415話_side_Rex_パーチ_『剣の誓い』クランハウス
~"主人公の幼馴染"レックス~
「――なに? リッカが病気?」
パーチを訪ねてきたストレガさんから齎された情報に、俺は眉を顰めた。
思わず問い返した言葉が随分と強い口調になってしまったことをストレガさんに詫びると、彼女はからりと気持ちの良い笑みを浮かべて「てか気ぃつかう必要ないで」と許してくれた。
それはともかく、丁度俺が『最近リッカを見ていないな』などと考えていた矢先の出来事だったのだ。
「いつの話です?」
「ウチも詳しくは知らんけど、つい最近やで」
ストレガさんはしばらく前からリッカのパーティーに所属して一緒に活動しているはずなのだが、ここのところは色々なゴタゴタで思うように討伐者活動が出来ていなかったらしい。ストレガさん自身は『暇なものだ』と笑っていたが、パーティーを率いる立場であるリッカやナタリー女史が多忙で不在にしていることが多かったため、麾下のストレガさん達も活動を控えざるを得なかったのだ。
そして、そんな中で唐突に届けられた一報が先程のものであったわけだ。
「リッカはなんの病気なんですか?」
「さぁ、そこまでは聞いてへん。ウチもナタリーはんから又聞きしただけやし。なんや、他人にうつる病気やから言うて、フレデリカはんは自宅で大人しゅうしてるっちゅう話や」
「自宅というと……つまり女帝の家ということでしょうか」
「せや。めっっっちゃデカい家に住んでるらしいで? 知らんけど」
ちょっとした面会謝絶状態になっているというリッカが患った病気の正体は気になるが、普通は身内でもない相手にそこまで詳しく教えたりはしないだろうから、ストレガさんが詳細を知らないのは不思議なことではない。
ストレガさん達にそのことを通達したというナタリー女史はちゃんとリッカ本人から療養の旨を伝えられたそうなので、少なくとも命に関わるようなものではないと思っていいだろう。軽度の感染症とか、その類だろうか。
色々とキナ臭いことになっている情勢の最中での急な出来事だったので、どうしても余計なことを勘繰ってしまいそうになるが、とりあえずリッカが自宅に居る限りはよっぽど安全だろう。なにせ女帝のお膝元なのだから、情勢的には一番の安全地帯であるとすら言える。
「まあ、気になるんなら行ってみればええんとちゃう?」
「行くって、それはまさかリッカの家に、ですか?」
他にどこがあんねん、とストレガさんは呆れたような目をしているが、それはこちらの反応だと言いたい。
そんな俺の反応を胡乱気に眺めていたストレガさんは、ややあって不思議そうに小首を傾げた。
「あれ? コーリッジ君、自分ってフレデリカはんのコレやないん?」
コレ、と言って彼女が見せたのは指を立てる古典的なジェスチャーであった。
所謂恋人的なやつ。
「違いますよ」
「なんや、違うんかいな」
「一体どこからそんな話が出てきたんです?」
そんな根も葉もない噂話が囁かれているとすれば、俺はともかくとしてリッカに迷惑が掛かる。
事と次第によっては対処する必要があるかと思ってストレガさんに問うと、彼女は若干バツが悪そうに頬をかいた。
「ちゃうねん。ウチが早とちりしただけや」
「はぁ」
「いやな? 実を言うとウチ、別にこのことコーリッジ君に伝えに来るつもりもなかってん。わざわざ伝える義理もないし、勝手にしゃしゃり出るんもおかしな話やん」
それは確かに、と俺は頷く。
リッカが俺に病気のことを伝えようと思ったのだとすれば、彼女のほうでそのように手配するだろう。逆に伝えたくないという可能性だってあるのだから、頼まれても居ないストレガさんが勝手に俺にそれを話すのは、仮に善意だったとしても単なるお節介というかゴシップでしかないのだ。
ストレガさん自身もそれがわかっていて、それでもなおこうして俺に伝えたのは、
「フレデリカはんのこと聞いた時な、シトロンが言うねん。コーリッジ君には伝えておこう、みたいな」
「シトロンさんが?」
「せや。アイツが真面目にそんなこと言うもんやから、てっきり」
ストレガさんの勘違いの理由はわかったが、となると今度は、何故シトロンさんは俺にリッカの現状を伝えねばならないと考えたのか。新たな疑問が出てきてしまった。
ちなみにそのシトロンさんはいつも通りにストレガさんと連れ立って現れたのだが、この場には居ない。今頃はミアベルを始めとしたうちの女性陣に連行されてショッピングの最中だろう。ストレガさん達が本日パーチを訪ねてきた理由は主に二つあって、一つはフレデリカの現状を俺に説明すること。もう一つはあまりにもダサすぎるシトロンさんの私服をどうにかすること、である。
これまでに何度かパーチを訪れた際のシトロンさんはいつもの討伐者スタイルをしていたので、あれが半ば私服なのかと思いきやそういうわけでもないらしく、また討伐者スタイルの彼女は普通に可愛らしく洒落た装いをしているので、まさかセンスが壊滅的だと俺は思いもしなかったのだが、真相は単純で、あの討伐者スタイルを宛がったのは他でもないストレガさんだったのだ。要するにシトロンさんのセンスに任せると見られたものではなくなるので、気を利かせてストレガさんがコーディネートを請け負ったという形だ。
というわけで俺はシトロンさんの私服姿を知らないので想像するしかないのだが、実際に見知っているストレガさん曰く『三十年前のジュース瓶みたい』だそうだ。例えが意味不明過ぎて逆に興味をそそられると言えなくもないが、つまるところはそのくらいに感性が古臭くて現代にそぐわないと言いたいのだろう。たぶん。
「シトロンさんは、何故俺に伝えようと思ったんでしょうね」
「そんなんウチが訊きたいわ」
まあ、それは本人が戻ってきた際に尋ねればいいとして、正直なところリッカの現況は気になる。情勢的に何らかの裏事情があるのではないかと勘繰らざるを得ないし、そうでなくても病を患ったとなれば普通に心配だ。
しかしながら、俺が彼女の自宅にお見舞いに行けるのかと考えると、どう考えても無理だろう。
行ったところで十中八九門前払いを食らうだろうし、というか門前払いで済めばいいほうで、万が一にも女帝その人に出くわしてしまえばそれこそ撃退されかねない。ただでさえ男性討伐者へのあたりが強い女帝なので、孫娘に付き纏う悪い虫と見做されたら最後、穏便に帰してくれる未来が見えない。
歯痒いことだが、俺に出来ることはなさそうだ。
◇◇◇
しとしと、と雨の音がする。
その日の夜、討伐者活動を控えた束の間の余暇に、俺はたまたまミリティアさんと二人で話す機会があった。
クランハウスの談話室の片隅で、ぼんやりと物思いに耽っている彼女の姿を見付けたのだ。
ミリティアさんは同じグループに配属されているミアベルと専ら行動を共にしているが、現在この場にミアベルの姿はなく、もっと言えばお付のメイドであるリゼルさんの姿もない。
ミアベルは大方ロイド氏のところだろう。なにやら『マギドラちゃんとお話したいっ』とかなんとか言って、最近の彼女はロイド氏を精神的に追い詰めることに精を出していたのだが、先日遂にロイド氏が折れて、ミアベルの謎の野望がとうとう実現に向けて動き出してしまったわけだ。尤も、今のロイド氏が本腰を入れているタスクは魔法具製の義体の修理であり、つまりはラクサーシャさんの四肢を取り戻すための作業に他ならない。ミアベルの我儘の実現はロイド氏の気分転換程度の真剣度でしかなく、流石のミアベルもその辺りは弁えているのか文句もない。
というかまあミアベルのことだから、我儘みたいな理由をでっち上げてロイド氏の研究室に入り浸っているのは、ロイド氏の助手として働いているクリスティンやノエルさんの手伝いをするためというのもあるのだろう。
とにかく、そういうわけで今のミリティアさんは一人きりだ。
リゼルさんがどこに行ったのかは知らないが、ミリティアさんの護衛である彼女は外ではぴったり傍を離れないが、このクランハウスやパーチのように安全が確保されている場所では割と好き勝手に行動していることも多いのだ。
俺がミリティアさんの近くの椅子に腰かけると、彼女は視線を寄越したが特に何も言わなかった。
今日の天気は下り坂で、日中こそ晴れていたが日暮れ後から徐々に翳り始め、いつの間にか雨音が響き始めた。
雨脚は強くなく、討伐者活動は予定通りに実施されることになっている。
談話室の窓硝子の外側を滴り落ちる雨粒を、憂いを帯びた瞳で見詰めているミリティアさんの横顔を、俺は不躾と自覚しながらも眺めてしまった。
深い意味はないが、率直に美しいと思う。
ずっと美しくなった、と言うべきだろうか。
俺が出会った頃に比べて、最近の彼女は憂いのある表情を浮かべることが多くなった。決定的に変わったのは、おそらく学院前期の花告祭を終えてからだろう。
真剣に何かを思い悩み、憂慮するような顔を見せることも多くなった彼女だが、それが彼女という人間にぐっと深みを与えているような印象を受けた。なにもネガティブな方向性だけでなく、喜ぶことにも楽しむことにも、彼女は以前よりもずっと真剣になっていた。
これは俺の勝手な予想だが、きっとミリティアさんは物語の世界を泳ぐことをやめたのだ。
これまでの彼女が真剣ではなかったと言いたいわけではなくて、つまり、覚悟を決めたということだ。
「ミリティアさん。一つ提案をしてもいいだろうか」
なので俺は、予てより考えていたことを口に出してみる。
「いいけど……なに?」
俺の呼びかけに反応して小首を傾げる表情は、まるで無垢な幼子のようだ。
一瞬前までの憂い顔は超然とした美貌とすら言えたのに、一転してこんな無防備な表情を見せるから、この人は放っておけないと思わされるのだ。
俺は苦笑しつつ、言う。
「ミアベルに、話してもいいんじゃないか?」
なにを、と敢えて言わなかったが、他でもない俺がミリティアさんに言う時点で、きっと伝わる。
つまり、俺達が転生した人間であるということ。この世界の原作である『夜明けのレガリア』のこと。主人公ミアベルを待ち受ける困難な未来のこと。その全てとは言わないが、せめてミアベルの助けとなるいくつかの情報だけでも。
「え……?」
ミリティアさんは一瞬、『何を言われたのかわからない』とでも言いたげに目を丸くした。
それからすぐに目を伏せて「それは……」と言い淀む。
そもそも俺がミアベルにこれを伝えようとしなかったのは、ミリティアさんの判断を尊重していたからだ。何故なら原作知識を持っているのはあくまでもミリティアさんで、俺はそれを教えてもらった立場に過ぎないから。原作知識は彼女の資産であり、俺が勝手にどうこうするものではない。
勿論、だからこそ俺は俺なりに出来る範囲でミリティアさんを支えてきたつもりだし、これからもそうするつもりだ。
この提案も、その一端に過ぎなかった。
俺達が出会った当初、ミアベルにこれを伝えないことを決めた背景には、主人公というガチガチのメインキャラである彼女に原作展開を教えてしまうと、どうあがいても破綻が起きるとわかっていたからだ。
物語が予測不可能に進めば、俺達が持つ最強のアドバンテージが消えてしまうが故に。
しかしだからこそ、ことここに至ってその方針に拘泥する意味は最早薄いと言わざるを得ない。
今この瞬間が、既に原作と乖離した状況であるからだ。
それは討伐者ギルドを取り巻く不可解で不穏な事態についてもそうだし、その渦中に本来居ないはずの主人公が居るという事態のことでもある。そして後者に関しては、他でもないミリティアさん自身の行動が招いたことでもある。
となれば、ここで方針転換をするという選択肢はありだ。
ミアベルが有する異能。
『加速』と『進化』を司る時間魔法。
彼女の進化には明確な指針が必要なのだ。
戦闘者としての方向性を見定めた彼女がこの一月足らずで爆発的な成長を遂げているように、原作展開の中でのミアベルの勝利を望むのであれば、来るべき試練を教えて備えさせるというのは最高効率とすら言えるだろう。
ミリティアさんもきっとそれはわかっていて、しかし彼女がそれを選べない理由も、朧気ながら予想は出来る。
だからこそ、俺が背中を押すべきだろう。
「ミアベルは、きっとちゃんと聞いてくれると思うぞ」




