478話_sideout_奮戦-6
・乗るしかない、このビッグウェーブに(脱衣)
「はっはっはー! 待てまてー!」
「待ちませぇーんッ!」
鬼ごっこである。ただし捕まったら死ぬ。
足場の悪い森の中を必死に駆けるノエルが、ちらっと背後を振り返ると、
「はっはっはー! 掴まえちゃうぞー!」
「ひぇええ」
ハーティである。
異常に肌の露出が多いメイド服擬きを身に纏って、常識はずれなサイズをしている母性の象徴をたむんたむんと揺らしながら追いかけてくる光景は端から見ると滑稽ですらあるが、命がかかっているノエルにしてみればホラー以外の何者でもない。
ノエルの運動能力は人並み程度であり、走るのだってとりわけ速いわけではない。だというのになんだかんだで逃げ続けることが出来ているのは、偏にハーティの足がそれ以上に遅いからだ。彼女はそもそも鳥系の魔物であり、地上を走るのは得意ではない。普段から移動する際も、歩きならばともかく、駆けるような場合は翼を併用して地上を滑るように移動することのほうが多いのだ。
では何故、現在それをせずに慣れない走りを見せているのかというと、彼女の全身にべったりと付着した液体が原因だったりする。
「う、『流動する足枷』っ!」
ノエルが振り向きざまに杖を振り、複数の水球を飛ばす。それらはハーティの足元を狙って飛来し、べちゃべちゃと着弾して小さな水たまりを作り出す。走るのが得意ではないハーティは咄嗟に躱すことが出来ず、水たまりの一つに足を踏み入れ、ずるっと滑って盛大にずっこけた。
「のわぁー!?」
どうせすぐに起き上がってくるので、ノエルはその隙に再び駆け出して少しでも距離を稼ぐ。転んだハーティは隙だらけであったが、その隙を狙って攻撃するという選択肢はノエルにはなかった。ノエルの手持ちの火力ではハーティを一撃で仕留めることなど夢のまた夢だし、逆に反撃を貰えば一撃でお陀仏になる自信しかない。
ノエルにとっての幸運は、戦端を開いた最初の交錯において、速攻で片を付けようと最速で飛び込んできたハーティに、設置型の水属性魔法を当てることが出来たということだ。
なおこんな感じ。
『さあ神妙に死ぬがいいーっ!!』
『う、『流動する防壁』ぅ!』
『へっ、うわがぼごぼぼ』
飛び出したハーティは急には止まれないので、ノエルが咄嗟に生み出した水の壁に頭から突っ込み、全身まるっとずぶ濡れになった。
ノエルが得意としている『ウォーター』系列の魔法は単純に水を生み出して操るだけのものであるが、形状や性質を文字通り流動的に変化させられる応用性の高さこそが強みだった。今回で言えばノエルは水に粘性のバインド効果を付与していて、これが運よくハーティにクリティカルな威力を発揮したのだ。
端的に言えば、自慢の翼がねばついて飛べなくなったのである。粘液で物理的に翼の機能を損なわせ、同時に術理的なバインドで飛行魔法の発動を阻害するという二段構えだ。これの強いところは、翼に付着した粘液を物理的に除去しなければバインドを解くことが出来ないということで、術理的なバインドだけであればハーティの魔力任せに引き千切られてお終いであっただろうが、物理的にねばねばしたことでハーティの空戦能力を実質封じることに成功したのだ。尤も、逆に、相手が水魔法を使えたりするとサッと洗ってはい解除、となりかねないので、有効かどうかは場合によりけりとも言える。
「う、ううう~! 御館様から頂いた服が泥だらけではないかぁ!!」
「ごめんなさいごめんなさいぃ!」
「ゆるさぁん! 待つのだぁー!!」
案の定すぐに起き上がってきたハーティが怒りの形相でどたどたと走ってきて、ノエルは謝りながら逃げ続ける。
人の好いノエルは大事な服を台無しにしてしまったのは申し訳ないと思ったが、そうは言っても命懸けである。
勿論ハーティは一時的に飛べなくなっただけで、普通に魔法行使は可能だ。なので風の刃を飛ばしたりしてノエルを狙い撃ってくるのだが、それに対してノエルは自身の周囲に常に一定の水球を浮かべておき、徹底的に射線を通さないようにしていた。風魔法による遠距離攻撃は不可視かつ高速である代わりに、地形や遮蔽物の影響をもろに受ける。たかが水の塊でも遮蔽物としては充分な効果があって、仮に貫通されたとしても大きく威力を減じることが出来るのだ。
また、ノエルは自身が悪路によって消耗するデメリットを鑑みてもなお、敢えて森の木立が深いほうへと移動していた。木々が多ければそれだけ遮蔽物が多く、ハーティは風魔法の射線を通すことが難しくなるからだ。なおノエルが意図したことではないが、ハーティの走行能力が極端に低かったおかげで、結果的には悪路のデメリットはノエル以上にハーティに対して牙を剥いていたりもする。
実のところ。
ハーティとしては当初、ノエルを捉えることに然程真剣ではなかった。というのも彼女の役割はあくまでも時間稼ぎであり、要はスメラギが目的を果たすまでの間、ミアベルとかいうピンクから仲間を引き離しておければよいだけ――というフェンリスの意向さえ全う出来ればよいだけなのだ。
当然、捉えられるならばそれに越したことはないし、そうなれば生かしておく必要もないので普通に食べるつもりではいたが、無理なら無理で別に構わなかったのだ。
つまりハーティは積極的ではなかった。
ここまでは。
ところで、何故スコールとハーティがメイドの格好をしているのかというと、主人であるフェンリスが与えた服がそれだったからだ。
特殊な事情を有するフェンリスとは異なり、元は純粋な魔物種でしかないスコールとハーティにはそもそも衣服を身に纏うという習慣もなければ、肌を隠すという意識すらない。なまじ人間に近い形態をしているだけに、素っ裸の女性二人を従者として連れ回すという地獄のような絵面をなんとかせねばならないと苦慮したフェンリスのアンサーこそが、とりあえず従者服でも着せておこう、である。
ちなみにフェンリスの趣味でメイド服だったわけではなく、諸事情によりとりあえず手に入る衣服がそれだっただけだ。フェンリスとしてはその場しのぎの選択でしかなかったが、当のスコールとハーティは敬愛する主人からの初めての贈り物を甚く気に入ってしまい、結果的に以後それを着続けているわけだ。衣服が傷付けば修復するし、経年劣化しないように魔法で保護までする拘りようである。
なので。
大事なメイド服を泥まみれにされたハーティは怒り心頭であった。
それが例え、ハーティ自身が相手の仕掛けた罠にまんまと引っ掛かって派手にずっこけた結果であっても、ハーティは怒髪天であった。
汚れた理由の大部分は自らの不用意さであって、ノエルが意図して汚してやろうとしたわけではないのだが、そんなことはさておき激おこだったのだ。
「くぅ……! 御館様、不甲斐ないハーティをお許しください! 今だけ、ハーティはお言いつけを破ります!!」
なおフェンリスの言いつけとは『風呂以外では服を着ろ』である。
つまりハーティは脱衣した。
「え、ええっ!?」
追い掛けるのを止めたハーティが何をするのかと思えば、いきなりその場でメイド服を脱ぎ捨てたのでノエルが困惑と驚愕の声を上げる。どうでもいいことだがハーティの改造メイド服はメチャクチャ布面積が少ないので、一般的なメイド服と比べれば非常に楽に脱げる。
メイド服を脱いだハーティはスポーティなショーツ一枚の姿である。
彼女はショーツだけの姿で、ドロドロべちょべちょのメイド服を腕に抱えると、近くの岩陰に大切そうに隠した。
そして、ゆらりとノエルのほうを見る。
「――――!!」
ハーティが脱いでいる間も走り続けたノエルはだいぶ遠くまで離れていたが、ハーティの視線の剣呑さはそんな距離をものともせずに届いた。
背筋が粟立ち、ノエルは引き攣った顔で魔力を操り、周囲に待機させていた水球を増強する。
「うおおおおおおー!」
雄叫びを上げたハーティがその身に竜巻を纏い、翼に付着した粘液のバインドを消し飛ばし、ついでにショーツも消し飛んだ。
すっぽんぽんである。
そう、ハーティはその気になればいつでもノエルの仕掛けたバインドを解除することが出来た。自らへのダメージを度外視して自分に対して風魔法を行使して表面の異物を削り取ってしまえばいいのだ。それをしなかった理由は一つしかなく、自分自身を傷付けることを厭うた――わけではなく、フェンリスに貰ったメイド服を傷付けることを厭うたためだ。なおショーツはフェンリスではなくスコールが用意したものであるため、微塵も躊躇なく微塵に消し飛ばしてOKなのであった。
自由になったハーティの翼が風を取り込んでぶわりと膨らむ。なまじ距離を取ってしまっただけに、ノエルが再びバインドを仕掛けられる間合いではなく、増強した水球をハーティとの間に配置して攻撃に備えることしか出来ない。
「行くぞ! 人間! けぇぇぇぇぇんっ!!」
けたたましい咆哮と共に、ハーティが弾丸の如き速度で飛び出す。彼女とノエルを結ぶ直線上にはノエルが配置した無数の水球があり、ここにハーティが突っ込めば再び全身に水を浴びることになる。ノエルの狙いはそれであり、というより最早そこに賭けるしかない。
しかし、如何に鳥頭に定評のあるハーティとはいえ、流石にこの短時間で同じ手には掛からなかった。彼女は一気にノエルとの間合いを詰めると見せて、行く手を阻む水球地帯の直前で急制動を掛けたのである。突進の凄まじい推力を殺すために両翼を羽ばたかせて反力を生み出し、そしてその莫大な反力が烈風となってノエルを襲う。少し前にミリティア主従を実質一撃で戦闘不能に追い込んだのと同じ技である。
射線を遮る水球は確かに風魔法を減衰させるのに有効だ。しかし規模が違い過ぎた。ハーティが巻き起こした烈風は無数の水球をまるごと包括する規模で、それどころか地表ごと削り取る勢いでノエルの存在する空間を丸ごと巻き上げた。
「きゃああああああッ!?」
折れ飛んだ木々や砕けた砂礫と一緒に烈風に巻き上げられたノエルは、前後不覚のまま必死に頭を守って吹き飛ばされるしかない。
そして、制動を掛けたハーティは一度反転して高度を取り、
「必殺ぅ! ぅワルティメット・ハーティキィーーーーックゥゥ!!!!」
渦を巻く豪風を纏った飛び蹴りであった。
巨大な竜巻の槍。
あるいは穿孔するドリル。
確かなことは、最早ノエルに為す術など無く。
そして、どうあがいても死を免れることは出来ないということだった。
◇◇◇
何度目かの攻撃。
自らを蒼い雷と化したルークは愛用の大剣を振り翳して空を駆け、フェンリスの死角に回り込んで刃を振るう。しかしその一撃はフェンリスが纏った闇のマントによって受け止められる。流動する闇如きが止められるものか、とルークの剣が唸りを上げてスパークし、容易く闇を削り取って突き抜け、その一瞬の猶予で以て振り翳された漆黒のバスタードソードに受け止められる。
先程からずっと、この繰り返しである。何度も。
ルークは歯噛みする。何故こうも攻撃が通らないのか。フェンリスの守りは鉄壁で、まるで抜ける気がしない。
ルークらしからぬ弱気ではあるが、というのも、まるでこちらの戦術が通用していないわけではないのだ。ルークの常套手段といえば自らの肉体を術理的な雷と化すことで実現する超高速機動であり、速度即ち威力という単純明快な等式を愚直に叩き付ける高火力斬撃である。
つまり、ルークの速度はフェンリスに通用しているのだ。ルークの最高速度を、フェンリスは目で追えていない。だから死角を突くことは容易い。流動する闇のマントは自動防御の類だろうが、ルークの火力の前には大した障害にはなり得ない。だが、その闇を払うワンアクションで、フェンリスは体勢を整えて迎撃してくるのである。
これは反応速度が云々という次元の話ではない。
そもそもルークの動きを読んでいなければ実現し得ないタイミングの迎撃なのだ。
「見えてねえのに、なんで……!」
そう、死角を突いているつもりなのに、フェンリスには悉く読まれているのだ。
しかもそれが、ルークの知らない高度な魔法なり特殊な能力によるものであれば、厄介だがまだしも納得感はある。
そうではないのだ。
「あー、まあ、なんとなく?」
惚けたように告げるフェンリスは、本当にそれだけなのだ。
なんとなくルークの動きを読んで対応してくる。このように表現すると理不尽なようにも思えるが、それはつまり言い方を変えれば、フェンリスはなんとなくでルークの動きを読み切ってしまう程度には彼我の実力差があるということだ。
敢えて理屈をつけるのであれば、フェンリスは自分自身のどこが死角となるのかがわかっていて、そこを突いてくるルークを迎撃しているということになるのだが、当然ルークとて馬鹿ではないので意図的に狙いをずらしたりタイミングを変えたり試行錯誤をしているつもりなのだが、その創意工夫が何も通用しない。
なにをしても、なんとなく返されてしまう。
そんな状況なので、ルーク単身であればおそらく手も足も出ずに既に敗走していただろう。
そうなっていないのは、この場にはもう一人、マルグリットが参戦しているからだ。
ルークとマルグリットは婚約者という関係であるが、実際の付き合いはそれほど長くない。しかし両者の連携は完璧に近かった。阿吽の呼吸と評しても遜色ない程だ。そもそもの思考回路が似通っているというか、人間的な相性が抜群に良いのだろう。むしろだからこそ、この短い付き合いでも仲睦まじい婚約者という関係性に至れたのだ。
なので合図など出さずとも、ルークはマルグリットが攻撃を仕掛けるタイミングがなんとなく理解出来たし、それに合わせてフェンリスから隙を引き出そうとした。
だが。
これもまた奇妙なことに、フェンリスもまたマルグリットの攻撃タイミングを何故か察しているような動きをするのだ。それこそ、ルークと同じタイミングで察するのである。
今も、ルークの攻撃を受け止めたことで発生した隙を突いて、虹色のレイピアを振り翳したマルグリットの攻撃に、ルークは完璧なタイミングで合わせてフェンリスの剣を押して体勢を崩しつつ自身は退避しようとした。が、同じタイミングでフェンリスも動いたため、結局互いに剣を弾き合うだけの結果となり、体勢を崩すまでには至らなかった。そしてフェンリスはわかっていたようにマルグリットを振り向くと、彼女の虹色の斬撃は必ず回避するようにしていた。
マルグリットが最近編み出した魔法である『虹霓烈華』の一撃は、火力おばけである。一撃の高火力には自信があるルークをして張り合う気にすらならない程の瞬間火力を発揮する魔法だった。なのでフェンリスがルークの時と同じように闇のマントで受け止めようとしたならば、マルグリットの斬撃はマントごとフェンリスを蒸発させるだろう。それだけの威力があるのだ。だというのに、フェンリスはマルグリットの攻撃を最初から徹底的に回避していた。
まるで威力を知っているかのように。
これはおかしなことである。
何故ってマルグリットの攻撃を徹底して回避しているフェンリスが、その魔法の威力を知っているはずがないからだ。
シンメトリカルに華を咲かせた虹色の斬撃を悠々と避けられ、マルグリットが地団太を踏む。
「あーもう! そんな図体でひらひら避けんじゃないっ! あたれ!!」
「いや、それは理不尽だろうがよ」
呆れたように言うフェンリスの呟きは御尤もだが、マルグリットの憤る気持ちもわかる。
どうにも、手を抜かれている気がしてならないのだ。
なにせ、フェンリスは一度として自分から攻勢に出ていないのだ。何かを待っているのか、もしくは何かを確かめるかのように受け身に回っている。
そうして、また幾度かの手応えのない攻防を繰り返した後、フェンリスが不意に呟く。
「――まあ、こんなもんか」
それはルークが大剣の斬撃を繰り出す寸前の呟きだった。
構わずに叩き込んだルークの大剣が、同じようにフェンリスのバスタードソードに受け止められ――――ない。
「!?」
刀身を滑らせて、威力を受け流された。
まずいと思ってもどうしようもなく、ルークの身体が泳ぐ。
同じ攻防の繰り返しでルークが無意識に慣らされてしまっていたという点もあるが、それ以上にフェンリスの技量が卓越していた。細剣同士の斬り合いでやるならばまだしも、両手剣と片手半剣という大剣同士のぶつかり合いで、しかも片手側がそれをやるのは尋常な腕前ではない。
フェンリスに力を受け流されたルークはつんのめり、そこに背後からフェンリスが剣の柄を打ち込んできた。攻撃というよりは、崩れた体勢を更に決定的に崩すための布石。背中を軽く打たれたルークはそのまま地面に落ちるが、普通ならば俯せに伏すところを大剣を磁力で動かして無理矢理転回し、背中から地面に落ちつつもフェンリスに斬りかかる。物理的にはあり得ない挙動であり、不意打ちには申し分ない一撃であったはずだが、フェンリスはやはり最初からわかっていたかのように平然と剣を合わせてきた。
打ち合いになれば、倒れるルークと立つフェンリスでは後者の方が強いに決まっている。ルークの決死の一撃はフェンリスにあっけなく弾かれ、更にフェンリスはバスタードソードを放るようにして逆手に持ち替えると、まるで杖でも突くかの如くルークの顔面に切っ先を振り下ろしてきた。
「ぐッ!!」
ルークはなんとか身をよじり、切っ先だけは辛うじて躱す。狙いを外したフェンリスの剣はルークの肩口のあたりを薄く切り裂きながら地面に突き立ち、ルークが回避に気を取られた隙に大剣の腹をフェンリスの片脚がガッチリと踏み締めた。
即座にルークの首を飛ばせる位置にフェンリスの剣が突き立っていて、抵抗手段である大剣はフェンリスに踏み固められていてびくともしない。
詰みだった。
ルークが一人だったならば、であるが。
「このォ――!」
ルークは完全に封じ込められているが、逆に言えばフェンリスもその場から動けないということだ。
横合いからマルグリットが切り掛かる。
鋭く研ぎ澄まされた彼女の双眸は虹色の輝きを放っていて、その斬撃は無限を描き出す。地面に倒れるルークを巻き込まないようにやや高めの位置、即ちフェンリスの頭部を狙って放たれた斬撃はシンメトリカルな華を咲かせ――
「――――」
無言でフェンリスが片手を振ると、小さな白い剣閃が奔る。
それはここまでの打ち合いの規模に比べたら取るに足らないくらいに細やかな斬撃であったはずだった。
しかし、圧倒的な火力を誇るはずのマルグリットの一撃は、その小さな斬撃に真正面から両断されたのである。
「は?」
「残念だが、」
フェンリスの片手には、いつの間にか一振りの細剣が握られていた。
「あるラインを超えるとな、威力の多寡にはあんまり意味がねえんだ」
これまでフェンリスが回避に徹していたせいもあって、まさか真正面から打ち負けると思っていなかったマルグリットの動きが止まり、当然そんな隙を見逃してくれるはずもないフェンリスのマントが蠢き、彼女の手からレイピアを叩き落しつつ、その細い首に纏わりついて締め上げる。
「くっ、かはっ」
「リタッ!!」
急転直下であった。
一種の膠着状態になりつつあった戦況は、一瞬にしてルーク達の絶体絶命へと急変したのだ。フェンリスはルークの大剣を踏んで押さえつつ、蠢いた闇のマントでルークの身体を拘束して抵抗を封じる。
「くそっ、アンタ、手ェ抜いてやがったのか……!」
「まあ、結果的にはそうなる。別にお前さん等を虚仮にしたかったわけじゃあねえよ」
ならなんなのか、と睨むことしか出来ないルークに、フェンリスは微妙な顔をして答える。
「思うところがあってな。お前さん等は充分に強い。今はまだ俺のほうが強いが……そうだな、三年後とかならわからなかったかもな」
「意味のわかんねえことを、」
「そうだな。詮無いことだ」
そう言ってフェンリスは細剣を持った片手を持ち上げ、マントで締め上げているマルグリットの首筋へと添えた。マルグリットも抵抗しようともがいてはいるが、気道を圧迫されて意識が朦朧としているのか、その動きは既にか細いものになりつつある。
ルークもまた必死の形相で、渾身の力で抜け出そうともがくがフェンリスの拘束は小動もしない。
「せめて、じゃねえがちゃんと一緒に送ってやるから」
あばよ、の言葉と共に白い剣閃が奔った。




