475話_sideout_奮戦-3
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「よし。次に行くわよ」
ナタリーの号令に従って、パーティーは周囲を警戒しながら移動を開始する。一応、このパーティーのリーダーは病欠のフレデリカの代理であるクーベルネということになっているのだが、当のクーベルネは指示出しをナタリーに丸投げして自身は一斥候のような顔をしている。なお、戦装束である無貌の仮面に覆われていて顔はわからない模様。
とはいえ、フレデリカがパーティーを率いていた頃からナタリーは補佐役であり、その時の役割をそのままやっているだけなのでパーティーメンバーにとっても特に抵抗感はない。強いて言えば、クーベルネはフレデリカよりもだいぶ無口ではあるが。
クーベルネを先頭にして進むパーティーの最後尾を行くのはシトロンだ。一人だけ遅れ気味の足取りで、暗い顔をして息を切らせている。
「ぜぇ……はぁ……きゅ、休憩もとむ」
いかにも疲労困憊という様相で、精一杯の自己主張をするシトロンに、すぐ前を歩いていたストレガが眦を吊り上げて振り向いた。そしてストレガがいつも通りに檄を飛ばそうとしたところ、それよりも早く口を開いた者が居た。
クーベルネである。
「休憩が必要ですか。シトロンさん」
仮面を少しずらし、心配げな表情を覗かせて、先頭から最後尾を振り返っている。息も絶え絶えなシトロンの声がよく届いたものだとナタリーなどは感心していたが、それに慌てたのはシトロンだ。
「ふへ!? あ、いえその、」
「?」
勝手にしどろもどろになるシトロンの様子をクーベルネは不思議そうに見遣る。よくわからないが少なくとも平静を欠いている様子だし、ここは短時間でも休憩を設ける必要がありそうかと彼女が真面目に考えだした頃、混乱し過ぎて謎の言語を詠唱し始めたシトロンの頭を叩いて黙らせたストレガが苦笑気味に言う。
「クーネはん、気にしんといてください。コイツの口癖みたいなもんです」
「はぁ……そうなのですか」
クーベルネは不思議そうに小首を傾げるが、張本人のシトロンが無言で猛烈に首を縦に振っているので、そういうものだと納得することにした。
シトロンにしてみればいつも通りにネガティブ思考を口から垂れ流しただけであり、最早無意識である。シトロンをそれなりに知っているパーティーメンバー達は『また言ってるよ』でスルーしてくれるが、付き合いが浅いクーベルネは真面目に心配してくれたようだ。そうなるとそれはそれで謎の罪悪感に襲われてしまうのがネガティブの権化シトロンという少女であった。
「口から垂れ流しとるうちは平気です。ほんまにヤバくなるとコイツ黙りますんで」
「成程。覚えておきましょう」
「ふへへ……ストレガさんが私よりも私を理解してる件」
ちなみに本当にヤバくなると黙るというのはシトロン本人すらも知らないシトロンの生態であった。
ナタリーを含む他のパーティーメンバーはシトロンの性格は理解していても細かい機微までは掴めていないので、シトロンの制御は専らストレガに一任している。『赤原同盟』における姉妹制度を考えれば別におかしい話ではないが、シトロンの難解さはベテラン達が匙を投げる程度にはおかしいのである。
「シトロンさんについては了解しました。が、彼女に限らず皆さんも、意見があれば遠慮せずに仰ってください。私は武骨者ゆえ、気付かぬうちに皆さんに苦労を強いてしまうやもしれません」
一度自らのパーティーを解散させてしまっているクーベルネは、同じ轍を踏まないようにとメンバーの様子を人一倍気に掛けているようだった。それに対して皆が口々に『大丈夫だ』と返していくわけだが、シトロンは少し考えた。
皆が皆大丈夫としか言わないのは、むしろクーベルネを不安がらせるのではなかろうか。なんかこう、本音を告げられていない的な不安が。
なのでシトロンはちゃんと正直にご意見を述べることにした。
「じゃあ、少しだけ、休憩を……」
「キリキリ歩けや」
「ひぃん!」
容赦ないストレガにケツを叩かれて涙目駆け足になるシトロンを、パーティーのメンバー達はお馴染みの光景を見るように眺めていた。
実際、お馴染みの光景である。
クーベルネはなおも心配そうにシトロンを見ていたが、ややあって自らを納得させると、仮面を被り直して再び先頭を歩き出す。
◇◇◇
クーベルネ率いるパーティーの役割は遊撃である。
彼女等の所属クランである『赤原同盟』は本戦闘において左翼戦域を主に任されていたが、その中でも敵勢力の本格侵攻が予想される左翼中央には女帝本人が率いるクランの中核的戦力が結集している。最近では巷で『過激派』などと呼ばれている者達が主幹となるグループであった。対するクーベルネ達はフレデリカ率いる『穏健派』に属しており、要は対立派閥の人間なので脇に追いやられているという状況だ。
まあ過激派と穏健派が仲良く肩を並べたところで軋轢が足を引っ張るだけであろうから、きっぱりと配置で棲み分けした女帝の判断は妥当だし、クーベルネ達とて否やはない。同じクランの人間だというのにいがみ合うのは悲しいことであるが、人間の集まりである以上は仕方ないものだ。
というわけで、主戦場から逸れた敵勢力などを索敵し撃滅するのがクーベルネパーティーを始めとした遊撃戦力の役目。
暫しの探索の後、索敵を担っていたメンバーが魔物と討伐者パーティーが交戦しているらしき魔力の動きを見付けたと報告する。リーダーであるクーベルネの判断で、パーティーはその現場を確認することになった。討伐者側が勝っていれば問題ないが、苦戦しているのならば援護する必要があると考えたためだ。
現場はやや景色の開けた岩肌地帯で、目を凝らすまでもなく交戦中の魔力の輝きが見て取れた。
どうやら、押し寄せる魔物を相手に一つの討伐者パーティーが後退戦闘を行っているらしい。装備を見るに同クランのパーティーだが、面識がある者は居ない。
仮面越しにクーベルネは思案気な呟きを零す。
『劣勢か……?』
「いえ。もうワンパーティー居るわ。あそこに誘導するつもりみたい」
ナタリーが指摘した通り、クーベルネ達がやってきた方向とは別の場所に、もう一つパーティーが居るようだった。遠目に見る限りでは男女混成パーティーらしく、つまり『赤原同盟』の所属ではない。一応こちらの戦域の主力は『赤原同盟』となっているが、戦力の振り分け上、必ずしもそれ以外のクランや無所属の討伐者が居ないわけではないのだ。ただし、昨今の情勢を鑑みて『赤原同盟』と同じ左翼戦域に振り分けられたパーティーは基本的には女性のみか、女性主体の混成パーティーとなっているようだ。
「ウチ等の出番はなさそうですね」
「ほっ……」
ストレガが言い、シトロンがこっそりと安堵の息を吐く。
確かに、見える魔物はそれなりに多いが、二つのパーティーが共同で当たっているのであれば戦力的には足りているだろう。だからといって加勢してはいけないということはないが、広い戦域を遊撃としてカバーするためには、戦力を偏重させるのは賢くない。
この場は足りているならば他に向かうべきだ。
『いや、待て……』
そう判断を下し掛けて、しかしクーベルネは待ったをかけた。
どうにも雰囲気が妙なのだ。
というのも、後方の混成パーティーのほうがなにやら慌てているというか、浮足立っているようなのだ。
「あら? 打ち合わせ通り、という風ではなさそうね」
「アイツ等もウチ等と同じで、今来たんとちゃいます?」
「で、でもやる気みたいだし、大丈夫そうですよ」
自信なさげにシトロンが言うように、混成パーティーは慌てつつもしっかりと迎撃態勢を整えている。察するに経験豊富な者達なのだろう。後退戦闘をしている赤原パーティーのほうも命からがら逃げているというわけではなくて、統制を保ったまま冷静に後退している印象だ。相手の魔物が多い場合は足を止めて耐久戦をすると包囲殲滅される危険性があるので、圧をいなしつつ後退しながら戦うというのはよくあることだ。
そうして後退した赤原パーティーが混成パーティーの位置まで到達し、戦闘態勢を整えて待ち構えていた混成パーティーと合流して魔物への反撃を開始する――かと思いきや。
「は? 逃げるんかいな」
赤原パーティーは混成パーティーを盾にして魔物を押し付けると、そのまま更に後退したのだ。
ストレガが拍子抜けした声を上げるが、別にこれ自体はそこまでおかしな行為ではない。例えば赤原パーティーのほうが遠距離戦を得意とする場合は、他パーティーに壁役をしてもらって援護に徹したほうが結果的には戦況を優位に運べるだろう。
ただし、それは両者の連携が取れている場合に限った話だ。
見るからに初対面ですといった雰囲気の彼等がそれをやるのは、控えめに言って正気の沙汰ではない。理由は今まさに眼前で繰り広げられている。更に後退した赤原パーティーは少し離れた位置で悠々と折り返し、遠距離魔法を打ち込んで魔物を撃退し始めた。碌に連携が取れていないのにそんなことをすればどうなるか。
友軍誤射である。
「や、やばぁ!? なにトチ狂っとんねんアイツ等!」
前線のパーティーと後方支援のパーティー間で認識が共有されておらず、互いの動きがわからない。当たり前だが援護射撃をしている赤原パーティーは敢えて味方前衛を狙っているわけではなく、ちゃんと魔物を狙って攻撃をしている。しかしそれは当の前衛側には知りようがないのだ。信頼関係も事前の打ち合わせもないのだから、強引に前衛をやらされている混成パーティーの面々は背後の味方からどのタイミングでどこに射撃が飛ぶかわからず、つまり後方の味方を警戒しながら戦わなくてはならないのである。
混成パーティーの面々からは『ふざけんな』という類の怒号が、クーベルネ達のところにまで聞こえる程に叫ばれているが、魔物と組み合ってしまっている以上その場を脱することも出来ず、聞こえているはずの赤原パーティーが『援護射撃』を止める気配もない。
『介入する』
これはどう考えても見過ごせない。
クーベルネは得物の太刀を抜き放ち、メンバーに指示を出す。
『ナタリー殿、アニス殿は後ろの馬鹿どもを止めろ。残りは私に続け。先行する。行動開始』
了解の声を背中に受けつつ、クーベルネは魔力を纏って疾駆する。
無貌の仮面の下で、歯を食いしばりながら。
◇◇◇
混成パーティーの面々と協力しつつ、クーベルネは並み居る魔物を片っ端から両断し、最後の一体を切り捨てたところでようやく息を吐いた。
仮面の下を伝う汗を気持ち悪く思いながら、ゆっくりと太刀を納刀していると、混成パーティーの一人が声を掛けてきた。
「助かったよ。……と言いたいところだが」
「後ろのアレ、貴女達のお仲間よね?」
クーベルネ達の介入が間に合ったおかげか、幸いにも混成パーティーのほうに死者は出なかった。しかし、無傷というわけではない。魔物に負わされた傷も多いが、後方から好き放題していた赤原パーティーが原因のものも少なくはないだろう。
どうやら混成パーティーは今声を掛けてきた二人がリーダー格で、夫婦らしい。妻のほうがパーティーリーダーで、夫がサブリーダー。
「どういうつもりなのか、聞かせてもらえるんでしょうね?」
『…………』
クーベルネは無言で首を横に振った。
訊かれたところで知らないのだから答えようがない。その対応に表情を険しくした夫婦に、近くに居たストレガが慌てて事情を説明し始める。後輩任せになってしまって申し訳ないが、クーベルネは精神的な不調のせいで仮面を被っていないと碌に会話が出来ない状態だし、しかし仮面を被っているとそれはそれで無口な性質であるというどうしようもないコミュ障なのである。
ストレガの努力でなんとかその場を取り成して、クーベルネ達は連れ立って赤原パーティーの元へと向かった。まだ『オンスロート』が継続している以上、悠長に謝罪だのなんだのとやっている暇はなかろうが、せめて理由だけでも明らかにしなければ今後の戦闘にも差し支える。
赤原パーティーの暴挙を止めるために向かわせたナタリーとアニスの二人が事情を聞いてくれているようなので、合流したクーベルネは早速説明を求めたのだが、二人は疲れたような顔をして少々言い淀んだ。
『……?』
「あーいや、別に言えない事情があるわけじゃないんだけどねぇ」
クーベルネと同年代の若者であるアニスは普段快活な顔に困ったような苦い笑みを浮かべ、隣のナタリーは皴が寄った眉間を物理的に揉み解していた。
他のパーティーメンバーや、混成パーティーを代表して事情を聞きに来た夫婦討伐者の視線をも浴びて、ナタリーはなんとも言い難い表情で話し始める。
「なんらかの思想があってのことなら、まだ話がわかるんだけど……」
『……ないのか?』
「ないのよ。要領も得ない。支離滅裂というか、好き勝手というか」
聞けば、赤原パーティーがあのような暴挙に及んだことには明確な理由がないのだ。ある者は『知らない奴等だし別にいいと思った』と無責任なことを言い、またある者は『男と喋るの怖いし』と寝ぼけたことを言い、更にある者は『ちゃんと援護してたんだから文句を言われる筋合いなんてない』と開き直る始末。
共通しているのは、まったく悪びれる様子がないということだ。積極的か消極的かはさておいて、彼女等はそれが正しいと思って先の行為に及んだのである。パーティーリーダーの意向とかですらなく、全員がなんとなくそう合意して、そうなったのだ。
そもそもを言えば、ここに展開しているということは彼女等は『穏健派』に属する者達であり、異性に対する隔意は比較的薄いはずなのだ。
薄ら寒いものを感じて、思わず全員が沈黙する。憤りを隠せなかった夫婦討伐者の方も、明らかな異常を察したのか怒りよりも困惑が勝っている様子だった。
『何が起こっている……?』
◇◇◇
『パンドラ』所属の討伐者であるガイウスは、年代的には英雄伯シリウスなどと同年代のベテラン討伐者だ。魔法適性的に華々しい活躍をするような役どころは回ってこないが、堅実に味方を支えて全体の地力を底上げるような働きに定評がある男だった。
実力も充分。経験も豊富。人格的にも面倒見がよく部下や後輩に慕われることも多い。唯一の欠点らしい欠点は顔つきが怖いことと愛想に乏しいことくらいだ。そんな男なので『パンドラ』においてもそれなりに重要なポジションを任されており、よく言えば軍属で言うところの仕官級、悪く言えば企業で言うところの中間管理職である。いや、中間管理職が必ずしも悪いものであるわけではないが。よって今回の『オンスロート』に際しても、更に下の立場の下士官級――現場指揮の面子をまとめ上げて戦線の一角を任され、忙しく働いていたわけであるが。
「ガイウスさん! 大変だっ!!」
飛び込んできた部下に、ガイウスは胡乱気な目を向けた。
「今度はなんだ」
「若い連中が喧嘩してんだ!」
「……どこと?」
また血気盛んな連中が他所のクランに喧嘩売ってるのか、とガイウスが溜息交じりに問い掛けると、部下の男は頭を振って答えた。
「同士だ! 若い連中同士が喧嘩してんだよ!」
「仲間割れしてるのか」
「マジで頭に血ィのぼってて、いつ殺し合いになってもおかしくねえんだ!」
ガイウスは天を仰ぎたくなった。
先程から何故か急に、トラブルが頻発しているのだ。やれ物資が足りないだの、やれ獲物を奪われただの、やれどこそこのクランが妨害行為してくるだの。基本的にそういう現場規模のトラブルを収めるのは各パーティーリーダーやその直接の上位者である下士官級の仕事であるので、ガイウスの元には報告が上がってくるだけなのだが、それにしても数が多い。
戦況に余裕があるのはいいことに違いないが、そのせいで余計なことを考えがちなのかと穿った考えも過る。
「で、喧嘩はわかったが、なんでそれを俺に言うんだ」
止めるべき連中は何をしているのか、と言外に問い掛けると、部下の男からは信じられない答えが返ってくる。
その止めるべき連中同士が喧嘩をしているのだ。
だから更に上の立場であるガイウスを引っ張り出すしかなくなったという顛末だ。
「…………うそだろ」
今度こそガイウスは天を仰いだ。
ともあれ、そうとわかれば早々に対処しなければ拙いと思い立ち、ぶん殴るための拳を暖めながら部下に案内させるガイウスは、歩きながらも頭を悩ませる。
これは異常なことだ。
戦場という特殊な環境下においては、どうしても人は興奮しがちになるし、タガが外れて普段からは考えられないような行為に走ることも珍しくはない。だからこそ、それを諫めることが出来る人間を選んで纏め役に据えているのだ。チンピラ紛いも珍しくない末端の構成員とは明確に異なる、実力も知性もある奴等だ。
それがこの状況下で、魔物を放って仲間同士で殴り合っている、と。
「悪い冗談だ」
一体何が起きているのか。
勿論、問い掛けても答える者など居ない。




