446話_side_Militear_わずかに前_黒い森
~"もう一人の転生者"ミリティア~
突如『連繋魔法』が途絶えた。リンクの中の誰かが居なくなったのではなく、リンクそのものが途絶したということは、術者であるシリウスさんの身に何かが起きたということだ。少なくとも魔法を維持出来ない状態に陥ったか、最悪、命を落としたということ。私はそれによる動揺を表に出さないようにした。敵であるハーティに情報を与えないためというよりは、最初からリンクに参加していないリゼルに余計な負荷を与えないため。本当なら情報共有を怠ることは愚考と言えるだろう。だけどハーティに追い詰められて劣勢に立たされているこの状況では、この凶報が与える動揺がそのまま勝敗を決定付けかねない。
とはいえ、当然状況は悪くなる一方だ。私が小賢しいことを考えるまでもなく、実際にシリウスさんがフェンリスに敗れたならば大局は決したようなものであった。
内心で焦り、歯噛みする私の視線の先で、何故かハーティが動きを止めた。
「む! どうやら退き時のようだな!」
私達にはわからない何かを感じ取っているのか、彼女は翼をはためかせて滞空したまま、どこか遠くのほうを眺めるようにしていた。ハーティが追撃の手を緩めたおかげで、防戦一方だったリゼルがなんとか体勢を立て直す猶予を得て、荒い息を整えている。
私は立ち位置を変えてリゼルへと近付き、彼女に回復魔法を掛けながらハーティへと問う。
「この状況で貴女のほうが退くというの?」
「うむ!」
「……私達にはありがたいことだけど、何故?」
もしや、シリウスさんとフェンリスが相打ちになっていたりするのだろうか。ハーティが突然撤退を選択する理由としてパッと思い浮かぶのは、彼女の主であるフェンリスのほうで何かが起きて、退くように指示を受けたか、あるいは退かざるを得なくなったかだ。
限られた情報からひねり出した私の予測は残念ながら外れだった。
「どうやらおチビのほうの目的が頓挫したようだな!」
「貴女は二つの目的の一つを失ったということね」
「そうだ! おチビの手伝いをするのがハーティ達の仕事でもあったが、肝心のおチビが失敗したのであれば仕方がないな! 帰る!」
ということはハーティ達にとってはそのおチビさんのお手伝いとやらのほうが優先順位が高いということか。もう一つの目的である有格者(私?)とやらの確保はまだ実現可能だろうが、たぶんおチビさんの安全確保かなにかを優先するという判断をフェンリスが下したのだろう。
どうかこのまま帰ってくれ、と私は思う。
正直リゼルはもう限界だ。アヴァターを維持するだけでも精一杯なのが見てわかるくらいに消耗してしまっている。私のほうは肉体的な負傷も疲労も大したことはないが、絶えずリゼルに補助魔法を掛け続けたせいで魔力はほぼからっけつだ。あのリゼルが軽口を叩く余裕すら無くしているという事実が、現状の過酷さを物語っている。
ハーティは衣装に付着した塵汚れを拭うように一度翼で空を撃つと、空中で器用に考えるようなポーズをとる。
「わたしが思うに。おチビは、色々と難しいことを考えすぎなのだな! スコールほど頭をすかすかにしろとは言わないが、せめてハーティくらいには悠然と構えることを覚えるべきだ。うむ!」
「…………?」
突然なにを言い出したのかわからないが、私はとりあえず静観する。
ハーティに喋らせておけばその間にリゼルを治療する時間を稼げるからだ。
「きっとおチビは、目的を達せられなかったことを気に病むだろう。自省は悪いことではないが、おチビの場合は少々過ぎる。だからもし、自分のせいでハーティ達の目的までもが頓挫したとなれば、それはもう地の底どんぞこまで落ち込むことだろう。自分で自分を追い詰めて、そうやって抱え込んでしまう性質なのだな!」
ぱきり、とハーティの拳が音を立てた。
彼女を中心にゆるりと渦巻く大気の不穏さに、私達は身構える。
「故に、せめてハーティは目的を達成して帰らねばならん」
「私を捕らえるつもり? 言っとくけれど私すごく抵抗するからね。あまり時間を掛けるとお仲間に置いて行かれるわよ?」
ハッタリである。正直向こうがどうなっているのかさっぱりわからないが、それでも私はこう言うしかない。
そして、言葉通りに少しでもハーティの攻撃を凌いで時間を稼ぐしかない。
少なくとも、おチビさんとやらの目的が阻まれたということは、私達の味方の誰かが勝利した局面があるということだ。となれば、時間を稼ぐことに意味はあるし、援軍を期待することも現実味がある。
「正しい! ハーティは時間を掛けられない! そしてもしハーティが遅れれば、御館様は待ってはくれないだろう!」
「……見捨てられてんじゃないの」
「否! これは御館様の信頼の証である! 単身取り残されようと、ハーティならば打破できると信じてくださっているのだ! となれば主の信に応えるのが家臣の務めなのだっ! まる!」
轟、と風を巻き上げてメイド服をはためかせ、ハーティの双眸が私達を見下ろす。
「そしてハーティはできるメイドなので、そもそも遅れない。なので今からわたしは――」
ハーティーはバッと片手を突き出した。
開かれた掌を私達に見せ付け、それからもう片方の手をバッと横に並べる。そちらの手はスリーピースの形を作っていた。
え、なにそのちょっと間抜けなポーズ。
「はちパーセント…………そう! はちパーセントだけ本気を出す!!」
「は?」
いや今まで8%以下の実力で戦っていたのかとか、そうやって指で八を示すやつ初めて見たとか、流石にそれは盛り過ぎだろうとか、私の脳裏を様々なツッコミが駆け巡るが、それはともかくとして相手は仕掛けてくるつもりだ。短時間の治癒魔法で最低限回復したリゼルが私を庇うように翼を広げて立ち塞がり、私はその後ろで彼女を援護する態勢を整える。
これまでハーティの攻撃をなんとか凌いできた主従のフォーメーションだ。
実際のところハーティだってこれ以上に時間を掛けることは出来ないはずだ。故に短期決戦で来る。だからここが正念場だ。ハーティが仕掛けてくる最後の猛攻さえ耐え切れば、私達の勝ちだ。
結論から言えば、私のその想定は甘かった。
甘すぎた。
何故ならば、ハーティの大言壮語はその実、なにもハッタリなどではなかったからだ。
彼女は、なんの攻撃動作でもなく、ただ突撃の態勢を作るために空中で一回転した。これまでも何度か見ている動作であり、だからこそ私もハーティも直後に彼女が突っ込んでくるつもりだと思って身構えたのだ。
そして、ハーティの翼が大気を強く叩き、
轟 音
「…………え?」
横になった視点で、私は呆然と呟いていた。
いつの間にか、本当にいつの間にか私は地面に倒れていた。
いや、何が起きたのかはわかっている。まったく認識出来なかっただけで。
ハーティが翼で大気を撃った瞬間、戦域を席巻した音速の衝撃波が、私とリゼルをなす術もなく吹き飛ばし、地形ごと巻き上げ、地面へと叩き付けたのだ。
身体中が痛くて、そしてそれ以上に熱い。
口の中に入った土くれの味を感じながら、仰向けに倒れた姿勢から、なんとか半身を起こそうとする。震える腕で身体を支え、前方を見遣ると、そこには変わらぬ空で悠然と構えるハーティと、辛うじて飛びあがったリゼルの姿がある。私と同じく地面に叩き付けられたはずのリゼルだが、アヴァターの防御力のおかげか、あるいは優秀な風魔法の遣い手であるからか、一撃で戦闘不能にはならなかったようだ。
逆に、戦闘不能でないだけ、とも言える。
ハーティのほうは消耗すらしていない。当たり前だ。彼女は攻撃ですらない、羽ばたきだけで私達を無力化したのだ。
ある意味では私の予想は正しかった。
つまりハーティにとって二つの目的のうち、仲間の手伝いのほうが優先度が高かったのだ。
だから彼女は、本当はいつでも私達を無力化出来るのに、敢えて時間を掛けていただけだったのだ。たぶんだけど、ハーティも、フェンリスも、そしてスコールも、きっとそのために動いていた。
膠着させるのが目的だった。
つまり、最初からすべて、お膳立てをするための布陣だったのだ。目的を果たさんとする仲間の戦いに、ただ余計なノイズを与えないために。
『っ!――――お嬢!』
ゆるやかに羽ばたいて近付いてくるハーティから視線を外し、身を翻したリゼルが一心不乱に私のほうへと飛翔してくる。ハーティに無防備な背を見せることも厭わず、必死の声音で私を呼んで。
私は彼女のその行動の意図を悟る。リゼルは私を抱えて逃げるつもりだ。まだこちらの仲間が戦っている可能性はあるけれど、例えそれを見捨てる結果になったとしても、彼女は私の護衛だからその職務を全うするために。背中からハーティに撃たれようと、身を挺して私だけを守るつもりだ。
だから私も、せめて彼女のほうへと腕を伸ばし――
「その忠義はヨシ! だが! ハーティもまた忠義に生きる者!!」
たった一挙動でリゼルの背に追い付いたハーティが、彼女のアヴァターの首をガッチリと抱え込む。
背後から締め上げ、抵抗するリゼルの羽ばたきにもまるで動じず、より強大な力で空を撃って天へと舞い上がる。
『は、放せ……ッ!』
「というわけで! 受けよ我が忠義ッ!!」
リゼルを締め上げたまま急速に上昇したハーティは、上空で折り返し、頭から地表目掛けて突っ込んでくる。墜落するつもりとしか思えない、とんでもない速度だ。リゼルごと高速で回転し、まるで一つの竜巻のようになって、轟音と共に。
「――――必殺! ハーティスペシャルぅッ!!!!」
岩盤を砕く勢いで、リゼルの身体が地表へと叩き付けられる。間一髪のタイミングでハーティはリゼルを投げ放ち、その反動で自身は離脱したのである。
まさかの飯綱落としであった。
「ああ……そんな、」
いくらアヴァターを纏っていても、こんなのを真面に食らってしまったら……!
ばらばらと降ってくる土くれに塗れながら、私は喘ぐように墜落地点を目指して這う。
「り、リゼル……りぜるっ」
ただでさえ最近の討伐者活動で荒れ気味だった爪が遂に割れてしまうほどに、渾身で地面を掴んでも、自分の身体を引き摺ることすら儘ならない。自覚出来ていないだけでもしかしたら、いや十中八九、どこかの骨が折れている。だけれど、リゼルが受けた攻撃に比べたらこんなもの。
涙で滲む視線の先で、彼女自身が作ったクレーターの淵からリゼルの小さな手が這い出して来るのが見えた。
甚大なダメージを負ったせいでアヴァターを維持することが出来なくなったのだ。
「リゼルっ!」
「お嬢……いやだ…………お嬢、」
私などとは比較にならない程に傷付いたリゼルは凄絶な有様だった。アヴァターを解除すれば些細な傷はなかったことになるが、重度の傷ではそうはいかない。彼女は傷だらけの血塗れで、土に汚れて泥に塗れ、そしてぼろぼろと大粒の涙を零していた。
長いこと一緒に居た私でも、こんな泣き顔は一度も見たことがなかった。
彼女の目は霞んでいて、焦点もあっておらず、きっともう碌に見えていないのだろう。それでも彼女は私を呼びながら、必死に手を伸ばしていた。
懇願するように、あるいは譫言のように。
「お嬢を連れていかないで……はなれたくない…………はなれたくないよぉ」
「リゼル……っ」
すぐにでも駆け寄って、私はちゃんと居るのだと伝えたいのに、私の貧弱な身体はもう力尽きてしまった。
熱く燃えるような意識とは裏腹に、身体はどんどん重く冷たくなっていく。
渾身の力で腕をかいているつもりでも、砕けた爪が弱弱しく地面に線を引くだけだった。
「ぐっ…………つぅ! ……ふぅッ!」
食い縛った歯の隙間から嗚咽が漏れる。
私もまた、流れる涙を止められなかった。
悔しい。
悔しい。
悔しいっ!
なのに、何も出来ない。
ずっとそう。この休暇期間、討伐者として活動し始めた私に、ずっとついてまわった劣等感。
なんで私はこんなにも弱いのか。友人達が煌びやかな才覚の片鱗を垣間見せ、徐々に、そして加速度的に開花させていくのを間近で見ながら、あまりにも進歩のない自分自身に落胆しなかった日などない。
私にだって才能はある。磨けば光るものがある。原作の主人公達には比肩しなくとも、足を引っ張らないくらいにはなれるはずだ。
そうやって自分を鼓舞して、励まして、騙し続ける日々だった。
「なんで…………っ!!」
辛くはない? そんなわけない。
でも私のこの絶望がわかる人なんて誰も居ない。
わかるなんて言う人がいたら、たぶん私は殺してやりたくなる。
「なんでぇ…………」
大切な友達を過酷な戦いに送り込まねばならない。
そこに並び立つために努力をすればするほど、現実に嘲笑われるだけだった。
分不相応の私が出しゃばったところで邪魔をするだけだと、誰より自分自身がわかっているのに認めたくない。
「わたし……」
わかってた。
認めて、諦めていれば楽だった。
原作の『ミリティア』ならきっとそうした。
私は『ミリティア』になりたくなかった。でも、きっとなりたくてもなれなかったのだ。
「役立たずだっ…………!」
『ミリティア』が私のこの様を見たら鼻で笑うだろう。
それ見たことかと吐き捨てるだろう。
出来もしないことをするから無様を晒すのだ、と足蹴にするだろう。
原作の彼女を知る私は、ゲスロリに使い捨てにされるあんな無様は御免だと見下した気になっていて、その本質を見ようとしなかった。彼女は私よりもずっと現実を見ていたし、ずっと考えていたし、そしてずっと強かだった。
だから、つまり、私は間違ったのだ。
最初から間違っていたし、間違い続けていたのだ。
こんな戦場に、立つべきではなかった。
そのせいで、リゼルを巻き込んだ。
限界に達した意識が遠のいていく。
落ちてはいけないと思いながらも、抗うことは出来なかった。
頭上から、羽音が聞こえる。
途切れる直前の視界に影が差す。
「なんか。とても悪いことをした気分になるな……」
どこかしょんぼりとした声で呟き、それから一転して溌剌と明るくなる。
「だが案ずることはない! ハーティは気遣いができる女だから、想い合うお前達を離別させたりしないぞぅ! ちゃんと二人とも一緒に連れて帰るからな!! …………ぁよっこらせっと」




