469話_side_Miabel_熱戦-4
~"主人公"ミアベル~
月を背に立ち、わたしを見下ろすスメラギちゃんの傍らに、陽炎のような魔力が集束する。形を成すのは昨日の交戦でも目にした、彼女の身の丈ほどの規模を有する鬼面の魔法端末であった。左右一対で、浮遊する巨大な盾の如き構造物。昨日と同じ、半透明で朧気に透き通った像を成したそれらは、しかしそこで安定することなく更に集束し、より小さく、より強固な構造を創り上げていく。
最終的には、スメラギちゃんの華奢な肩に誂えたような、肩当程度の大きさの鬼面となった。大きいほうが強いというのは大体の場合において正しいけど、この場合は違う。機能的に同等かあるいはそれ以上に強力な魔法端末がより小さく発現するということは、それだけ魔法モデルの効率化が進んでいるということだ。より低燃費に、高機能。それを突き詰めたのがアシュタルテさんのアレなわけだが、つまりスメラギちゃんはただの一晩で、未完成だった魔法の完成度を劇的に向上させてきたのだ。
眼窩の内に陰火と呼ばれる青白い炎を宿した朱塗りの鬼面を中心に据え、銀色の装飾で彩られた肩鎧。そこからは赤い魔力で形成された長い『袖』が伸びていて、スメラギちゃんの挙措に合わせて重力を感じさせない柔らかさでふわりとたなびいている。
そして、彼女の背に光が射す。
まるで羽化するように伸びやかに開く赤い魔力が、精緻な文様そのものが象る一対の『翅』を生み出す。
わたしの羽根とも、アシュタルテさんの翼とも異なる、それは蝶だった。
「『紅蓮告死蝶鬼面袖具足』…………キミに勝つための、私の魔法」
静かに告げ、スメラギちゃんはふるりと翅を震わせる。
わたしの並外れた魔法資質が教えてくる。この魔法は強い。秘めたる魔力が灼けるようなプレッシャーをひしひしと伝えてくる。昨日の時点でも相当強かったスメラギちゃんは、しかし昨日は飛ばなかった。だけど今日の彼女には立派で綺麗な翅がある。
それはきっとわたしが飛ぶからだ。
わたしと飛ぶために、彼女が生み出した魔法なのだ。
なんだろう。不思議だけど、スメラギちゃんの魔法はわたしを殺すために創られた危険な力であると悟っているのに、わたしはそれを見て嬉しいと感じていた。
「強い魔法だね……それに、可愛い」
わたしが素直に思ったところを言うと、スメラギちゃんはぱちくりと目を丸くした。
その反応も可愛い。
「かわいいかな?」
「うん。翅と袖が、ちょうちょ結びみたいに見えて可愛い」
「…………なるほど。キミはやっぱりユニークだ。決戦魔法にそんな感想を言われるとは思わなかった」
さて、そんなスメラギちゃんに比べてこちらは全然変わり映えがなくて申し訳ないが、今日もわたしは『双炎の白刃』である。まあスメラギちゃんの決戦魔法は複数の魔法を内包して統合的に運用する複合魔法システムだろうから、わたしで相当するのは複合剣戟魔法である『凛として音は剣と唱う』になるのかもしれない。だけどこの魔法はスメラギちゃんのそれとは比べるのも烏滸がましいくらいの未完成魔法に過ぎないので、恥ずかし過ぎて引き合いに出せるような出来ではないのだ。
未完成魔法で見栄を切るのもあれなので、わたしは相棒のマギドラちゃんにお願いしてこっそりこの魔法を使うことにしているのだ。マギドラちゃんが度々言っている『dignify』というのがそれ。ちなみにこれは単なるトリガーワードなので、言葉自体に然程意味は無かったりする。
「スメラギちゃん、昨日よりもずっといい顔してる」
「もう、迷わないと決めたから」
「…………そっか」
嬉しいな。とわたしは素直に笑む。
昨日の、涙に濡れた悲痛な彼女の姿を知っているから、なんにせよ彼女が自らの指針を見付けられたのならばそれは言祝ぐべきことだと思える。その結果としてこういう状況になってしまったのは、残念ではあるけれど、納得もしている。
だってきっと、これは避けられないことだった。
ぶつかり合うことが避けられない運命ならば、せめて真っすぐに向き合いたいではないか。涙と嗚咽ではなく、笑顔を交わしたいではないか。尤も、相も変わらずスメラギちゃんはウンともスンとも笑ってくれないわけであるが。まあそれは個性ということで一つ。
「ミアベル。私はキミを打倒し、キミを殺し、キミの魂を貰い受ける」
深く、低く、鳴動するような気配と共に、彼女の魔力が高まっていく。
厳かに告げられる言葉が、しかし不意に、少しだけ穏やかに。
「……だから、先に言っておくね」
「?」
そこでスメラギちゃんは、思いを噛み締めるように瞳を閉じて。
大切なものに触れるように、暖かい声音で言うのだ。
「ありがとう。ミアベル。――――――キミに会えて良かった」
万感が籠められた言葉の力に、わたしの涙腺が緩みそうになる。
あまりにも嬉しい言葉だった。
わたしもだよ。
むしろ、わたしのほうが。
全力で応えたい言葉だった。
だけどわたしは、敢えて違う言葉を返す。
スメラギちゃんのそれが、別れの言葉であるとどうしようもなく理解してしまったから。
「……お別れになんてさせないよ。だって――――――勝つのはわたしだから!」
涙はまだ、ここじゃない。
◇◇◇
「行くよ! マギドラちゃんっ!」
『了解』
わたしはわかっている。スメラギちゃんは明確な格上である。魔法に対する知見も技量もわたしのずっと先を行っている。せめて覚悟だけは負けていないと思いたいけど、今日の彼女が相手だとそれも若干自信がない。
そのくらいに、今日の彼女は澄み切っている。
とはいえ、わたしが彼女に劣っているのは知っていること。だからといってわたしがやることは変わらないし、ただ本気の本音をスメラギちゃんに叩き付けるだけである。
『Dignify!』
わたしの主観時間が加速し、世界が相対的に静止する。周囲を流れる川の水面から立ち昇る水煙が虚空に張り付けられ、音が消える。この止まった世界の中で動けるのは、わたしと、そして術理的に同期しているマギドラちゃんだけ。
アシュタルテさんが得意としている疑似転移――停滞した時間の中を動くことで、物理法則が帳尻合わせをして移動したことにしておいてくれるアレであるが、わたしもマギドラちゃんの補助があれば同じことが出来る。というか高度な魔法具であるマギアドライブの演算能力をフル活用してようやく可能なことを、個人の演算能力だけで飄々とやってのけちゃうアシュタルテさん凄すぎ問題。しかもあの人、その状態でクラリスさんの術理ゴーストのエミュレーションまでするもんね。脳みそ四つくらい持ってるんじゃないかってわりと本気で思う。
そんな時間魔法による疑似転移だけど、これってスメラギちゃん相手には普通ほど有効ではない。彼女はわたしの『魂』を対象に存在を捕捉しているらしく、術理空間の中を動いても見失うことなくトレースしてくるのだ。つまり、疑似転移で背後に回り込んでも不意打ちは出来ないってこと。むしろルーク君みたいに単純な高速移動で仕掛けたほうが捕捉を振り切れる可能性は高い気がする。
ただ、意味がないのかというとそんなことはない。単純にスメラギちゃんが動くことが出来ない異時間の中を行動出来るのは強みだ。というより、本当ならこの強みが強過ぎて、どれだけ技量に劣ろうが問答無用で逆転してしまえるほどのアドバンテージなはずなのだ。
しかし残念ながらわたしが雑魚過ぎるせいで、現実はこの圧倒的アドバンテージをまるで使いこなせていないと言わざるを得ない。殆どにおいて移動と『過斬撃』にしか使えていないのでお察しだ。現状のわたしの切り札と言える『過斬撃』であるが、実を言えばこれが強いから使っているというよりは、これしか出来ないから使っているのである。単純な思考リソースの問題で、マギドラちゃんの補助を受けてもなお、術理空間を動きながら強い魔法を唱える余裕がないのだ。
出来ないことを嘆いても仕方がない。
剣を振るしか能がないなら、それをするだけだ。
要は、それを届かせればいいのである。愚直さと諦めの悪さならば、それなりに自信がある。
さあ行くぞ。
魂をトレースされているので物理的にスメラギちゃんの死角を突く意義は薄い。だけれど、スメラギちゃんが物理的に対処し難い隙を突くことには意義がある。
やることは変わらないということだ。真正面から突っ込んで、彼女の迎撃を掻い潜り、わたしの剣を届かせる。難しいことを考える頭も、それを可能にする引き出しもないのだから、シンプルに行こう。
交叉を描く背の翼を爆裂させて飛び出そうとしたわたしは――
「おっも」
あまりの動かなさに思わず口をつく。
いやなんだこれ、ちょっと前に戻ったみたいに身体が全然動かない。
まるで周囲の空気全てが泥濘に変わったみたいに、莫大な抵抗感のせいで身体が全然前に進まないのだ。一瞬、術理ゴーストの構築に失敗したのかと勘繰りもしたが、わたしだけならともかくマギドラちゃんの補助があるのにそんなわけがない。
どういうこっちゃと大慌てのわたしを他所に、冷静極まりないマギドラちゃんが原因を看破する。
『微小な術理的オブジェクトを検出』
「ふぇ」
『鱗粉です』
言われてようやく気付く。
虚空に静止した水飛沫の中に混じって、静止しない輝きがある。それはよくよく目を凝らさなければ気付けない程に小さな、しかし周囲一帯を埋め尽くすほどに膨大な、細やかな粒子状の魔力であった。
咄嗟にスメラギちゃんを見遣る。止まった時間の中で、動かず、澄んだ視線でわたしを見ている彼女の、その背に広がる蝶の翅。あれは伊達でも見栄でもなんでもなく、わたしの時間魔法よりもなお速く、先んじて彼女の攻勢は始まっていたのである。
この時間加速による術理空間内では、加速の度合いに比例して術理的オブジェクトの強度が疑似的に増してしまう。相対的に殆ど止まった時間の中では、なんてことない低級の防御魔法が鉄壁の硬度を発揮してしまうように。
即ち、普通ならばなんの障害にもなり得ない小さな小さな魔力の粒が、わたしが自身の時間を加速すればするほどに、相対的に行動を封じる程の抵抗力を発揮してしまう。当然、所詮粒は粒なので、排除して動くことは可能だと思う。だけどその消耗を考えればまだしも時間を加速せずに普通に動いたほうが効率は良いのではなかろうか。更に言えば、今の位置関係だからなんとか動けているだけで、鱗粉の密度はスメラギちゃんに近い程に濃密になるに決まっているのだから、つまりわたしが彼女に接近する術は封じられたに等しい。
「……なんだか、嬉しいな」
『マスター?』
だって、これではまるで、わたしのために用意された魔法ではないか。
いや、自惚れではなく、真実たぶん、スメラギちゃんはわたしを封じ込めてしまうために、この魔法を生み出したのだ。たった一度の交戦でわたしの異常な戦術を見抜く眼力と、その対抗手段を一夜で完成させてしまう技術力。
本当にすごい。スメラギちゃんはすごいんだ。
わたしの友達はこんなにすごいんだぞって誰かに自慢したくなるけれど、それは彼女と友達になれた時まで取っておくことにしよう。
「時間を戻すよ。そしたら全力回避だから」
『了解』
スメラギちゃんの次の手はわかる。わたしの動きを封じる布石を散布し、そして間抜けなわたしが見事に引っ掛かった。
ならば次は当然、
「燃えよ――『火ノ輝血』」
両肩の鎧――『鬼面袖』が揃って正面を向き、わたしの姿を捉えて眼窩と口腔の陰火を爆裂させる。
まさしく鬼の咆哮。
放たれた赤い砲撃魔法が水飛沫を蒸発させながらわたしを襲う。
大丈夫、避け切れる。
間一髪だったけど、思い切ってきっぱり時間加速を諦めたおかげで、なんとか普通の回避動作が間に合っ――
「咲け」
その時、飛び退くわたしの視界の端に、小さな小さな光が掠る。
これはあの、魔力の鱗粉だ。
ちりり、と火花のように爆ぜて――
「あっ」
射線上に充満した鱗粉がスメラギちゃんの砲撃魔法で一気に誘爆し、文字通り爆発的に膨れ上がった火焔は砲撃そのものよりもなお速く。
爆轟の衝撃に打たれて立ち眩むように体勢を崩したわたしは、刹那の後に突き抜けた砲撃に為す術もなく呑み込まれた。




