471話_side_Sumeragi_熱戦-6
・何故かマギドラちゃんが新たな芸風を身につけてしまった。
~"小さいほうの闇の巫女"スメラギ~
――手応えはあった。
間違いなく、私の魔法はミアベルに中った。直撃のはずだ。
流石のミアベルもあのタイミングでは躱せないし、あの体勢では防げない。
「だけど……」
私の砲撃魔法が撒き散らした熱量で眼下の川の水が蒸発し、立ち込める蒸気が風に浚われゆっくりと視界が晴れていく。
そこには――
「あ、あぶなかったぁ……!」
やっぱりキミはそうだよね、と私は鼻から小さく息を吐く。
こんなので勝負がつくはずがない。ミアベルがこんな簡単にやられてくれるはずがないのだ。
とはいえ、私の魔法はちゃんと直撃していたようで、ミアベルの衣服はそれなりに焼け焦げたようなダメージを負っていたし、それに彼女が片手に持っている得物の剣は酷く損傷して黒い煙のようなものを噴いていた。
「わ、わわ! マギドラちゃん大丈夫っ!?」
『問題ありまままま、せ、せせせせピガ――――』
「まぎどらちゃーんっ!?」
ミアベルがあの剣を盾として使うことで私の魔法に耐えたのはわかる。ただの刀剣やそんじょそこらの魔法具ならば、盾にした程度で防げるほど私の魔法は易しくないつもりだけど、あれはマギアドライブだ。しかもミアベルとの遣り取りを見る限りでは、相当に高度な知性を有している高等品に違いない。だとすれば、マギアドライブが主体となって魔法を唱え、死に体だったミアベルの身体を強引に動かして自身を盾とし、同時に防御のための魔法を講じたとしてもなんら不思議ではない。
マギアドライブの惨状にミアベルは大慌てだけど、たぶんそんなに損傷は重くない。声を発するための機能にダメージがいったのでああいう感じになってしまっているだけで、戦闘能力そのものは然程も落ちていないと見ていいだろう。
なので、
「これ以上は、待ってあげないよ」
私は背の翅を震わせて宙に浮かびつつ、一連の攻撃で損耗した分の鱗粉を新たに散布する。
それと同時に、得物の杖を持っていないほうの腕を大きく振り動かす。私の腕の動作に連動して、鬼面の肩鎧から伸びた魔力製の『袖』がたなびく。この赤い魔力で出来た『袖』は、そのものが術理的な意味を持った所謂『帯状魔方陣』である。
これを一定の法則に従って揺り動かすことで紋章術と同様の効果を得ることが出来る。正直、魔力のロスは大きいし正道と言える使い方でないのは重々承知だけれど、こうでもしなければ私はミアベルに比肩出来ない。
私が放った誘導型の散弾に対し、ミアベルは背の羽根を大きく膨らませて後方へと飛び退って回避する。
やっぱりミアベルは飛ぶのが上手いな。それにとっても速い。
でも、昨日よりも遅い。私の小賢しい妨害が機能している証拠だ。
おかあさん曰く、ミアベルの魂は『時間』を司るものらしい。
ミアベルは時間を操作する魔法を使うことが出来るのだ。
そしておそらく、ミアベルの時間操作はどちらかというと加速させる方向に特化しているようだ。それが齎すのが、彼女の異常なまでの高速詠唱と、視認すら不可能なほどの高速機動である。
私がミアベルに勝つためには、まず彼女からこの『速さ』を取り上げなくてはならない。
そのために生み出した、今の私の集大成にして、ミアベル・アトリーという少女に勝利するためだけの決戦魔法。
『紅蓮告死蝶鬼面袖具足』
構成要素は大きくわけて三つ。
両肩に配した攻防一体の魔法端末はコアユニットとなる『鬼面』
そこに連結された両腕となる『袖』
そして背中には出力器官兼ブースターである『翅』
私は両腕を大きく動かし、身体全体で踊るように虚空に円を描く。するとその動作に連動した『袖』が力ある紋様を描き、それを以て魔法と為す。通常、大規模な魔法を唱えるためにはそれだけ複雑な魔法モデルを構築しなければならないから、単純に時間が掛かる。それを補うために『宣言』というシステムもあるが、宣言をすれば効力は低下するし、そのロスは結構バカにならない。時間を操るミアベルはその点で圧倒的に強い。たぶん彼女は魔法モデルを構築するという工程そのものを加速して圧縮してしまえるのだろう。つまりどんな大魔法を使おうともミアベルにとって発動は瞬時なのだ。当然、宣言をする必要もないので効力も低下しない。
私は『袖』という帯状魔方陣を予め構築し、思考で魔法を唱えるのと並列して動作で魔法を唱えることにした。これによって魔法の発動は速くなったし、効力低下も回避出来ているが、しかしミアベルのインチキに比べれば全然遅過ぎるのが正直なところだ。
でも、今なら通用する。
今だけは、通用するのだ。
何故なら、その、ごめんね、率直に言えば、ミアベルという少女の魔法技能はだいぶへっぽこだ。
無論、資質や才覚は一級品どころか伝説級のものを持っているのだろう。だけどそれを使いこなせていない。使える魔法のレパートリーも少なそうだし、並列で魔法を使うのも苦手みたいだ。マギアドライブの補助があって、ようやく真面に見えるレベルっていう印象。
生憎と私は世間知らずなので、一般的な魔法使いの力量っていうものをよく知らないのだけど、私が知り得る限りの魔法使いや魔物――自分、おかあさん、フェンリス、セラフィーナ、あとはあの昇格者、確かスレイとかっていう人――などと比較すれば、間違いなくミアベルはへっぽこの部類だ。誰がどう見てもへっぽこだったセラフィーナよりは流石に出来るっていうレベルだと思う。
別に馬鹿にしているわけじゃない。
だってミアベルはきっとすぐに強くなる。
その魂は『時間』を司り、それは加速という概念に相違ない。故に彼女はその魂の導くままに、誰も追従など出来ない速度で成長し、あっという間に私など抜き去っていってしまうだろう。
これは確信だった。
そして。
だからこそ、私がミアベルに勝てるとすれば、彼女がまだ未熟で居てくれる今だけ。
今だけは、私にも勝ちの目がある。
「……させないよ」
キミを、飛ばせない。
私の攻撃を回避して距離を取ったミアベルが速度に乗る前に、私は背の翅を震わせて更に鱗粉の濃度を濃くし、範囲を広げる。すると飛翔するミアベルの動きが目に見えてぎこちなくなり、こころなしか速度も遅くなる。
間違いなく、時間魔法を使って加速しようとしたのだろう。
そして私の鱗粉に邪魔されて、それを断念したのだ。
彼女の時間魔法のメカニズムはわからないが、設置型の置き魔法が効果的だということは昨日の戦いでわかっているのだ。そこから導き出した推論として、おそらくミアベルは時間加速中に術理的オブジェクトを通過出来ない。これはそんなに難しい推論ではないし、言ってみれば当たり前のことだ。ミアベルがいかに視認不可能な移動をしようが、それは転移ではなく高速移動なのだから、間にある障害物は避けないと進めない。
なので私のアンサー。
迂回する隙すらないくらいに、空間を術理的オブジェクトで満たしてしまえばいいのだ。
そういう大味な経緯で生み出されたのが、背の翅から散布される鱗粉であるわけだ。これも勿論、効率は最悪。だって自分の魔力を無駄にばら撒いているだけだ。
それから、白状すると、
「わっ、とと」
制動が安定しなくて、私の身体がくらりと宙を泳いだ。
私、実は空飛ぶの初めてである。
いや、大抵の人はそうだと思う。そうだよね?
でもミアベルが戦場を空にするなら、私も同じ目線に立たなくてはならない。というわけで、元々の構想では魔力製の粒子を散布するだけだった魔法に『蝶の鱗粉』という意味づけを与え、その発生器官として設定した『翅』に飛行能力を持たせたのである。なので本質的には飛行魔法ではなくあくまでも複合的な魔法の出力器官であり、その機能の一部を利用して飛ぶことも出来るという程度。見るからに飛行特化の魔法であるミアベルの羽根と比べると、たぶん空戦能力は一段も二段も落ちるだろう。だが、結局高度な能力を持たせたところで私自身が使いこなせない付け焼刃でしかないわけで、だったらもう最低限飛べればいいやと割り切った。
尤も、実際にはその最低限すらも覚束ない有様なのだけど。
ふらふらと危なっかしく空中でわたわたと体勢を立て直した私は、なんとか墜落は免れたことにホッと息を吐く。
「ふぅ…………ん?」
なんか視線を感じた気がして、見ると。
なんかミアベルが凄く私を見ていた。いや、この場には私と彼女しか居ないのだから、彼女の視線に決まっているのだけど。タイミング的に覚束ない飛行を見られたのだと察してしまい、頬が若干熱を持った気がする。
ただ、それにしてはなんというか、
「――――っ!っ!」
この無言の圧。
なんか知らないけどミアベルがすっごい笑顔だ。
擬音を付けるなら『にまぁ~』って感じ。
若干露悪的な感じというか、いじわるそうな笑顔なのに、なんでミアベルってどんな表情しても可愛いんだろう。ああいうのを『愛嬌』と呼ぶのだろうか。本当にあらゆる意味で私なんかとは対極に居る少女であると思う。
「ふふふ。さてはスメラギちゃん、飛ぶのへたっぴだね!」
「うん」
見栄を張ってもしょうがないので素直に頷くと、ミアベルは何故か虚を突かれたように「お、おう」と仰け反る。ちなみに今この瞬間もミアベルは背に負ったクロス字の羽根を煌めかせて滞空していて、それだけで彼女の技量が私の先を行っていることは明白だった。飛ぼうとしてみて初めて理解したのだけど、実は飛行魔法においては動くことよりも止まることのほうが難しいのである。浮かぶ、とか宙に立つ、ではなく、その場で飛行するという意味だ。
「悪いけど、弱点を見付けちゃったからには、突かせてもらうよっ!」
「それは、そう。でも簡単にはやらせないよ」
我に秘策アリとでも言わんばかりの笑みを浮かべるミアベルに、私は警戒を強める。
とはいえ私は自身の技量不足を鑑みて戦術を組み立てているので、ミアベルが突ける隙はそんなに多くないはずだ。ミアベルには遠距離攻撃の手段が多くないだろうし、鱗粉がある限り加速して近付くことも難しい、はず。
でも。
ミアベルだからなぁ。
きっと突拍子もつかないことをやるんだろうな、と私が考えていると、彼女はその身を捩じり、片手に保持した得物の剣を大きく振り被った。
「は」
誰がどう見ても投擲体勢である。
え、投げるのそれ。
自分のメイン武器を? 投擲用の武器ならわかるけど、どう見ても違うよね?
困惑する私を他所に、ミアベルは笑顔で高らかに言う。
「行くよ! 相棒!」
『りょ、かピ――――!』
というか本当に大丈夫なのその剣。なんか凄い音出てますけど。それほど損傷は重くないって見立てたのは私だけども、自信無くなってきた。
ていうかいくら私の飛行魔法がへたっぴだからって、流石にそんな見え見えの攻撃に当たる程ではないと思う。いやそもそも、飛行で避けるまでもなく、そんなの迎撃してくれと言っているようなものではないか。
もしかしてなにかのブラフだったりするのか、と疑心暗鬼にも陥る私であったが、ミアベルはそのままなんの捻りもなく豪快に剣を投擲した。
「マギドラちゃん、キミに決めたっ!!」
『ピガ――――ッ!!』




