補完[闇の巫女-1]
・名前だけ登場している『教団』とはなんぞや。という話。
~"黒髪令嬢"イオ~
「――というわけで、わたくしとハイメロート殿は後のことをガルム殿下にお任せして、商業地区へと向かったのです」
獣舎におけるガルム王太子殿下との共闘の後、わたくしとハイメロート殿は商業地区にてヴェルメリオさんの痕跡を捜索しつつ、ゴーレムの駆逐を行った。そしてその一幕においてアビーと名乗る謎の少女と出会い、協力要請を受けたのである。
アビー様との会話の内容を要約して説明すると、話を聞いていたレキは思案気に呟く。
「そのアビーと名乗るお方の正体はもしや……」
「まず間違いなく、学院長でしょう」
王立エンディミオン魔法学院を統べる最高権力者。学院長ことアビゲイル・スピリタ・ラブクラフト女史。学院の行事に顔を見せることは殆どない人で、学生視点では謎に包まれた人物という印象が強いが、貴族社会や魔法学会などではかなり名の知れた存在である。
彼女は元々は今より二代前の国王陛下の弟君――つまりは王弟殿下であられたラブクラフト大公の妃であった人だ。大公殿下は既に亡くなっており、身体上の理由で世継ぎを残すことの叶わない身であったと言われており、養子も取っていないラブクラフト大公家最後の一人がアビゲイル大公妃その人なのだ。ちなみに大公殿下に見初められる以前の足跡は一切不明であり、異国の出身であるということしか明らかになっていない。
そんな背景を有する彼女であるが、魔法学院の長をしていることからもわかる通り、どちらかと言うと大公妃としての側面よりも魔法研究者としての実績で語られることのほうが多い。その最大の功績はそれまで闇属性魔法の一種と言う認識であった『死霊術』と呼ばれる魔法技法を体系化して魔法協会に認めさせ、確立したことである。彼女自身は死霊術の第一人者であり、史上最強のネクロマンサーと呼ばれるほどの強力な魔法使いだ。
死霊術とは相当に変わった魔法体系であり、使用者には特別な素養が求められる。わたくしは知識でしか知らないし、それも詳しいわけではないが、聞くところによると『魂』と便宜上呼ばれる『人を人たらしめる何か』に干渉する魔法であると言われている。
それで何が出来るのかと言うと、例えば自身の身体から魂だけを抜き出して加工することで、別人の身体を使って活動することが出来るらしい。実際、学院長はそれによって複数の身体を使い分けて行動しているので、会うたびに人相が変わるのだそうな。
わたくしが出会ったアビー様と言う少女は、そんな学院長の身体の内の一つで、現在はあのお姿で過ごされているということなのだろう。
レキの捕捉を所々受けつつ、学院長の来歴についてわたくしの知る限りのところを説明すると、聞いていたソシエはわかったようなわからないような顔をしていた。
「なんか、あんまりぴんと来ません。死霊術って」
「そうかもしれませんね」
そもそもの遣い手が劇的に少ないので、学院で教えられることも無ければ、実際に死霊術を見る機会も普通は無い。
実際わたくしも、知識としては知っていても、それは本当に文章として知っているだけに過ぎなかったのだ。
あの日。この目で見るまでは。
「お嬢様は、アビー様が魔法を使う姿をご覧になったのですか?」
「はい。彼女が死霊術を使ったのは、一度だけですが」
興味深そうなレキとソシエの視線を受けて、わたくしはあの経験を表す言葉を暫し探した。
だが結局、一つの言葉しか思い浮かばなかった。
「貶す意図ではありませんが……あの魔法を表現するとすれば、一つしかありません」
アビー様と出会った後に経験したことを思い出しながら、わたくしは告げる。
あれは、あまりにも――
「悍ましい」
アビー様からの協力要請を受託したわたくしは、ハイメロート殿を伴ってアビー様の後をついて移動していた。
商業地区を襲撃していたゴーレム勢力の大部分を誘引して移動しているアトリーさんの援護はプリムローズ様にお任せすれば大丈夫というアビー様の言葉を信じ、こちらはアビー様が察知したらしい学院への招かれざる客の対応に当たる。
ゴーレムが席巻する地表付近を避け、高所から高所へと飛び移るようにして移動する。風魔法使いとしてそれなりに空中機動も得意なほうだと自負していたのだが、あまりに平然と空を駆けるアビー様やハイメロート殿を見ていると自信が無くなってくる。同じ風属性であるハイメロート殿はともかく、アビー様の正体がわたくしの予想通りの人物――つまり学院長本人であれば、彼女は闇属性の魔法使いのはずなのに。
道中、カランコロンと下駄を鳴らしながら軽やかに跳ねるアビー様が口を開く。
「さて、そなた等に相手をしてもらう輩についてだが、ほぼ間違いなく『教団』の関係者であろう」
「教団の手の者が学院に侵入しているのですか?」
「奴等はどこにでも居る。学院の内にも、外にもな」
教団とは、この現代最大規模の勢力を誇る宗教組織である『教会』と双璧を為す、裏社会の巨大勢力だ。
教会の教義が『主』と呼ばれる大いなる存在を信仰することであるとするならば、教団の教義はずばり『魔王信仰』である。
「学院の敷地内で生活する者、勤務する者、出入りする者……それなりに身辺の調査はさせておるし、出自の定かならざる者は立ち入らせぬように努めておる」
アビー様はそこで「だがの……」と溜息を一つ。
「いかに持ち物検査をしたところで、思想まではわからぬ。教会の信徒がどこにでも居るように、教団の信徒もまた、どこに居てもおかしくないのだ」
「信奉者は居るだろうが、教団員そのものの侵入を許すほど抜けてはいないだろう」
固い声で言ったハイメロート殿に、アビー様は「無論だ」と返す。
「逆に言えば、現在のこの混迷は、外部から教団の戦力を招き入れる絶好の機会よ」
つまりは内応である。
わたくしにも話の輪郭が掴めてきた。アビー様は教団の信徒はどこにでも居ると仰ったが、それ自体は問題ではないのだ。思想は個人の自由である。無神論者であろうが主の信徒であろうが魔王の信奉者であろうが、心の内に秘めておく分には自由であるべきだ。そして実際的にも、ただ魔王を信仰するだけの人間が、なにか影響力のある行動を起こすことが出来るかというと、大部分は無理だろう。仮に教団の信徒が学院の敷地内に相当数入り込んでいたとしても、その彼ら彼女らも現在はゴーレムの脅威に晒されているのだ。教団に利するどころの話ではなく、誰だって自分の身を守るのが第一だろう。
そんな彼らに出来ることは精々、学院に入り込めずに外で機を窺っていた同志に連絡を取ることくらいだ。
「小生、とある伝手で、学院に不正に侵入した者の存在を察知することが出来るのだが」
一応正体を隠すつもりはあるのかアビー様は表現を暈したが、彼女の言う『伝手』とは彼女自身が展開・維持しているはずの学院結界のことだ。自分の結界の中に異物が入り込めば、それを術者が察知できるというのは自然な話である。
「教団の内通者によって外部から引き入れられた人間は、今のところほんの一人しか居らぬ」
どういうことかわかるかの、と問われ、わたくしは答える。
「この惨事は教団の手によって引き起こされたものではない、ということですね」
「然り。奴等にとっても予想外の事態であるが故、小規模で散発的に行動しておるに過ぎんのだろうよ」
そして小勢であるが故に、こうして学院長が直接に対処に動いているということだ。
結界によって侵入者を把握できる彼女なので、この混乱状態の中で警備を動かして対処させるよりも、自身で行動したほうが都合がいいと判断したのだ。となれば彼女は当然ヴェルメリオさんのことも把握しているわけで、ハイメロート殿が彼女に協力することにした最大の理由とは、言い方は悪いがヴェルメリオさんの身柄を、ひいてはプリムローズ様の身柄を人質に取られているからだ。
「教団は、何を目的として学院に侵入するのですか?」
「奴等の目的は常に『魔物の勢力圏拡大』よ。それ即ち黒い森の繁栄と言い換えても良いだろう」
「つまり教団にとってこの学院は目の上の瘤ということか」
あらゆる意味で、教団にとってこの学院は疎ましい場所だ。
隣接する黒い森の拡大を防ぐ楔として機能していることもそうだし、対魔物戦闘の技術を教導する場所であるという点でもそうだ。この学院が機能不全に陥れば、それは即座に魔物勢力に利することになる。なので何をしてきたとしてもおかしくはないが、学院の運営にダメージを与えようと考えた場合、効率的な方法を考えれば狙いを絞り込むことは出来る。
尤も、今回に限ってはアビー様が侵入者の所在を把握しているので推理する必要はない。
会話をしつつ商業地区を駆け抜けたわたくし達は、程なくして大学区へと至り、その外縁部に存在する施設へと辿り着いた。外観は飾り気がなく、大学区に立ち並ぶ研究施設の一つのようで、ただとりわけ堅牢な造りに見える。
「ここは……?」
「『黎油』の保管施設だ」
セオリー通りの場所を狙ってきたの、とアビー様は言う。
成程とわたくしは納得した。黎油は黒い森を焼き払うための必需品だ。知っての通り黒い森はこちらの世界と魔界を繋ぐゲートであり、これを焼き払って縮小させることで人間は生存圏を取り戻してきた。だが、黒い森は当然ただの森ではない。あれはあれ自体が一種の魔物であるのだ。尋常の手段で黒い森を焼き払おうが、伐採しようが、何をしても時間の経過とともに再生されてしまう。
ただし、黎油を触媒として発生させた聖なる炎によって焼き払えば、黒い森は自然には再生しなくなる。黒い森を駆逐するためには絶対に必要なアイテムであり、だからこそ教団にとってはこれ以上ない獲物であろう。
ひと気のない周辺を見回して、ハイメロート殿が口を開く。
「ここを警備していた連中は居ないのか?」
「おおかた、ゴーレムの対策に追われておるのだろう」
ただでさえここはゴーレムの発生地点である大学区の研究施設群から距離が近い。警備の人間が事態の収拾に駆り出されているとしても不思議ではない。
アビー様に続いて施設の中に足を踏み入れると、見る限り内部は明かりも灯っておらず、不気味なくらいに静かで、無人の様相であった。
周囲を観察したアビー様が、声を潜めて囁くように言う。
「警報が無力化されておる」
エントランスからは奥に通路が延びており、その先に複数の保管庫があり、タンク入りの黎油が安置されているようだ。どうやらここは本当に保管のためだけの施設であり、内装を見る限りはそもそも人間が常駐するようにはなっていない。
警備の度合いとしてこの状況が妥当であるのかわたくしには判断しかねる部分があるが、それは黎油というものがどれだけ貴重かによって変わってくるのだろう。黎油は確かに大事だし貴重だが、代わりの効かないものではないし、高頻度で使うものでもない。
無くなったのであればまた手配すればいいだけのことだ。
問題があるとすれば、黎油というのは教国内でしか精製できないということだ。ここに保管されている物もその全てが教国からの輸入品であるということである。黒い森の撲滅に必須である黎油の供給を握っているという事実こそが、教会が各国に対して強い影響力を有する最大の理由でもある。
奥へと進むと、一箇所だけ扉が開放されている保管庫があった。庫内は照明が点いているようで、暗い通路に明かりが漏れている。保管施設故か窓のない造りなので外部からはわからないのだろうが、そこに何者かが居ることは明らかだ。
微かな物音が聞こえ、内部からはやはり人の気配がする。どうするつもりかとアビー様の出方を窺うと、彼女はなんら躊躇することなく保管庫の内部へと入って行き、わざと下駄を鳴らして立ち止まった。
「ほう。賢しいことを考える」
室内は、パッと見ワインセラーに似ていた。金属製の樽のようにも見える巨大なタンクが二つと、それよりも小振りのタンクが複数設置されていた。勿論内部はワインではなく黎油なのだろう。察するに、貯蔵用の大タンクに、移送用の小タンクであろうか。これと同じ部屋が複数あると考えれば結構な貯蔵量だが、あの広大な黒い森を焼き払おうと思ったらいくらあっても足りないくらいだろう。
そして室内には四人の人間が居た。
突然現れたアビー様に驚愕の視線を向ける彼らは、どこにでも居そうな風貌をした性別も年齢もてんでバラバラの四人であった。彼らはなにやら作業中だったようで、闖入者の存在に中断中のそれを見る限りは、
「なにか、混ぜようとしていたのですか?」
「おおかた、黎油の効果を希釈しようとしたのであろ。黎油自体を損なえば新品を手配されるだけのこと。こっそり効果を薄めるだけにしておけば、いつの日か知らずに使った時に想定通りの効果が得られず。我らは泡を食う羽目になるという寸法よ」
今回のゴーレム騒動は教団によって引き起こされたものではないとアビー様は言う。となれば教団に与する彼らにとっても予想外の事態であったはずだ。降って湧いた好機を最大限に活かそうとした結果、取り得る手段がそれだったのだろう。
限られた時間と規模で出来る限りの、最大限のハラスメントということだ。事実、嫌がらせとしてはこれ以上なく上等だろう。
わたくしは彼らの反応を注意深く見ていた。
アビー様の乱入に一様に驚愕している彼らだが、ただ驚いている他の三人と違って、一番奥に居た中年男性だけがわたくしとハイメロート殿の立ち位置を確認するように視線を走らせた。間違いなく、彼が主導者だ。他の三人はおそらく単なる協力者で、振舞いを見る限りは特別な訓練を積んだわけでもない至って平凡な一般人だ。
保管庫の出入り口は一つしかない。そしてそこにはわたくし達が陣取っている。
決して広いとは言えない室内で、しかも万が一にも黎油のタンクに傷をつけるわけにはいかないので、武器を振り回したり魔法を唱えるのは慎むべきであろう。同じ結論に達したらしいハイメロート殿が、アビー様の前に歩み出て、これ見よがしに拳を鳴らして見せる。
「無力化すればいいな?」
「おう。ちょいと尋問出来るように加減してくりゃれ」
よかろう、と応えたハイメロート殿が四人を無力化するのに十秒も掛からなかった。




