448話_side_Primrose_某所
~"転生令嬢"プリムローズ~
「風呂じゃ! 妾は朝風呂を所望するぞっ!!」
と、起きてくるなり高らかに宣ったのは、聖女を名乗る幼女ことルシアである。おつかい中のヴェルメリオから借りた寝間着を着て、ブロンドを寝ぐせでもっさり爆発させた姿には聖女感は皆無であると言わざるを得ない。
そんな彼女が乗り込んできたクランハウスのリビングには本日の活動開始前のメンバーが集まっていて、予定や方針の確認を終えた所だった。なお私ことスレイはこの後すぐに外出する予定である。
「入れば?」
取り合えずルシア担当は私ということなので、返事をしてあげる。彼女は中々に正体不明だしそれなりに胡散臭いけど、一応立場は協力者であり、情報面では既に一定の貢献をしてくれている。このクランハウスに滞在させているのは彼女を監視する意味合いもあるが、ルシア自身も行く当てがないので庇護を求めているという両者の思惑が一致した結果だ。
というわけで特に行動の制限もしていないし、クランハウスの設備は好きなように使ってくれて構わない。大したものがあるわけでもないし、今のルシアはちょっと魔法が使えるだけの幼女でしかないので脅威度も知れたものだ。
「うむ」
鷹揚に頷きつつも行動する気配のないルシアに、私は呆れ気味に理解した。
要するに差配せよってことね。まあこの子が自称する経歴や立場が本物であれば圧倒的に傅かれる側の人間だろうから、そんなにおかしな主張でもない。
「ほれウシチチ、はよう準備せい。風呂は逃げぬが、時間は有限ぞ」
「私に入浴のお世話しろって言ってる?」
「んむ」
むふー、じゃねえんだよなぁ。
もう呼び方については矯正も諦めたけれども、なんかへんなのに懐かれちゃったなぁって感じだ。
「悪いけど私、すぐに出なくちゃいけないのよ。他の人にお願いしてもいい?」
「なんと。それは妾よりも大事な用向きなのか?」
「うん。別に散歩に行くわけじゃないもの」
「……妾、散歩と天秤にかけられるレベルなのか」
なんか特に目的もないけど時間が余ってるから散歩にでもいこっかなーって時だったらルシアのお願いを聞いてあげてもいい、ってくらいの優先度かな。人になにかを望むときには相応しい態度というものがあると思うので、彼女が私をウシチチと呼ぶ限りはこの優先度である。
「しかたないのう。では代わりの女子を差配するのじゃあ!」
「はいはい。というわけで、カデンツァお願い」
私が部屋の奥に声を掛けると、我関せずと小説を読んでいたカデンツァがきょとんと顔を上げた。
まさか自分に指名が来るとは思っていなかったという反応だ。彼女は本を閉じると椅子から腰を上げてこちらに歩いてくる。
「私でよろしいのですか?」
「ええ。誠心誠意、お世話してあげてちょうだいな」
私の言葉にルシアは「くるしうない」とか言って頷いているが、周囲で話を聞いていたヴァイオラやエクスプロードが何かを察した様子で「あっ」と小さく声を上げた。
なにかおかしなところがあるかね諸君。女性であるルシアの入浴の世話に同性をあてがうのは当然だし、補助役として考えれば可能な限り体格や膂力に優れた人物のほうが安全だ。しかもカデンツァは外見も非常に美しいのだから文句の付けようもあるまい。
カデンツァはそこはかとなく嬉しそうな顔をしながらも、念を押すように確認をしてくる。
「本当に私でよろしいのですね?」
「よいよい。そちはこっちの意地悪よりも優しそうじゃ」
ルシアが代わりに答えてくれたので私は肩を竦めておく。私がルシアに対して意地悪なのは自覚しているし、カデンツァが基本的に私よりも穏やかで優しい女性であるのも事実なので反論もない。
「じゃあ私行くから、あとよろしく」
そう言うとカデンツァは微笑んで頷き、ルシアは「もうそちに用はない」などと言いつつしっしと片手を振ってくれた。
ちなみに私の心境は養豚場に買われていく子豚ちゃんを見る気分であった。
「よぅし、では早速、妾を浴場まで連れていくのじゃっ!」
などと言ってだっこをせがむルシアの小さな身体を、カデンツァは当然軽々と持ち上げる。
そしてサマーセーターを押し上げて激しく存在を主張するカデンツァの母性に身を寄せたルシアは、ここで要らない一言。
「おおう。そちもウシチチ一派じゃな」
「うしちち、ですか?」
どういう意味です? とカデンツァが首を傾げ、ヴァイオラが制止しようと口を開き掛けるが遅かった。
「無論、ウシのようにデカい乳であるということよ!」
「…………(ビキビキ)」
あーあ。しーらね。
私は聞かなかったことにしてさっさと出発することにした。
余談だが、カデンツァに一番言ってはいけないワードとは『デカい』である。
◇◇◇
私がクランハウスを出て門前を横切る時、横の塀の上に一匹の小さな黒猫が座っていた。通り過ぎ様に片手をそちらに伸ばすと、子猫は器用に私の腕に飛び乗って、そのままてくてくと肩まで歩いてきて、ぼてっと乗っかる。
「やあドロシー。おはよう」
「にゃあ」
私の妹兼友人兼傭兵であるドロシーだ。変身魔法で黒猫の姿をしている。変身魔法は幻影魔法とは違うので、猫の姿になったら猫と同じことしか出来なくなる。体内の構造も猫になるので人語を話せたりはしないわけだ。ただ、勿論その状態でも魔力は使えるので、厳密には猫ではなく猫の魔獣に変化する魔法であると言えよう。
つまり高度な魔獣が人語を話すことがあるように、魔力を介すれば言葉を話すことが出来るのだが、それはそれとして鳴き声も普通に可愛いのでアリよりのアリではある。
「貴様から見て、どうだ?」
歩きつつ訊ねるのは、今頃浴室でカデンツァに泣かされているであろうルシアのことである。
アイツ聖女名乗ってるけどぶっちゃけどうなん?っていう。
「気付かれないように遠目から観察しただけだけど、少なくとも高位の聖職者であることは確かだね」
「わかるのか?」
「わかるくらいに高位なんだ。彼女の身体には莫大な『秘蹟』が蓄積している」
秘蹟とは簡単に言えば神の恵みそのものとか、それを象徴する儀礼とかのことだが、教会の主信仰においては同時に術理的な意味合いを有する。私達の使う魔法を所謂『西方魔法』、ケイさん達の使う魔法を所謂『東方魔法』と分類するように、一口に魔法といっても地域や文化によって発展の仕方が異なってくる。言うまでもないが西方魔法、東方魔法というのは大枠の括りであり、その中でも更に細分化されているわけである。んで、そんな風に地域に根ざした魔法体系の一つとして、教国由来の『祈祷魔法』がある。
文字通り、大いなる主への祈りによって効果を得るものであり、先日ケイさんが実践してみせた占術と原理的には同系統のものだ。
その結果として、術者には魔法のフィードバックとしての痕跡が現れる。それを『秘蹟』と呼ぶこともある。
「あれは彼女の本来の肉体ではない可能性が高いが?」
「じゃあ秘蹟は肉体に宿るものではないんだろうさ。知らないけど」
「まあ、普通に考えれば意識界だろうな」
よくわからんやつはとりあえず意識界のせいにしておけ定期。
なお私にはその秘蹟を感じることが出来ないので、ドロシーの見立ての正しさを信じるしかない。なんで私にはわからなくてドロシーにわかるのかというと、それはもう信仰心の違いだろうね。
端から主の恩寵を信じる気など更々ない私が、奇跡の残り香を感じられるわけもなく。
まあ信者なら誰でもわかるということでもなくて、教会の信徒でありかつ卓越した魔法使いであるドロシーだから見ただけでわかるのだろうけど。
「それで? 今日のお出かけはなんの用事なんだい?」
「ん? ああ、その辺どうなのか有識者に訊いてみようと思ってな」
あのルシアという存在が原作に登場しているかということである。有識者ことミリティア嬢が知っていれば教えてもらいたいし、知らなければこちらからの情報提供ということになる。
なのでまずはこの街での彼女の滞在先を訪ねてみるつもりだった。
と、そこでドロシーがなにかに気付いたように声をあげる。
「ねえ、『PiG』鳴ったよ」
「む?」
言われて私は上着の内ポケットを探り、携帯端末を取り出す。指先に微弱な魔力を流してディスプレイをフリック起動すると、確かにアプリに着信があったようだ。
私は詳細を確認しようと手の中の端末を眺めて、ふと足を止めた。
なんだろう違和感。そう、違和感だ。
「なあドロシー」
「にゃあ?」
「私は、携帯端末を前から持っていただろうか」
「はあ? いやボクとの遣り取りもずっとそれでやってたじゃないか」
確かにその通りなのだけど、何故か釈然としない。
このピグと呼ばれる携帯端末は正式名称を『Pneumatic innovation Gadget』といい、位層空間の大気中魔力基質を媒介とした小型無線通信端末である。ほぼほぼ異世界産の魔法文明版スマートフォンと思って大差ない。
ここ数年で急速に発展、普及したアイテムには違いないが、個人用の携帯端末という概念自体は昔からあったし、私が生まれた頃には既に技術の雛型は存在していた……はずなんだけど。
「これは誰でも持っているようなものだったか?」
「? 本当にどうしたのさ。そりゃあキミが持ってるようなハイエンドモデルは一部の上級層の持ち物だろうけど、今日日、貴族なら学生だって誰でもPiG自体は持ってるし、平民に普及するのだってそう遠くないと思うよ」
ちなみにこれは技術発展における突然変異みたいなものであり、本来であればまずは最低限の通話と電報の授受だけを行うデバイスが発展し普及するはずのところが、原理的に魔法使いは持ち前の魔力でデバイス側に働きかけることが出来てしまうので、魔法使いが使用者である限りにおいてやれることが大幅に増えたハイエンドモデルと呼ばれる分類が発生してしまった。
要するに、現在は魔法使いだけが使えるスマホと、非魔法使いが使うガラケーが技術的に同時進行しているという奇妙な状態なのである。
改めて認識を確かめた頃には、私は自分が何故違和感を覚えていたのかもわからなくなっていた。なので一先ずそれに関しては忘れることにして、再び歩みを進めつつ着信の内容を確認する。
チャットアプリを開くと、どうやらレキちゃんからのメッセージが届いているようだ。
内容は、
『お嬢様お悩み中。。。』
文章の後に写真が添えられていて、私服らしいカジュアルな令嬢スタイルに身を包んだイオちゃんが、困ったような恥ずかしそうなはにかみ顔で、両手にそれぞれ別のアクセサリーを持っている姿が写されていた。
一緒に覗き込んだドロシーが呟く。
「おや。シィナだね」
「もうすでにかわいい。この子は私をどうするつもりなのかしら」
「どうもするな」
さて、察するに今夜開催される王太子殿下の誕生パーティーで着用する装飾品の選択で悩んでいるのだろう。イオちゃんが持っているのはネックレスで、それぞれ青と赤の宝石が主体となったデザインだ。彼女が私服姿なのでドレスとの親和性を確認することは出来ないが、普通に考えればどちらでも合うようなドレスなのだろう。だからこそ悩んでいるのかもしれない。
ドレスと一緒に見せてくれないのは、私が事前に晴れ姿の写真をお願いしているので、パーティー本番まではお預けということなのだろう。楽しみ過ぎてルシアとかどうでもよくなってきたわ。
一瞬で吟味し、私は返信を入力する。
『あおがいい!』
するとすぐに既読がついて、
『反応速度ヤバ』
『かしこまりました』
と、上はレキちゃん。その下はイオちゃんである。
イオちゃんは普段の会話でもチャットの文面でも変わらない礼儀正しい言葉を紡ぐのだが、レキちゃんのほうは会話だとすごく丁寧で堅苦しいのに、チャットの文面だといきなりカジュアルになるからちょっと面白い。ちなソシエくんはその逆で、チャットだとメチャクチャ堅苦しい文面になったりする。
それから私が少々悪戯心で、
『私の瞳と同じ色だね!』
と送ると、即座に既読が三つ付く。イオちゃん達と私しか参加していないグループなので、ソシエくんも見ているということだ。たぶんその場に居てイオちゃんの準備とか手伝ってるんだろうけど。
すぐに反応があるかと思ったらしばらく沈黙の時間が続く。私は歩きつつ、肩の上のドロシーと一緒にディスプレイを眺める。
そして、レキちゃんから文章ナシの写真だけが送られてきた。
両手で顔を覆ったイオちゃんである。
頑張って顔を隠そうとしているが、顔中どころか首筋まで真っ赤っかなのが全然隠せていない。
「……………………!!」
言葉を失った私は怒涛のハートスタンプ連打マシーンと化した。
反応が可愛すぎるんだが?(憤怒)
「シィナって絶対キミのこと好きだよね」
「は? 私だって大好きなんだが?」
「いやそういうのじゃなくて…………まあどうでもいいか」
呆れたように『にゃあ』と溜息を吐くこの猫はなんなんだろうか。
◇◇◇
「おはようございます! スレイさん!!」
というわけで安定の主人公ちゃんである。敬礼。
ドロシー視点ではいきなり虚空から湧いて出たようにしか見えなかったであろう彼女の襲来に、私の肩の上で子猫の尻尾がぴんと伸びた。
「え。今どっから湧いたのこの子」
私が時間止めて待ってたら普通に走ってきましたが何か。
そうなることがわかっていて近くの路地裏に身を潜めて時間魔法使った私も私だけどさ、この子はこの子で出てくるの早過ぎてビビるわ。レキちゃんじゃないけど、反応速度ヤバ。
思わず素で喋っちゃったドロシーに、主人公ちゃんは瞳と笑顔を輝かせた。
「あ! 妹さんのリスティさんですね? お噂はかねがね」
「に、にゃあぁ……」
「今更猫のふりしても遅いっての」
それはともかくとして、インターホン代わりに呼び出されても嫌な顔一つすることない主人公ちゃんに来訪の目的を告げると、彼女は困ったように眉尻を落とした。
「は? 連れ去られた?」
「はい……」
昨夜の活動中のことらしいが、主人公ちゃんとミリティア嬢を含む英雄伯パーティーはフェンリス一行の襲撃を受け、主人公ちゃんは小さいほうの闇の巫女ことスメラギと交戦し辛くも退けることに成功したらしいが、ミリティア嬢の身柄はお付のメイド共々略取されてしまったとのことだ。
フェンリスに狙われたということは、つまりミリティア嬢は有格者であったということか? あるいはメイドのほうだったという可能性もあるが。話によると英雄伯閣下もフェンリスとガチンコバトルして敗れたみたいだし、さてはフェンリスあんにゃろう私と戦った時は全然手ぇ抜いていやがったな。
まあ、お互い様といえばそれまでであるが。
「そのわりには、貴女平気そうね」
仲の良い友人が魔物に連れ去られたというのに、主人公ちゃんには笑顔を浮かべる余裕すらあるようだ。それがなんとなく気になって問うてみると、主人公ちゃんは少し曖昧な笑みを浮かべてみせる。
「なんか、よくわかんないんですけど……ティアとはまたすぐに会える。そんな気がしてるんです」
だから不思議と心配じゃなくって、とはにかむ彼女の透徹した瞳を目にして、私は戦慄っぽい感情を覚えた。
――やだこの子、もう未来見てやがる……!
文字通りの意味で。
「ティア達にはティア達の戦いがあると思うから。だからわたしは、わたしの戦いをしなくちゃなって、思うんです」
なんだか主人公っぽいことを言っている主人公ちゃんは勝手に頑張ってくださいということで放っておくとして、私はどうするべきだろうか。目的であったミリティア嬢と情報交換することが実質不可能になった今、プランBを実行に移すべきかもしれない。
出来ればあまり使いたくない手ではあったが、致し方ない。
何事にも、保険は必要だろう。
主人公ちゃんと別れた後、私は肩の上のドロシーへと切り出す。
「とある人に、然るべきルートで手紙を届けてくれるか?」
ドロシーは前脚で顔をくしくししながら、
「報酬による……と、言いたいところだけど、いいよ」
キミのことだからそこは心配してない、と信頼の籠ったことを言ってくれるドロシーに私は微笑んで詳しい内容を語る。
するとドロシーは、子猫の顔面を器用に、ひじょ~に嫌そうに顰めさせるのであった。
まあそんな顔するだろうなとは思ったけども、それでも受けると言った前言撤回はしないのがプロの良いところだよね!




