と別れ、プリムローズ様の私兵であるハイメロート殿とともに行動を開始した。道中、彼から簡単な事情を聞いたところ、とりあえずはヴェルメリオさんの痕跡を探しつつ事態の収拾を図ることとした。
首尾よくヴェルメリオさんを保護できれば重畳。ヴェルメリオさんの存在を露見させることなく事態を収拾まで持っていければそれもまた良し。そして最悪の事態を想定すれば、心情的なことを度外視して利害だけで考えても、ゴーレムを駆逐しながら人々を助けて回ることの労を惜しむべきではない。
商業地区へと入る手前くらいの場所で、二人の学生がゴーレムと交戦している現場に出くわした。
見たところ三年生の男女で、若干の危なっかしさはあるが流石は三年生と言うことで、わりと善戦しているようだった。が、いかんせんゴーレムの再生能力を前に決定打を見出せないでいる様子。
相手のゴーレムは一体だけだが、人間大の全高を有する岩石質の多足型で、堅牢かつ機動力もそれなりにありそうな厄介なフォルムをしていた。
「援護を?」
言葉少なにハイメロート殿が問うてくるので、わたくしは「無論です」と答えて、片手に持っていた愛用の扇子を太刀へと変化させる。
これは『遷身ノ法』と呼ばれる東方の魔法の一種で、物と物をあらかじめ紐付けておくことで任意に両者を位置交換できるものだ。難点は入れ替える相互距離が長いほど魔力を消費するので、小手先の交換以上のことをしようとするととても燃費が悪いということ。わたくしの場合は念のため常に持ち歩いている扇子と寮の自室に置いてある太刀を交換できるようにしてある。
手元にずっしりと重い感触が現れ、同時に重い魔力消費に眉を顰める。
わたくしの保有魔力量から言えば然したる消費ではないものの、それでもこの非常時において少しでも節約しようと思えば先程、学生寮からの距離が近い時点で交換しておくべきだった。まあ重い太刀を持って走るのもそれはそれで難儀なので必ずしもそのほうが良かったとも言い切れないのだが。
反省として覚えておくことにして、わたくしは太刀を抜いて疾駆した。
前方で戦っている学生達に援護を告げつつ、機動力強化の魔法を唱える。
『風花一片ノ法』
フレンネル家の使う魔法は、東方の技術を取り入れて編み出された独特のものだ。当家の人間以外に同じ魔法を使う者は他に存在しない。そういう意味ではプリムローズ様のそれと同じくオリジナルの魔法モデルと言えるだろう。
駆けるわたくしの脚が、魔法の効果で浮かぶように地を滑る。まるで風に攫われる花弁の如くひらりと舞い上がったわたくしは、そのまま風に乗って急加速し、弧を描く軌道でゴーレムと先輩方の間に割って入った。
一閃、返す刃でもう一閃。
岩など斬りつけたら刃が毀れてしまうので、太刀の刀身に渦巻く暴風を纏わせ半ば掘削するようにゴーレムの岩石の肉体を十字に解体する。破損個所から漏れ出した銀の流体がすぐに修復してしまうだろうが、『中身』を引き摺り出せればそれで充分だ。
何故ならば、わたくしは一人ではないから。
追いついてきたハイメロート殿が間髪入れずに魔法を唱え、わたくしが引き摺りだした銀の流体を手際よく不可視のバインドで拘束して闇魔法で滅却する。わたくしと同じく風属性であるハイメロート殿が敢えて闇属性の魔法を使っているのは、一部の闇魔法が有する『対象を消滅させる』という効果が良相性だからだろう。
悔しいかな、彼の戦術は極めて有効なので真似しようと思っても、わたくしは闇属性は完全に門外漢である。
ゴーレムが消し飛ぶ衝撃でぶわりと吹いた強い風に乗って、わたくしはふんわりと宙を舞ってから柔らかに着地する。勿論、どれだけ激しく立体的な機動をしようとも、風魔法を駆使してスカートが絶対に翻らないように気を遣うのは淑女として当然の嗜みなのだ。
太刀を鞘に収めて先輩方へと向き直ると、女性の方は緊張が切れたように座り込んでいて、男性の方は荒い息をなんとか整えようとしているところだった。
「ご無事ですか?」
「あ、ああ。ありがとう……助かりました」
わたくしの言葉に答えた彼は、言葉の途中でわたくしの家紋を見て態度を改めたようだった。ちなみに先輩方は両名とも平民階級の学生である。
談笑している時間など無いので、手早く無事を確認したわたくしは周囲を警戒してくれていたハイメロート殿を促して立ち去ろうとする。先輩方は戦闘能力があるし、疲労は窺えるものの継戦能力に問題はなさそうなので、自力で避難してもらうことにする。
「待ってくださいっ」
と、座り込んでいた先輩がわたくしを呼び止めた。
「なにか?」
「あの、お願いがあって」
「聞きましょう」
なにやら切実な様子に、とりあえず事情を聞いてみることにする。ハイメロート殿はプリムローズ様にそう命じられているからか、基本的にはわたくしの指示に従うスタンスらしく、特に何を言うでもなくわたくしの態度に倣っていた。
先輩方の説明によると、彼らはこの先に所在する獣舎から来たらしい。
獣舎と言うのは読んで字の如く獣を飼育するための施設だ。
「馬か?」
「馬もございます。が、基本的には魔獣の類ですわ」
ハイメロート殿の端的な問いにわたくしは答える。人間にも魔法を使えるもの使えないものが居るように、動物にもその区分けがある。一般的に魔法が使える動物を魔獣と総称して区別しているのだ。
そして学院で飼育している動物の大部分は移動用・運搬用の馬――これは魔獣の馬とそうでない馬の両方を指す――と、魔法使いとともに戦場に立つ戦騎獣と呼ばれる魔獣だ。戦騎獣の動物としての分類は様々だが、ポピュラーなのは狼や豹の魔獣だろう。
魔獣の中には魔力を媒介して魔法使いと意思の疎通を行うほどに高度な知性を有するものも存在するが、大抵は野生の獣より少々賢い程度なので、飼育するときは魔法の発動を抑制する特別な道具や施設を用いるのが普通だ。
魔獣は魔法を使う動物。つまりは豊富な魔力を保有している生き物であるということだ。
「つまり、獣舎がゴーレムの襲撃を受けているわけですね」
「そう、そうなのよ!」
この先輩方はゴーレムの襲撃時に獣舎に居合わせた者達の中で、比較的戦闘能力が高いと見込まれて応援を呼びに走っていたらしい。居合わせた他の面子は今も獣舎の周辺で防衛線を敷いているとのこと。
ゴーレムの攻撃対象が魔獣だとわかっていても、当たり前だが魔獣に好き勝手に逃げてもらうわけにはいかないので、施設ごと防衛するしかないのだ。戦騎獣ならば防衛線に参加できるだろうが、生憎と誰でも扱えるような動物ではないため現状では使う当てもない、と。
「貴方達の実力を見込んでお願いします!どうか力を貸してくださいっ」
先輩方に頭を下げられ、わたくしは素早く決断した。
「わかりました。引き受けます」
「ほんとですか!?」
「ええ。ただ、先輩方は当初の通り応援を呼んでくださいまし。応援が到着するまでの時間稼ぎという限りで協力致します。申し訳ございませんが、わたくし共にも目的がございますので」
「充分です!ありがとう!」
応援のあてはあるらしく迷いなく走り去って行った二人を見送り、わたくし達は彼らが来た方向――獣舎方面へと移動を開始する。
わたくし達の目的と言えばヴェルメリオさんを確保することであるが、現状彼女の所在にあては無く、無為に彷徨うくらいならば言い方は悪いが事後のために点数稼ぎをしておいたほうが賢明だと判断したのだ。
ハイメロート殿曰く、ヴェルメリオさんは苛烈な戦闘能力を有する魔法使いで、手加減は『ちょっとだけできる』らしいので、逆に言えば殆ど手加減抜きで彼女が魔法を唱えれば、この学院内くらいの範囲ならどこに居てもわかるそうだ。これは誰でもわかるわけではなく、彼らだけが持っている『首輪』なる魔法具の効果らしいが。
ちなみに、プリムローズ様から与えられた首輪、というワードにちょっとときめいたりはしてない。羨ましいと思ってもいない。
ハイメロート殿がヴェルメリオさんの存在を感知すれば、その時点で確保に走ればよい。
「勝手に決めてしまいましたが、よろしかったでしょうか?」
「異論ない」
一応確認をとってみると、彼からは硬質の返事が。
これまでの道中でも思っていたが、なんとも人間味に欠ける御仁だ。プリムローズ様がいらっしゃった時は微かに感情らしきものを垣間見せていたように思うが、それ以後はまるで、それこそゴーレムとでも相対しているかのような色の無さだった。
わたくしは並走するハイメロート殿に、少しだけ好奇心を見せてみる。
「ところで、貴殿の腰のソレは、抜くことはないのでしょうか?」
わたくしが視線で示すのはハイメロート殿が腰の後ろに装備している『剣のようなもの』である。あからさまなくらいに仰々しい封印が施された、まるで拘束具の如き鞘の意匠を見る限りは、おそらくは相当に厄介な妖剣魔剣の類と見受けるが。
「察しの通り、碌なものではない」
ハイメロート殿は無感動に言葉を紡ぐ。
「古今東西、魔剣の類には付き物の魔法があるだろう」
「『魅了』でございますね」
大抵は刃を目にした人間の精神を侵し、欲望を駆り立てて己を手に取らせ、そして担い手を使って望みを叶えようとするのが魔剣の常だ。彼の言葉を借りるならば魔剣の望みなど碌なものではないことが殆どで、まあ目的はともかく手段はほぼ例外なく『斬る』こと。それそのものが望みであることも少なくない。
剣自体が意志のようなものと強力な魔力を秘めているということは、もし使いこなすことが出来れば相当に強力な武器となるのは間違いない。だがそれ以上に支払う代償が強烈過ぎて、基本的には忌避される代物だろう。
「俺のコレは中でもだいぶ性質の悪いほうだろう。魅了というよりは最早『汚染』に近い」
「それは、また……」
「魔法使いであれば短時間は耐えるだろうが、非魔法使いの者などが罷り間違って見てしまったらことだ。一息で廃人になる」
軽々しく問い掛けてしまったが、どうやら彼の魔剣はその拘束が見掛け倒しでは決してない程度には凄絶な危険物らしい。
基本的に内面に作用する魔法的な効果は対象が内包する魔力が多いほど効き目が鈍い。侵攻してくる魔力が内在魔力の抵抗を受けるためだ。バフなどのポジティブな効果を受ける際には、受ける側が敢えて受け入れるからスムーズに浸透するだけの話であり、本来はあらゆる外的魔力に対して抵抗力を発揮する一種の肉体的な防衛機能の類だ。
簡単な例を挙げれば、非魔法使いの人間が一息で廃人になる魔剣を見たとしても、アトリーさんくらいの魔力があればしばらくは平然としている可能性がある。
しばらく駆けていると道の両脇に茂っていた木立が開け、前方に獣舎の大きな影が見えてきた。
獣舎は少しだけ小高い丘の上に築かれているので、ここからだとまるで地の底から這い出そうとする亡者の群れの如く、頂き目掛けて集結する多種多様なゴーレムの姿が見て取れた。
獣舎側では魔法使い達が防衛線を敷いていて、魔力の輝きが激戦の熾烈さを伝えてくる。獣舎はその施設としての性質上、学院内で活動する人々の活動圏から意図的に距離を隔てて置かれているので、周辺のゴーレムの標的がここしかなくて集結しているのだろう。
「…………妙だな」
「いかがしましたか?」
「ゴーレムが一箇所に集中している。余程美味い餌でも居るのか」
言われてみれば、獣舎の正門方面のゴーレム密度が濃くなるような流れが見える。なお、獣舎は学生区方面と外部方面の二ヵ所に通用門を有する施設で、わたくし達が駆け付けたほうが前者の裏門、今ゴーレムが密集しているのが後者の正門だ。
どうやら、獣舎が少ない戦力にも関わらず陥落せずに持ち堪えている理由の大部分は、正門で戦っている何者かが敵戦力の殆どを誘引しているからのようだ。
「あちらに向かいましょう」
となれば、その人物を援護しつつ密集したゴーレムを掃討するのが一番話が早い。
そう結論して、道すがらのゴーレムを駆逐しつつ施設の側面を移動して正門へと足を向けたわたくし達は、視界を焼くように迸った凄まじい光から咄嗟に目を庇った。
「今のは……」
まさにその正門の位置で、ここからでは施設の影に隠れて見えないが、戦っている何者かが魔法を唱えたのだ。
荘厳さすら覚える金色の輝きには、非常に見覚えがある。
同時に納得もした。
確かに、わたくしの想像通りの人物であれば、ゴーレムを誘引して然るべき魔力を持ち合わせているし、並居る敵性体を片っ端から消し飛ばす奮戦ぶりを見せていてもおかしくない。
そうして辿り着いたわたくしが目にしたのは、
「やはり……貴方でしたか」
パチリ、と帯電する魔力を纏った、金色眩しい異国の魔法使い。
「――――む、フレンネルか」
『雷哮』カーマイン・ラハ・ガルムの姿であった。




