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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
八章_笑顔

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451話_sideout_『剣の誓い』クランハウス



 医務室を預かっているスタッフからシリウスが目を覚ましたとの連絡を受け、イザベルは向かっていた。

 昨夜の活動中にシリウス率いるパーティーは人型魔物フェンリスの襲撃を受け、交戦。奮闘虚しくメンバーの一人であるミリティアの身柄を奪われ、他の面子も死者こそ居ないが皆少なからず負傷している。また、ミリティアの私的な護衛として同行していたリゼルの身柄もまた、主人と同じく魔物の手に落ちてしまっている。

 敵方のリーダーであるフェンリスと直接交戦したシリウスの傷は重く、黒い森からギルド支部に戻ってすぐに意識を失い、クランハウスの医務室に担ぎ込まれて魔法治療を受けることになった。本来であればギルド支部にも当然緊急用の医療設備が存在しているのだが、生憎と現在のギルド支部はあまりにもキナ臭い。勢力図のキーパーソンであるシリウスを意識不明のまま預けるのはリスクが高いと判断して、彼を担いで帰ってきたドノヴァンの判断は正しかった、とイザベルもクレメンスも支持した。ただ、その分だけ治療が遅れたのもまた事実。

 どうやら彼は自らの常駐魔法である『真火兵装(イグニートエヴォルヴ)』を意図的に暴走させたらしく、自身の身体ごと爆発させた暴挙によって全身に多くの傷を負っていた。馬鹿な真似をした、とはイザベルは思わない。むしろ、あのシリウスをそこまで追い詰めるほどのフェンリスの実力に戦慄していた。シリウスの行いは、要するにそうでもしなければ死んでいたという意味である。

 バッヘル領で実際にフェンリスと交戦し、引き分けたというスレイがこともなげな顔をしていたものだから、イザベルには多少なりとも彼の魔物を侮っている心があったのかもしれない。



「まあでも、底知れないのはスレイさんも一緒か……」



 イザベルは苦笑気味に呟く。

 あの頼りになる年下の友人は色々な意味で非常に可愛らしい女性だとイザベルは思っていたが、その真の実力も、更には正体すらも謎に包まれている部分は大きい。戦闘者として単純な技量力量でシリウスが彼女に劣っているとは思わなかったが、スレイの持つ力というのは、どうもそういう次元の議論からは逸脱したものであるように思うのだ。

 とはいえ、イザベルにとって彼女は恩人だし、素敵な友人でもあるので、下手に詮索するつもりもないわけだが。



「シリウス? はいるよー」



 申し訳程度に声を掛けつつ、イザベルは返事を待たずに医務室へと進入する。

 どうせシリウスのことだから、目を覚ましたなら覚ましたで、落ち着いて横になってなど居ないだろうというイザベルの予想通りに、彼はベッドサイドに立って治療のための魔法具を身体から引きはがしているところだった。本来それを止めるべき医療スタッフがこの場に居ないのは、他の怪我人の様子を見に行っているからだ。シリウスが医務室のベッドを占領した都合上、比較的軽傷だった他の面子は自室で休んでいるので、シリウスのことはイザベルに任せてそちらを看に行ったのだろう。



「ほらシリウス。これがいるでしょ?」



 そう言ってイザベルがベッドの上に広げたのは、連絡を受けてから夫婦の私室に立ち寄って持ち出してきた、シリウスの戦装束であった。それはダンクーガ英雄伯としての礼装でもあり、そのまま社交界にも出られる格式高い装備だ。

 ダンクーガ家の家訓は『剣の求める場所こそ我が領地』であり、決まった領地を有さない英雄伯家のホームグランドとは、剣戟と魔法が飛び交う最前線に他ならない。畢竟、英雄伯爵の正装とは、それ即ち戦装束である。

 普段の討伐者活動では使うことのない装備であり、シリウスが式典等の機会以外で、つまり戦場でこれを身に纏った回数はイザベルの知る限りでは数えるほどしかない。最上級のグレードを誇る強力な装備には違いないのだが、その分メンテナンスの費用もバカにならない。普段使いするにはあまりにもコストパフォーマンスが見合わない、正真正銘の勝負どころのための一張羅であった。

 黒と紺のツートンを基調とし、挿し色に鮮やかな青を添える英雄伯家の色調。代々暗色の頭髪に青系の魔力色を有するダンクーガの系譜に由来するものだ。甲冑にマントを合わせた様式は奇しくもシリウスを打ち破ったフェンリスの装いと似通っていたが、直接彼の魔物と相対したわけではないイザベルには知る由もない。

 治療のために衣服を脱がされてパンツ一丁の包帯塗れとなっているシリウスは、イザベルの言葉に振り向いて意外そうな顔をした。



「なにも言ってねえのに、よくわかったな」


「あはん? 何年アナタの妻やってると思ってんのさ?」



 イザベルが肩を竦めると、シリウスは「そりゃそうか」と苦笑を見せた。



「ミリティアさんを助けに行くんでしょ?」


「おう」


「そんな身体で?――ってのは言っても無駄だろうから黙っておくね」


「まあな。お前が付き合う必要はねえぞ――ってのも言うだけ無駄だろうな」



 ふふん、と見せ付けるようにイザベルは胸を張る。部屋によってシリウスの装備を持ち出すついでに、自分もまた英雄伯夫人としての礼装を久方振りに引っ張り出して身に纏っていた。

 英雄伯家のシンボルである獣を模したデザインの軽甲冑に、合わせたアクティブなデザインのバトルドレスである。勿論シリウスの装備とお揃いの意匠だ。甲冑を脱げばそのまま夜会にだって乗り込めるイザベルの一張羅だった。まあ、その都合上、ドレス部分が絶妙に肌面積多めなのが玉に瑕だが。若い時分は『見るなら見ろ!』とふんぞり返っていられたが、この歳になるとちょっとアレかなぁと思わないでもない。女性討伐者はそもそも肌を見せる装いをしていることが多いのだが、その点イザベルは魔法で防御や環境適応が出来るという事情も手伝って、基本的にはパンツルックで肌を晒さないようにしているのだ。



「今回着たら、もうちょっと大人しめなヤツ新調しようかな……」


「なんで?」


「いやぁ、私もほら、それなりにいい歳だし」


「娘もできたことだしな。いつまでもじゃじゃ馬気分じゃいられねえな」


「ウチの旦那にも聞かせてやりたい台詞だね」



 軽口を交わしつつ、イザベルはてきぱきとシリウスが装備を身につける補助をする。魔法治療のおかげで動ける程度には回復しているシリウスであるが、全快には程遠い状態であり、普通は安静にしているべき体調である。なのでイザベルはシリウスの装備の内側に沈痛用の護符(タリスマン)を仕込んだり、回復効果のあるバンデージを巻いたりして、少しでも彼の負荷を減らすように装備を整えていく。あまり効果の強いものを使うと礼装の魔法効果と干渉してしまうので、無いよりはマシ程度のことしか出来ないのが歯痒かった。

 そうしてシリウスが大体の装備を身につけた頃、医務室の扉を叩く人物があった。



「邪魔するぞ」



 と言って入ってきたのは、いつも通りの仏頂面を若干やつれさせたように見えるロイドであった。

 白衣のローブのポケットに両手を突っ込んで歩いてきた彼は、いつもより露出の多い格好をしているイザベルから露骨に視線を逸らしつつ、シリウスへと声を掛ける。



「半日待てないか?」



 前振りもなくいきなり繰り出された言葉に、イザベルは思わずシリウスを見るも、彼のほうも意図を掴みかねたような顔をしていた。

 ミリティアを助けるために黒い森へと出立するのを少し待てと言っているのはなんとなくわかるのだが。



「てか、よくわかったな。俺達が行こうとしてるって」


「ばかやろう。何年お前の面倒を見てきたと思っていやがる」


「「…………」」



 どこかで聞いたセリフだな、とイザベルは夫と顔を見合わせる。

 ちなみにロイドの言う『面倒を見る』とは、クランの技術畑担当者として装備品等々の面倒を見てきたという意味であろう。



「お前が担ぎ込まれた時点でこうなるような気はしていたので、スケジュールを前倒しして『剣』の最終調整を行っている。だが時間が足りん。どれだけ急いでも零時までは掛かる」



 ロイドの言葉にイザベルは目を丸くした。彼が言っている『剣』というのは、シリウスの得物のことだ。普段から魔力製の大剣を振り回しているシリウスであるが、実は本来の得物はちゃんと別にあるのだ。

 シリウスの乱暴な取り回しに堪えかねて悲鳴を上げていた『剣』を、少し前にロイドが没収してオーバーホールを行っていた。ただの刀剣ではなく高度な魔法を織り込まれた魔剣であり、修復や調整も一筋縄ではいかない。故にシリウスも急かすことなく、ロイドも急ぐことなくじっくりと取り組むつもりでいたとイザベルは聞いている。スケジュール的には最終調整段階に入っていたはずだから遠からず仕上がったのだろうが、今回の件を受けてロイドはその工程を大幅に繰り上げたようだ。



「え、てことはロイド君。シリウスの『剣』が必要だと思って、ずっと調整作業してたの?」


「そうだが?」


「誰も何も言ってないのに?」


「言われずとも予想がつく、と言っているだろうが」



 仏頂面で肯定するロイドに、イザベルは目を細める。

 すすす、とシリウスに身を寄せて、



「ロイド君が私の立場を奪おうとしてる件」


「なんならお前負けてんぞ。アイツなんだかんだですげえ気ぃ利くからな」


「ロイド君が女の子だったら私勝ってるとこなくね?」


「そうだな」


「そうだなじゃないんだけど?」



 少しは嫁のフォローをしろよ、とシリウスの足を踏みつけると、ちょうど痛む部分を踏んでしまったらしく彼は「あぁお!?」と叫んで飛び上がった。



「あごめん」


「ごめんじゃないんだが?」



 恨めしそうにイザベルを睨みつけてから、シリウスはロイドへと告げる。



「悪ぃが、待ってる余裕はない。事は一刻を争うんでな」



 通常、これは救援案件ではなく遺留回収案件だ。何故ならば魔物に連れ去られた人間が生存している可能性はほぼほぼ絶望的であるから。経緯がわからないとすれば一縷の望みを否定することは出来ないが、今回の場合はミリティアとリゼルの身柄は魔物に握られていることが確定している。

 ただし、今回のこれは非常に特殊なケースでもある。魔物に連れ去られた人間の生存が絶望的と言われるのは、基本的に魔物は人間に対して捕食する以外のアクションを起こすことはないからだ。要するに連れ去った人間を生かしておく理由がない。

 しかしながら、今回の相手は非常に高度な知性を有することが明らかな人型の魔物であった。そしてフェンリスらが何らかの目的意識を持って、敢えてミリティア達を連れ去ったのは状況的に疑いようがない。何故って、ただ糧とする魔力を求めていたのであれば、フェンリスが打倒したシリウスを連れていかない理由がわからないからだ。

 更に言えば、ミリティア達を生かして連れ去ったということは、フェンリス達には彼女等を生かして利用したい意図があるということだ。それはバッヘル領でフェンリスと交戦したスレイ達に、彼が語ったという内容を鑑みても現実味のある予想と言えよう。

 つまり、まだ救援が間に合う可能性がわりとあるのだ。

 とはいえ、いつフェンリス達にとってミリティア達が用済みになるのかもわからない。どの道、現在時刻は夕方。黒い森が開く日暮れまでは行動に出ることは出来ないが、かと言ってロイドの言うように深夜まで待っていられるような猶予があるとは思えない。ロイドもその辺りの事情を理解はしているので、シリウスの言葉に頷きを返す。



「ならとりあえず俺は調整を続ける。完了したらギルドまで届けに行こう。余裕があればロビーまで取りに来い」


「おう。頼むぜ」



 そしてロイドは部屋を立ち去る前に、思い出したように訊いてきた。



「二人だけで行くつもりか?」


「ん? まあな。本当は俺だけで行くつもりだったが」



 シリウスが視線を寄越すので、イザベルは片眉を上げてみせる。

 夫がクランの仲間を頼らない理由はわかる。当たり前だが戦力は多いに越したことはないが、今回はミリティア達を連れ去った相手が相手なので、危険度が高過ぎる。最悪の想定をすれば救援に向かっても徒労になる可能性もあり、そしてギルドから遺留回収等の依頼が出ているわけでもない。シリウスが倒れている間にギルドには報告と事情説明をしているが、昨日の今日どころか今日の未明の出来事であり、まだ対応策を実施する段階まで至っていないのだ。

 おそらく、ギルドの協力を得て魔法具を借り、ミリティアのライセンスカードの反応を追うことになると思うが、明確な目的地が定まっていない以上、自然と黒い森の奥地――魔界方面へと進軍することになるだろう。

 そんな、半ば死にに行くような強行軍に、仲間達を付き合わせるわけにはいかない。



「そこまでする必要があるのか?」


「あん?」


「ハートアート達が明確に生存していて、助けを待っているというのであれば話は別だが、彼女等が既に死んでいる可能性も否めない。一か八かの賭けでクランの主導者であるお前達が揃って死地に赴くというのは、些か軽挙が過ぎると俺は思うがな」



 耳が痛いロイドの言葉にシリウスは難しい顔をしていたが、意思を曲げることはなかった。

 責任を感じているのだ。この男は。旦那がそうだから、イザベルには付き合ってやる以外の選択肢がなくなる。

 冷たいようだが、実はロイドの言葉のほうが正しい。何故ならば討伐者とはそもそもが自己責任の社会であり、それはミリティア達だって承知の上で今回の活動に臨んでいるはずだ。仮にここでシリウスが動かなかったとしても公に責める者は居ないだろうし、シリウスは力及ばずフェンリスに敗北したとはいえ、そこに落ち度があったわけでもない。

 だがしかし、それでもシリウスは自身の責任だと考えているのだ。人道的には至って正しく、だが討伐者をやる上では切り捨てるべき正しさであった。



「別に死にに行くつもりは更々ねえが、仮にそうなったとしても、まあルークとクレメンスが居ればなんとかなるだろ」


「お嫁ちゃんも見つかったし、安泰だよねぇ。セラちゃん達には、ちょっと申し訳ないけど」



 まあ、セラフィーナ達に関しては最悪スレイやフレンネル伯爵が動いてくれるだろうから、ある意味ルーク達よりも心配はいらないくらいだ。

 人によっては、シリウス達の物言いを無責任だと詰るかもしれない。親としての自覚に欠けていると言われるかもしれない。

 だけどそれは違う。

 何故ならば、シリウスは英雄伯であり、息子のルークは次なる英雄伯。故に次代に向けてその在るべき姿を見せねばならない。剣を執るべき時に躊躇ってはならない。尻込みするなど英雄伯家の名折れである。

 ここでミリティア達を助けに行かなければ、誰よりもシリウス自身が信じられなくなってしまう。英雄という肩書の意味と、その重みを。だからこそ、シリウスは往くのだ。自らの心に在る、英雄かく在りきを実証するために。

 それでもって、実は社交界などでは『玉の輿狙いで一回り年上の英雄伯に嫁いだ尻軽女』などと揶揄されることも少なくないイザベルであるが、というかそれは半分事実なので別にいいのだが、侮ってもらって困るのは、現代の英雄の伴侶になるということの自覚と覚悟なしにこの立場に収まってはいないということだ。あとついでに愛情もある。


 覚悟が完了してしまっている様子のシリウス達に何を言っても無駄だと悟ったのか、ロイドは溜息をついて踵を返した。今度こそ立ち去るのかと思えば、彼は部屋の出口で立ち止まると、肩越しに捨て台詞を残していった。



「……そうそう上手くいくとは思えんが」


「「?」」





 ◇◇◇





 夫婦二人で手を取り合って駆け出そうとしたシリウス達であったが、その思惑は早々に頓挫することになる。

 というのも、医務室を出てクランハウスのエントランスに向かう廊下の途中で、威風堂々と待ち構えていた者が居るからだ。



「うむ。来たな」



 両腕を組んで仁王立ちしながら厳めしく呟くのは、南方系の容姿が特徴的な筋骨隆々の偉丈夫――『剣の誓い』の古参兵にして強者(つわもの)、サブリーダーの一人を務めているグレン・スデイ・ヴァルトラウテだ。彼の傍らには婚姻を結んでいないだけの実質伴侶であるシビル・ストーンの姿も当然のようにある。

 道を塞がれているというわけではないが、流石に横を通り過ぎるわけにもいかず、シリウス達は足を止めた。

 決戦装備のこちらを見てもまるで動じていないグレン達に対して、シリウスのほうは目を丸くせざるを得ない。というのも、グレンとシビルの二人は、まさしく決戦に臨むかのような、久しく見なかった本気の戦支度を整えていたからだ。



「まさか、お前等も来るつもりか?」



 流石に察したシリウスがそう問い掛けると、グレン達は奇妙な言葉を聞いたように顔を見合わせ、それから呆れたような顔になる。



「俺達も、どころか既に全員集まっているぞ」


「そそ。あとはシリウスさんの号令待ちだわよ」


「「は?」」



 目を白黒させながらグレン達に導かれるままに歩いていくと、辿り着いたのは普段からクランのミーティングに使用している大部屋の談話室であった。開け放たれていた扉から中に入ったグレン達に続くと、目に飛び込んできた室内の光景に、シリウスとイザベルは揃って絶句する羽目になった。



「お、ようやくお出ましか」


「てかどーせ二人だけで行こうとしてたんだぜ?」


「いいねぇお熱いこって――だが許さん」



 口々に好き放題に声を掛けてくる人数の多いこと多いこと。

 先程のグレンの言葉は誇張でもなんでもなく、本当にクランの殆ど総員近い人数がこの場に集まっていて、広々とした談話室のキャパシティも限界間近である。いかに『剣の誓い』が比較的小人数で構成されるクランとはいえ、戦闘員だけでなく裏方担当まで集まっているのだから相当だ。

 その中から、悠然と歩み出てきた女性が気さくに片手をあげた。



「やあお二人。見ての通り準備は万端さ」


「サム、これは一体……?」



 混乱するイザベルに苦笑を見せたサマンサは、狩人と評される眼光を気持ち優しめに緩めて、すっとぼけたように言う。



「なにって、大捕り物だろう? クランレイドは久し振りだから、私も腕が鳴るよ」


「待って、今回は」


「わかってるよ。あのお嬢さんを助けに行くんだろう? 嘘か真か敵は古の魔公らしいじゃないか。相手にとって不足はないな」



 二の句が継げないイザベル達に畳み掛けるように、サマンサの脇からひょんと顔を出したのはセラフィーナとランディーのコンビであった。ベテラン連中に比べるとだいぶ初々しい感じで装備を固めた二人は、一丁前に胸を張っている。



「また懲りずにスコールのやつが出てきたんだろ? 俺とセラがもっかいぶっ飛ばしてやるぜ」


「それに、スメラギさんも居るのなら、わたし言いたいことがいっぱいあるんですっ」


「ところがどっこいランディーさん、貴方の出番はありませんわ! 何故ならば、このマクダレーナが美しく! 華麗に! 劇的にリベンジを果たすからですわっ! 首を洗って待っていなさいスコール何某(なにがし)! わたくしに二度同じ手が通用すると思ったら大間違いですわよぉおーっほっほっほ! おーっほほおほっふ、げっほごほぅえ!!」



 高笑いに失敗して盛大に自爆しているマクダレーナはまあクランの風物詩的光景なので全員が慣れた様子でスルーしている。いや違った、心優しいセラフィーナだけが気遣わし気な様子で背中を擦ってあげている。

 その隙に他の面子がイザベルに声を掛けてきて、



「てゆーかイザベルさんがメチャメチャめかしこんでるぅ!」


「すごーい綺麗! かっこいい! すてきー!!」


「え? そ、そう? なんか照れるね」



 若い女性陣に褒められて悪い気はしない様子のイザベルは、「私ってまだまだイケるのかも」などと若干自惚れ始める。なお伴侶であるシリウスに言わせればイザベルはまだまだ若いし美しいしイケてるのだが、それはそれとして色々な意味でもう少し落ち着いて欲しいとは思う。尤も、イザベルはイザベルでシリウスに対してほぼ同様の感想を抱いていると、勿論シリウスには知る由もない。

 そして男性陣はというと、



「てゆーかイザベルさんがあんな脚見せてるの珍しくね?」


「てゆーか全体的に露出高くね?」


「いやよく見掛ける女性討伐者と比べたら全然そうでもないんだけど、ドレスに甲冑ってなんかこう、いいね!」


「もう率直に言っていいか? ――――えっろ!」


「いやきっつ……」


「えへへ……そんな熱烈に見られると恥ずかしいじゃん……って最後にキツイって言った奴どいつだ表出ろゴルァ!!!!」



 拳を振り上げたイザベルが無礼者をひっとらえてヘッドロックを掛ける光景を尻目にして、次にシリウスの元に現れたのは、



「今度は抜け駆けさせねえからな、親父」


「ルーク……」


「ミリティア達を助けに行くのに、まさか俺達を置いていくとは言わねえよなぁ?」



 にっかりと笑うルークは、どうやら先日のはぐれサラマンデルの件でシリウスが煽ったことを根に持っているようだった。

 そんなルークの傍らには当然のように、リタを始めとした友人一同の姿もある。誰も彼もが覚悟を決めた良い眼をしていて、シリウスは彼等の成長を感じるとともに、窘める言葉を見付けられない自分に気付く。

 そして最後に現れたのは――



「わ! クレメンスがそんなバチバチの格好してるの久し振りに見た!」



 驚いたように声をあげるイザベルの言う通り、シリウスの前に現れたクレメンスは最早懐かしさすら感じる程に袖を通していなかった戦装束に身を包んでいた。近年のクレメンスとて前線に全く立たないわけではなかったが、立場上裏方に回ることがめっきり多くなって、シリウスと肩を並べる機会もすっかりなくなってしまった。

 シリウスは敢えて揶揄うように笑って見せる。



「気合入れてどうしたよ? さては中年太りが気になり始めたな?」


「そんなところです。たまには運動しなければ腕が鈍ってしまう」


「……いいのか?」



 多くを訊ねはしないシリウスに、クレメンスは一度黒縁眼鏡を外すと、懐から取り出した布できゅっきゅと拭い、スチャっと掛け直した黒縁眼鏡を煌めかせる。



「言っておきますが」


「ん?」


「私がしたことは事実を構成員に伝達しただけで、招集をかけたわけではありません」



 彼等は自ずから集ったのです、とクレメンスは言う。

 誰も彼もが自発的に、装備を整えて、戦うつもりでこの場に集まったのだと。

 それは当然、クレメンス本人を含めてだ。



「キミとイザベルが創り上げた『剣の誓い』は、キミ達が思っているよりもずっと、皆に愛されていますよ」



 激レアの微笑みを見せるクレメンスの不意打ちにシリウスが機能停止していると、それを面白がった他の者達が口々に言う。



「そういうこったシリウスさん! アンタが頭張ってるからついてきてる奴だって居るんだぜ」


「ルークも頑張っちゃあいるが、代替わりにはまだはええやな」


「だなぁ。ルー坊にはまだまだ威厳っちゅうもんが足りねえ!」


「オイこら! そう言うのはせめて本人に聞こえないように言ってくれよ!」


「そもそもシリウスさんにも威厳などなくてよ」



 シリウスの父親である先代英雄伯が運営していた『剣の誓い』ではなく、歴代の英雄伯が受け継いできた『剣の誓い』でもなく、シリウスとイザベルが率いる『剣の誓い』だからこそ良いのだと、そんな風に言われたのは初めてだし、そんな発想も正直なかった。

 唖然としているシリウスの意識を呼び戻すように、イザベルがぽんと背を叩いた。



「い、いや、だがお前等、もしかすると無駄足になるかもしれねえんだぞ……?」



 あまり考えたくはないが、結局ミリティア達を見付けられなかったり、更には既に手遅れであるという可能性だって無いとは言えないどころか、正直に言えばその可能性のほうが高いのだ。

 それでいて、当然、非常に危険な道中になる。ミリティア達を助けに行くはずが、そのために命を落とす者だって出かねない。

 往生際悪くそんなことを言うシリウスの前に、一人の少女が歩み出る。



「だいじょうぶ」



 そう言って微笑むのは、ミアベルだった。

 親友の安否が知れない状況だというのに、彼女は希望に満ちた陽性の気風を振り撒いていた。まるで、彼女の居る空間そのものが、照らされて明るくなったような錯覚すら受ける程に。



「きっと大丈夫です」



 彼女がそう言うと、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。

 こうまで言われて、息子に発破を掛けられて、慣れない堅物に激励されて、うら若い少女に励まされて、この期に及んでうだうだ言うシリウスではなかった。というか、シリウス自身がそんな格好悪い自分を許しはしないのだ。

 シリウスは照れ隠しに鼻を擦り、それから自然と浮かんだ笑みのままに告げる。



「っしゃあ! そしたら総力戦だ! 俺に続け野郎どもォ!!」


「そして私に続け女郎どもぉ!!」



 拳を突き上げたシリウスとイザベルは、あらん限りの声を張り上げた。





「「――『剣の誓い』、出撃ぃッ!!!!」」





 号令に答える声は口々で、てんで統一感のないバラバラ模様であったが、誰もが一様に拳を突き上げていた。

 シリウスは思う。

 コンディションは最悪だが、モチベーションは最高潮だ。




 ――負けはしない。今度こそ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 寝る前に泣かせないでクレメンス…
[一言] 国内有数の戦闘集団だ
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