477話_sideout_奮戦-5
『やあ。』
背中合わせに立った誰かが言う。
久し振りの友人にでも会ったかのような、気の置けない声音であった。
周囲の景色は止まっていた。スレイが時間を停滞させたわけではない。スレイはそれが出来ない状況にあったし、常駐させている『白魔礼装』がベルフェルテの砲撃に反応して仕事をしたわけでもない。
試したことはないが、試すまでもなくわかることだ。
エーテルを用いた摂理の砲撃は時間魔法では止まらない、と言い切ると語弊があるだろうが、十中八九あちらのほうが優位なので時間停滞しても維持出来ないだろうし、『白魔礼装』はそもそも反応しないだろう。
しかし現実として、ベルフェルテも、彼女が放った碧い砲撃も動きを止めている。
だから、これはスレイが為したことではなく、後ろに立っている誰かがやったことだ。
『お節介を焼かせてもらえるかな?』
軽やかな言葉に、スレイは顔を顰めた。
この止まった空間でスレイの身体は自由に動くようだが、何故か背後を振り返って声の主の正体を確かめようとは思わなかった。背中合わせであることがあまりにも自然なように感じられるのだ。
尤も、そもそも確かめるまでもなく、このような真似を出来る存在を求めれば消去法で予想は付く。
「貴様の助力を乞うのは癪だが……背に腹は代えられん」
『嫌われたものだね』
「単なる八つ当たりだ。……何故、このタイミングで接触してきた?」
背中合わせの人物がどういう理屈で存在しているのかは定かではないし、スレイはこの接触を予見していたわけではない。しかし実際にこの状況に置かれて感じたのは、驚愕や困惑ではなく、ただただ納得だけであった。
成程そう来たか、である。
まあ、ベルフェルテが部分的にとはいえ上位法則の領域を制御してみせているのだから、同胞であろうこの人物が同じ真似が出来たとしても不思議という程ではない。もしかしたら、摂理に属するゴーストにでもなって神の真似事でもしているのかもしれない。
『それいいね。じゃあヘーミテオスさんとでも呼んでくれたまえ』
「思考を読むな」
『ちょっと厳ついかな。テオスさんで手を打とう』
何を言っても無駄なやつだな、とスレイは悟った。
こういうマイペースな手合いの相手は疲れる。
『何故接触したか、だったね。強いて言えばフェアじゃないから、かな』
「なにが?」
『ほら、あっちの子にはアドバイスしたから。じゃあこっちも、ってなるよね』
「アトリーか」
どうやらもう一人の時間魔法の遣い手であるミアベル・アトリーには既に接触済みとのことだが、それ自体はスレイにとっては驚くべきことではないし、やはり、そういうものかという感想しか出てこない。
というのも、むしろ逆に。背中合わせのテオスさんとやらが、ミアベルにテコ入れをするのならば話はわかる。フェアじゃないというのであれば、前世で得た原作知識という下駄を履いているスレイに対し、ミアベルにも相応のアドバンテージを授けるというのがバランスだろう。
『まあ実際。貴女には余計なことを言う必要はないかなと思っていたのだけど、ほら、ルシアがさ』
「一応訊いておくが、そのルシアはあそこで止まってる奴のことだな? 幼女のほうではなく」
『ああ。今は魔公ごっこしてる彼女のことだ』
「魔公ごっこ……」
そんな風に言われたらベルフェルテも形無しだな、とスレイはなんとも言えない気分になる。
『貴女、ルシアに余程気に入られたみたいだね。あんなに燥いじゃって』
「はしゃぐ……?」
『ほらあの子、聖女だから。救いがいのある相手見付けるとウキウキしちゃうんだ。しかも貴女がその上で、差し伸べた手を跳ね除けたのが嬉しくて堪らないんだろうね』
「アイツの情緒どうなってるんだ」
魔物の思考回路が人間のそれと異なっているのは当たり前かもしれないが、聖女は歴とした元人間である。元人間のくせに人間の思考回路をしていないというか逸脱しているというか超越しているというか。
ただそこにツッコミを入れることは、そこはかとなくブーメランな気がしたのでスレイは黙っておくことにした。
『うん。テオスさん的には貴女の情緒のほうが余程ぶっ飛んでると思うよ』
「思考を読むな」
『そんなわけでルシアが大はしゃぎなんだけど、これちょっとよくないなと思ってて』
さてはコイツ話聞く気ないな、とスレイは遅蒔きながら気付く。
『自力でなんとかしてみろーみたいなこと言っていたけど、普通に無理だよ。そして無理なことを恥じる必要はない。ルシアのそれは先行者の優位性でイキってるだけだから。例えるなら玄人が素人相手に知らない定石使ってわからん殺しして悦に浸ってるだけだから』
「言いかたぁ!」
『前提条件に差があり過ぎるから、フェアじゃないな、と』
「フェアじゃなくても貴様が困ることはないだろう。何故公平さに拘る」
『性分かな』
「…………」
これだからこういう手合いは苦手なのだ、とスレイは毒突く。
マイペース過ぎて煙に巻かれているのか天然なのかわかったものではない。
『とはいえ、ちょっと背中を押す以上のことはしないよ。あっちの子にも大したことはしていないし。そもそも貴女にはヒントだけでも充分そうだ』
「ヒント?」
『そう。言うなれば、摂理の扉を開くための手掛かり』
随分と大仰な表現が出てきたものだとスレイは思うが、察するに便宜的表現だろう。術理法則に属する概念である魔法モデルを物理法則下で十全に伝達することが出来ないように、上位法則――テオスさんの表現を借りるならば摂理法則ということになるが、摂理法則に属する概念を下位法則下で十全に伝達することは出来ないのだ。
ヒントだの手掛かりだので充分だと告げているが、結局のところそれ以上のものを伝達する手段がないか、そもそもテオスさんも理論立てて理解しているわけではないのではないかと、スレイは訝しんだ。
『あ、あはは。バレてる……というかテオスさんは貴女に比べたら全然頭悪いので、勘弁してください』
「いや別に、責める意図はないけど」
『というかね、貴女はそもそも自力で片脚掛けてるんだよ。それってかなり異常だし、更に言えば時間魔法の使い方もテオスさんより全然上手だし……』
「それはどうも」
もしかしてこの人結構ポンコツなのではなかろうか、とスレイが真実に気付き始めたことに気付いたのか、テオスさんは仕切り直すように咳払いをした。
『さて、手掛かりは『転神』のその先にある。貴女風に表現すれば、』
「『転魔』か」
『貴女は内観が形態に影響することを解明し、既に実現している。そしてアヴァターと術理ゴーストは本質的に同じものだ。つまり――』
そこまで言って、テオスさんは何かに気付いたように、微かに息をのんで言葉を区切った。
「どうした?」
『どうやら、あっちは少し不味いことになるかもしれないね』
「アトリーか?」
スレイの問い掛けには答えず、テオスさんは言う。
この邂逅が終わりを告げるのだと、スレイは直感的に悟った。
『これ以上の干渉はできないから、後は貴女たちでなんとかしなさい』
「そのつもりだよ」
『いい子だ』
最後に微笑むような息遣いを残して、背中合わせの気配は消えた。
◇◇◇
碧い砲撃は寸分違わず標的を捉え、空間に燦然と光の花を咲かせた。
それを見届けたベルフェルテはしかし、愉快そうに目を細める。
上位法則に属する碧い砲撃は、物理でも術理でも妨げられない絶対的火力であった。即ち、あり得ないのだ。着弾し火焔が広がることなど、起こり得ないはずだったのだ。決められた射程距離を全うするまでの射線上の一切を消し去って通り抜けるだけのはずだった。
つまり、防がれたのだ。
ベルフェルテの思惑を外れ、期待通りに。
そして碧い残光の中から、小さな影が飛び出した。
本当に小さな影だ。
「ほむ……これは随分と、愛らしい姿になったのう」
ベルフェルテが見据える先には、幼い少女の姿がある。戦装束と思しき黒とローズピンクのツートンカラーのゴシックドレスに身を包んだ、淡雪の如き白髪の少女だ。それが見覚えのある魔法端末を翼のように背に広げ、風に髪を遊ばせながら滞空している。
少女はベルフェルテの反応を受けて自らの姿を確認し、目を瞠る。
「んんッ? あれ、アヴァターが吹っ飛んだぁ!?」
どうやら不測の事態らしいが、さてどうやってエーテルの砲撃を掻い潜ったのだろうかとベルフェルテは思考を巡らせる。
ベルフェルテが甲冑でやったように、身に纏ったアヴァターをパージして隠れ蓑にしたくらいで防げる次元の攻撃ではなかったという自負がある。となればなんらかの方法で砲撃を防ぎ、その結果として意図せず『転神』が解除されたのだと考えるのが妥当か。
まあ、興味はあれど、正解がわからなくても別に構わないとベルフェルテは思っていた。
重要なのは、彼女が生き残ったということだ。
エーテルを用いた攻撃は、間違いなくベルフェルテが行使出来る最大火力にして、最強の札である。
それを防いで見せた。生き残って見せた。なんだか若干、懐かしい気配のテコ入れを感じないでもなかったが、それはこの際重要ではない。彼女自身が防いで見せたという事実こそが重要なのだ。
「嗚呼……すばらしい」
ここを旅の終わりにしようと思った。
結果がどう転ぼうと、自らの終点はここであり、自ずから幕を下ろすつもりでいたのだ。
だというのに、ベルフェルテは出会えた。出会ってしまった。
己を上回り、滅ぼし得るであろう存在に。
希望だ。
「幸せなことじゃ……」
我、死に場所を見付けたり。
これ以上ない程に理想的な、佳き死に場所だ。
◇◇◇
「――――くぅッ」
脳裏にチラつく謎の違和感を振り払うように、ミアベルは首を振った。先程から頻繁に、何かが見えたような、妙な感覚に襲われていた。それはビジョンであり、予感でもあった。しかし判然としない、不快感と違和感。
ざりざりと頭の中を擦られるような焦燥感。
スメラギとの戦いに集中しなくてはならないのに、思考を乱されて仕方がなかった。
『ピガガー?』
「ごめん、大丈夫だよ」
相棒のマギアドライブ――愛称マギドラちゃんが心配げに声を掛けてくるが、ミアベルは安心させるように微笑んで返した。戦闘のダメージでマギドラちゃんの言語機能には不具合が起こっていて、何を言っているのかは殆ど雰囲気で察するしかないのだが。
スメラギが繰り出してくる多彩な攻撃を機動力でなんとか掻い潜るミアベルは、しかし徐々に追い詰められつつあった。
単純に、手持ちの札に乏しいミアベルには殆ど反撃の手段が残されていないというのもあるのだが、だからとて何も出来ないわけではない。位置交換の魔法による戦法は一度見せているので警戒されているだろうが、通用しないわけではないのだ。本来ならば、スメラギの火砲の間合いの懐に如何に入り込み、肉迫し斬撃を捻じ込むかというのがミアベルの腕の見せ所になるはずであった。
しかし、乱れる思考がそれをさせてくれない。
遂にはズキズキと痛み出した頭に、ミアベルは苦し気に熱い息を吐く。
「ミアベル」
そんな状態になれば相対しているスメラギも当然気付き、攻撃を一時中断して呼び掛けてきた。
「何かに気を取られているね。アクシデントかな」
「うん……なんだろうね、わたしにもわかんないんだけど」
ミアベルの苦しい笑みを目にしたスメラギは数瞬、悲し気に目を伏せた。
そして再びミアベルを見据えた赤い瞳には、強い決意が宿っていた。
「キミは不本意かもしれない。だけど私は容赦しないよ」
「とう、ぜん……ッ!」
ここでスメラギが下手な手心を加えず、躊躇しないことがミアベルには嬉しく思えた。彼女がそれだけ真剣に向き合ってくれているように感じるのだ。
だからミアベルもまた、今出来る限りの全力で応じたいと思う。
しかし心意気とは裏腹に、ミアベルの不調は加速度的に悪化していく。
いや、本当にこれが不調と呼べるものなのか、それすらも定かではなかった。
割れるように頭が痛み、ビジョンがチラつく。まるで、自分の知らない景色を頭の中に直接捻じ込まれているようだ。
「――――え?」
ミアベルは呆然と呟く。
なにか今、決定的な景色が見えた気がした。
容赦しないと宣言したスメラギも、流石に訝しんで様子を窺う。
ミアベルは、完全にここではないどこかを見ていた。
誰かが倒れ伏している。
動かない。
血だまりで。
たぶん、死んでいる。
知っている人だ。
いや、考えるまでもない。
知っている人だ。
これは――
「……………………のえる?」




