472話_side_Miabel_熱戦-7
・明日も更新します。お盆休みだからね!
~"主人公"ミアベル~
投げ放った刀剣は、勿論ただの投擲ではない。マギドラちゃんがわたしのインナーハーネスを介して姿勢制御を行い、わたし個人では成し得ない理想的な投擲体勢から繰り出されるそれは、しかもマギドラちゃん自身による魔力制御によって攻撃力と推進力を自前で有している。
刀身の切っ先を頂点として円錐状に発生する攻勢障壁――専門用語だと穿孔魔力帯というものだ。
戦域に蔓延する術理的微小オブジェクトである鱗粉のヴェールを苦も無く突き抜け、おそらくこの貫通力は真正面からの砲撃魔法でも止まらないし、障壁で受け止めるのも賢くない。というか本来は障壁を抜くためのカウンタースペルとして用いられるのが穿孔型なわけで。
真っすぐ突き進むことには滅法強い技だけど、その代わり横からのベクトルには酷く脆い。だからスメラギちゃんが投擲を横から叩いて弾き落とそうとしたのは極めて正解な対応である。彼女は自身の得物である杖を振り被って、わたしの剣の切っ先の直線上からは身体を逃がして安全マージンを確保しつつ、上からの振り下ろしで剣を眼下の川に落とすつもりだ。
わたしはそれを見据えつつ、背の『双炎の白刃』を噴かして軽くその場で後退する。
そしてその場で交代する。
実は地味にわたしの得意魔法に数えてもいいくらいにはよく使っている位置交換の魔法である。自らが投げた刀剣と、身体の座標を入れ替えたのだ。これはそれぞれの対象の座標を交換するだけの魔法なので、移動によって慣性が途切れたりはしない。ただし固有の座標系には縛られる。簡単に言えば、地面を走っている人と逆立ちをしている人で位置交換をすると、走っている人は勢いを保ったまま移動後の座標から走り出すけれど、身体の向きは上下逆に飛び出してしまうので非常に危ないってことだ。なお逆立ちの人は普通に棒立ちで現れる。
わたしの視界が一瞬で切り替わり、遠目に見えていたはずのスメラギちゃんが一気に近くなる。
「あっ」
と、小さな口から小さな声を零したのはスメラギちゃんである。
不意を突けたようでとても嬉しい。この位置交換はスメラギちゃんの前でも何度か使っているけれど、どうやら反応を見る限りは普通に失念していたみたい。というか仮に失念してなかったとしても、これって普通に予想も対処も難しい類の戦法である。スメラギちゃんはわたしの魂を捕捉することで死角からの攻撃に対処しているみたいだけど、それって死角がないってだけで不意を打てないってことではないのだ。
まあそもそも、先に述べたように普通に危険な行為なので、敢えてこれを戦術に組み込もうなんて無茶をするのはわたしかリヒトベルガー先輩くらいだと思うけど。
振り被った杖は急には止められないので、スメラギちゃんの振り下ろしは剣と場所を入れ替わったわたしを叩き落すことになる。だけど、わたしは僅かに後退しつつ交代したので、そのままわたしが軽く下がったことでスメラギちゃんの攻撃は盛大に空振った。それはもう、高速で自分に迫る標的をピンポイントで撃ち落とすために準備をしていたのに、それがいきなり真逆の方向に動くものに変わったら空振るに決まっている。
リゼルちゃんとかアシュタルテさんみたいに飛ぶのが上手い人達なら、咄嗟に制動を掛けて離脱機動を取ることも出来るだろうけど、飛行魔法ビギナーっぽいスメラギちゃんには難しいだろう。偉そうに言ってるけどわたしもたぶん無理である。
なので、わたしはここで躊躇なく『双炎の白刃』を全力点火。マギドラちゃんを手放しているので精密な制御は出来ないが、必要ない。ただ全速前進するだけだ。
「でえぇいッ!!」
剣を手放したわたしは無手だ。サブ武器の短刀は持っているけど、抜いている時間が惜しい。
というわけで、飛び膝蹴りィ!!
大振りを外して隙だらけのスメラギちゃんに、背の推進炎を爆裂させて全身全霊の打撃を叩き込む。使うのは膝だけど、体勢的にはどちらかというと膝を使ったラリアットに近いかもしれない。
狙うのは当然、頭である。どたまカチ割ってこの世とオサラバさせてやるくらいの勢いでぶち込む。
「くぅッ」
苦し気に呻いたスメラギちゃんの意思に応じて、その両肩に位置していた鬼面の肩鎧がスライドして彼女の顔面を防御する。それは勿論予想していたことなので、わたしは構わずに全力で、ありったけの魔力を籠めて膝蹴りを叩き込む。
高度な魔法端末が有する恒常的な防御魔法と、わたしの馬鹿魔力が衝突し、過負荷によって可視化された魔法モデルが空間に格子状のエフェクトを走らせる。
ついでにわたしの膝から響くとっても嫌な音ぉ。
「イ”ッ!?」
うわこれ絶対折れたやつぅ。折れたっていうか、砕けた。
さよならわたしのお膝。でも気にしないすぐ直るし。なんかたぶん脳内でなんとか物質みたいなやつがドバドバなのか、あんまり痛みを感じない。これ平静だったらガン泣きでのた打ち回ってるんだろうなぁ。
しかし自爆まがいの暴挙を敢行した甲斐はあった。スメラギちゃんの鬼面の防御を開かせたのだ。彼女は空中でたたらを踏むように、若干仰け反りながら後方に身体が流れる。
わたしはクロスした羽根の上下で全く逆方向に推進炎を噴かせた。下側は後方に、上側は前方に。その結果としてわたしの身体はまるでその場で糸にでも吊られたかのように、くるりと高速で縦回転する。謂わば、その場バク宙である。
わたしが身体を跳ね上げたことで出来た空間に、後ろから高速で飛び込んでくるものが一つ。
『ピガ――――ッ!!!!』
そう。マギドラちゃんである。
帰ったらちゃんとロイドさんに診てもらおう。ちょっとヤバいよ相棒。
そんなヤバい相棒は、最初にわたしが投擲した勢いを保ったまま、位置交換により一旦後ろに下がり、同じ道筋をもう一度飛び抜けて、今再びスメラギちゃんへと襲い掛かったのである。
スメラギちゃんは、これにも対応してみせた。本来防御を担うはずの鬼面はわたしの自爆特攻で咄嗟に動かせない状態であったが、それらの鬼面の下から伸びた『袖』が動いた。赤い魔力で出来た帯状の魔方陣そのものである両袖を動かし、幾重にも折り重ねることでマギドラちゃんの穿孔魔力帯の貫通力を受け止めて見せたのだ。
籠められた威力を使い果たした剣が、崩れかけの『袖』に弾かれてヒュンと宙を舞う。
パシン、と。
それを、バク宙したわたしが空中で掴み取った。
鬼面を開き、袖を崩し、もう、わたしと彼女を隔てるものはない。通った視線の向こうでは、スメラギちゃんの赤い瞳が見開かれ、その容貌は微かに強張っている。
「さぁ――――行くよ!!」
人智を越えて加速する認識の中で、わたしは剣を振るう。
満を持しての『過斬撃』。一連の攻防で、今この一帯だけは鱗粉が吹き散らされてクリアになっている。剣を振るうに充分だ。体幹を軸に独楽回しのように高速回転しながら、幾重にも斬撃を重ねる。
威力は重畳する。
時間が再び動き出した瞬間、解き放たれた莫大な斬撃が、引き裂く巨大な爪となってスメラギちゃんを薙ぎ払った。
「き、ゃあああああ――――っ!?」
悲鳴を上げて吹っ飛んだ彼女は乱立する岩場の一部に墜落し、それを砕いてなお止まらず、そのまま水飛沫を上げて川の中に没した。
わたしは小さく鼻を鳴らして、息を吐く。
「……とりあえず、一撃返したね」
『ぴ、がが――ギゴ』
「うん。そうだね。わたしもそう思う」
手応えはあった。でも直撃していない。たぶん彼女が身に纏った決戦魔法の最終防御的なやつに阻まれた気がする。
でも、それを切らせたというのは大きな意義があることだ。つまり、次はないってことだから。
「ところで大丈夫? マギドラちゃん」
『ピガががが。ポ――――』
「だ、だめそう」
『いえ。内部の損傷は軽微です』
「うわ!? いきなり正気にならないでよっ!?」
『申し訳ピガガゴ』
もうわけがわからないよ……。
意外と平気そうなマギドラちゃんと喋りつつ、下手な治療魔法の回復力を加速させて砕けた膝を無理くり元に戻したあたりで、スメラギちゃんの動きがあった。と言っても彼女は相変わらず水の底で、姿は見えず魔力の高まりを感じただけだ。
何が来るのかと身構えていると、水面を割って何かが高速で飛び出した。
わたしを狙ったものではなさそうで、スメラギちゃんが落ちた位置から上空へと打ち上げるような軌跡だ。
「なに……黒い、球?」
『じゅうりょくピ、』
「重力っぴ!?」
ちょっと語尾可愛くなるのやめてくれないかな!?
じゃなくて、あの黒い球は重力操作系の魔法らしい。打ち上げられたそれはわたし達の上空で一度、撓むように空間を歪ませて黒い波動を広げ、そこから一気に収縮・吸引し始めた。
「わわわわっ!?」
まるで、ではなくまさしく重力が逆向きになり、空へと落ちそうになる。川の水が沸き上がり、逆向きの雨のように空へと昇っていく。引き込まれたら碌なことにならないのはわかりきっているので、わたしは『双炎の白刃』を制御して抵抗しつつ、マギドラちゃんの補助を受けて一発の遠距離魔法を唱える。
「『火焔の矛先』!!」
標的が移動しないそれなりに大きな的であれば、わたしの拙い狙いでも充分に命中させられる。ていうか相手のほうから吸引してくれているのだから外しようがない。
一直線に飛翔した炎の槍は黒い球を貫き、あっけなく霧散させて通り抜けた。
わたしは拍子抜けして目を丸くする。重力を反転させていた魔法が消滅したので、引き上げられていた川の水も解き放たれ、地に落ちる前にほんの一瞬の均衡があった。時間を停滞させた術理空間を、疑似的に創り出したような景色だった。
無数の水球が、
「――――五行反転。『死せよ』」
干上がった水底から告げるスメラギちゃんの言葉によって、銀の輝きを帯びた。
似てるようで、非なる。わたしの姿を無数に映し出すそれらは、
「か、がみ――?」
ぞくり、と背筋が粟立つ。それはわたしの異能が齎す、予知じみた感覚。
本能が危機をがなり立てる。
「『散弾・破光星槌』」
灼光。赤を通り越して白い輝きが、戦域中に散らばった微小な鏡に乱反射して、数え切れないほどの光芒となって襲い来る。激烈な危機感に本能が応じ、わたしの思考が加速する。相対的に遅くなった世界の中で、眼前に広がるそれは、まさしく壁だった。
光の壁。触れれば焼ける。
避けるとか、躱すとか、そういう次元じゃない。
どうする。どうしようもない。
「と、ととにかく防御!」
『がピ』
わたしの持てる手札では、防御を固めてやり過ごすことしか出来ない。
というわけで球形の障壁魔法を展開し、一枚じゃあ絶対に破られる気しかしないので、何重にも。
視界全てが真っ白に染まると同時に凄まじい衝撃に全方向からぶっ叩かれ、展開しまくった障壁が片っ端から割られていく。だけど、これで耐えられるならば易い。だってわたしは防御魔法を何千回使おうとも実質魔力を消費しないし、思考を加速させれば障壁が割られるのを見てから余裕で再展開出来る。
そうして全てやり過ごしてみれば、案外大したことはなかった。思考を加速し続けたことで頭に鈍痛を感じてはいるが、無視出来る程度の消耗だ。これが複数回となると厳しいかもしれないけど、一回くらいなら――
「『連弾・破光星槌』」
「ふぇ」
余裕そうですね。じゃあおかわりで。とでも言わんばかりの無慈悲なスメラギちゃんが、同じ攻撃を連続で放つ。
こうなったらもう必死である。思考を極限まで加速させて、防御魔法を只管に唱え続ける。唱えれば唱える程に消耗して、魔力ではなく精神が、すり減っていくような感覚を覚える。わたしは原理的に回復不可能な消耗以外は、回復過程を加速することで回復したということにしてしまうインチキが可能だ。だけどそれが適用されないのは、時間魔法による消耗の場合。パラドックスを回避するため、時間魔法による消耗を時間魔法で回復することは出来ないというのが先生であるアシュタルテさんの教え。
思考が鈍れば魔法の展開が遅れていくが、ほんの僅かにでも障壁に隙間が出来ればその瞬間に全方位からの砲火に曝されてすり身になる。
スメラギちゃんの連弾は最終的に四発まで続いた。四回の嵐をひーこら言いながらなんとか耐え抜き、わたしは痛む頭に顔を顰めつつ、戦々恐々と周囲を伺った。
「お、終わった……?」
キラキラと漂う鏡の破片の合間を、残留する赤い魔力が時たまスパークしていたりはするが、どうやら打ち止めのようだ。
わたしがホッと息を吐いた、その時。
「本命はこっち」
幻想的ですらある光景だった。
無秩序に周囲を漂っていた小さな金属の鏡達が、号令に従ったように一斉に方向を揃え、無数の大きな鏡を形成したのだ。そこにはわたしの姿が映っていて、わたしの姿が映った鏡が、更に背後の鏡に映った姿が、更に鏡の中の鏡に映り――
「秘せよ。水月――――『無間封縛陣』」
合わせ鏡の、無限回廊。
「キミの魂は強過ぎる。だからもう、ごと封じ込めるしかないと思った」
「…………っ!」
「いくら加速しようと意味はない。キミは水鏡に囚われたんだ」
ごぼり、とわたしの口から気泡が零れる。
気付けば、何故かわたしは水中に居て、上空に浮かぶスメラギちゃんを見上げていた。
直感的に理解する。ここは、眼下に見えていた川の『向こう側』だ。物理的な水中ではなく、川の水面という『鏡面』を結界として、わたしの存在を封じ込める術だ。
ここに立ち位置は逆転した。水中に没し身動き出来ないわたしと、それを水上から俯瞰する彼女と。
「その魂に、安寧を――――」
まずい。まずい――!
なんとかしなければ、と恐慌する思考でもがくも、わたしの身体は思うように動かず、無様にごぼごぼと気泡が昇るだけ。
「閉じよ、一の匣。天知り、人に欲し、修羅に落ちる――」
スメラギちゃんの詠唱に伴い、わたしという存在が術理的に抑えられていく。
魔法を使おうにも、魔力を出力することが出来ない。マギドラちゃんに頼ろうにも、わたしの魔力が出力出来ないのでは、彼女にはわたし以上にどうしようもない。
「閉じよ。二の匣――」
詰んだ。何も出来ない。
この状況に追い込まれた時点で終わっていたのだと嫌でも理解させられた。
だって身体を動かすことも出来なければ、魔力を動かすことも出来ないのだ。出来ることは考えることだけ。考えることが出来るということは、思考だけで完結する技法である魔法を行使することが出来るはずだが、肝心の燃料がない。
だから、わたしはこうなる前に予め魔法を唱えておくべきだったのだ。遅延して発動する魔法で危機を脱するか、あるいは半自律型の魔法端末でも放っておくか。勿論わたしにはそもそもどちらも出来ない。どうあがいても絶望。
――あ。
いや待て、あるぞ。
魔法ではないが、ほぼ魔法。
わたしの魔力を潤沢に溜め込んだ術理的オブジェクトが、ここにはあるじゃないか。
気付いてよかった。迷っている暇はない。どうなるかわからないけれど、ええい、ままよ!
「ロイドさん、ごめんっ」
『――Explosion!!』
わたしは全身に装備したインナーハーネスに籠められた魔力を、意図的に爆発させた。インナーハーネスは姿勢補助用の装備だが、その実態は魔力によって術理化する立派な魔法具である。稼働時はわたしの術理ゴーストの一部として振舞うので、ほぼほぼわたしの身体の一部であるが、本質的には別物。
つまり、わたしの身体と同様にわたしの魔力を浸透させた、しかしわたしの身体そのものではないオブジェクト。
見方を変えれば、予め外に出して蓄えておいた燃料そのものであった。
そもそも内側からの抵抗を想定していない構造の結界は力任せの魔力爆発により容易に吹き飛び、媒介となっていた鏡の群れも元通りの水となって川に還っていく。
「ぜぇ……はぁ……こんどこそ、なんとかなった、よね……?」
『ピ――――ガガっ』
荒い息を整えながら少し上空を見遣ると、そこには青い顔をしたスメラギちゃんが居た。元々血色がいいとは言い難い白皙の彼女だけど、今はどう見ても明らかなくらいに消耗を隠せていない。
それはそうだ。彼女はわたしのようなインチキ回復能力はないのだから、魔法を使えば使うだけ消耗するのだ。
問題は、そんなインチキ回復を持っていながら彼女以上に消耗して追い詰められているわたしのへっぽこ振りなわけで。
「驚いた……そんな手があったなんて」
「ふふ、思い付きだったけどね」
ちなみに『ふふふ』とか笑ってるけど、今内心めっちゃ焦ってる。何故って、姿勢制御用のインナーハーネスを吹っ飛ばしてしまったということは、わたしは最早マギドラちゃん剣を振るうことが出来ないからだ。
忘れがちだけど、この剣めっちゃ重いんですよ。
いやいや、そうしなければ既に負けていたのだから、必要な犠牲だったと割り切るしかないんだけどさ。
ついでにもう一つ。些細な問題もあって。
「ところで、ミアベル、あの」
「何も言うなっ」
「でも、その、服」
「なにもいわないでくださぁーい!!」
インナーハーネスは全身の運動を補助するため、全身に装備していました。
構造上、女性用下着とどうしても干渉してしまうので、クリスお姉ちゃん監修の元、下着と一体型のハーネスを作りました。
わたしはそれを装備して戦っていました。
そして今、全部吹っ飛びました。
下着が外向きに爆発したら、その上に着ていた服なんて跡形もない。手足の装備は比較的無事だけど。
「辛うじて、下着の残骸は残ってるのでセーフ。見えてないよね?」
『ガガッ、奇跡的に』
「あ、うん。でも」
なにかな、と視線でスメラギちゃんを促すと、彼女は非常に言い難そうに、
「裸ブーツって、ちょっと変態っぽいね」
「スメラギちゃんっ!?」
『そんなマスターも、好ピ』
「マギドラちゃんっ!?」




