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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
八章_笑顔

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445話_side_Miabel_黒い森



 ~"主人公"ミアベル~



「――『蛍火(エンバーライト)』」



 スメラギちゃんが唱え、彼女の左右に浮遊する鬼面の端末から強く輝く光球が放たれる。それらはスメラギちゃんの周辺を星の巡りのように旋回し、真昼の太陽の如き輝きで戦域を照らし出す。直視不可能な凄まじい光量に対抗して、マギドラちゃんが即座にわたしの視界にフィルターを掛けてくれたのでなんとか前後不覚に陥らずに済んだ。



「――『黒キ兇棘(シャドウスパイク)』」



 ぞくりと首筋に悪寒を覚え、わたしは咄嗟に『双炎の白刃(エクスブレイズ)』を噴かせて強引な軌道変更を掛ける。直後、スメラギちゃんの魔法によって発生したわたしの影から、無数の黒い棘が沸き立つ。

 一瞬でも回避が遅れていたら、細く鋭い棘に全身を刺し貫かれて標本のようにされていたことだろう。そのまま高速で飛び続けるわたしを、棘の津波が追走してくる。単調な機動に甘えると即座にやられかねないので、ジグザグとランダムな回避運動を織り交ぜるが、



「振り切れない……!」


『マスターの影を媒介にしています。光源を断つしかありません』



 そりゃあそうか。わたしの影は必ずわたしの後ろにあるのだから、そこから沸き立つ棘を振り切れるわけもなし。しかも光源である強い光球はスメラギちゃんの周囲を旋回しているので、彼女に相対しようと思ったら原理的に必ず後背を突かれる。

 最初の魔法は目晦ましであり、同時にこの攻撃の布石であった。

 影から棘が生えるには明確な方向性と若干のタイムラグがあるので、複雑な機動で常に移動し続けていれば当たりはしない。逆に言えば、光源を断つためにスメラギちゃんへと一直線に近付くような機動をとれば、即座に背中を貫かれる。



「だったら遠距離! 狙いお願い!」


『了解。――Pyro Lance!』



 飛びながら大雑把に剣を振り抜くと、マギドラちゃんが照準補正をしてくれて『火焔の矛先(パイロランス)』が放たれる。

 狙いは勿論スメラギちゃんの周囲を旋回している光球である。わたしを追走してくる棘の魔法を最初から使ってこなかったのは、おそらくだが媒介とする影に一定以上の濃さみたいな条件があるからだ。とりあえずあのビカビカさえなんとかすれば背後の追撃も止まる可能性が高い。

 スメラギちゃんはというと光球へと向かう攻撃は一切無視して、むしろその動作の隙を狙うように鬼面を動かしてきた。光球を破壊するための攻撃を放つには、ほんの一瞬であっても照準のための制動が必要だった。つまり光球というわかりやすい餌を囮にして本命の攻撃を叩き込む算段だ。

 透き通った鬼の眼光がわたしを捉え、牙の並んだ口腔が危険な輝きを放つ。

 開戦を告げた赤い砲撃が再びわたし目掛けて放たれるが、流石のわたしもそのくらいは予想している。『火焔の矛先(パイロランス)』を放った際にこっそり投下しておいたダガーさんが居るのだ。ダガーさんが自由落下しただけのほんの僅かな距離を位置交換魔法で入れ替わるだけだが、スメラギちゃんの砲撃の狙いが正確であるが故に、それだけの移動でも充分に躱せる。



「よしっ」



 わたしの頭上を赤い砲撃が奔り抜け、同時にわたしの魔法が光球を破壊する。

 初めてスメラギちゃん相手に一手取ってやったぞとわたしは表情を綻ばせるが、そこにマギドラちゃんの鋭い声が響く。



『マスター!』


「ッ!?」



 マギドラちゃんが勝手に『双炎の白刃(エクスブレイズ)』を操作してわたしの身体を強引に逃がす。

 間一髪で、わたしの真下から生えてきた影の棘が、掠るようにしてわたしの右の脹脛あたりを抉り取っていった。



「あぎっ」



 血飛沫が舞う。

 わたしは自らのアホさ加減を呪うしかない。光球を破壊したことで媒介となる濃い影は確かに消えた。だからもう棘の追撃はない。ある意味で正しかった。それ自体は正解だった。

 ただ、わたしが位置交換でドヤ顔回避した赤い砲撃という、ともすれば光球以上に鮮烈な光源が存在していることを失念していただけで。

 要は、わたしが砲撃を回避すればそれはそれで、砲撃の光で出来た影から棘が追撃してくるという構成だったのだ。



『マスター、損傷は』


「ん。大丈夫」



 砲撃が終息して今度こそ光源がなくなったため、影の棘による追撃も止んだ。

 空中で体勢を立て直しつつ、わたしは右足に掛けた治癒魔法を加速させて傷を癒す。マギドラちゃんのおかげで助かったとしか言えない。彼女が避けてくれなけばたぶん足がなくなっていただろう。もしそうなれば治すのは相当難しい。


 それにしても、とわたしは佇むスメラギちゃんを見遣る。

 彼女の周辺は攻撃の余波で地面が抉られて、彼女が立っている一部分だけが細い高台のようになって残ってしまっている。これが意味するところとは、つまり彼女は戦闘が始まってから一歩も動いていないということだ。

 スメラギちゃんは間違いなく、魔法使いとしてはアシュタルテさんと同じ傾向の、固定砲台として力を発揮するタイプだ。

 でも、アシュタルテさんと彼女のどちらが強いのかと言われたら、わたしはアシュタルテさんのほうが圧倒的に強いと思う。では、スメラギちゃんが弱いのかというとそんなわけもなく、世間一般的な魔法使いの基準でいえば、スメラギちゃんは非常に強力な部類に入るだろう。

 要するに、世間一般の基準など遥かに超越するレベルで、時間魔法というのが反則的な性能を誇るということだ。


 つまり、わたしが本当に時間魔法を使いこなすことが出来ていれば。

 これは勝てていなければおかしい戦いであった。


 自分で言うのもなんだけど、魔法資質という点でわたしほど恵まれた人間はそうそう居ない。勿論、それがわたしにとって望むべきものだったかというと全くそんなことはないけれど、客観的事実として、わたしの保有魔力は史上かつてないほどに莫大で、その上で時間魔法なんていう反則さえ有している。同じように時間魔法を有しているアシュタルテさんと比べると、彼女は実のところ保有魔力量だけなら常識の範疇に収まっているのだ。当然常識の枠内では上限近い優秀さなのだろうけど、つまりわたしは資質だけならばアシュタルテさんすらも凌駕している。

 それなのにわたしの実力はアシュタルテさんの足元にも及ばないし、戦えば百回やって百回負けるだろう。

 偏に、わたしには類稀な資質を活かすためのあらゆるものが足りていないから。

 そもそもが、圧倒的経験不足。

 そして使える魔法の種類も呆れるほどに少ない。

 引き出しがないので、取り得る戦術の幅も狭く、結局吶喊して斬ることしか出来ない。たぶんそれは既にスメラギちゃんにもバレているだろう。彼女はわたしの接近を許さず封殺するために、驚くほどに多彩な攻撃を繰り出してくる。底が知れないと言ってもいい。実際に彼女の手札がどれほどあるのかは定かではないけれど、少なくとも底を見せない立ち回りが出来ているという点で、わたしは彼女に完膚なきまでに戦術で負けている。


 だけれど。

 だけれども。


 わたしの致命的な弱点はそこではないのだ。

 一番の問題はわたしの心が弱いこと。

 魔法使いの精神状態はパフォーマンスにもろに影響するのだとわかっていて、学院の講師にもアシュタルテさんにも口を酸っぱくして教えられているのに、結局わたしはそれが一番出来ていない。


 だって相手はスメラギちゃんなのだ。

 彼女相手に本気で刃を振るえるはずがない。

 そんな状態で十全のパフォーマンスなんて発揮出来るわけがない。

 いかに戦術で完膚なきまでに負けていても、わたしの資質はそれを補って余りあるほどに反則的なはずなのだ。それなのにスメラギちゃんに手も足も出ない現状、わたしはきっと本来の実力の半分だって発揮出来ていない。その自覚があった。


 だって。だって……!



「ねえスメラギちゃん、もうやめようよ……」



 わたしが声を掛けると、彼女は無言で応えた。



「お母さんとどんな話をしたの? 事情を教えてよ! なんにもわからずに、こんなのはいやだっ!」


「意味がない」


「そんなことない!」



 語り合うことに意味がないなんて、そんな悲しいことがあるはずがない。

 彼女の頑なな拒絶を表すように、その周囲に滞空する鬼面の端末が牙を剥いて眼光を鋭くする。放たれた炎の誘導弾が無数に飛来し、わたしは回避機動を取りつつ声を張り上げる。



「スメラギちゃんッ!!」


「私とキミの道は別たれた。……最初から、交わることなんてなかったのかもしれない」



 ――キミは朝を迎え、私は夜に帰る。

 そもそも住んでいる世界が違ったのだと。

 だからきっと、出会ったことが最初から間違っていたのだと。

 冷たい拒絶の意思が赤い炎となって迸る。



『マスター!』


「うぐっ、つ……大丈夫、」



 紙一重で避けられたものの、既に耐火装備を失っているわたしの腕が、放射される熱で焼ける。

 わたしは腕の火傷を省みることなく、スメラギちゃんから視線を逸らさなかった。



「あなたはそれでいいの……? 本当に、これでいいの!?」


「良いも悪いもない。私はおかあさんの願いを叶える」



 それこそが正義で、そこに彼女自身の嗜好は介在しないとでも言わんばかりだ。

 もしそうなら、それは仕方のないことかもしれない。

 わたしの存在と、スメラギちゃんのお母さんの望みが相容れないもので、だからスメラギちゃんはお母さんの望みを優先するのだと、彼女自身が決意してこの場に臨んでいるというのなら、それはわたしが口出しを出来ることではない。

 悲しいけど、とっても悲しいけど、それが彼女の意思ならば。


 だけど。

 だったら……!



「そんな…………辛そうな顔をしないでよッ!!」


「っ!」



 影の棘でわたしの足が抉られて血飛沫が舞った時。

 砲撃の余波でわたしの腕が焼けた時。

 わたしはずっとスメラギちゃんの顔を見ていた。


 傷付いたような顔をしている彼女を、ずっと。


 わたしは自分の身体の痛みなんかよりも、スメラギちゃんのその表情のほうがずっと辛かった。わたしを傷付けるたびに、辛くて泣きそうな顔をしているスメラギちゃんが、その彼女の痛みこそが痛かった。



「お母さんのために戦うって決めたのならいいよ! そのためにわたしが邪魔なら、辛いけどしょうがない! だけど!!」



 せめて、



「それならせめて、わたしにそれを信じさせてよっ!!」


「ぅ……」


「そんな泣きそうな顔のスメラギちゃんと、わたし戦えないよぉ!!」



 ここでもわたしの未熟が露呈して、想いの丈を伝えることに精一杯過ぎて、わたしの身体は束の間回避機動を忘れていた。その致命的な隙を逃すことなく鬼面から放たれた赤い砲撃は、しかしわたしから狙いを外して横をすり抜けていった。

 わたしは荒い息を吐いてその場に滞空し、スメラギちゃんは攻撃を中断して俯いていた。杖を携え、魔法端末を展開し、驚異的な戦闘能力を保持しているはずのスメラギちゃんの姿が、なんだかとても小さく見える。

 迷子の子供が泣いているみたいだった。





「……――ない」





 ぽつ、と呟きが落ちる。



「わからない……選べない…………止められない」



 そして、言葉と一緒に零れ落ちるのは小さな小さな雫であった。

 俯いた前髪の隙間から透明な雫を光らせ、スメラギちゃんが震える声で言うのだ。



「キミのことが好きなんだ…………だけど、おかあさんのことも好きなんだ」


「スメラギちゃん……」


「キミを殺したくない。死んでほしくない。戦いたくなんてないのに……!」



 凍り付いていた仮面が剥がれて、その下に隠れていた激情に呼応するように、スメラギちゃんの魔力が高まっていく。

 透明に透き通っていた鬼面の端末が、燃え盛る赤い炎を纏って急速に密度を増していく。



「でもっ!!」



 スメラギちゃんが顔を上げて、初めてわたしを真っすぐに見た。

 大粒の涙を溢れさせ、泣き濡れた顔で。



「私の中の、ミヤの魂が叫ぶんだっ!! 私はおかあさんを助けてあげたい!! おかあさんに、もう一度、笑って欲しいんだぁ!!!!」



 赤い炎を取り込んで、遂に端末が実体を得る。

 それは炎と同じ色の、赤い鬼面であった。鋭い双眸から、まるで涙のように炎を溢れさせ、食い縛るように牙を剥く、泣き顔の鬼だった。



「だから、」



 左右の鬼が、わたしを見据え、魔力を滾らせる。

 かつてない攻撃が来る。

 その予感がして、しかしわたしはその場を動けなかった。動かなかった。



「だから私は……!」



 鬼の口が開き、集束する魔力が、赤から黒へと。



「轢け、死の轍――――」



 泣き濡れたスメラギちゃんが詠唱し、絶叫とともに杖を振り抜く。




「『轢道(レキドオ)』オォォ――――――ッッ!!!!」




 黒い極光。

 わたしの見据える瞳に映るのは、果てしない暗黒の砲撃だ。

 目に痛いほどに輝いていた赤い砲撃とは対照的に、光を発するどころか呑み込んでいく闇の具現。

 回避は無意味だと直感で悟る。これは喰らうものだ。下手に身を躱せば引き込まれ、轢き潰される。


 加速する思考の中で、無慈悲に迫る闇を前に、わたしは何故を考えていた。


 スメラギちゃんのこんな顏が見たかったわけじゃないのに。

 ただ、彼女の笑顔が見たかっただけなのに。

 わたしに何が出来たともわからないが、どうしてこんなに世界は彼女に優しくないのか。

 世界が優しく出来ていないなら、なんで、せめてわたしだけでも彼女に優しくしてあげられないのか。


 どうして、わたしにはその力がないのか。


 なんで、わたしはスメラギちゃんを笑顔にしてあげられないのか。



「悔しい、な……」




 その時、わたしにしか認識出来ない加速した世界の中で、誰かがわたしの背後に立った。

 背中合わせの誰かが言う。



『光が、見えるかな?』



 わたしは首を横に振った。



「見えない。スメラギちゃんは、ずっと暗い場所で生きていたんだ。今も」


『なら、諦める?』


「いやだ。いやだけど、どうすればいいかわからない」



 どうすればわたしはスメラギちゃんを救えるのか。

 目指すべき光が存在しないのに、どちらを目指して進めばいいのかわからないのに。

 わたしの弱音に、背中合わせの誰かはクスと笑ったみたいだ。



『じゃあ、お節介なアドバイス』



 誰かの気配が振り返り、その片手がわたしの肩に置かれた。前方を見据えるわたしの肩越しに差し出された手が指を伸ばして、黒い砲撃を指し示す。



『あれは、彼女の悲哀。絶望。痛み。助けを求める意思そのもの。わかるかな?』


「うん。だからわたしは逃げない」


『いい子だ。彼女の嘆きを受け止め、真正面から打ち破りなさい』


「でも、わたしにはその力がない」



 俯くわたしの肩から手を離し、背後の気配が薄れていく。



『光を探しているうちは、自分の力になんて気付けない』



 ぽん、とわたしの背中が押された。

 消えゆく誰かが、最後に告げる。




貴女が(・・・)彼女の光(・・・・)になるんだ(・・・・・)


「――――!!」




 背を押された勢いのまま、わたしは一歩を踏み出していた。

 空中に浮いたままだったから、踏み出すというよりは、前のめりに倒れたような動きではあったけど。

 つまり、黒い砲撃に向けて、無防備に飛び込む動きだ。


 徐々に速度を取り戻していく世界の中で、わたしは剣を執る。

 この停滞が、わたしの時間魔法による思考加速とは似て非なるなにかであったと直感的に理解していたが、わたしはその真実を探ろうとは思わなかったし、背中合わせの誰かの正体も気にならなかった。

 ただ、この瞬間を、彼女のために。



「マギドラちゃん」


『はい』


「あなたを信じてる。だからわたしを、信じて!」



 背中合わせの彼女を認識出来ていたのはわたしだけだろうから、相棒のマギドラちゃんには何が何だかわからなかったはずだ。今も、なんの勝算もなくわたしが砲撃に飛び込もうとしているように見えているかもしれない。

 だけれど、わたしは相棒が応えてくれると、少しも疑ってはいなかった。



『元より』



 ただそれだけ。

 充分だった。



「いくよ! 相棒っ!!」


『了解。――Dignify!!』



 今度こそ、わたしの時間魔法によって思考が加速し、相対的に世界が遅くなる。

 遅くなればなるほどに、相対する砲撃は術理的な強度を増してしまうから、わたしは敢えて加速しきらなかった。ゆっくりと迫る砲撃は、それでも下手な騎馬より余程速い。

 全ては、スメラギちゃんの元へ辿り着くために。



「めいっぱい、抱き締めてあげるっ!!」



 背の炎を爆裂させ、わたしは最大速度で砲撃に突っ込む。

 唯一の解答は、そもそも正面突破だ。

 射線上のあらゆるものを引き込み、轢き潰す闇の砲撃を前にして回避という選択肢は愚かだ。つまりは必殺の一撃。


 だが、今のわたしには視えている。

 自らが辿るべきルートが。


 魔法使いのパフォーマンスは精神状態に大きく左右される。だから泣き濡れてぼろぼろのスメラギちゃんが、こんなに高度で大規模な魔法を行使出来たという事実がまず驚嘆に値する。普通なら、狂乱状態で魔法なんて使えやしない。それでも為したのは偏に彼女の類稀なる技量の賜物だろう。

 やっぱりスメラギちゃんは凄い。


 でも、ぼろぼろの彼女が放つ砲撃は、やっぱりぼろぼろなのだ。


 魔法モデルのほころびが見える。

 一見して巨大な脅威にしか見えない黒い砲撃は、その実、碌に威力の集束も均質化も出来ておらず、ムラだらけの暴力でしかなかった。

 均質化出来ていないから、内部で自ずからぶつかり合って威力を殺し、空洞化している箇所すらある。それは絶えず変動する力の脈動であって、そもそも高速で飛来する砲撃の内部に絶えず現れては消える空洞部などというのは一秒よりも遥かに小さい時間の事象に過ぎなかった。

 他の誰にも出来なくとも、



「できる!」



 わたしと相棒なら!

 使い捨ての防御魔法を幾重にも展開して、片っ端からそれを砕かれつつ、わたしは黒い奔流の中を逆向きに跳び抜けた。

 一秒よりも遥かに短い時間にだけ断続的に発生する威力の空洞地帯を線で結び、緻密な機動制御は頼りになる相棒を信頼して全部ぶん投げる。だからわたしには恐怖なんてなかったし、ただ剣に籠めた魔力だけを研ぎ澄ますことが出来た。

 そうして黒い奔流の中を駆け抜け、スメラギちゃんの眼前へと躍り出る。



「!?」



 息を呑む彼女を守るように、左右から赤い鬼面が立ち塞がる。

 それでいい。わたしの狙いは最初からそれだ。



「――シィッ!!」



 食い縛った歯の隙間から裂帛の咆哮が漏れる。

 満を持して放たれるのは、馬鹿の一つ覚えの『過斬撃(オーバーエッジ)』。

 今のわたしが繰り出せる最強の攻撃。


 横薙ぎに振り抜いた斬撃が、高密度の魔力を砕き割る異音と、赤い火の粉を撒き散らして、鬼面の端末を二つ一気に両断する。

 ただ彼女の元へ。

 邪魔するものは薙ぎ払う。

 一心不乱なメンタルが齎す最高率の、過去最高の『過斬撃』だ。


 遮るもののなくなった彼女の元へ、わたしは駆け出そうとして、



「すまん」



 濃密な死の予感を覚え、全身全霊で横っ飛びに回避行動を取る。

 そこに、細く小さな白い閃光が奔り抜けた。

 片手を地面について受け身を取り、慌てて視線をあげると、いつの間にか背後からスメラギちゃんを支えるようにして黒衣の人影が立っている。



「フェンリスさん……」



 わたしがその名を呟くと、彼はたった今わたしへと振り抜いた得物であろう細剣を下ろし、溜息を吐く。

 その彼を見上げ、スメラギちゃんが茫洋と揺れる瞳で口を開く。



「ふぇん、りす……?」


「帰るぞチビラギ。お前の負けだ」


「わたしは、まだ……!」


「キレちまった時点で勝ち目はねえよ」



 そう言うと、スメラギちゃんはフェンリスさんの腕の中で眠るように気を失ってしまった。

 わたしはというと剣を構えて警戒をすることしか出来ない。たった一度の交錯で思い知らされたのだ。この人は実力の格が違う。今のわたしが食ってかかっても一蹴されるのがオチだろう。

 するとフェンリスさんは、感情の読めない顔でわたしを見下ろして言う。



「正直、迷っている」


「ふぇ?」


「チビラギには、アンタみたいな存在が必要かもしれねえ。ここでアンタに落とされたほうが、チビラギのためかもしれん」



 彼は腕の中で静かな息を立てるスメラギちゃんの涙を、複雑そうに見遣る。

 しかし、彼は「だが」と言葉を続けた。



「俺は母親のほうも知ってるからよ。アイツから娘を取り上げるようなこともしたくない」


「…………」



 独白を聞いて、わたしは剣を鞘に納めた。

 これ以上敵対するつもりはないという意思表示だ。

 スメラギちゃんのお母さんが何を考えているのかはわからない。スメラギちゃんが泣いているのはそのお母さんのせいなのかもしれない。このままスメラギちゃんを帰すことが彼女のためになるのかわからない。

 でも、少なくともフェンリスさんはスメラギちゃんのことを考えてくれてる。


 わたしの意思を見て取った彼は、最後に苦笑を見せてくれた。



「ままならねえな。どうも」


「……でも、諦めたくない」



 わたしが言うと、彼は「そうだな」と答えて、そのまま闇を纏うように転移して姿を消した。

 腕に抱えたスメラギちゃんと共に。

 彼等の気配の余韻が消えるまで待ってから、わたしは大きく息を吐き出した。



「はあぁぁぁ~」


『マスター。お気を確かに』


「大丈夫だよ。皆のところに戻ろう」



 無我夢中で気付かなかったけど、先程からシリウスさんの『連繋魔法(コマンドリンク)』が途切れている。この場にフェンリスさんが現れたことから考えても最悪の想像が脳裏を過るが、とにもかくにも仲間と合流しなくてはならないだろう。





 ◇◇◇





 周囲を少し探すと、苦もなく仲間と合流することが出来た。

 わたしが見付けた時、パーティの回復担当の人がシリウスさんを治療しているところだった。シリウスさんは命こそ無事だったが決して軽傷ではなく、全身にかなりの傷を負っていた。事情を聞くと、どうやらフェンリスさんの攻撃にやられそうになって、緊急回避のために咄嗟に常駐魔法を暴走させて爆発させたらしいのだ。要するに自分ごと爆発させて無理矢理に離脱を図ったということ。結果としてフェンリスさんは追撃をせずにわたし達のほうに現れたため、シリウスさんは一命をとりとめたということだった。

 それから更に一人の仲間が合流して、後はドノヴァンさんとティア達を残すのみだ。


 少し間をおいてようやく現れたドノヴァンさんは、少なからず傷を負った姿ではあったが、動作に淀みはなく深刻な負傷ではなさそうだった。

 だというのに、深刻な表情を浮かべている彼の様子に、わたしの不安が募る。



「おいドノヴァン。ミリティア達を見たか?」



 治療されつつシリウスさんが問い掛けると、ドノヴァンさんは頷いた。

 安堵しかけたわたし達の機先を制して、彼は告げる。



「ミリティアさんとリゼルさんは、連れ去られた」


「なんだと……!」


「僕が見た時は既に、彼女等を抱えた魔物が飛び去って行くところだった」



 すまない、と謝るドノヴァンさんの声が頭を素通りし、わたしは立ち尽くすことしか出来なかった。



2023/08 魔法名『サーチライト』が既出だったので修正。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 光魔法でミアベルに影作って、その影を媒介に攻撃してくるちびラギちゃん…… テクニカル過ぎてキモい(褒め言葉)
[良い点] ミアベルさん、いつもはあんなんだけど、やっぱり原作主人公ですね! めっちゃ盛り上がりました! [一言] 囚われのお姫様役に本物の伯爵令嬢。 中身にちょっとポンコツ入ってるけど、『お姫様』に…
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