417話_sideout_黒い森
本日は雨模様ということで、フェンリス一行はちょうど屋根のように岩場が張り出した崖を見付けて、切り立った崖下で雨を凌ぎながら野営をすることにした。
雨脚は然程強くはないが、しとしと降り続き、今のところ止む気配もない。
「わたし、最近ちょっと萎えぽよなんですよね」
そんな折、脈絡もなく現れて、脈絡もなくそんなことを宣う黒衣の少女に対して、フェンリスは可もなく不可もなくどうでもいい相槌を返した。そんな冷たい反応にめげることなく、というか気にもせず、少女は勝手に言葉を続ける。
「ほらぁ、ベルフェルテさんが黒幕ムーブかましてるせいで、皆さんあの人に夢中でしょう? ちょっとあの人、顔出しするの早すぎたと思いません?」
「思いません」
「やっぱりそう思いますよね。なんなんでしょうねアレ。愛されキャラでも目指してるんですかね」
ぷんぷん、と安っぽいジェスチャーで怒りを表現しつつ、地べたに三角座りで近くの焚火に枝とか葉っぱとか芋虫とかを放り込み続けているのは、今日も今日とて黒一色の装いが辛気臭いレムナントであった。
ヘドロのような闇を押し込めた瞳が、焚火の輝きでチロチロと揺れているように見える。
道中で拾ってきた枝葉を使ってフェンリスが火を熾した辺りで、唐突にレムナントが訪ねてきたのだ。勿論フェンリスは無視しようと試みたが、こちらが無視していようが勝手に居座って勝手に喋り始めるのがこのレムナントという少女だ。
火の番をしながら胡坐をかいていたフェンリスは、諦めてレムナントの相手をしてやることにする。放っておくと冗談抜きに永遠に居そうなので、とっとと話を終わらせて満足させてお帰り願おうという次第である。
「まあ、ベルフェは昔からそういうところがあるな」
「あんなドスケベボディしてるくせに『ほむぅ』とか言うんですよあの人。狙い過ぎてキモいしあざといと思いません!?」
「アンタも大概だがな」
普通に同族嫌悪なのではないかとフェンリスは思った。
ちなみにベルフェルテのそれは、フェンリスの知る限り昔から彼女の口癖であったので、別に男受けを狙ってやっているわけではないとは思う。ついでに言えばドスケベボディも昔からだ。
「んで、アンタはベルフェが人気者なのが面白くないと」
「そーは言いませんけどー。あの人のせいで色々台無しになったのは否めないところですねぇ」
「あん?」
フェンリスが疑問に眉を顰めると、レムナントは濁った眼光をぐるぐるしながら溜息を吐いた。
「今回ですね、わたしこれでも結構頑張って営業してたんですよ。色んなところにそれとなーく布石打って、ワンちゃんとかにこっそりヒントばら撒いたりして、不特定少数に目撃されるように意味もなくその辺歩いてみたりもしたしぃ」
「……なにがしてえんだ?」
「黒幕ごっこ。さあ賢明なあなた達はわたしの元に辿り着くことができるかしらうふふっ――みたいなことがしたかったんです」
「楽しいのかそれ」
「ドスケベほむほむが出しゃばってくるまでは楽しかったです」
相変わらずの享楽的な思考回路は理解が不能だったが、少女の言うことをフェンリスなりに咀嚼して無理矢理理解するとすれば、要するにレムナントがチキンレース(?)を楽しんでいたところに横からベルフェルテが乱入してきて、レムナントのレースの参加者の興味を根こそぎ奪い取っていってしまった、ということだろうおそらく。
そして一人ぽつねんと取り残されてしまった憐れなレムナントは、こんなところでグチグチくだを巻いているわけだ。愚痴るのは構わないが他所でやれとフェンリスは切実に言いたかった。
「あーつまり、黒幕ごっこで遊んでいたら本当の黒幕が出てきちゃって順当に惨敗、負け犬、解散! ってことか」
「事実陳列罪ヤメロぉ! フェンリスおまえ憐れなレムナントちゃんをいじめて楽しいのか!?」
「わりと楽しい」
「あなたには人の心がないんですか……?」
「魔物に言う台詞じゃねえだろソレ」
ついでに言えば、魔物云々を抜きにしてもレムナントにだけは言われたくない台詞である。
「あそうだ! ではこうしましょうっ」
いきなり表情を明るくしたレムナントに、どうせ碌なことを言わないだろうと予想しながらも、早く終わらせたいフェンリスは嫌々続きを促す。
「フェンリスさん、わたしと二人でベルフェルテさんを打倒しましょう!」
「なんで?」
本当に、なんでとしか言いようがない提案であった。
レムナントは自らの思い付きへの快哉を表すように軽やかに立ち上がり勢い余ってぴょんと跳ね、その拍子に彼女の黒いロングドレスのスカートがふわりと舞った。
「だってぇ、なぁんか全部あの人の思い通りって感じで面白くなーい。こういうの、ぶち壊したくなってきません? 上手くいったと思ってほくそ笑んでる鼻っ柱を横からぶっ叩いて台無しにしてやりたいと思っちゃったりなんかしたりしません!?」
くるくると楽し気に回るレムナントを見もせずに、フェンリスは彼女のスカートに焚火が燃え移らないようにさりげなくガードしつつ、適当に口を開いた。
「じゃあ俺がベルフェを足止めするから、アンタはドラ子をなんとかしてくれ」
「ヒェッ…………わたしに死ねって言ってますぅ?」
「おう」
冷や水を浴びせられたように一気に冷静になったレムナントが、その場にすとんと腰を落とした。
ベルフェルテに喧嘩を売りたいのなら好きにすればいいとフェンリスは思うが、とりあえず一人でやれと言いたい。ついでに一応言っておくと、レムナントにベルフェルテの相手を任せてフェンリスがドラ子こと『サラマンデルロード』と相対するという選択肢は存在しない。
勿論、フェンリスは死にたくないからである。
「はぁーあ。結局あと一週間は待ち惚けですか」
がっくしと肩を落としたレムナントがやけに具体的な日数を言うので、フェンリスは眉を顰めた。
こうしてフェンリス達が黒い森で焦れた日々を過ごしているのは、偏にベルフェルテが行動を起こすタイミングがわからないからであった。フェンリス達の目的にとってはベルフェルテが動くのを必ずしも待つ必要はないのだが、どうせなら彼女が起こした騒乱に乗っかったほうが結果的にはやりやすいだろうという判断だ。ベルフェルテに睨まれると面倒くさいので、火事場泥棒的に目的達成しようという魂胆でもある。
「なんで一週間なんだ?」
「我らが王子殿下のお誕生日パーティーが王都であるからですけど?」
レムナント曰く、今から一週間後に現王家の第一王子の生誕記念日を祝う催しがあるそうだ。ベルフェルテが行動を起こすために機を窺っているとすれば、おそらくそこに合わせてくるだろうということだ。
催し自体は王都の王宮で開かれるのでこの街にはなんの影響もないが、重要なのは王国貴族にとって重要な意味を持つイベントが王都で開催されれば、それだけ王都に人間が集まり、注目も集まり、警戒も集まり、相対的にそれ以外の地域は手薄になるということだ。
例えば、ここでベルフェルテがオンスロートを率いたとして、対処に動く王国貴族の初動は間違いなく平時よりも遅れるだろう。
「なるほどな。ソイツは確かに」
この有意義な情報を聞けただけでも、我慢してレムナントの戯れに付き合ってやった甲斐があったというものだ。
「てかアンタ、一応いいとこのお嬢様だろう。アンタは出席しなくていいのか?」
「出るわけないじゃないですか」
「王子様とやらに興味はねえのか?」
「うくく、あると思います?」
知るか、とフェンリスがにべもなく応じると、レムナントは厭らしい笑みを深める。
「まあ実際、第一王子さんってわたしよりもだいぶ年上だし、婚約者も決まっちゃってますからね。そういう意味では行く意味薄いですよ」
「そういうもんか」
「ですです。これが第二王子さんだったら、たぶん未婚の女子(笑)が大挙して押し寄せますよー?」
レムナントの言葉に、フェンリスは内心で「いつの時代も変わらねえな」とぼやきつつ、適当な枝を火にくべる。
要するに主賓に決まった相手が居なければ、催しものは自然と『相手選び』という側面を帯びてくるが、今回はそうでないということだ。どちらかというと顔繋ぎ目的の有力者なんかが多く湧くことになるのだろう。
尤も、とは言えども件の第二王子を始めとした未婚の高位貴族が出席する可能性は当然低くないので、出会いを求めてワンチャン参加する者もそれなりに居るだろうというのがレムナント情報だった。
然程興味もないフェンリスが適当に聞き流していると、レムナントは先程のフェンリスの呟きに言及する。
「あなたの言う『時代』がいつのことか存じませんけど、わりと最近は変わってきてると思います」
「そうなのか?」
「そうなのよ。貴族社会の潮流っていうか、結構自由恋愛を推奨する気風になってきてますもん」
レムナント曰く、第一王子の場合はフィアンセの選考基準はガチガチに古風な、家同士の契約的な意味合いが強い家柄第一のものであったらしい。フェンリスが知るところの貴族社会というのがほぼそれだ。ところが、そうなると逆に、次に来る第二王子のフィアンセには今風の、つまり自由恋愛的な選考基準が採用されるのではないかと一部の貴族女子の間で囁かれているらしい。
そうであってほしいという女どもの願望でしかないのではないかとフェンリスは思ったが、どうやらレムナントが告げた昨今の貴族社会の潮流や、リヒティナリア王家の気風を鑑みるに、それほど現実味の薄い予想でもないそうだ。
無論フェンリスにとってはどうでもいいことなので、ふーんと聞き流しておいた。何が悲しくて悪天候の黒い森で得体の知れない女と昨今の恋愛情勢について語り合わねばならないのか。
「ところでフェンリスさん」
「ああ?」
「あの子どこ行っちゃったんです? ほら、チビラギちゃん」
思い出したように問いを投げ掛けられたフェンリスは、返事をする代わりに指で真上を指して見せた。それを視線で追ったレムナントの目に映るのは、雨避けの屋根となっている、崖上に張り出した岩盤の下面のみだ。
「え? この上に居るんですか? 雨なのに?」
「おう」
なんでまた、と目を丸くするレムナントに、フェンリスは「さあな」と肩を竦める。
「ナイーブな年頃なんだろ」
「ああ、唐突に雨に打たれたくなっちゃう系の拗らせですねわかります」
うんうんと頷く少女を胡乱気に見遣り、フェンリスはスメラギの名誉のために少しだけ喋ることにする。
「少し前にアイツが一時的に家に帰ったことがあるんだがよ」
「ほむほむ」
「そしたらなんかサヤが起きたんだと」
「よかったじゃないですか」
「ところがそれ以降、妙な様子でな」
ただでさえ多くはなかった口数がさらに減り、俯きがちに何かを考え込んでいることが増えた。フェンリスはとりあえず静観を貫いているが、メイドのスコールとハーティは心配半分興味半分で色々とウザ絡みしており、それでもスメラギの態度は変わらなかった。
「お母さんと喧嘩でもしたんですかね?」
「色々な意味で想像できねえ光景だが。まあサヤの奴となんかあったのは確かだろう」
あるいは、彼女の帰る家そのもので何かが起きたか、である。
そもそも小さいほうのスメラギことチビラギがフェンリス達に同行しているのは、大きいほうのスメラギことサヤが目覚めるまでの代役ということだったはずだ。つまりサヤが覚醒した今、チビラギがこの場に居る理由はもうないのだ。
それこそ、家に帰って存分に母親とのコミュニケーションを取ればいいのにとフェンリスですら思ったが、しかしチビラギはここに戻ってきて、そして悩ましい日々を過ごしているのだ。彼女の悩みの原因がどこにあるのかなど、誰でもわかろうというものだ。
「わたし、チビラギちゃんとお話してきてもいいですかぁ?」
と、いきなりレムナントがそんなことを言うので、フェンリスは「好きにしろよ」と返す。
何故かレムナントは、そんなフェンリスの返答に対し意外そうに目を見開いた。
「んだよ?」
「いえ、前回はあんなに過保護だったのに、今回はあっさりなんだなって」
前回というのはフェンリス達がバッヘルに赴く前に、この森でレムナントに会って『宵の霊薬』を受け取ったあの邂逅のことだろう。あの時フェンリスは、初見のスメラギに視覚系の魔法を掛けようとしたレムナントを妨害している。あの行為を指してフェンリスが過保護であったと言っているのであれば、それは勘違いだ。
「前回のあれで、アンタが油断ならない相手だってことはチビラギにもわかったはずだ。なら、以後はアイツの自己責任だろう。アンタが何を企んでるのかは知らんが、チビラギがそれに嵌ったとすれば、警戒を怠ったアイツが悪い」
「ふぅん……?」
勿論それはそれとして、その後でフェンリスがレムナントに報復をしようが、それはフェンリスの勝手である。などと口に出すことでもないので黙っておいたフェンリスの様子をどう受け取ったのか、レムナントは暫し目を細めて思考を回していたようだが、最終的には笑みを浮かべた。
唇が三日月の如く裂けた、異様な笑みである。面立ちが文句なしに整っている分、余計に異物感が際立つ。
彼女は踊るように立ち上がり、歌うように告げる。
「うくくっ、じゃあ遠慮なくイラナイこと吹き込んじゃおーっと♪」




