420話_side_Primrose_『剣の誓い』クランハウス
~"転生令嬢"プリムローズ~
というわけでおじさんを牽引して『剣の誓い』を訪ねた私である。
ここくらいの規模のクランになると、拠点であるクランハウスには当然のように受付係とか居るし、裏方専門の事務員とかも雇ってたりする。なので受付のお姉さまに来訪の旨を告げてベルさんを呼んでもらった。まさか超有名クランである『剣の誓い』に連れて来られるとは思っていなかったのか、非常に挙動不審で落ち着かない様子のおじさんと共に暫し待っていると、めちゃめちゃ慌ただしくベルさんが現れる。
「す、スレイさん! お待たせっ」
「どったのベルさん大慌てで」
「いやスレイさんが突然来るから」
アポなし突撃かましたのは悪かったけどさ。非礼は自覚してるから別に待たされても良かったし、だから受付さんにもそのように伝えたつもりだったのだけど。ゆっくり準備してくれてよかったんやでとベルさんに伝えてみると、彼女は「とんでもない」と首を振る。
「スレイさんを待たせるなんて、できるわけないじゃないか」
「えぇー……まあいいや」
なんか何言っても無駄そうなので、潔く諦めることにしよう。
個人的には普通のダチくらいの距離感で接してくれたほうが嬉しいんだけどなぁ。だからそこのおじさん、私に畏怖混じりの視線を向けるのはおやめなさい。別に『剣の誓い』にVIP待遇されてるわけじゃないから。
……たぶん。
というわけでおじさんと別れ、ベルさんの案内でセラフィーナちゃんの元を目指す。
え? おじさんどこ行ったって?
なんか知らんけどクリューガー子爵がサッと現れてスッと連れてったよね。まあベルさん曰く『クレメンスに任せとけば悪いようにはしない』とのことなので、お任せしたのだ。このクランの実質支配者である子爵の辣腕ぶりは私も知ってるし。
「ところで、結局あのおじさん誰?」
「あっはい」
知らんくせに話通しとったんかいワレェ。
化けの皮がはがれて正体が露呈した結果相変わらず適当なベルさんに経緯を説明する。というかそうなると恐ろしいのは、委細承知で動いていたようにしか見えなかったクリューガー子爵が一体どこからどうやって状況を把握し得たのかである。怖いので考えないことにしよう。
シィナが宜しく言っていたということも含めてベルさんに伝え終えると、彼女は難しい顔をして唸る。
「ううむ。またか」
「また?」
「うん。最近、というかここ数日くらいだけど、そういう話をよく聞くんだ」
そういう話というのは、つまりおじさんが見舞われたようなトラブルという意味だ。ベルさんが言うには、大袈裟ではなく日を追うごとに加速度的にトラブルの件数が増えているのだとか。まだ私の耳にはそれらしい報告は入っていないが、巨大クランのサブリーダーを務めるベルさんのほうが単純に多くの情報に触れる機会があるということだろう。私の麾下は十人程度だが、ベルさんの下には百人規模のクランメンバーが居るわけだし。もっと言えば『剣の誓い』は高位クランの内では比較的少数精鋭とはいえ、クランに関わる人間の数ってなにも構成員だけに限らないのだ。
ともかく、そういうことなら今日にでも、私のところにもブラピあたりから報告が上がってくるかもな。
「なんというかね、聞いてると『歯止めの効かない』人間が増えているような印象を受けるよ」
「暴走しがちってこと?」
「うーん……連日増えてきてる事件で加害側に回る人達っていうのはさ、元々強い思想を持ってたりとか、激しやすい人柄だったりってのが多いんだ。逆に言うと、元々冷静だったり、感情の振れ幅が小さいような人は、別に全然変わりなく日々を過ごしてる感じ。実際ウチのクランの人間からはやらかす人は今のところ出てないからね」
「要は、今までは理性で我慢できてたキレやすい人が、我慢できずにブチ切れちゃう事案が多くなってるってことかしら」
「それに近い。あと危ないのは、思い込みが激しい人とかかな。まだ私の所感でしかないけど、加害衝動とか、破滅願望とか、特にそういう負の情動が制御を失ってる気がするよね」
殊更におかしいのは、とベルさんは続ける。
「そんな状況に疑問を持ってる人が、やけに少ないんだ」
元々、最近は『赤原同盟』の暴走もあってそういうトラブルが増加傾向にあった。だから現状もその延長線上であるとして深刻に捉えていない人が多いだけなのかもしれないが、だからといって状況の急変に対して、誰もがあまりにも鈍感に過ぎる。
ベルさんはそんな状況を正しく疑問に思えているように、例外が居ないわけではないのだろうが、では例外となる条件はなんぞやかと問われると結局よくわからないのであった。
というわけでセラフィーナちゃんの姿を求めて私達が辿り着いたのは、『剣の誓い』のクランハウスの裏手に存在している広場であった。クランハウスの庭というよりは、ただ単に土地が余っているだけという風情のだだっ広い空間で、クランハウスが『剣の誓い』に貸し出されている現在は、どうやら構成員の鍛錬のための運動場として活用されているようだ。
わりと派手に動き回っても全然余裕そうな広さがある。まあ、懐かしき我が祖国(日本)とは違って、リヒティナリア王国は基本的に土地が有り余っているので、全く珍しいものではない。
んで、クランの構成員と思しき討伐者達が、普段ならばそれぞれに身体を動かしている光景が見られるのだろうが、現在に限って言えば大部分の人間が広場の外周によって、どことなく呆けたような面持ちで上を見上げている。
その視線の先には、高速で動き回る魔力の輝きがあった。
魔力を纏って三次元的な空間戦闘を演じている、二人の人間だった。
片や、二つ名の由来ともなった蒼い雷の魔力を纏った少年。ベルさんの息子で私の同級生でもあるルークくんだ。見覚えのある大剣を手に、鋭角的な軌道で空をビュンビュン飛び回っている。
まあ彼はいい。知ってたし、見たこともある。
問題はその相手。
淡い桜色の魔力を纏って、ルークくんに比べればだいぶおっかなびっくりな調子で跳ねまわっているのは、誰あろう主人公ちゃんではないか。
彼女の背にはX字を描く魔力の光芒が長く伸びており、飛行魔法というよりはその前身とされる機動魔法の類だろう。翼というよりは翅であり、更に言えば刃のようにも見える鋭い輝きはつまり推進器の噴射炎である。
私の『ChU2W』やユーフォリアちゃんの『虹霓閃華』と同じ発想の機動方式であり、航空力学的には決して褒められたものではないながらも、術理学的にはそこそこイケてるブレード・スタビライザーというメソッドなのだ。
あはは嘘やろ……もう空とんでらァ
乾いた笑いしか出ない。
隣のベルさんも呆然としている。
誰だ主人公ちゃんにあんなイカれた空戦思想植え付けたヤツ。きっと私以外の誰かに違いないな!
主人公ちゃんの片手にはいつかに目にしたマギアドライブ搭載型の片手剣が握られていて、それでルークくんの大剣と打ち合っているというよりは、彼の飛来する斬撃をなんとかいなして叩き落されないように踏ん張っているというところか。
現時点では練度の差は明らかだが、逆に、多少なりともルークくんに張り合えてることがまず異常なんだよなぁ。
「ベルさん? おーい」
どうしてこうなった、と原因を探ろうとベルさんを呼んでみるが、ダメだまだ現実を受け入れられていない。
少女みたいな顔で空を見上げている彼女をそっとしておいて、他に誰か話せそうな相手は居ないかと、周囲で見物している人達に視線を巡らせると、その中に一人の少年を見付けた。
「やほ。ランディーボーイ」
似非外国人風に声を掛けつつ歩み寄ると、ランディー少年は空戦から視線を切ってこちらに寄越した。
「あれ、スレイじゃん。なんでいんの?」
「ちょっとね」
そんなことはいいんだ。重要じゃない。
「ねぇどうしちゃったのアレ」
主に主人公ちゃんを指差して訊いてみると、ランディーくんはしかめっ面で応じた。
「さぁ? なんかあのミアベルってのがいきなり『これからは空戦の時代が来るっ!』とか言って飛び始めた」
「…………」
流石の私も絶句したよね。
「アイツ絶対おかしいよなー」
ランディーくんはいつも真面なことを言ってくれて、私たいへん心強く思います。
マジでおかしいよねあの子。
一体誰の影響であんなんなっちゃったんだろう。全く見当もつかない。
とか言ってるうちにベルさんが正気を取り戻して、眦を吊り上げて叫ぶ。
「こらー!! 危ないことするんじゃなぁーい!!」
討伐者って危ないことするのが仕事だけども、それとこれとは話が違うもんな。
ノエルちゃんとかの水魔法使いも居るだろうし、ちょっと怪我したくらいならどうとでも治せるけれど、ちょっとの事故でそのままぽっくり逝く可能性だってある。特にこういう実戦形式の訓練だと危険度も段違いだ。主人公ちゃんの異常性(精神的な意味でなく)を知っている私からすれば、むしろそんな事故で死んでくれるなら苦労なんてしないと言いたいところだが、その事情はベルさんには関係ない。
魔法の練習をしているうちに興が乗ってきちゃってこうなっただけだったのか、ベルさんに地上から怒られて我に返った様子の主人公ちゃんとルークくんは、バツが悪そうな顔をしてすごすごと降りてくる。
と、そんな主人公ちゃんの視線が私の姿を捉え、エメラルドの瞳がまるく見開かれた。
「ア
更に同時、ベルさんの声に驚いてこちらを見たのは、友人達と一緒に見物していたと思われるマルグリットちゃんであり、やはり彼女も私の存在に気付いて表情を変えた。
「て
二人ともが次の瞬間には満面の笑みを浮かべて何かを言い掛け、
「――スレイさん!!」
そしてそれを掻き消す大声が響く。
クソでかボイスで私の名前を呼んだのは、ランディーくんとは別のところに居たらしいセラフィーナちゃんだった。呼ばれた私がそちらを見遣ると、めちゃめちゃ笑顔のセラフィーナちゃんがててててーっっと駆け寄ってきて、あっという間に目の前まで来て急停止した。
駆け寄るのに一生懸命過ぎて何を言うか考えていなかったのか、私の真正面にやってきたセラフィーナちゃんは少しばかり言葉に詰まって、それから恥ずかしそうに上目遣いではにかんで見せた。
「あの、えと、こんにちわ……」
えへ、と誤魔化すように笑うセラフィーナちゃんプライスレス。
キミさては私の妹になる気だな(混乱)。
私に対するセラフィーナちゃんの好感度の振れ幅が、お姉さんもうわからなくなってきたよ。
ちなみに主人公ちゃんとマルグリットちゃんは中途半端な表情と態勢のまま、そこはかとなく愕然とした雰囲気で固まっている。
なにはともあれ、挨拶は返さねばなるまい。挨拶大事。
「やほ。セラフィーナちゃん」
「はいっ!」
眩しいんだが?
セラフィーナちゃんの凄まじい満点スマイルに毒気を抜かれたのか、ベルさんも怒気を鎮めて、若干呆れたようなそれでいて羨ましそうな視線を私に向けてくる。
「セラちゃん、ほんとにスレイさんが好きだねぇ」
なんでそんなに好かれてるのさと恨めしい顔をされても私が困る。私が訊きたいんだが?
なんか、私の目の前に立ってくりくりと上目で見詰めてくるこの感じ、ほぼほぼヴェルメリオなんだが既視感凄いですね。
信じられるか、このわんこ少女、最初は私のこと嘲笑してたんだぜ……?
まあそれはともかく、
「ちょうどよかったセラフィーナちゃん」
「はい?」
「実は、貴女に会いに来たのよ。私」
誤差ではあっただろうけど、セラフィーナちゃんのほうから来てくれて手間が省けたのは事実だ。そう思って私が言うと、何故かセラフィーナちゃんは嬉し恥ずかしそうにもぢもぢし始め、そして主人公ちゃんとマルグリットちゃんは雷に打たれたようにショックを受けた表情になり、その場に崩れ落ちた。
いやほんとなんなん?
困惑通り越してちょっと怖くなってきたんだけど。
誰かこの状況を解説してくれ、と助けを求めて頼りになるランディーくんのほうを見遣ると、彼は投げ遣りな顔で完璧な解答をくれた。
「リスティでも呼んで来いよ」




