470話_side_Primrose_熱戦-5
~"転生令嬢"プリムローズ~
魔剣と十字槍の刃をガッチリ噛み合わせたまま、互いに発揮出来る推力の限りを尽くした真正面からの押し合いは拮抗を見せる。ベルフェルテの背の光輪から広がる碧い波紋が奴を起点に円錐状に拡散し、私の背には放射状に連結した七基の端末が唸りをあげて金色の炎を噴き上げる。
「く、っつ……!」
「ぐぬ、ぬぅ……!」
この期に及んでなんて原始的な、と自嘲すべきか。
逃げ場のない反力が凄まじい負荷となって互いの肉体を蝕む。歯を食いしばる私の形相に余裕などなく、刃を挟んで対面にあるベルフェルテの顔面には笑みが浮かんでいるものの、どことなく引き攣った表情には痩せ我慢が色濃く出ている。
アヴァター体の私と、魔物であるベルフェルテ。共に物理を超越した強靭な肉体を有するからこその拮抗状態であり、これが生身の人間であったら激突の衝撃だけで全身がバラバラになっていること請け合いだ。
だが加速度的に積み重ねられていく莫大な負荷に、その強靭な身体も遂に耐えかね、噛み合った刃がカタカタと不穏な音を奏で始める。単純に、私もベルフェルテも、得物を保持し続ける限界が訪れようとしていた。
そして、拮抗が崩れる。
どちらがきっかけだったかはわからないが、真正面から押し合っていた力のバランスが狂い、擦れ違おうとする推力がモーメントとなって私達の身体を泳がせた。まるでダンスでも踊るかのように、私達は刃を噛み合わせたまま空中でぐるりと回転する。高速で視界が流れ、天も地もなく立ち位置が入れ替わりまくる。
私達に出来ることはズレたベクトルのままそれでも愚直に押し続けることだけだった。何故ならば、相手がそうである以上、先に制動を掛けたほうが斬られることになるからだ。
アホみたいな高速で狂ったように踊り、とあるタイミングでズレた推力のベクトルが致命的に擦れ違う。その瞬間に私達は弾かれたように互いに明後日の方向に吹っ飛ぶ。
完全に偶然ではあるが、タイミングの問題で私は地表方向へと。ベルフェルテは上空方向へと。
全く同じように制動を掛けた私達が相手を認識し、ベルフェルテは口角を上げ、私は舌打ちを零す。上と下なら上のほうが強い。これは真理だ。私達は物理法則を超えた先で戦っているが、さりとて物理法則の影響から完全に逃れ得ることはない。
片手に持った十字槍をぐるりと回したベルフェルテは、その軌跡で以て力ある紋様を描き、もう片方の手を眼下の私に翳して魔法を行使する。術理的に意味を持つ紋様を描くことで魔法とする技法が、こちらで言えば『紋章術』という名で体系化されているわけだが、それが可能であるならば当然、身振り手振りに術理的な意味を持たせればそれを魔法とすることが出来る。この国ではあまり普及していないが、東方諸国などではわりとポピュラーな技法と言えるだろう。
舞踏や、剣舞を以て魔法と為す。
「穢せよ、蛇蝎――――『大蛇掠皎牙』」
展開した九字を模した方陣から爆発的に湧き出したのは、毒々しい色合いの無数の大蛇だ。
影の如き黒地に、淀んだ青と緑が入り混じった、禍々しさを視覚で訴えかけるような。勿論、生物としての蛇ではなくあくまでも蛇を模した魔法である。体長に制限など無く、上空から濁流のように私目掛けて殺到してくる。
おそらくは直接的な威力を発揮するものではなく、侵蝕型の魔法であり、呪詛の一種であろう。
防御で受け止めるのはあまりにもリスキーだ。私は周囲の時間を停滞させて移動する疑似転移で脱しようとして、時間を遅めた途端に感じる重々しい圧に、喘ぐような息を吐く。
「っはぁ、……ッ!」
本当ならば攻撃を回避するだけでなく、停滞した時間の中で移動すればベルフェルテに肉薄することも死角を突くことも容易いはずだった。しかし状況がそれを許さない。時間を停滞させている私の魔法は常の手ごたえが嘘のように不安定で、今にも崩壊しそうだった。
原因は明らかにわかりきっている。
周囲で台風の如く渦巻いているエーテルだ。
術理法則の更に上に属する高次の謎エネルギーであるエーテル。莫大なエーテルが至近に存在するこの場においては、エーテルに曝されたことによる影響を受けざるを得ない。言わばエーテル曝露とも呼ぶべき状態がなにを齎すのかというと、とにかく魔法が安定しないのだ。私の魔法端末がデフォルトで展開している視覚的迷彩魔法が機能しなかったことからも予想していたことだが、瞬間的な魔力運用においては然程の影響もないが、持続的な運用においては無視出来ない悪影響を受けるのだ。
ベルフェルテも同じように悪影響は受けているのだろうが、ここでエーテルに対する理解度の違いが大きく効いてくる。
迫る大蛇の奔流の真正面、最も危険な軌道上から逃れることには成功するが、そこで時間停滞の維持限界が訪れてしまう。疑似的な短距離転移で身を躱したことになる私に対して、ベルフェルテは『それはもう見た』とばかりに詰めを打ってくる。
大蛇の奔流が途中で枝分かれして、私を横合いから襲ったのである。本流を曲げるとか、分岐させるとか、そういう動きではなかった。躱した私の真横を通り過ぎ行く本流から、直角に私目掛けて追撃が生えてきたのだ。そのあまりに突拍子のない挙動に、私は完全に虚を突かれた。一個の魔法ではなく、無数の呪詛の群体であるという本質を見誤った私の落ち度である。
「くそがッ」
私は『白魔礼装』が発動する前に、『ChU2W』の端末のうちの一基を射線上に割り込ませて防壁とした。『白魔礼装』が発動すれば時間が停滞するので再度回避することは容易だが、ここでその選択は悪手だ。単純に、エーテル曝露の影響で時間停滞の効率がクソほど低下しているので、消耗がバカにならないのである。
私を守るために大蛇の奔流に飲み込まれた端末は、毒々しい魔力に侵蝕され瞬く間に機能不全に陥る。そのまま放置すれば端末を乗っ取られるどころか構造を看破されかねないので、私は侵蝕された端末を別の端末に撃たせて爆破する。派手に爆散して散った端末のおかげで、一時的に大蛇の追撃を逃れ、私は態勢を立て直すためのほんの一瞬の猶予を得る。
一瞬、を有り難がる日が来るとはな。
内心で自嘲する私に、大蛇の奔流の本流が鎌首をもたげて再度襲い掛かってくる。最初に回避した分が悠々と折り返してきたのである。
侵蝕型の攻撃に対する対処法は簡単だ。触れなければいい。故に純粋術理エネルギーの火力砲撃で焼き払ってしまうのが一番丸い。だがしかし、それが出来ない理由がある。呪詛を焼き払った砲撃が、周囲で滞留するエーテルに着弾する危険性が高過ぎる。ただでさえエーテルの曝露が齎す影響に苦しんでいる私なのだ。これでエーテルが誘爆でもした日には目も当てられない。
よろしい。ならば斬撃だ!
撃って駄目なら斬ってみろの精神だ。
私は残存している六基の端末のうちの二基を連動させ、それぞれを術理エネルギーの発振器に見立てる。並行して飛翔する二基の端末間を往復する魔力の流れ。触れれば焼き切れる斬撃特性のエネルギーだ。
要するに、端末間に展開したクソでかビームサーベルに相違ない。誘爆を避けるならば、流れを閉じてしまえばいいのだ。大蛇の奔流に真っ向から突き進んだ二基は、その間に展開した魔力ビームで以て群れを頭から開きにして飛び抜ける。それは呪詛を焼き払うだけでは終わらず、当然、その根本に座しているベルフェルテにも襲い掛かる。
「ほほう。面白いことをする」
言葉通りに愉快気なベルフェルテはやはり手強い。
彼女は片手で維持していた呪詛の起点をあっさり破棄すると、もう片方の手で軽く十字槍を投げ放つ。ビームを展開している二基の端末はそうである故に各個に機動することが出来ず、またどちらかが叩かれればビームは維持出来ない。
構造上の弱点を即座に見抜き、ベルフェルテは槍を投げて片方の端末を僅かに弾くだけでビームを無力化して見せたのである。
「ならば、こんなのはどうじゃ? ――――割れよ、水瓶『さかしまの宝瓶宮』」
ベルフェルテの次なる魔法が効果を発揮した瞬間、私の口からガボリと気泡が零れ、上へと立ち昇っていく。
周囲一帯がいきなり海にでも沈んだかのように、澄んだ水で満たされた空間と化したのである。
おそらく遷移結界の一種であろう。戦域が大気中から水中へと即座に遷移したのである。エーテルの碧に照らされて美しさすら感じさせる光景であった。
生憎と呼吸を妨げられた程度で死ねる私ではないし、動揺もない。大蛇の呪詛が単なる牽制で、本命の魔法を裏で走らせていたことなどわかり切っていたからだ。本来魔法というのが思考だけで完結するものであるというのに、ベルフェルテが先程は敢えて舞踏を用いて魔法を唱えたということは、つまり思考と動作で別個の魔法を同時に構築していたからだ。
とはいえ、全てが奴の掌の上というわけでもない。
何故ならば周囲一帯を満たす水は、ただの水だ。おそらく、この水は媒介でしかなく、本当ならば私が呪詛の対処に追われている隙に水を用意し、それを使って本命の何かを起こすつもりだったと見える。
奴の狙いが何であれ、勿論やらせる気などない。
「領域殲滅、爆破」
普段は術理エネルギーの比重を大きくしている砲撃魔法を敢えて純粋物理砲撃として撃ち放つ。その砲火の温度は摂氏百度など軽く凌駕し、遷移結界内に満ち満ちるただの水を瞬く間に蒸発させるに充分だった。
その結果として発生するのは、水蒸気爆発である。
どれだけ大規模かつ至近距離であろうと、私にとっては純粋な物理的威力を防ぐのは難しくない。視界全てがホワイトアウトする程の凄まじい爆発のほぼ爆心地に居ながら無傷でやり過ごした私と、視界が戻った時にはやはり何事もなかったように障壁で身を守っているベルフェルテの姿があった。
爆発により上空へと吹っ飛んだ多量の水が一過性の豪雨となって降り注ぎ、私達の障壁の表面を叩いて流れ落ちていく。
雨が過ぎ去った後に、私とベルフェルテは示し合わせたように同時に障壁を解除した。
互いに空に浮かんだまま、少しの距離を置いて対峙する。
「……古今東西、魔法の博覧会のような女だな」
「無駄に長生きしておるぶんだけ、学ぶ機会には事欠かぬのじゃ」
「素直に尊敬するよ」
若干の呆れと多大な敬意を籠めて私が言うと、ベルフェルテは嬉し気に微笑んだ。
実際、彼女の操る魔法体系のレパートリーは異次元だ。西方で主流な詠唱術、紋章術に始まり、東方諸国はタイホウの九字天籟法に、コウランの道術、それから中東方面のマハー・ヴェーダも見られた。
これが敵対関係でなければ小一時間魔法談義に花を咲かせたいくらいには、魔法オタクの食指が疼く。知っていることが凄いのではない、身につけ、血肉と化しているからこそ凄いのだ。故に私はこのベルフェルテという魔物の女に対して、偉大なる魔法の先達としての敬意を払うことに一切の抵抗はなかった。
それはそれ、これはこれ、だ。
「一つ、気になっていることがある」
訊いてもいいだろうか、と私が言うと、ベルフェルテは当然のように頷いた。
「訊くがよい。答えよう」
「では遠慮なく。先日、ルシア・ウルリッヒ・エーテルライトを名乗る少女と接触したのだが、アレは貴様の縁故か?」
「いかにも。あの様でようここまで辿り着いたものじゃ」
柔らかい表情を浮かべて呟くベルフェルテの態度が意味するのは、親愛だろうか。
ルシアという聖女を名乗る幼女の存在は中々に扱いが難しい。単純に正体不明で得体が知れないのだ。このベルフェルテの反応も謎だし、両者の関係性も謎である。
正直な話をすれば。
私は目の前で『魔公ベルフェルテ』を名乗っている存在こそが本物の聖女であることを殆ど疑っていない。傍証を集めて検証するまでもなく、というかコイツ全く隠す気がないだろうとすら思う。
修道士クロスを看取る時に捧げた祈りは『教会』の様式だったし、先程まで振り回していた十字槍はドロシーの『形態記憶武器』にもほぼ同一の形態がある教会謹製の武器だ。極め付けは名前である。聖女の本名は『エーテルライト』、つまり『エーテルの輝き』である。はいはい。
ついでに言えば、逆にあっちのルシアを名乗っているほうが本物のベルフェルテだとすれば、その人物像は有識者ことミリティア嬢が語った原作ベルフェルテのそれにわりと合致している。
しかし、そうなると説明が難しい部分も出てくる。
まず、目の前の女は正体はともかくとして存在は間違いなく魔物だ。
何故聖女が魔物になっているのか。そして何故聖女が『オンスロート』を画策して人類に牙を剥いているのか。
「貴様、何故アレを放置しているんだ? 宿敵ではないのか?」
「ほむ。引け目があるから、かのぅ」
「引け目?」
「然り。結果的に、ではあるが肉を奪ってしもうた」
「………………」
わからん。つまりコイツは正真正銘ベルフェルテの身体に、中身聖女が受肉した存在だということか。
よって身体を奪い取ったことが後ろめたいのであっちのルシアを野放しにしているということなのか。
まあ、結局、疑問は一つに集束するのだ。
「貴様の目的はなんだ?」
問いに、ベルフェルテは薄く笑った。
「死ぬことじゃ」
は、と私は呼吸を忘れた。
「…………なんだと?」
「妾の望みは、佳く、逝くことであると言うた」
「自ずから、望んで死ぬというのか」
「少し違う。佳き死にざまを求めておる」
「死に、佳いも悪いもないッ!!」
思わず、思考が揺れ、言葉が乱れる。
それは私にとって絶対に受け入れ難い願望であった。
正しくは、受け入れる以前の問題で、私にはそれが理解すら出来なかった。
荒れる内心を見透かしたように、ベルフェルテが言う。
「哀れじゃのう。いたく、哀れじゃ。そち程に哀れな存在を、妾は他に見たことがない」
「貴様に何がッ――――…………」
感情的に言葉を発しようとして、私の口は不自然に黙り込む。
ベルフェルテの術中に嵌りつつあった私を見かねた魔剣が強制的に肉体の主導権を握ったのだ。
理屈ではわかっている。ベルフェルテのイデアは『受容』であり、周囲を渦巻くエーテルの群れを生み出しているのは今まさに戦っている者達の強い感情の発露である。
そして本能でわかっている。一度ベルフェルテの前で生の感情を発露させてしまえば、奴はそれを無限に受け入れ、甘やかし、こちらの精神をドロドロに融かしに来るだろう。そうなれば最早戦闘どころではない。
「ほむ……まずはその無粋な剣を置かせるところからじゃの」
ハイメロートはベルフェルテの概念励起の影響を受けない。
何故ならば魔剣と化した彼には、人間の相反する根源的な情動などというものは存在しないからだ。いかなベルフェルテとて存在しないものを揺さぶることは出来ない。つまりハイメロートに私の肉体の主導権を渡すというのは、彼の剣技を発揮する戦術的な意味と同時に、ベルフェルテのイデアから私の精神を守るための手段でもあった。
実際、今も間一髪でハイメロートが代わってくれていなければ危ないところだった。
黒い吸光の刃を構えた私を澄んだ瞳で見つめ、ベルフェルテの背の光輪が荘厳な輝きを放ち始める。
「さて…………これが最期のお勤めじゃな」
碧く、碧く。
溢れる光の中で。
この世のものとは思えない、美しい宣言であった。
「委ねよ――――その魂。妾が殺してやろう」




