442話_side_Miabel_黒い森
~"主人公"ミアベル~
突如として展開された結界魔法の内部に取り込まれ、わたし達は閉じ込められた。襲撃され、分断され、各個戦闘を余儀なくされた。シリウスさんが展開維持している『連繋魔法』が皆の無事を教えてくれるけど、同時に窮状をも伝えてくる。
おそらく相手のリーダー格と一騎打ちしているシリウスさん。分断され離れてしまったここからでも魔法の余波が確認出来るほどの激しい衝突を繰り返している。
一人孤立してしまったティア。一番心配だけど、彼女の傍らには絶対護衛のリゼルちゃんがついているはずだから、きっと大丈夫。
ドノヴァンさんや他の人達もそれぞれに戦っている。初手で相手のフィールドに取り込まれてしまったわたし達には、相手の規模すらもよくわかっていない。事前に判明していた情報を鑑みれば、おそらく大型種相当の人型魔物が三人と、それぞれの眷属である小型種が考えられるわけだけど。
不明な状況。
皆のことが心配だ。
だけど、わたしは加勢に行くことが出来ない。
彼女が、わたしのことを待っていたから。
「……スメラギちゃん」
勿論、わかってた。
相手がバッヘル領で確認されたという一行であるとするならば、そこにスメラギちゃんが居ることは。
遠くから聞こえてくる激闘の音が嘘のように、わたしと彼女の間だけは静かだった。動きも言葉もなく、少しの距離を置いて立ち、向かい合う。わたしが彼女の名を呼んでも反応はなく、彼女は俯いたまま立ち尽くし、片手に握った得物の杖も下ろされたままだ。
「……スメラギちゃん?」
もう一度、呼ぶ。
わたしの片手には剣が握られていて、いつでも魔法を唱えられる態勢を維持していたけど、こちらから仕掛けようとは少しも思わなかった。
『マスター? 戦時です。ご指示を』
剣に搭載されたマギアドライブから平坦な声音が問うてくる。最近ロイドさんに頼んで発声機能を追加してもらったのだ。念願のクリスお姉ちゃんボイスでお話出来るマギドラちゃんである。
彼女のAIは未熟で、まだ使用者の指示なしに自律行動することが出来ない。わたしはマギドラちゃんに「ちょっと待っててね」と小声で告げると、スメラギちゃんの動きを待つ。
暫くの静寂があって、
「……おかあさんと、話をしたんだ」
ぽつんと、スメラギちゃんが口を開く。
相変わらず彼女の視線は伏せられていて、前髪に隠れてしまって視線が合わない。
わたしが彼女と最後に会ったのは、先日のギルド外郭での邂逅だ。アシュタルテさんに叱られた後のこと。あれから、『母親と話をする』と言って帰っていったスメラギちゃんがどうなったのか、わたしも気になっていた。
「キミが背中を押してくれたおかげだ。ありがとう」
「うん……でも、」
だったら、なんでそんなに寂しそうなのか。
どうしてわたしの目を見てくれないのか。
「私は必要とされていた。おかあさんの願いもわかった。私はとても……とても、嬉しかったよ」
ゆらり、と彼女の左右の空間が、まるで陽炎のように揺らめき出す。
魔力の高まりを感じる。
でもわたしは剣を握ったまま、動くことが出来なかった。
今、スメラギちゃんが語っているのは彼女の心だ。わたしはそれを知りたかった。
「キミには感謝している。好きだとも、思う。だけど――」
高く響く澄んだ音は、魔力の出力が一定値を超過したことを表す高調遷移。
スメラギちゃんの左右に現れた陽炎は形を帯び、何か巨大な、盾のような、あるいは怪物の顔のような輪郭を映し出していた。透き通っていて、流動的で、安定しない、不完全な魔法のように思える。ただ、感じる魔力だけは本物だった。
それはやがて不安定なりに形状を為し、透き通った巨大な鬼の面を象る姿となった。
「だけど……ッ」
カタカタと、何かがこすれて触れるような小さな音がする。
見れば、スメラギちゃんが片手に握った杖の装飾が揺れていた。震えは彼女の身体から来ている。
「私は、おかあさんの願いを、かなえてあげたい」
震える手で持ち上げた杖の切っ先が示すのは、わたしだ。
魔力と共に武器を向けられているというのに、わたしはまだ動けなかった。
「だから……」
彼女の前髪の隙間から、きらりと輝く一筋が落ちる。
「だから――――ミアベル、」
ごめんね
声なき呟きと共に、焔が放たれる。
スメラギちゃんの左右に展開した鬼面型の端末から、高火力の直射砲撃。わたしを標的に射線上の空間そのものを焼いて消す赤い奔流。余人では反応すら許されない速度で迫るそれに対し、わたしの思考は加速していた。
何故とどうしては尽きないが、とにかくやらせてあげるわけにはいかない。
「お願いっ、マギドラちゃん!」
『X-blades!』
マギアドライブによる宣言に応じて魔法が発動し、わたしの背後にクロスを描く翼が展開する。短期間ながら研究とブラッシュアップを重ねたオリジナルの飛行魔法である『双炎の白刃』だ。
まだまだ荒削りの魔法で、羽ばたくというよりはクロスを描いた翼そのものを爆裂させてかッ飛ぶと表現したほうが正しいような使い方をするしかない。スメラギちゃんの砲撃を回避するために、わたしは真上に飛び上がって黒い森の梢を抜ける。木々が焼失する恐ろしい音を奏でながら、眼下を溶岩の如き光が通り抜けていく。放射される光と熱量で、夜の空がにわかに赤く染まった。
「スメラギちゃん! なにがあったの!?」
必死に呼び掛けるわたしに、彼女は片手を翳す。するとその周囲に展開していた陽炎が蠢き、鬼面が位置取りを変える。直感的に、わたしは自らが照準されたことを悟る。
そして放たれる無数の誘導弾。赤い光がホウセンカのように、上空のわたし目掛けて逆向きに迸る。
「これなら……!」
弾幕の密度。籠められた魔力。速度。どれをとっても一級品で、スメラギちゃんの高い魔法技量を示すような強力な攻撃。
回避に専念するのが賢い選択肢。迎え撃つのは愚考。正面から突っ込むなどもってのほか。
だからわたしはそれを取る。
翼を爆裂させ、真っ向勝負!
極度の緊張状態によってわたしの思考は加速し、恐るべき相対速度を殆どゼロに近付ける。如何に弾道が見えても避けられなければ意味がない。わたし一人ではとてもじゃないが無理だ。どうあがいても自殺行為にしかならないだろう。わたしの飛行魔法は粗削りで細かい制動方法が完成していないから、軌道変更のためには都度推力を発する必要がある。高速度域においてはその制御が全く以て間に合わないからだ。
だけど、
『――Dignify!』
マギドラちゃんの処理速度なら、その問題を解決出来る。
減速なんて効かないから、最高速度を保ったままの緩急ナシの連続機動。普通の人間がやったら即座に意識が吹っ飛ぶか、負荷で身体を壊すこと請け合いの無理無茶無謀の自殺行為だけど、どんな傷でも実質ゼロ秒で回復するわたしなら耐えられる。
これは間違ってもアドバンテージなんかじゃなくて、わたしの未熟を反則技で無理やり誤魔化しているに過ぎない。
でもそれしかないのだ。
最初の一撃だけで思い知った。わたしとスメラギちゃんでは魔法使いとしての力量が違い過ぎる。真面にやったってどうにもならないし、取り付く島もない彼女に事情を訊くためには、まず立ち合うしかないのだ。
逆向きのホウセンカの只中を縫うようにして、スメラギちゃん目掛けて疾駆したわたしは、気付く。
スメラギちゃんが自身の左右に展開している透き通った鬼面は、おそらくはアシュタルテさんの翼と同じような、魔法の発動を補助する端末型の魔法なのだろう。最初の直射砲撃の様子から左右で一対の魔法であると思っていたが、よく見れば誘導弾を放ったのは右側の端末だけだ。
左側の端末が、鬼の瞳がわたしを見ている。
「ッッッ!!!!」
直感的に、死に物狂いで機動を捻じ曲げる。
スメラギちゃんまであと一歩という距離まで迫りながらも、わたしは片側の翼だけを爆裂させて自分の身体を真横に吹っ飛ばした。
その刹那、スメラギちゃんの端末が眼光の如き光を放ち、今まさにわたしが突き進もうとしていた空間が赤い炎に包まれる。連鎖的に広がる爆風が圧力の壁となって押し寄せるほどの、凄まじい威力だ。
あのまま突っ込んでいたら、即時で戦闘不能に追い込まれていただろう。
『設置型魔法です。行動を予測されていました』
「くっ」
平静に分析するマギドラちゃんの声に応じる余裕もない。
わたしの吶喊は読まれていた。だからスメラギちゃんは予め進路上に罠を張っていたのだ。
無理な軌道変更を制御しきれず、その辺の岩や木々に当たって何度もバウンドしながらなんとか体勢を立て直したわたしは、再度飛翔して間合いと視界を確保しつつ、マギドラちゃんに言う。
「もう一度やるよ」
『危険ですが』
わかってる。でもやるのだ。
スメラギちゃんを無力化しなくてはお話も出来ない。
故にわたしが狙うのは、鬼面の端末を破壊すること。強力な魔法端末は多くのリソースを割いているものであるはずだから、一度破壊されればそう簡単には復帰出来ない。だからあれが一番の脅威であると同時にウィークポイントだ。
しかしながら、強力な端末を破壊し得るほどの威力を繰り出そうと思ったら、わたしの手札では接近しての『過斬撃』を叩き込むしかない。つまりは剣が届く範囲に踏み込むしかないのである。
時間を加速してしまえば容易いこと――――ではない。
おそらくスメラギちゃんはわたしの時間魔法の絡繰りをある程度知っている。だからこその設置魔法だ。わたしが時間魔法によって主観を加速し、術理空間内での接近を試みてくることがわかっていて、術理的な罠を張っている。
それに、彼女が扱う魔法は『死霊術』だ。普通の魔法とは毛色が違うだろうし、得体が知れないので、正直なにをしてきても不思議ではない。
「あの設置魔法を抜けるにはどうすればいいっ?」
『先行する攻撃魔法を放ち、誘爆させましょう。ただし時間管理は非常にシビアです』
「おっけ!」
そういうのなら大得意。要は設置された罠を無理矢理発動させて、スメラギちゃんが次を補填する前に空いたスペースを飛び抜けてしまえばいいのだ。少しでも遅れれば間に合わないし、早すぎれば誘爆に巻き込まれる。ただでさえ高速度域での時間管理はそれこそマイクロ秒単位の話になるかもしれないが、わたしにとっては無限と同じだ。
わたしが距離を詰めようとする機動を見せると、スメラギちゃんが呼応して迎撃を放ってくる。今度はわたしの存在する座標を的確に狙ってくる射撃魔法だった。弾速と貫通力に特化した赤い閃光が断続的に飛んでくる。わたしの飛行魔法は推進炎の方向と大きさから機動がモロバレなので、スメラギちゃんは当たり前のように避け難いタイミングと位置を狙った偏差射撃をしてくるから厭らしい。
また一つ、スメラギちゃんの凄いところとわたしの魔法の改善点を見付けてしまった。
『相手の魔法の照準性能が高過ぎます』
「避け続けるの無理って言ってる!?」
『はい』
はいって。そりゃあ現在進行形で徐々に追い詰められてるわたしが一番よくわかってるけれども。
ええい、こうなったら結局突撃あるのみ!
「真っ向勝負!」
『了解。――Dignify!』
わたしの主観時間が加速し、スローになった世界の中を飛ぶ。
真正面からスメラギちゃんに近付けば、彼女も真正面から迎え撃たざるを得ないはず。ある程度は彼女の射線範囲を限定出来る。勿論、それだけじゃあ自分から撃たれに行くだけなので、直進の機動に幻惑動作を織り交ぜて狙いを絞らせない。
最高速でかッ飛びながらも、バレルロールとランダムシザースを織り交ぜた変態機動で勝負だ。ちなみにこの辺のマニューバはリゼルちゃん直伝である。彼女のアヴァターは尻尾をスタビライザーに見立てて姿勢制御をしていたけど、わたしには尻尾がないので完全にマギドラちゃんの制御を信じるしかない。
上下左右もわからないような、天地がひっくり返る世界の中で、ただスメラギちゃんだけを見据える。辛うじて躱した熱線が肌の近くを通り抜けていって、討伐者活動用の耐火装備を焦がしていく。
「――――ここッ!!」
設置魔法の範囲に踏み込む直前、わたしは前方へと魔法を放つ。
スメラギちゃんのところまでの道を抉じ開けるならば、生半可な魔法ではダメだ。よって繰り出すのは先輩から勝手に習った炎属性上級魔法『火焔の矛先』。単発、速度重視。
「いっけぇ!!」
わたしの魔法に反応したスメラギちゃんの設置魔法が炸裂し、先程と同じ爆音を響かせる。
赤い光に埋め尽くされる視界の中で、わたしはタイミングを見計らって最後の加速を行う。爆風が膨らみ切って、最大威力を出し切った瞬間を狙って飛び込む。威力を出し切って萎み始めた炎の只中を、耐火装備と相対速度の壁で以て強引に身を守りながら、突っ切る。
そうして炎の中を抜けたわたしを、スメラギちゃんは迎撃態勢を整えて待ち受けていた。
そうくると思った。当たり前である。
わたしの狙いは彼女の端末を破壊することなのだから、むしろ好都合だ。
ただし、この距離ではその端末から放たれる迎撃を回避することは不可能なので、どうあがいても相打ち上等になってしまうわけだが。
「――と、思ったでしょ?」
瞬間、わたしの視界が切り替わる。
視界の中のスメラギちゃんは、正面から後ろ姿に。
爆炎に紛れて投げ放っておいたダガーと、位置交換の魔法を使って背後に回り込んだのである。
わたしの狙いは最初から、迎え撃ってくる端末と相撃つことではなく、それを誘発しておいてもう片方の端末から片付けることだったのだ。
満を持して剣を繰り出そうとしたわたしは、
「ふぇ」
そうくると思った。とばかりに準備万端待ち構えていた鬼面と目が合ってしまう。
正面からの迎撃に使っていた端末とは別個に、もう一方の端末を念のため背面防御に回していた――という雰囲気ではない。間違いなく、背後に回り込んだわたしの動きに追従してきたのだ。
鬼面の端末から放たれた炎が、わたしを真正面から飲み込む。幸いにして、流石に高威力の魔法を準備する余裕は無かったらしく、盾として翳したマギドラちゃんの防御力と、耐火装備の耐久力で耐えきれた。
「あっつ……!」
攻撃を防いだ代償に殆ど焼け落ちてしまった上着を引き千切るように脱ぎ捨て、わたしは後方へと距離を取る。
これでもう、次は耐えられない。
スメラギちゃん本人は、わたしが距離を取った頃にようやく背後へと振り向いてこちらを見た。
「……『ソウルトレーサー』は既にキミを照準している。キミの魂から目を離すことはない」
「ふぇぇ」
わたしの口から思わず情けない声が漏れる。
ちょっとスメラギちゃん強過ぎるよぉ。
言っとくけどわたしの戦術の引き出しは超少ないので、早くも万策尽きつつある。ていうかわたしが言っちゃあいけないかもだけど、流石にズルくないですかそれは。たぶん視覚的な姿ではなく魂を捕捉しているので、物理的にどれだけ加速しようとも見失わないようになっているのだろう。何故って魂は術理的な概念なので。
『マスター。回避重視の消極策を提案します』
「時間稼ぎ?」
『はい。現状のマスターが彼女を打倒するのは非常に困難です』
マギドラちゃんの判断は賢明だ。たぶん今のわたしの最適解は持久戦だから。
物理的な加速による戦術がスメラギちゃんには通用しないとしても、わたしには時間魔法によるインチキ回復力がある。時間魔法以外の魔法には魔力を実質消費しないのだ。スメラギちゃんが展開している鬼面の端末は明らかに短期決戦用の魔法だから、時間を掛ければ掛けるほどわたしの優位が増していくことだろう。
「でもそれじゃダメ」
だって、時間を掛けたらわたしの仲間が加勢にきてしまうかもしれないから。シリウスさんとか、ドノヴァンさんとか、ティア達とかが、各自の相手を倒したらわたしのほうを助けに来てしまう。
だからわたしは、その前にスメラギちゃんとお話がしたいのだ。
『わかりません。何故ですか?』
「泣いてる子を、放ってはおけないでしょ」
スメラギちゃんは今、泣いているんだ。
それだけで、わたしが諦める理由はなくなっちゃうし、諦めない理由には充分過ぎるから。




