440話_side_Sumeragi_幽家
~"小さいほうの闇の巫女"スメラギ~
「かつて私には娘が居た」
いつもの部屋で向かい合って座り、おかあさんはそう切り出した。
彼女の言う『娘』が私のことでないことはわかっているし、今更動揺することでもない。
「娘の名はミヤ。私がまだサヤ・スメラギ・フレンネルと呼ばれていた頃、分家の夫との間に授かった子供だった」
「……先日、イオと名乗る少女に会いました」
「当代フレンネルの娘だ。以前、例の学院に侵入した際にあわよくば魂を奪おうとした相手だね。ストーリーテラーに阻まれてしまったが」
「語り手?」
私が小首を傾げるも、おかあさんは聞こえなかったように話を続けた。まあよくあることなので私も気にせず意識を切り替える。
ストーリテラーとやらがなにを意味しているのかはわからないが、私が知る必要はないということなのだろう。なんだか、どこかで一度そのワードを聞いたことがあるような気がしないでもないけど、どこだったか。
ついでに言えば、おかあさんやフェンリスは『例の学院』等といって王都のエンディミオン魔法学院とやらを特別視している節があるけど、その理由も私にはわからないのである。
「当時、死霊術という技法は現在のように体系化されておらず、また洗練されたものでもなかった。これは死霊術に限らず他の魔法技法にも言えることではあるけどね。死霊術は魂を魔法するものであるという特性上、とりわけ忌むべきものとして扱われる傾向が強かった」
「生命に対する冒涜であると見做された、ということでしょうか」
「今でも、一部の死霊術はそうだよ。特に私の使うものなどは。記録などでは私が死霊術に手を出したが故に当主の座を追われ罪人として処断されたと伝わっているのだろうけど、実際には経緯が逆だった」
「逆、ですか」
「詳しい記憶は摩耗してしまったが、所謂お家騒動だったことは覚えている。権力闘争に巻き込まれてミヤが死んだ」
「!!」
淡々と語られる衝撃的な内容に私は目を見開く。
おかあさんの表情は変わらないままだけど、それは感情を殺しているのか、あるいはあるべき感情を失ってしまったのか、私には判断出来なかった。
「私は家を終わらせようとした。要らない、滅んでもいいと思ったんだ。結局それは叶わなかったけれど、もうどうでもよかった」
愛娘を喪った恨みか、絶望か、怒りかはわからないが、とにかくおかあさんはその原因を作った自らの生家を滅ぼさんとしたのだ。それによりスメラギ家の直系は途絶えたものの、生き残った分家筋が家名を継承したため、フレンネル家自体は今も存続している。
おかあさんが死霊術に傾倒し始めたのは、その後のことだったという。
「私は、ミヤを蘇らせようとしたんだ」
驚きはなかった。
きっとそういうことなんだろうな、となんとなく察していたし、だから私という存在が何のためのどういうものであるのかも、わかっている。
「百年以上の時を費やした。教団の『闇の巫女』として祭り上げられたのは成り行きでしかなかった。が、私にとっては都合のよいことだった」
おかあさんが存在する理由とは全てが娘を復活させるためで、それ以外の全てはおまけでしかない。
教団の幹部として振舞っていることも、フェンリス達の協力者として動いていることも。
「キミと、キミ達は、ミヤを蘇らせるための研究過程で生み出された存在だ。私は喪われたミヤの身体を再生し、魂を定着させることで蘇らせようとした。しかし――」
「うまくいかなかった」
だって私はミヤではない。自覚もなければ記憶もない。
そしてあの座敷牢に保管されていた『前の私』達もまた、私と同じ失敗作であったということだろう。
「魂の定着を行ったのはキミで八回目。それはそのまま私の失望と自省の回数でもある」
「ご、ごめんなさい……」
「キミが謝ることではない気がする。それに――」
そこでおかあさんは初めて言い淀むような気配を見せて、そして嘆息混じりに告げた。
「きっと、九回目は無いだろう」
「え?」
百年以上も頑張ってきたのに諦めてしまうのか、と私は信じられない思いだった。おかあさんは発する意思が呪詛になってしまうので断定系でものを言うことを避けているのだと思うが、ならば最初から口にしなければいいだけであり、それでも敢えて口に出すということは彼女の中では殆ど決まっているということだ。
「やれることは殆どすべてをやった。今もってミヤは戻らない。死者は蘇らないという当たり前の事実を証明するだけかもしれない」
私は居た堪れない思いだった。おかあさんは感情らしいものを見せてはいないけれど、それでも彼女の無念の程が伝わってくるから。それがわかる程度には、私はこの人と一緒の時間を過ごしているのだ。
俯く私に、おかあさんが告げた。
「故に、次の試行で最後にする」
ハッとして顔を上げると、おかあさんは真っすぐに私を見ていた。
「キミはミヤのパーソナリティを継承していないかもしれないが、私はキミがミヤである可能性はまだ否定できないと考えている」
「でも、私はなにも覚えていません」
その可能性は私も考えた――というか、そうだったらどんなにいいことかと願ってすらいた。つまり私は本当におかあさんの娘で、ただその記憶を失っているだけだという夢みたいな可能性。
実際にはそれがありえないことはわかっている。何故って私という存在は複製されたものだからだ。私という存在は複数居て、私も、前の私も、その前の私も、その全てがミヤの贋作でしかない。
だというのに、他でもないおかあさんが、私にミヤの可能性を見出している。これは一体どういうことなのか。
「そもそも、物質的な肉体に然したる意味はないのだ。キミの肉体は私がミヤを再現してデザインしたものだけど、それがかつてのミヤそのものでなくとも、特段の支障はない。精々が、健全に機能する少女の肉体であれば充分に事足りる」
無論、健全な少女の肉体を生殖によらずゼロから作り出すということ自体が、おかあさんがこともなげに言うほどに簡単なことではないのは理解している。
ただ、つまり彼女が言いたいのは、私がミヤでない理由の原因は肉体的な問題――――例えば記憶を司る脳の機能等ではないということだ。
「肝心なのは魂。ミヤの魂だ。そしてキミはその要件をクリアしている」
「え?」
「魂とは輪廻するものだから、私は長い歳月を掛けて死したミヤの魂の輪廻を辿り、それを手中に収めた」
教団の信徒を使った人海戦術でもって、かつてミヤだった魂の所在を突き止め、それを確保したということだ。普通ならば荒唐無稽と言わざるを得ない内容だが、おかあさんが言うならばそれは事実なのだろう。
彼女は卓越した死霊術士であり、実際に世界各地の有格者の魂を見付けてフェンリスに伝えるということをしていたのだ。要は、同じ要領でミヤの魂を探したのだ。
「そして、再現した肉体にミヤの魂を定着させようとした。最初の四回はそもそも定着に失敗し、肉体に魂が宿ることはなかった。次の三回は魂が定着したものの、そこに自我が宿らなかった。そしてキミだ」
ぱちくり、と私は瞬きした。
てっきり、私の前にも同じような私が居て、同じように起きて活動していたとばかり思っていたのだが、どうやら私の前の私はそもそも自我がなかったらしい。座敷牢で見た前の私は肉体的に生きていたので、きっとあの状態のまま一度も目覚めていないのだ。
「あの、徐々に改善しているということなら、次の私を用意すればもっとミヤに近付くのでは……」
その提案は私にとっては相当に勇気を要するものだった。
次の私は私だけど、私ではないのだ。そして次の私に移行するということは、今の私は居なくなるということだ。今の私が持っているミヤの魂を、次の私に移さなくてはならないから。
「その可能性はある。だけど私はそれを選ぶつもりはない。キミに自我が目覚めた理由が私の試行によるものである確証が持てないから、理論的に再現ができない可能性が否めない」
次の私に魂を移したとて、今の私と同じように目覚めるのかどうかが、おかあさんを以てしても予想出来ないということだ。
もしかしたら、私という自我が奇跡の産物である可能性も決して低くはないのだ。自分で言うのもなんだが。
「故に私は、キミがミヤである可能性に賭けようと思う」
賭ける、だなんて全然おかあさんらしくないことをいきなり言われて私は面食らってしまう。
「輪廻を経た魂に、ミヤのパーソナリティが残っているかどうかは賭けでしかない。理論的には残っている可能性のほうが高いけれど、それを復帰させる方法なんて誰にもわからないんだ」
「……はい」
「今、そのための魔法モデルを組んでいる。これができたら、キミにも手伝ってもらおうと考えている。そう時間は掛からない。その時にまた、話をしようと思う」
勿論、私の答えは決まっている。
手伝って欲しいとも、手伝えとも言わないおかあさんの気遣いを嬉しく思い、私は頷いて見せた。
◇◇◇
おかあさんは作業に集中したいだろうから、私は部屋を辞して屋敷の縁側に座って待っていることにする。
廊下を通って縁側に向かうと、そこには来客のフェンリスの姿があった。
「あ……フェンリス」
私が気付いて名を呼ぶと、代わり映えしない庭園を眺めていたフェンリスは視線を寄越して片手を挙げた。
「よう」
「来てたんですね。ごめんなさい、出迎えもせずに」
「いや…………うむ」
「?」
ぺこりと下げていた頭をあげると、フェンリスは何故か難しい顔をしていた。
「なんですか?」
「なんつーか、チビラギお前、変わったな」
「そう、ですか?」
「俺と初めて会った頃のお前だったら、出迎えがどうとか全く気にしなかっただろ」
そう言われてみればその通りかもしれないが、それは単にあの頃の私が世間知らずであっただけだと思う。いや、今も世間を知ったなどとは口が裂けても言えたものではないが、あの頃よりはマシになったということで。
この変化は、おかあさんにとってはきっと望まざるものなのだと思う。だって私がミヤではない自我を育んでいけばいくほど、それは私という存在がミヤから遠ざかっていくということに他ならないだろうから。
しかし、それを思えば先程のおかあさんの判断は少々不思議ではあった。何故彼女は次の私を作らないのだろうか。仮に次の私には自我が芽生えず物言わぬ肉になってしまうのだとしても、そしたらまた次にいけばいいだけだと思う。逆に言えば次の私には今度こそミヤの自我が目覚める可能性だって誰にも否定は出来ないのだから、成功するまで試し続ければいいのだ。
だって、イモータルであるおかあさんには時間的な制約なんてないのだから。
ちょうどいいので、フェンリスに訊いてみよう。私は縁側から降りて庭園に出ると、フェンリスの隣に立って彼を見上げた。
「――――ということなんですけど、何故おかあさんは次の私を作らないのでしょうか?」
「そらぁお前が大事だからだろ」
「でも私はミヤじゃないですよ?」
「ミヤ・スメラギ、か……」
フェンリスは一瞬だけ遠い目をして、それから私の頭に片手を乗せた。
乱暴に撫ぜられて、私の頭が首からがくがくと揺れ動く。
私の視界もがっくがくだ。
「確かにお前はミヤじゃねえ、かもしれない。だが、だからってお前が大事にされない理由にはならねえよ」
「でも、」
「でもじゃない。考えてもみろ、サヤは子供への愛情が激重な女ってことだろ。なんせ逝っちまった娘を生き返らせるために、人間を辞めてウン百年も研究し続けるようなやつだ」
「はい。だからミヤじゃない私なんて、」
「だからよ、形はどうあれアイツが生み出した『娘』であるお前を蔑ろにできるわけがねえんだ」
弾かれたように再度フェンリスを見上げると、彼はニヤリと笑って見せた。
「まあ? つってもサヤもお前も似た者親子でコミュ障拗らせて家出娘が出奔したりもしてたわけだが?」
「うっ……その節は、」
「サヤが何をしようとしてるのかは知らねえが、それでもしお前がミヤになれたなら万々歳だ。だが例えお前がミヤになれなかったとしても、だったらお前はミヤの妹っつうだけの話だ」
「いも、うと」
「その発想はなかったって顔してるが、要はどうあがいても結局お前はサヤの娘だってこった」
◇◇◇
「準備は整った」
再度場面はおかあさんの部屋に戻り、私は同じようにおかあさんの正面に正座で座る。ちなみにフェンリスも居る。彼は部屋の入口のところで立ったまま話を聞くつもりのようだ。
「方針はこう。キミの魂に残る前世の記憶から、ミヤの存在をサルベージする」
「可能なのか?」
口を挟んだフェンリスを一瞥し、おかあさんは淡々と続ける。
「方法はある。無論、尋常な方法ではない」
「具体的には?」
「キミ達も知っての通り、私の使う死霊術には、魂を代償にして効果を得るものが存在する」
私は頷く。おかあさんの魔法技能をある程度継承している私も同様のことが出来る。クオリティはともかく。
おかあさんレベルになると自身の魂を分割してそれを代償に魔法を使うことも出来るけど、私の技量ではまだそこまでは出来ない。やろうと思えば出来るかもしれないけど、そのまま死んじゃう可能性が高過ぎるので。
なので、基本的には魂を代償にした魔法というのは他者のそれを使うのだ。例えばバッヘルで私が『スコルピオン種』の魂を使って行ったように、近くで死した者の魂を利用する方法。あるいはおかあさんが殉教者を使ってやっているらしい、自らが殺めた者の魂を利用する方法。共通している条件は、死したばかりの新鮮な魂を用いる必要があるということだ。
「死んだ魂の残留魔力を発動媒体に利用してるだけだと思ってたが……違うのか?」
「その認識で正しい」
「だとすれば、そんな大それたことができるとはとても思えねえな」
フェンリスの言葉に私も同意だった。
おかあさんが言うところの死霊術とは、なにも他人の魂を勝手に使って魔法の燃料にしているというわけではなくて、あくまでも死んで失われてしまう魂から、最早何にも消費されることが無い魔力ロスを取り出して有効活用させてもらっているだけなのだ。だからフェンリスの言う通り、それ自体に大それた意味があるわけではなく、活用法も単純なものが多い。
では何故わざわざ魂を用いるのかというと、その魂が有していたパーソナリティの影響がまったくないわけではないからだ。一番わかりやすいところで言うと怒りや恨みなどの強い感情だ。それらを宿した魂を利用して発動した攻撃魔法は相応に凶悪で強力になったりする。
おかあさんはもう一度「正しい」とフェンリスを肯定した。
「大それた真似をするには、大それた魂が必要だ」
「道理だな。昇格者の魂でも使うか?」
「ある意味で正しいが、正解じゃない」
おかあさんはふるふると首を振ると、徐に私を見た。
「強い魂ならばなんでもいいわけじゃない。きちんと、用途にあった魂を選別して用いる必要がある。そしてそれは、キミが見つけてきてくれた」
「私が?」
私は首を傾げる。
つまり、私が最近会ったことのある相手の中に、おかあさんの目当ての魂の持ち主がいたということか。
そう考えた時、私はなんだか寒気を感じた気がして二の腕を擦った。
「ミヤの魂の輪廻の記憶を辿る。必要なのは『時間』を司る魂」
おかあさんが告げる魂の持ち主を、たぶん私は本能的に理解していた。
何故なら、おかあさんの言う通り、私は彼女のことを知っているからだ。
「昇格者の魂はイデアに寄り過ぎていてむしろ使い難い」
まさか――――
「だから、対象は未昇格の魂が望ましい」
まさか――――!
「よって」
おかあさんが手を翳し、溢れた魔力が虚空に形作る銀の鏡が、その姿を映し出した。
私を通しておかあさんが見付けた、特別な魂の持ち主。
ミヤを取り戻すためには特殊な魔法が必要で、その魔法の代償には特殊な魂を捧げなくてはならないのである。
つまり、
「………………うそだ」
鏡に映るのは、少し変わったあの少女だった。
当たり前みたいに私を見付けてくれる、可愛くて明るい、不思議な少女。
私が壊れそうになっていた時に、寄り添って励ましてくれた、素敵な少女だったのに、
「この少女に、死んでほしい」
おかあさんはこう言っている。
ミアベル・アトリーを殺せ、と。




