表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
八章_笑顔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

528/947

補完[スノードロップ-10]

・なんか書ききれなかったので明日も更新します。



 ~"ソウルジャック"ヘルガー~



 あたしがロンベルクを追い掛けて後ろから声を掛けると、彼女は大袈裟に肩を揺らして振り返った。

 その形相を見て、あたしは目を瞠る。あたしにとってメアリ・ラハール・ロンベルクという少女は単なる同級生の一人に過ぎず、個人的な付き合いもなかったため、その常の姿を克明に覚えているわけではない。朧げなイメージでしかないが、クレインワース侯爵令嬢の取り巻きの一人で、矢鱈と自信ありげな、そんでもって下位の人間を見下して顎で使うような傾向が散見される、まあ有り体に言ってあんまり仲良くなりたくないなと思わせるような印象の人物であった気がする。その頃のあたしってアシュタルテと出会う前だから、正真正銘ぼっち街道まっしぐらで、変なのに目を付けられていじめられたりしたら色々とまずいので、結構周囲には気を遣っていたのだ。ロンベルクはそういう意味では、あたしが真っ先に避けるべきと判断した人間の一人ではあったのだろう。

 で、そんなロンベルクであるが、というか彼女に限らずクレインワースの取り巻き全般に言えることだが、クレインワース本人がああいう人間――くっそプライドが高くて、自分自身にも一切妥協しない――なので、畢竟その下に集う令嬢達も洗練された佇まいの者が多かった。ロンベルクも例に漏れずそうだったはずなのだが、ところが今あたしの目の前に居る彼女はどうだ。

 一言でいえば、急病人だ。

 僅かに頬がこけてげっそりしていて、顔色は不自然に青白く、眼が血走っていて、うっすらと隈も見える。まだ化粧で誤魔化せる程度だし、かつてのあたしのような長期慢性的な不調を匂わせるものではないにしろ、どう見ても健全ではない。たぶん、今この瞬間だけで比較したらあたしのほうが健康だと思う。



「なん、ですか…………誰」



 身構えたロンベルクが低く唸るような声で問うてくる。

 まるきり手負いの獣のような態度である。

 あたしは彼女の目を直接見ないようにしながら、掛けていたカラーグラスを少しずらして見せた。



「同級生のシュヴァルツ」


「…………ああ、貴女か」



 ロンベルクはあたしの存在くらいは認識していたようで、得心がいったような呟きと共にほんの少しだけだが態度が軟化したようだった。彼女はあたしの背後に控えるアイリスにも一瞥を向けたが、勿論その名を問うたりしないし、従者の存在は空気のように無視している。アイリスの性癖にやられて涙目になっているアシュタルテ(かわいい)のようなのが例外なだけで、ロンベルクの対応は貴族として至って真っ当である。



「なにしてるの? どこいくの?」


「貴女には関係ないでしょ」


「連れは居ないの? 荷物は?」


「関係ないっ」



 あたしの質問に答える気はないらしく、ロンベルクは踵を返して立ち去ろうとする。が、その動きは緩慢だ。あたしにはわりと覚えのある状態だからわかるけれど、たぶん満足に眠れていないのだろう。身体に疲労が溜まり過ぎていて、思うように動けないのだ。



「王都に拠点があるの? あるなら送っていく」


「いらない……!」


「でも、」


「ほっといてよッ!!」



 追い縋るあたしの手を振り払ったロンベルクは、しかしたったそれだけの動作で眩暈を覚えたように体勢が揺らぎ、その場に蹲ってしまう。そんな有様でどうしようというのか、とあたしは呆れというよりも純粋な疑問を覚えた。

 どうしていいかわからないので、とりあえずロンベルクの傍らにしゃがんで背中でもさすろうかと思うと、彼女はぺたりと座り込んだまま、地に着いた両手でがりりと砂利を掻く。



「なんでよ……! なんなのよ……っ!」


「ろんべるく?」


「どうせ……どうせ貴女も私を笑うんでしょ」


「笑ったりしないよ」


「うそ……嘘よ、だってアイツ等笑うんだもん。笑わないで、笑う…………笑った?」



 言葉を連ねつつ、だんだんとロンベルクの様子が怪しくなってくる。

 最初はあたしを跳ね除けるための言葉だったものが、いきなり何処かの誰かへの糾弾に変わり、そのまま自問を始める。あたしが思わずアイリスのほうを見上げると、彼女は神妙な顔で眉根を寄せていた。

 ロンベルクの瞳は明らかに異常な動きをしていて、あたし達には見えない何かに怯えているかのようだった。



「笑ってない。笑うはずない。笑ってない。笑ったでしょ。笑って――」


「もういい」



 あたしが強引にロンベルクの身体を抱き込み、彼女の頭を胸に押し付けると、彼女はそれでも無抵抗で呟きだけを続けていた。

 声を掛けてみて正解だった。これは、どう見てもヤバい。



「アイリス」


「はい」


「予定変更。近くで宿を手配して。それとロンベルクの従者を探して――」


「委細、お任せください」



 真面目にやればちゃんと頼りになるアイリスが力強く頷いてくれたので、あたしは安心して彼女に任せ、自分はロンベルクに寄り添っておく。あたしの胸の中に収まった彼女は、壊れてしまったようにずっと同じ言葉を繰り返していた。





 ◇◇◇





 アイリスが手配してくれた宿の一室に身を落ち着けると、しばらくしてロンベルクは徐々に正気を取り戻していた。もう反発する気力もないのか、部屋のベッドに腰掛けたままぼんやりとしている。

 ロンベルクは金色の髪を長く伸ばした、垢抜けた雰囲気の少女であった。クレインワースの装いに憧れてリスペクトしているのがよくわかるが、さりとて模倣ではなく自分のスタイルを確立することを諦めない、忠誠心と野心が綯交ぜになったような人間性。あたしが知っていることは多くないが、こうして間近で見てみれば、体調を崩していても輝きの片鱗を覗かせる綺麗な子であった。

 故にこそ、痛ましい。

 自らを映えさせるためのものであったはずの化粧は眼の下の隈を隠すためのものに代わり、丹念に育ててきたのであろう見事なロングヘアは艶を失いつつある。柔らかそうな唇も渇いて微かに罅割れ、なによりも、自ずから輝くようなオーラが微塵も感じられない。

 言葉を選ばずに言えば、今のロンベルクはかつての洒脱な少女の『残骸』だった。



「うちのメイド、撒いたの」


「自分で? なんで?」


「笑うから」



 ぽつぽつと事情を話してくれたロンベルクによると、彼女があの場に一人で居たのは、供として連れて来ていた実家のメイドから逃げてきたかららしい。そもそもロンベルク一行が王都を訪れたのはアイリスの予想通りに後期から学院に復帰するためであり、直接エンディミオンに向かうつもりだったようだ。



「お付のメイドに、その、笑われているの?」



 つまり、馬鹿にされているのかとあたしが問うと、ロンベルクは即座に答える。



「そんなわけないでしょ」


「え?」


「そんなメイドが居たらクビよクビ」



 あたしはちらっとアイリスを見た。後ろで控えていたアイリスは白々しく不思議そうな顔をしていた。『え? そんなメイドおる?』とでも言わんばかりの顔で腹立つ。おまえンことだぞ。



「ファニタもテレザも私が小さい頃から一緒のメイドだもん。私のこと笑ったりするはずない」


「そうだよね」


「アイツ等が私を笑うのよ。絶対笑ってるもん。皆私のことを笑ってるのよ」



 あたしは頷いておく。ロンベルクの言葉は支離滅裂だ。外見上は落ち着いているように見えても、先程の錯乱状態から主張自体は変わっていない。ロンベルクには周囲の人間が嘲笑を向けてくるように見えていて、その状況に耐えかねて、他者の視線を避けるために逃げ出したのだ。

 ちなみにファニタとテレザはロンベルク伯爵家に勤めるメイドで、令嬢メアリの幼少期から専属で世話をしている者達だ。学院にも当然のように同行していて、主従の固い絆で結ばれているというよりは、ロンベルクのことを手の掛かる妹のように想って慈しんでいるという印象だった。

 というのも、実はその二人、現在同じ宿のすぐ近くの部屋に居るのだ。メイドを撒いて逃げ出したロンベルクであったが、彼女の体調ではそう遠くに移動することも出来なかったため、あの後アイリスが周囲を探したら然程苦も無くメイド達に接触することが出来た。ロンベルクのことを必死に探していた彼女等に、こちらで無事に保護していることを伝えると心底安堵したような表情で感謝を告げてきたし、あの様子を見ればメイド達が単なる職務以上の情愛を以てロンベルクに寄り添っているのは明らかだった。

 彼女等がロンベルクを嘲笑うような真似をするとは到底思えなかったし、ロンベルク本人もそんなことはわかっているのだろう。


 メイド達が言うには、夜会での一件を受けて実家で謹慎していたロンベルクだが、学院への復帰には前向きだったらしい。犯した罪に対して開き直っているわけではなく、一応彼女なりに反省をしていたのだ。

 学院に居た頃はクレインワースの後ろ盾を使って好き放題していた彼女にとって、復帰することは必ずしも易い選択肢ではない。何故なら学生間の認識においては彼女は罪人であり、立場は失墜し、今度は彼女のほうが虐げられる立場に変わるからだ。それでも復帰を決めたのは家の風聞を慮った父親の判断に従っただけではなく、彼女本人がそれを望んだからでもあった。ロンベルク本人ほどではないにしろ、同家のメイド二人にとっても学院は居心地のいい場所ではなくなっているだろう。謂わば、ロンベルク伯爵家そのものがそういう立場に置かれてしまっているから。しかしファニタとテレザは自ら望んでロンベルクに同行し、彼女の学院生活をサポートすることを望んだのである。


 そうして強い覚悟と決心を以て王都に戻ってきたロンベルク主従であったのだが、状況が急変する。

 王都の駅で鉄道馬車を降りたあたりから顕著になったのだという。

 ロンベルクの精神状態が急激に悪化し始めたのだ。もともと、実家に居た頃からストレス等の理由で若干心身を持ち崩していたロンベルクであったが、しかし学院への復帰にゴーサインが出せる程度には真っ当だったようだ。

 それが王都に来て、なにがきっかけになったのかはわからないが、ロンベルクは取り乱すようになる。急激な変化にメイド二人はどうすることも出来ず、とにかく学院へ向かおうと旅程を大幅に繰り上げた。エンディミオンであれば学生をサポートする施設や要員も整っているからだ。そして急遽の予定変更で移動の脚などを手配しようとメイド達が慌ただしくしている、ほんの僅かな隙を突いてロンベルクが居なくなったという顛末だった。


 メイド達には当然ロンベルクを嘲弄したような心当たりはなさそうだが、自分達が一因となってロンベルクの錯乱を引き起こしている可能性は否めないので、安易な接触は避けてとりあえずあたし達に事情を訊いてみてほしいと頼んできたのである。



「貴女も、どうせ私のこと笑ってるんでしょ」


「笑ってるように見える?」



 勿論あたしは彼女のことを笑ったりしないし、そういう意図もない。というか言ってはアレだけど、正直なところそれほどこの子に興味も関心もないのである。

 だからあたしは笑っていないのだと説明してもロンベルクには通じない。だって彼女は全然あたしの顔を見ないのだ。あたしが苦労して視線を合わせないようにするまでもなく、ロンベルクがこちらを見ようとしない。

 もし顔を見て、そこに嘲笑があったらと恐れているのだ。



「…………」



 どうしたものか。あたしは悩んでいた。見過ごすことも出来なくて首を突っ込んだけど、どうしていいかわからない。

 普通であれば悩む余地など無い。ロンベルクの状態がどうであれ、一介の学生の手には余ることだからだ。

 しかし、何の因果かあたしの手札にはロンベルクの現状を解決出来るかもしれないカードがある。あたしの『ソウルジャック』であれば、ロンベルクの魂の部屋を観測して、上位法則を介して彼女の異常を取り除くことが出来るかもしれない。

 リヒトベルガー先輩の時に一度成功しているのだから、実績はある。だからとて、あたしはそれを軽々しく実行することは出来ないのだ。それは間違っても精神の治療などではなく、他者の魂を覗き見てあたしの望むほうへと捻じ曲げているだけなのだから。よしんば魂の部屋の内観に干渉することなく、ただ観測だけをして異常の原因を突き止めるということは可能だろうし、それをするとしても、魂の部屋を見るということはどんなプライベートを覗き見るよりも赤裸々に相手を知ってしまうということに他ならない。しかも、それを本質的に理解出来る者はたぶんあたし以外に存在しないし、死霊術(ネクロマンシー)や魂に理解がある学院長先生ですら、本質的な理解には至らないであろう。


 だが、事態はあたしが悠長に結論を出すのを待ってはくれなかった。

 例え本質的な理解が難しいとしても、とりあえず説明だけはしてみようとあたしが口を開いた瞬間であった。



「ひっ」



 小さな悲鳴を上げたロンベルクが、両手で自身の耳を覆ったのだ。

 まるであたしの発言を聞きたくないが故の行動にも思えるタイミングだったが、それにしては様子が変だ。



「わ、笑うな……やめて、笑わないで……!」


「ロンベルク? ロンベルクっ!」


「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……!」



 尋常ではなく引き攣った顔で、ぎょろぎょろと両目を動かしながら、ロンベルクは両手の爪が顔に食い込むほどの力で耳を塞ぎ続けている。あたしの呼び掛けにはまったく反応してくれないが、それは耳を塞いでいるからではなく、彼女の視界にそもそもあたしが映っていないのだ。

 ロンベルクの呼吸が急激に荒くなっていき、彼女は座っていたベッドから腰を浮かせて、髪を振り乱す勢いで四方八方を忙しなく睨みつけている。



「笑わないで…………黙ってよぉ…………わたしを笑うなアああアああああ!!!!」


「誰も笑ってない!! ロンベルク!! 落ち着いてッ!!」


「なんでよ! 黙ってよッ!? 笑うなって、言ってるでしょおおッ!!?」



 叫び声を聞きつけたのか、慌ただしく室外の廊下を駆けてきたロンベルクのメイド達が部屋に飛び込んでくる音が背後に聞こえる。

 それと同時、あたしの目の前でロンベルクは耳を塞いでいた片手を頭上に振り上げ、魔力を収束させる。宣言無しで発動したのは簡易的な斬撃魔法である。小さな魔力刃を構築するだけの簡単な魔法。威力も低いが、それでも大抵の刃物よりはよく斬れる。

 片手に魔力刃を握ったロンベルクは、あろうことかそれを自分の片耳目掛けて突っ込んだのだ。



「ろっ、」



 間一髪、あたしは彼女の名前を呼ぶよりも先に身体が動いていた。殆ど倒れるようにしてロンベルクの片腕に抱き着いたあたしのせいで、彼女の魔力刃は狙いを外してその頬を薄く切り裂くにとどまった。

 遅れて飛び寄ったアイリスと、ファニタとテレザも加えたメイド三人がかりで半狂乱のロンベルクを取り押さえようとするが、魔力を使って身体能力を強化している彼女を抑え込むのは容易ではない。こんな精神状態では真面な魔法など使えない程度の思考能力しかないはずだが、逆に言えばそうでなければデミですらないメイド三人など秒で一蹴されているはずだ。



「もうっ」



 悩んでいる暇も、迷っている時間もない。

 こうなってしまったら、もうやるしかなかった。



「そのまま押さえてて!」



 アイリス達に頼んで、あたしはカラーグラスを毟るように放ると、首に引っ掛けていた魔法具を装着する。『ソウルジャック』の発動を補助ないし阻害するために学院長先生が作ってくれた特別なアイテム。両耳に装着するタイプのそれをしっかりと掴み、あたしは心を澄ませる。

 ロンベルクの狂乱に重なるようにして、あたしの耳に静かに聞こえてくるのは、母なる潮騒のささめきであった。



「ロンベルク! こちらを見て!」


「あああああああああ! うるさいいい!! 声が、こえが響くのよオおおおおお!!」


「くっ」



 もう完全に正気ではなかった。

 発狂していると表現しても決して過言ではないだろう。

 そんな状態のロンベルクがあたしとしっかり視線を合わせてくれるわけもない。アイリス達に無理くり頭を押さえさせてでも、あたしのほうを見させるしかないのだが、しかしアイリス達も限界だ。それなりに力仕事もこなすメイドとはいえ、本気で抵抗する魔法使いを抑え込むことは至難の業だ。辛うじてなんとかなっているのは、メイドが三人がかりで、しかもロンベルクが未熟な少女であるからに過ぎない。



「ロンベルク! こっちを見ろ! 見なさいッ!!」



 あたしは身を乗り出して、遮二無二暴れるロンベルクや、それを押さえるアイリス達にぼこすか殴られつつも、なんとかロンベルクと視線を合わせようとする。あたしも必死過ぎて、最早自分でも何を言っているのかよくわかっていない。



「おまえ貴族だろ! あいつ(クレインワース)みたいになるんだろ! そんな有様でいいのかっ!?」


「やめてええええええ!! いやだ! いやなのおおおッ!!」


「ロンベルク!! 見なさいッ! ――――――――メアリ(・・・)!」



 その一瞬だけ。

 彼女の名前を読んだ刹那だけ、確かに彼女があたしを見た。

 あたしを見たのか、あたしを通して誰か別の人を見たのかはわからないが。


 条件は揃った。


 魔力が弾け、あたしの忌むべき魔法が発動する――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ