443話_side_Militear_黒い森
~"もう一人の転生者"ミリティア~
『夜明けのレガリア』という漫画作品の登場キャラクターとして考えた時、私ことミリティア・リリア・ハートアートとは見方次第で評価が極端に変わるポジションだ。物語も序盤の頃、まだレガリアが比較的頑張って少女漫画的異世界学園ラブコメディをやろうとしていた時期を基準に考えれば、ミリティアはそこそこ存在感のある、よいキャラクターであった。所謂『悪役令嬢』であるプリムローズの派閥を統率する参謀役として、わりと出番も見せ場もあった。
しかしながら、物語が進んで魔物との戦いを通して描く人間ドラマをやり始めると、有り体に言って作品世界観がバトル漫画になってくると、ミリティアというキャラは一気にその存在感を薄くする。
何故か。
簡単だ。
単純明快に、ミリティアは戦うキャラクターではないからだ。
現在、私は自身の命を預ける相棒として弓という武器を選択して使っているわけであるが、これはたぶん原作ミリティアと同じ選択だと思う。はっきりしないのは、つまり原作でミリティアが戦っている描写がはっきり描かれていないからだ。戦闘回とかに参加していたとしても、小さなコマで戦っている姿が描かれている程度で、なんか弓を持っていたような気がするなぁ……程度の存在感でしかなかった。
まあ、私自身の思惑としても、自分が剣や槍を持って前線で切った張った出来るとは微塵も思えなかったので、原作知識がなくとも自然と弓を持ってみようという方向に行ったと思う。
でだ。そこのところ、実際どうなのか。
弓を持ったミリティアというキャラクターは、じゃあ戦闘者として弱いのかと言われると、必ずしもそうでもない。というか、私自身意外なことではあったのだが、たぶん、普通に普通の人達よりかはやれるポテンシャルがあると思うのだ。
学院の前期の実技科目で、武器を扱う基礎を習うものがあった。練術場に一年生の学生が集まってわいわいやっていたアレである。リタとかイオとかプリムローズとか、既に己の得物が決まっている人達は自主練するか教える側に回っていたけれど、私を始めとしてあの場で初めて武器らしい武器に触れたという者も、特に女子学生の中には珍しくも無かったはずだ。
私の他にも弓を手に取った学生は男女問わずわりと居たけれど、まず真っ当に矢を射ることすら四苦八苦していた彼等彼女等に比べれば、私は格段に良く出来た。弓の扱いを教えていた講師にも筋がいいと褒められたし、実感としても、自分で言うのもなんだが才能を感じたのだ。
だけど私達はあくまでも魔法使いだし、魔物との戦いで最も重要なのは魔法の腕前だ。武器が上手く扱えるに越したことはないが、そこに合わせる魔法がお粗末では話にならない。ならば私の魔法の腕前がどうなのかというと、これが実は結構優秀だ。
レックスと出会って間もない頃、個人的に彼の前で魔法を披露したことがある。プリムローズの使う魔法の威力を肌で感じようと思って、原作における彼女の代名詞的魔法の一つである『栄華の矛先』を使ってみたあの日のことだ。プリムローズは文字通りにチート魔法使いなのであの魔法を湯水の如く千発規模で行使してくるが、私は真剣に頑張って一発を放つので精一杯だった。比較されると私のザコっぷりが際立ってしまうが、一応言っておくと、本来は一発でも真面に使える時点で魔法使いとしては上澄みなのだ。自分で言うのもアレだけど。
だってアレ、上級魔法だからね。学院に入学したばかりのひよっこがおいそれと習得出来る難度ではないし、そもそも上級なんて一生使えないという魔法使いだって少なくない。
まとめると、ミリティアという人間は戦闘者としてもそこそこ優秀なのである。
少なくとも、ポテンシャル的には平均値を大きく上回っているはずだ。
ちゃんと鍛えれば、騎士とか討伐者みたいな戦闘従事者としても充分に食っていけるだろう。
結局私が何を言いたいのかというと、実は私って結構やれば出来るんだぞ! と主張したいわけではない。
むしろ逆だ。
原作のネームド達が跋扈する戦場においては、普通に優秀な程度の才能など然したる役には立たないということだ。
モブの中では飛び抜けて優秀でも、所詮モブはモブなのである。
◇◇◇
「いいぞ! 悪くない動きだっ!!」
『こなくそー!』
などと、字面だけなら平和さすら感じる掛け合いをしながらハーティとリゼルが繰り広げるイーグルファイトは、私にとっては早くも異次元の戦場であった。お互いが鳥獣の特徴を有する形態をしているからか、自在に空を駆ける翼と、鋭い鉤爪を備えた趾を駆使して、高速で擦れ違いながら時にぶつかり合う。
機関銃か五月雨の如く魔法を撃ち合い、かと思えば取っ組み合ってもつれ合い、相手を地表に叩き付けんと競い合う。風圧だけで木々が千切れ、砂礫が舞い上がる。
私が割って入る余地など無い。
両者の動きがあまりにも速過ぎて、弓矢で狙いを付けることはおろか、目で追うのだって難しいのだ。更に言えば、私が射た矢と同等か、瞬間的にはむしろもっと速く飛び回る標的に、一体どうやって射を当てればいいというのだ。
極め付けに致命的な問題を言えば、そもそも私は飛べやしないのだ。
ただ、ならば私がこの戦場で無力かというとそんなことはなくて、直接的な戦闘能力で役に立てなかったとしてもリゼルを援護することは出来る。光属性の魔法使いである私は、味方の能力を強化するバフ系統の魔法もそれなりに得意だ。というわけで、せめてもの助力としてリゼルにバフを掛け続けている。尤も、高速で飛翔するリゼルに強化魔法を命中させる技量なんてないので、空間に置いた魔法をリゼル自身に踏んでもらうしかないわけだが。その点、私と彼女は腐っても主従関係で付き合いも長いので、連繋という意味では悪くないレベルを維持出来ている。
私達の対戦相手であるハーティは『ハーピー種』という魔物種を統括する大型種だ。人間大のメイド姿をしているのでイメージし辛いが、実質的には原作で常駐騎士団を半壊させた『フォートロード』と同じカテゴライズの魔物なのである。即ち、間違っても単騎で相手取れるような存在ではないのだ。
如何にリゼルが『転神』を身に着けた強力な魔法使いであるとはいえ、素のポテンシャルではハーティに敵わないだろう。私の強化魔法を加味したとしても、劣勢は否めない。
『ひとつ! 質問が! あるんだけどっ!』
「きくがいいーっ!!」
『そんな格好で飛び回って……どうしてポロリしないんだぁーっ!?』
「不思議なちからが働いているからだぁーっ!!」
不思議な力とは……?
真面目にやれよお前等と言いたいところだけど、生憎とリゼルもハーティもたぶん大真面目である。少なくとも発言以外は非常に高度な魔法空戦を繰り広げている。
それでもって、彼女等のスタンスは実のところ魔法使いの戦闘者としては理想形の一つですらある。アホなことを言いながらも戦えるということは、それだけ自然体で心に余裕があるということだ。そしてその精神状態というのは魔法のパフォーマンスに如実に影響を及ぼしてしまうから。どれだけ魔力を持っていてたくさんの魔法を修得していようが、実戦で発揮出来なければ意味がない。ともすれば、魔法使いにとっては魔法の知見などよりも余程大事なのが心の強さなのである。
揺らがない心は即ち強さだ。心に何か芯を持っている者は強い。
リゼルの『楽観』、レックスの『冷静』、ミアベルの『不屈』、ルークの『挑戦』、リタの『反骨』、そしてあの花送りで目にしたプリムローズの『狂気』――
私に一番足りていないのは結局それなのかもしれない。でもそんなのは一朝一夕に身に付くものではあり得ないし、幼少期をお気楽に過ごしていたツケを払っているだけなのだ。こうして例に挙げた人達は皆、過去なんらかの過酷な経験を通して強い『芯』を育ててきたのだろうから。
だから弱い私を一先ず受け入れて、今の窮地を乗り切るためには今の私を総動員してなんとかするしかないのだ。
なのだけど……。
『劈く矛先! 劈く矛先!! 劈く矛先ゥッ!!』
「ふははははきかんっ! きかんぞぉー!! きか痛ったぁい!?」
いやちょっと効いてる件。
リゼルがガンガンに撃ちまくる魔法を、ハーティが高笑いしながら拳打や蹴撃で弾いていくが、もうこの時点で私が入っていける次元など遥かに超えてしまっている。
だってリゼルが乱発している魔法は風属性上級魔法の『劈く矛先』だ。これって『栄華の矛先』とか『火焔の矛先』の異属性同系統魔法なのである。そして悲しいことに、私が使える最高火力というのがまさにその『栄華の矛先』であり、しかも単発でしか撃てない。
要するに私が渾身を振り絞って一番強い魔法を放ったところで、ハーティに「いってぇ」と言わせるのが精々だということだ。
語る程に戦闘能力的にはなんの役にも立てないことが露呈していく私であるが、切り札は持っていたりする。
私だけに許された――というわけではないが、ごく限られた者しか行使することが出来ない超絶チート能力があるのだ。
『原作知識』っていうんだけども。
読者というある意味で神のような視点から『夜明けのレガリア』世界を観測していた私の有する知識というのは、この世界においては正しく反則技であり、無論戦闘という分野においても強大なアドバンテージを発揮するものである。
本来知らないはずの知識を相手に悟られることなく一方的に知っているというのは、それだけで勝敗が決定的になってしまうほどのズルであるはずなのだ。
原作知識を戦闘利用した際のわかりやすい強みといえば、『弱点』と『勝ち筋』がわかるということだ。例えば対プリムローズ。彼女が常駐させている魔法『白魔礼装』は一見して攻略不可能なチート防御に思えるが、実は変速する攻撃や置き魔法に弱いという弱点がある。そして彼女自身の戦理でいえば傲慢さと嗜虐心から相手を必要以上にいたぶろうとする悪癖があって、原作ではそれが敗北の決定的要因となった。
そういう情報を一方的に知っているということがこれ以上ない強みなのだ。尤も、例に挙げたプリムローズの場合は彼女のほうも原作知識を持っているだろうから一概には言えないが。
さて、ここでハーティというキャラクターについて私が知っていることを語ろう。
彼女は魔公の『幻狼』フェンリスに仕えている魔物で、相方のスコールと共にフェンリスを『御館様』と呼び慕い、メイド服のような格好をしていることから作中の登場人物からは専ら『魔物メイド』などと呼ばれている。
彼女は人間の女性体に鳥獣の特徴を併せ持った外見をしていて、わかりやすく『亜人』っぽいビジュアルだ。背中には翼があるし、足は鳥っぽいし、耳のところにもちっちゃい羽根が生えている。エルフ耳ならぬ、なんて呼べばいいんだろうアレ。
やたらと胸が大きい癖にやたらと布地が少ない衣服を着ているから、ハーティ本人曰く『不思議な力』とやらが働いていなければ、戦闘どころか日常動作でも普通にまろび出るレベルだと思う。ちなみに彼女のメイド服の布がどのくらい少ないかというと、以前の夜会でミアベルが着ていたチャイナドレス擬きよりも少ない。スカートらしき謎の布はあるけど殆ど仕事はしていないし、ぱんつは見せるものと言わんばかりの防御力でしかない。まあ、たぶん下着というよりはスポーツウェアに近い系のデザインなので、そもそも見せる意匠なのだと思うけど。
見た目の話ばっかりじゃないかって?
その通りである。というのも、ハーティが登場するのはレガリアの続編のほうで、私はそれを途中までしか読んでいないのだ。しかも無印と違って読み込んでいたわけでもないから記憶も若干怪しい。
ハーティというかフェンリス一行は続編のわりと最初のほうから登場していたから、私が知ってるだけの範囲でも何度か戦闘描写はあったと思う。だけど本気の戦闘とか退場シーンとかはまだだった。
では私が知っている限りでハーティに対する『勝ち筋』を考えるとすると、そんなものはない、である。
確かに、私が知っている範囲内でハーティが戦闘を行い敗北するというシーンはあった。だけどそれが、真っ当な戦いとは呼べないものであったのだ。
その戦闘におけるハーティの敗因とは――――『おばか』だ。
『ところで、ミアベルの近くに居る少女って、それわたしも当て嵌まってるのでは? リゼルはいぶかしんだ』
「はっ!? ほんとだ!! このハーティを以てしても気付かなかったそこに気付くとは…………さてはずのうはだなっ!?」
もう一度言おう。ハーティの敗因は『おばか』であることだ。
ほら、バトル漫画とかであるじゃん。仲間達が各自で分かれてそれぞれの敵と戦うみたいな展開。そうすると作風にもよるけど大抵は、どこか一組ぐらいはギャグ枠というかネタ展開担当が居るわけですよ。
弱キャラとかお調子者キャラとかが、ギャグみたいな方法でなんか知らんけどジャイアントキリングとかしちゃう展開とか、ありがちだけど面白いよね。
ハーティってまさにその枠だ。となると問題は、彼女がおバカであるが故の半ば自爆的決着だったので、それを能動的に再現する方法がわからないということだ。だっておバカの考えてることなんてわかんない。理詰めで動くなら原作の戦闘シーンをなぞれば同じ行動をしてくれる可能性も高いが、相手はおバカだ常識など通じない。
ついでにもう一つ悲しいお知らせなんだけど。
ギャグ展開で片付けられる敵キャラあるあるとして、普通にやればメチャクチャ強いというのがありがちだよね。こんなんどうやって勝つねんと言いたくなるキャラを冗談みたいな手段で倒すから面白いのであって、逆に言えば真っ当に戦ったら勝ち目が見えないくらいに強いからギャグで片付けられてしまうのだとも言える。
ハーティもどちらかというとそのパターンで、この子って知性以外に弱点らしい弱点が存在しないのである。
ただ超頑丈で、くっそ速くて、高火力。
防御だけに全振りならぬ知性だけに無振りしてしまった結果として自然発生した脳筋の権化。
それがハーティという魔物なのだ。
「…………ところで、私を攻撃しないのは無傷で確保したいからかしら?」
もしそうなら自分を人質として利用出来るかもしれない、と思って訊いてみると、ハーティは素直に答えた。
「違うぞ。必ずしも無傷である必要はない! 単におまえよわっちぃ過ぎて触ったら死んじゃいそうだからだぞ」
「…………」
『閃いた。よしお嬢もっとクソザコになって。そしたら安全』
「そんなことってある?」




