473話_sideout_奮戦-1
・ここでおっさんをふたつまみ。
『サラマンデルロード』の強烈な飛び蹴りを受けて、シリウスが地上へと叩き落された。悲鳴を上げる間もなく、轟音と共に土煙を舞い上げて派手に墜落した光景をクレメンスは横目で見遣り、ロードによる追撃を阻むために割り込むように動く。
小柄なロードの横合いから、片手の魔法銃を連射しながら接近し、もう片方の手に持った杖に打撃魔法を待機させる。片手に銃、片手に杖ないし剣という変則的な二刀流スタイルはクレメンスが学生だった頃から変わらない定番の装備だった。尤も、クレメンスが学生だった時代にはまだ小型の魔法銃は普及していなかったため、使っていたのは魔法銃の前身となる射撃魔法用の魔法具であったが。
破天荒で考えなしのシリウスをサポートするために様々な魔法を否応なく身につけてきたクレメンスであるが、流石に空は飛べない。翼を有し自在に飛翔するサラマンデルロードが例外的なだけで、基本的に魔物というのは飛ばないし、飛ぶとしても限定的だ。これは魔界に適応した存在である魔物は、魔界に比べて大気中の魔力が薄いこちらでは上手く飛べないからだと言われているが、要するに討伐者として活動するにあたっては、滞空迎撃能力が求められることはあれど、自分が空を飛ぶ必要はないわけだ。
ただ、飛べはせずとも跳べはする。シリウスなどは炎魔法を推進力として無理矢理ぶっ飛ぶような空中機動を行っているが、クレメンスには同じ真似は出来ないので、彼は彼で闇魔法を用いて自身の身体を特定の座標に引き寄せることを繰り返して疑似的な空戦を可能としていた。
クレメンスの接近と射撃に気付いたロードは墜ちたシリウスへの追撃を中断し、鬱陶しそうに尻尾を撓らせて弾丸を弾き飛ばす。
そしてその隙に肉薄したクレメンスの杖の一撃を、片手で苦も無く受け止める。
「おまえ鬱陶しぃなぁ」
「それはなによりです」
力比べになれば勝ち目はないので、クレメンスは軽口だけ残して早々に魔力を炸裂させると、杖を強引に振り抜いてロードを押し飛ばす。そもそもクレメンスの火力ではロードの素の防御力すら抜くのが難しいので、攻撃役はシリウスに任せてその補助に回ることに徹していた。
クレメンスが押し飛ばした位置に来るのが最初からわかっていたとばかりに、地上から迸った極大の魔力斬撃がロードを襲う。それに対してロードは首だけを傾けて向くと、口から火焔のブレスを吐いて斬撃を受け止める。
そこに、クレメンスはちょっとした氷魔法を唱えて、ほんのちょっとの嫌がらせをする。
ロードの周囲の気温を僅かに下げたのだ。
「あひぃん!?」
大袈裟なくらいに反応したロードが身を縮こまらせ、そのせいでブレスが途切れる。結果、突き抜けてきたシリウスの斬撃をロードは両翼を閉じて受け止め、その衝撃で大きく吹き飛ばされていった。
クレメンスとシリウスのタッグとサラマンデルロードとの戦いは、先程から一貫してこんな塩梅だ。
決定打には欠けるが、意外と戦えているというのがクレメンスの印象。シリウスが万全のコンディションならばまだしも、彼は昨日の魔公との戦闘で負った傷が深く、痛み止めと治療魔法で誤魔化して無理矢理戦場に立っているような状態だ。戦闘にもそれが如実に現れていて、普段のシリウスならば躱せる攻撃が躱せないし、普段のシリウスならば中てられる攻撃が中てられない。
それを加味すればもっと厳しい戦いになると考えていたが、この状況である。
空中に足場を作って留まったクレメンスは、ロードを警戒しつつシリウスの様子を窺う。墜落したクレーターから這い出てきた彼は、だいぶ血塗れの様相を呈してはいたが、クレメンス基準ではわりと元気そうだ。まだ戦えるだろう。
さりとて、このまま夜明けまで戦うのは現実的ではない。シリウスのコンディション以前に、クレメンスも他のクランメンバーも普通に体力が持たないだろう。どこかで、攻勢に転じて一気呵成に片を付ける必要がある。
サラマンデルロードという魔物は確かに強力だが、クレメンスにとってはむしろ戦い易い相手であると言える。それは『サラマンデル種』という魔物の生態がそれなりに知られていて、かの種に有効な戦術がロードにも通用するし、なんなら眷属の小型種以上に効果覿面であったからだ。
というのも、何故かはわからないがサラマンデルロードは人間の少女じみた姿をしている。つまり体積は人間大でしかない。そしてサラマンデルを相手取る時の定石と言えば、温度変化を利用することだ。かの種は温度変化に極端に弱く、周囲の気温が少し下がるだけで目に見えて動きが鈍る。サラマンデル種の代名詞とも言える常駐魔法『熱域操作』は術者を基点に一定範囲を高温環境に変えるものだ。その高温環境は人間にとっては致死の領域であり、非常に厄介であるが、逆に言えばそうまでして環境を整えねば行動出来ない程に、かの種は温度変化に弱い。
その点で、サラマンデルロードの『熱域操作』はあまりにも強力だ。真面に展開されれば、致死どころか即死レベルの温度になる。
これでロードの体躯が眷属同等かそれ以上の巨体であったならば、おそらく既に勝負は決していただろう。当然、人間側の敗北で、だ。何故ならば巨体であればあるほどに認識圏もまた巨大で、あの出力の『熱域操作』を広範囲に展開されてしまえば打つ手がないからだ。ところがロードは少女であった。少女一人の規模で展開される熱域であれば脅威も限定的だし、効力を発揮出来ないように妨害するのも難しくない。
というわけでクレメンスが取った戦術は単純明快で、『熱域操作』の逆をやっているのだ。
この戦域を中心にクレメンスが広域展開した結界魔法の効果は、ただただ『内部の気温を低下させる』というだけのもの。この広域結界を都合五人がかりで維持している。単純な効果である代わりに出力は相当強力なので、通常ならば内部では息が凝るほどの温度低下を齎すことが可能なはずであるが、今回はロードを始めとしたサラマンデル種の熱域と相殺し合って少し負ける程度なので、結局高くも低くもない――この黒い森における常温程度の気温に落ち着いている。即ち、人間にとっては適温だが、サラマンデル種にとっては低温となる。
結界の基点となる要の五人の人選は、殆ど消去法で決まった。というのもこの人員にはかなり厳しい条件が求められるからだ。まず前提として魔法使いであること。当たり前である。そして結界を維持しながら戦える程度の技量と魔力を持っていること。そして敗走しないこと、である。
五人がかりの結界は術者が減ったところで即座に崩壊するものではないが、どうしても出力は低下する。五人がかりでほぼ拮抗しているのだから、一人でも欠ければ相手の熱域に押し切られるだろう。ならば関わる人数を増やせばいいという単純な話ではないので、最初から欠けることがないと信頼出来る者を選ぶ必要があった。
よって人選はグレン、サマンサ、イザベル、マクダレーナ、そしてクレメンス本人である。この場に居るクレメンスを中心として、他の四名は広く四方に展開している。前方にグレン、後方にイザベル、左方にマクダレーナ、右方にサマンサという具合に。彼等はそれぞれが任された戦域で戦闘を行いつつ、結界の基点として立ち続けている必要がある。
この中で最も心配なのはマクダレーナだ。彼女はその魔法特性の都合上、全力で戦闘を行うと周囲の味方にも被害を出してしまう。よって彼女は敢えて単騎で布陣して戦域中央を支える働きをしているわけであるが、これは言うまでもなく無茶である。年若い彼女に、誰よりも巨大な負荷がのしかかってしまっている。
現状を打開するために思考を回しつつも、クレメンスの動きは止まらず、シリウスと連携してサラマンデルロードへと果敢に攻めかかる。シリウスとクレメンスのタッグは最早息が合っているとかいう次元ではなく、互いの行動が完全にわかり切った前提で動いているとしか思えないほどだ。それは長年の付き合いが齎した連繋であるが、シリウスは勘働きで、クレメンスは経験則で、互いに全く違う根拠を元に相手を量っているのに完璧に連動しているのだから恐ろしい。
好き勝手に飛び回るシリウスに対しクレメンスが完璧なフォローを入れているだけに見えて、シリウスもまたクレメンスのフォローを受けられる完璧な位置取りを選び続けているのである。
「どわぁああああ!?」
と、何度目かの打ち合いでシリウスがロードに弾かれて何度目かの墜落を喫する。
上空で寒そうに縮こまっているロードがすぐには追撃してこないのを見て取って、クレメンスはシリウスの傍らに着地した。
「おーいてぇ。一張羅が土塗れじゃねえか……」
起き上がりながらぼやくシリウスは中々に凄絶な有様である。今日の傷と昨日の傷があわさって火傷塗れ血塗れ土塗れの状態だ。顔色もかなり酷い。
「血が足りねぇ……帰ったら絶対に肉食う。たらふく食う」
「手配しましょう」
「んで、どうよクレメンス。なんか思い付いたか?」
シリウスに問われ、クレメンスは銃を持った片手で眼鏡の蔓を押し上げる。
「シリウス。私にはどうにも、彼女が本気を出しているようには思えません」
「だろうな。遊んでるっつう風でもねえが……」
クレメンス達がそう判断する最大の根拠は、開戦当初に束の間だけサラマンデルロードと交戦していたスレイ・ハイゼンの存在だった。要は、彼女と戦っていた時のような大規模な魔法戦を展開されていれば味方の被害は今の比ではなかっただろう。
だがロードはそれをしない。馬鹿正直にシリウス達の戦いに付き合ってくれているという表現が一番しっくりくる。だが、シリウスも言うように、別段手を抜いているという雰囲気でもないのだ。
強いて言えば、敢えて攻撃対象や手段を限定している、といった印象を受ける。
「むしろ大規模な魔法行使をしてくれれば付け入る隙もありそうなものですが」
「否定はしねえ。だがおかげで味方の被害が少なく済んでんだ」
それが良いことかというと、勿論良いことだ。ただし、それが良い結果を招くかというと、一概にそうとは言い難い。例えば今、ロードの大規模魔法行使によって味方に多くの被害が出たとしても、その隙を突いてシリウス達がロードを討つことに成功したとすれば、最終的な味方の被害はむしろ少なくなる可能性が否めない。ロードは敵方の大将首なのだから、彼女を討てば『オンスロート』そのものを終結させられるかもしれないのだ。
尤も、あくまでも『かもしれない』であって、確証はない。普通は『オンスロート』を率いている大型種を討伐すれば終わりなのだが、今回は背後に魔公の影が見え隠れしていることもあって、サラマンデルロードが単なる前線指揮官であるという説も否定は出来ない。
「まあ、敵方の思惑を挫くのはダンクーガ家の救世主に任せましょう。我々の役目は目の前の脅威を排除することです」
「わかりやすくていいやな。んで?」
「『サラマンデルロード』が何を思ってあのような姿をしているのかはわかりませんが、あの体躯の小ささは弱点になり得ます」
繰り返しになるが、サラマンデル種というのは温度変化に極端に弱い魔物である。そして躯体が小さいということは質量が小さいということであり、温度変化に対してより敏感だということだ。
つまり、身体が小さい分だけ温まりやすいし、冷めやすい。クレメンスが個人規模で行使している嫌がらせ程度の温度低下魔法が覿面の効果を発揮しているように、サラマンデルロードは眷属である小型種よりも、より温度変化に弱い魔物であると言えよう。
「冷やすのは有効だろうが、嫌がらせ以上の効き目があるとも思えねえが?」
「現状ではそうですね。しかしそれは相手も弱点を認識していて対策を打っているからです」
「どてらか」
「どてらですね」
裸の少女がどてらを羽織っただけというサラマンデルロードの装いは最初に見た時は悪い冗談にしか思えなかったが、こうしてある程度戦ってみると必要に迫られてあの格好をしているのだと理解出来る。
あのどてらがどこから調達されたものであるかは定かでないが、あれはただの衣服ではなく温度低下に対抗するための魔法具なのだ。謂わば、魔法の防寒具である。クレメンスはサラマンデルロードに温度低下の氷魔法を仕掛けるたびに、一定以上の効き目をどてらにレジストされているような手ごたえを感じていた。嫌がらせ程度でも充分に意義があるのでそれに徹していたという事情はあれど、それと同時にどてらに阻まれてどう頑張っても嫌がらせ以上の効果が発揮出来ないという事情もあったのだ。
「つまり、まずはあのどてらを排除しましょう」
「簡単に言うがよ、これだけやりあって傷一つ付いてねえとこを見るに、あのどてら、相当強力な装備だぞ。破壊するのも骨じゃねえか?」
シリウスの言うことは正しい。確かにあれを破壊するのは難しいだろう。
だがしかし、必ずしも破壊する必要もないのだ。
「服なのだから、脱がせればいいでしょう」
「なるほど?」
幸いにしてタイトな衣服ではないし、背中の翼を出すために大胆な切れ込みも入っているようなので、力任せに引っ張ればわりと剥ぎ取れそうではある。
「「…………」」
そこまで考え、クレメンスとシリウスは暫し無言になる。
「親父二人が必死こいてお嬢ちゃんを剥く光景を想像したら泣けてくるぜ」
「言うんじゃない」




