481話_side_Primrose_その辺
~"転生令嬢"プリムローズ~
さて、裸の主人公ちゃんを抱えたままいつまでも浮かんでいるわけにもいかないので、私はゆっくりと地上に向けて高度を落としていく。既に夜が明けているので、眼下に見えるのはただの森であって黒い森ではない。当然魔物も居ないし、どうやらベルフェルテが集めていたエーテルは黒い森や魔物と同じくあちら側判定のようで、あの碧い輝きはどこにも見られなかった。
とりあえず、これで半日の猶予を得たわけだ。次の日没で黒い森が開けば、また『サラマンデルロード』を筆頭に魔物勢力の侵攻が再開されるだろう。勿論、ベルフェルテもまた活動を再開するはずだ。というか森が閉じている間、実際魔界側がどうなっているのか今一わからないのだが、まあそれは考えても仕方がないので気にしない。
そんなことより考えるべきことはそりゃもう山のようにたくさんあるのだが、差し当たりはこの状況をどうするべきか、である。まずは主人公ちゃんをお友達のところまで帰してあげなくてはならないが、討伐者でごった返している支部にまさか裸のまま連れていくわけにもいくまい。私が着ていたスレイの服はアヴァターが吹っ飛んだ際に一緒に消えてしまったし、今着ているバトルドレスはサイズ的にどう頑張っても主人公ちゃんじゃ着られないし、身体を隠してあげられるだけの面積もない。
というかそれを言ったらそもそも私はどうしようか。転神してスレイとして支部に戻ってもいいが、あのアヴァター装束で衆目の中を歩くのは正直遠慮したいところだ。まあタイミング的にもいい機会だし、このままプリムローズとして『ホワイトファング』に合流しようかな。
などと考えていると地表まで降りてこられたので、少し浮かんだまま主人公ちゃんを下ろせる場所を探して視線を巡らせてみるが、まあ都合よくベンチみたいな場所があるわけもなく。
「はぁ」
仕方ないので地属性魔法の『地隆操作』を発動し、近くの岩場をもこっと隆起させて形状を整え、平坦な寝台もどきを作り出す。暢気にむにゃむにゃ言っている主人公ちゃんをその上に横たえたあたりで足音が聞こえてきたので振り向くと、私の匂いを辿ってきたのであろうヴェルメリオが歩いてくるところだった。ちなみに幼女形態。
「いいところに来たわね」
「う?」
「ちょっとヴァイオラ探してコートかっぱらってきてくれる?」
「あい!」
お願いをされたことが嬉しく堪らないという様子で、嬉々としたヴェルメリオが大犬と化して走っていき、暫し後に遠くから「ぐわー!」というお手本のような悲鳴が聞こえてきた。
「あるじさま、はい!」
というわけでヴェルメリオが調達してきてくれた赤コートを主人公ちゃんに掛けておく。ヨシ!
それからヴェルメリオにはどこかに落ちているであろうハイメロート(魔剣)と、ついでに主人公ちゃんの剣を探してきてもらおう。まあ、もしかしたら主人公ちゃんの剣は朽ちて消滅しているかもしれないが。
次なるお願いを受けてウッキウキで飛び出していったヴェルメリオを見送ると、私はバトルドレスの腰の後ろに装着している申し訳程度の容量の小物入れから『PiG』を取り出し、ドロシーをコールする。
『――――ボクだよ』
「今、ロイエンタールに戻ってきているか?」
『うん。ちょうど着いたところさ。なんか凄いことになってるみたいだね』
キミは今どこ? と何気ない口調で訊かれたので、私は正直に「森」と答えておく。
『森林浴でもしてるのかい?』
「まあな。ところでドロシー、貴様の時計は正しく動いていたか?」
『? どういう意味?』
訝しげなドロシーに、私は端的に事情を説明する。要は、主人公ちゃんの暴走によりここら一体の時間経過速度が加速し、結果的に夜明けが早く訪れたことで魔物勢力は退却したわけであるが、それが外からはどのように認識されていたのかという話だ。
『なるほど。ちょっと調べてみるよ。ただ、少なくともボクは何も違和感はなかったよ』
「ふむ……まあそれはついででいい。それより頼みがある」
私はドロシーにいくつかのお願いをし、快く引き受けてくれた彼女に礼を言って通話を終える。
これでとりあえずは待ちだな、と私は主人公ちゃんの傍らに腰を下ろし、両膝に頬杖を突いてぼんやりと景色を眺める。朝まだき、柔らかい光に照らされて淡くけぶる森を見ていると、つい先程まで過酷な戦闘が繰り広げられていた場所とはとても思えない。
ちちち、と鳥が鳴く声がする。
「のどかだ……」
ほう、と息を吐くと背後で主人公ちゃんがふにゃふにゃと謎の寝言を発した。
なんだってこの子と二人きりでこんな穏やかな時間を過ごさねばならないのかと思わないでもないが、まあ寝てるしいっか。
状況の落差で若干処理落ちしたような頭で考えるのは、なんだか奇妙なことになってきたな、という感慨であった。
奇妙だ。とても。
例えばベルフェルテであるが、あれが実は勇者パーティーの一員でもある聖女ルシアご本人であったことは、まあいいだろう。
そしてテオスさんとか名乗る馴れ馴れしい不審者が現れたこともまあいい。
ついでに言えばフェンリス、あなた『もしかして:剣聖』とか呼ばれてたことないですかっていう疑問もこの際置いておこう。
後者二人はともかく、とりあえずベルフェルテに関してのみ考えたとして、何がそんなに奇妙なのかというと。
ぶっちゃけあの女、魔王より強くね?
私は原作知識で『宵の魔王』を知っていても、現実に戦ったことがあるわけではないから、いざ復活してみればやっぱり魔王のほうが強かったという可能性は勿論ある。
ただなんというか、漫画における主人公ミアベルの描写と、大ボスであるゲスロリ戦、それからラスボス魔王戦を思い返すと、どうにも先程まで相対していたベルフェルテが強過ぎる気がしてならないのだ。
というのも、正直にいって今の私は原作のゲスロリよりも既に強い。そりゃそうだって話である。だって原作の彼女が最終的に辿り着いた完成形を既に知っていて、しかも彼女よりも早く転神に目覚めて使いこなし、しかも彼女が持っていなかった魔剣という切り札まである。仮に今の私が原作終盤のゲスロリと戦ったとしても、十中八九勝てる自信がある。
まあ、漫画の展開的な都合で、実質ゲスロリ戦が物語のハイライト的なところはあったから、その後の魔王戦は敢えてあっさり片付けたのだと言われればそれまでだが、私にはどうしても、大ボスのゲスロリからラスボスの魔王に至るまでに、そこまで実力の隔絶があったようには思えないのだ。
尤も、理屈を付けようと思えば可能だ。
それはベルフェルテも限定的に行使していた『摂理』という上位法則の存在である。
たぶん原作にはそもそもそんな概念は登場していないはずだと思ったが、そこは私の頼りになる記憶力が言うことなので、まあうん。
つまり、復活した『宵の魔王』を打倒するためには時間魔法を完全な形にする必要があって、完全な時間魔法というのが即ち摂理法則に属する力であるという可能性だ。
そう考えれば、それでしか倒せない魔王自体が摂理法則に属する存在であると仮定出来る。
「ううむ……」
だとすれば逆に、今度は魔王が弱過ぎないか?
だって摂理に属する生命が存在するとすれば、それは殆ど神と同義である。もし魔王がそうならば、とっくに人類は滅んでいないとおかしい。
あるいは魔王はベルフェルテと同じように、限定的に上位法則の力を行使出来るだけで本人はあくまでも魔物なのか。それなら魔王と魔公をわける要素はなんなのか、単純に実力なのか。
そこに結局奇妙さを覚える。
単純に実力主義で魔王が決まっているならば、魔公であるベルフェルテが強過ぎる……気がする。
「まあそれ以前に、なんで聖女が魔物になってんだっていう話なんだが……」
念のために言っておくが、これは全く以て真面目な考察などではなく、処理落ちした頭でなんとなく思考を巡らせているだけだ。
そもそも真面目に考えるに足る材料がなく、不明なことが多過ぎるので。
メタ的な予測をするならば、魔公とはミリティア嬢曰く原作続編のボスキャラなわけで、ただ単に一期のボスよりも二期のボスのほうが強い、という設定的都合かもしれない。そこに理由を当てはめるならば、一期の魔王は復活したばかりで実力を発揮出来ていなかっただけで、本来はもっとべらぼうに強かったのかもしれない。これは確か原作でもそんなこと語られてた気がするので、本当にただそれだけの理由かもしれない。
もしくは、そもそも魔王が一番強いというのが先入観でしかないのかもしれない。考えてみればリヒティナリアの国王陛下だって、ご自身が国内最強の魔法使いというわけではないし、勿論腕っぷしで国王が決まっているわけでもない。腕っぷしで君主を決めていそうなどこかの隣国もあるわけだが。
あとはそう、中ボス(仮)だ。
アイツいつ出てくんねん。どこにおんねん。
原作で魔王復活のために暗躍していた、フードにローブの胡散臭い人型魔物である。例によって私は詳細など覚えていないので、とりあえずポジション的に中ボスと呼んでいるわけだが、ぶっちゃけベルフェルテとかフェンリスとかの存在感があり過ぎて、今更ちょっと胡散臭い程度の人型魔物が出てきたところでなんかもう、うん、としか言いようがない。
大丈夫かアイツ。もう中ボス(仮)どころか小ボス(仮)になりつつあるぞ。私の中で。
などと生産性皆無の思考を垂れ流していると、背後からまた寝言が。
「むにゃむにゃ……くらりすさぁん……もっとぉ……」
「…………なんでコイツの夢にクラリスが出てくるんだ」
もしかしてクラリスちゃんガチ勢かコイツ。奇遇だな私もなんだこれが。というかどんな夢見てやがる羨ましいぞ。私だって夢の中でクラリスちゃんときゃっきゃうふふしたい。というかリアルでしたい。彼女に会いたい。クラリスちゃん成分が足りない。
「…………はっ」
気付けば私はいつの間にか『PiG』を取り出していた。
完全に無意識だった。どういうことなの。
ディスプレイには『クラリス・オルテンシア』の名前が表示されていて、通話を掛ける寸前の状態である。
「いかん。仕事中だ。しごとちゅー……」
無意識でクラリスちゃんに電凸するところだったが、私は断腸の思いで端末を持ち上げた手を下ろす。
私がアシュタルテのお役目に就いている間は、クラリスちゃんは職務上関わることが出来ない。これはお父様が決めた侯爵家のルールというよりは、私の裁量によるところが大きい。要はクラリスちゃんをこちらの血なまぐさい世界に関わらせないように、私が線引きを決めたのである。
私の我儘で決めたルールをクラリスちゃんが遵守しているのに、私のほうから破ってしまっては示しがつかないではないか。
「早く片付けよう。早く片付けてクラリスの元に帰ろう……」
そしたら一緒にご飯を食べて一緒にお風呂に入って一緒に寝るんだ……!
勿論フォノンちゃんも一緒だぞう!
なんかちょっと元気出てきたっ。
とかなんとか言ってたら電話かかってきた件。
「うぉっ」
タイムリー過ぎて普通にびっくりしたわ。
誰じゃらほいと思いつつディスプレイを見ると、これまた驚きの名前が表示されている。
とりあえず受話。
「私だ」
『ひああああっ!?』
どったんばったんどんがらがっしゃーっん!!
なんか通話越しに椅子からひっくり返ってついでに近くの調度品をぶちまけた音が聞こえてくるんですけどぉ。
「自分からコールしておいてそこまで驚けるのは貴様くらいのものだろうな」
『め、めんぼくない、ですぅ』
いやガチでな。
というわけでマリアである。
なんか凄く久し振りな気がする。まあ休暇中はチャットではちょくちょく遣り取りをしていたが、通話することはなかったのでそう思うのかもしれない。ちなみにマリアのほうから掛けてきたのは学院生活を通してもこれが初めてである。通話に限らずチャットにしてもなんにしても、そもそも自分から行動することが非常に少ない子なのだけども。
「珍しいな。貴様からとは。それもこんな早朝に」
『は、はい。あのあの……ごめんなさい、居てもたってもいられず』
たどたどしい語りを聞くに、どうやら『オンスロート』発生の報を受け、普通に私の身を案じてくれたようだ。私がお役目で王国東部に居るのは伝えていたし、となれば『オンスロート』に参戦していてもおかしくないし、実際夜のうちにチャットで安否確認をしても返信がなかったことで確信したらしい。
「で、森が閉じると同時に掛けてきたわけか」
『ご、ごめんなさい……忙しかったですよね』
暇です。
というかたぶんこれからクソほど忙しくなる。今だけ暇。
なので、
「今は忙しくないし、それに……貴女の声が聞けて嬉しい」
『ひ、ひあああああっ』
テイクツー。いい加減慣れてくれ定期。
なんでマリアすぐにひっくり返ってしまうのん……?
「ところで貴様は今王都か?」
『ひゃい……あのあの、王太子殿下のパーティーに』
出席されていたのですか。これは模範的な貴族。
まあ、この子こんなんでも公爵家のご令嬢だからなぁ。流石に立場的に出ないわけにはいかなかったのだろう。しかしパーティーに出たということは、つまりそういこうことですね?
「では後でドレス姿の写真を送ってくれ」
『なぁ! ……なんでですかぁ』
「私が見たいからに決まっているだろう」
むしろそれ以外の理由があるだろうか。
私はマリア相手にはなにも隠し事をしないことをモットーに生きているので、当然欲望もフルオープンである。
私が言うと通話越しのマリアは蚊の鳴くようなちゃいちーボイスで『かんべんしてください……』と返してきた。
「なるほど。わかった」
『ほっ』
「アルヴィンに頼むことにしよう」
『それはズルですぅ!』
ああ癒されるなぁ。
クラリスちゃんに会えなくてささくれ立っていた心がマリアのおかげでまあるくなっていく。
持つべきものは可愛い友達やな。
さて、充分に癒されたことだし、折角だからついでに向こうの状況も訊いておこうかな。
「王政府の動きはどうだ? 戦力の派兵は?」
『あ、はい……』
『オンスロート』発生の報は当然王宮にも届いているだろうから、おそらく今まさに派遣する戦力の編成を行っている頃だろう。タイミング的には昨日行われた王太子殿下のお誕生日パーティーの後半、夕方あたりに急報が届いて、そこから情報収集と戦力編成を行って、この後昼頃に派遣し、今日の日暮れに間に合わせる、くらいのペースだろうか。
戦力の規模が規模だから、これでもメチャクチャ早い展開だ。
マリアは詳細を知り得る立場ではないだろうが、さりとてヴァンシュタイン公爵家の令嬢なのだから、そんじょそこらの貴族よりは余程多くを知り得る場所に居ることだろう。まあちょっと小耳に挟んだ程度の情報が聞ければ御の字くらいの緩い期待だ。
というわけで訊いてみたのだが、するとマリアは少々言い淀んだようだった。
『あのあの……』
「うん?」
『あんまりご期待には沿えなくて申し訳ないのですが…………ただ』
小首を傾げた私に、マリアは告げる。
『派兵の総大将は、レオンヒルト殿下……みたいですぅ』
…………そうきたか。




