411話_side_Frederica_某所
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~"女帝の孫"フレデリカ~
ロイエンタールの討伐者ギルド支部を横合いに臨む小高い丘の上に、一つの石碑が設置されている。
これはただ二人の人間のための慰霊碑であり、同時に墓標でもある。
素朴な石碑には名前も、何も刻まれていないが、勿論私はこれが誰のためのものであるのか知っている。
ヴィクトリア・メルクーシンと、ローベルト・メルクーシン。
私の両親だ。
通常、黒い森での活動中に命を落とした討伐者の墓は、ギルドが管理している墓地に作られることが多い。魔物に殺されてしまった討伐者はそもそも遺体や遺品が回収されないことも少なくないので、死亡認定された身寄りのない討伐者をギルドとして事務的に弔うための便宜的な墓所というのが始まりだと聞くが、今となっては身寄りのあるなしを問わず、討伐者の入る墓というイメージが一般的だ。
実際、黒い森で命を落とした両親の墓標は、ギルドの墓所にちゃんとあるのだ。しかし何故か、祖母であるアウグスタはこの場所に別の墓碑を築いた。理由を祖母に訊いてみたこともあるが、明快な答えは返って来なかった。ただ、なんとなくだが、祖母は二人を静かに眠らせてやりたかったのではないかと、そんな気がした。だからこのように街並みから外れた場所に、数えるほどの人にしか所在を知らせず、墓碑を立てたのだ。
間違っても、立派とは言い難いものだ。名のある職人の手掛けたものではなく、それなりの石材を調達してきた祖母が、魔法で削って作り出したハンドメイドの墓碑なのだ。祖母の魔法の腕前もあって最低限見られるものに仕上がってはいるが、やはり素人仕事は否めない。
だけれどこの荒削りの墓碑には祖母の大きな想いが籠められていることは当時の私にも察せられたし、ともすれば隔離するような仕打ちには祖母なりの葛藤があって、何故を追求することが彼女の傷を抉ることにしかならないと理解してしまったので、以来私はこの件について訊かないことにしたのだ。
ここを知っている人間は、本当に少ない。
元々、生前の両親とごく親しい付き合いのあった人間にしか、祖母はこの場所を教えなかった。そんな人達もこの数年で一人また一人と討伐者を引退したり、活動拠点を移したり、あるいは亡くなったりして、今となっては墓参りに来るのは私と祖母くらいのものだろう。
私がここを訪れるのは、いつも決まって何か大きなことがある時。もしくはあった時だ。
初めて強力な魔物を討伐した時。
討伐者の等級が上がった時。
仲の良かった人が魔物の手に掛かり亡くなってしまった時。
私はここを訪れて、両親に話すのだ。
そして今日、私は一つの節目としてここに来た。
これから私がやろうとしている行動が、どういう結果に終わったとしても、きっと私の日常は変わってしまうだろう。もしかしたら、こうしてここに来るのも最後になるかもしれない。
両親がもしこの場に居たら、私の行動を止めるだろうか。
「……きっと、怒るだろうなー」
私にではなく、たぶん、祖母に。
十中八九、母は激怒だろう。怒髪天のまま祖母の元に殴り込んで、それを父が必死に宥めながらも宥めきれずに引き摺られていく光景が目に浮かぶようだ。そしたら祖母も祖母で意地っ張りだから、真正面から母と大喧嘩し始めるに違いない。お互い自分では止まれない人だし、私が止めてあげないといけない。私が『だめ!』と怒ると、二人ともバツが悪そうな顔になって視線を右往左往させるのだ。すると父が私を抱き上げて、『一番強いのはリッカだなぁ』と褒めてくれる。私は得意満面だった。
そんな光景がもう一度見られたら、どんなに幸せだろうか。
現実はそうではない。
母も、父も、もう居ない。
彼等がもう居ないから、あの日の祖母ももう居ない。
「だけど私は、ここに居る」
祖母は自分では止まれない人だから。
だから、私が止めてあげないといけないのだ。
墓参りを終えた私はロイエンタールの街の上層、高級住宅街に居を構える自宅へと帰ってきた。
この屋敷は祖母が建てたもので、まだ築十年も経っていない。下手な貴族の住居など凌駕するレベルの豪邸であるが、巨大クランを率いる祖母の稼ぎを思えば控えめなくらいである。
祖母がこの屋敷を建てる前、つまり私の両親が存命で『赤原同盟』がほんの十人規模の弱小クランでしかなかった頃、私達一家はもっと素朴で小さな家で暮らしていた。今の暮らしはあの頃に比べればずっと優雅で恵まれているが、あの頃より幸せかと問われると、両親が居ないことを慮外に置いたとしても、私は素直に肯定は出来ないと思う。
この屋敷は、私達にはちょっと広過ぎる。
現在、この屋敷で生活している人間は、私と祖母と、雇われの使用人が何人か居るだけだった。
帰宅した私をエントランスで出迎えてくれた家令に祖母の居場所を訊くと、書斎に居ると教えてくれた。好都合だったので、私は家令に人払いをお願いして祖母の書斎に向かった。
扉を軽く叩いてから室内に入ると、祖母は執務机に座って頬杖を突き、物思いに耽っているところだった。
最近、こうして何かに思いを馳せているような姿を見せることが増えたように思う。口さがない者はそんな祖母に対して『ボケた』だのなんだのと言うが、私に言わせればそれはまったくの逆で、むしろ最近の祖母にはかつてない凄みのようなものを感じていた。
私が知る祖母の姿の大部分は、巨大クランを率いる歴戦の討伐者というものだ。故に彼女は、あるべき姿として常に相応の余裕と風格を背負っていた。ここ最近の彼女が纏う尖った雰囲気は、きっとそんな役割としての仮面を取り払った、女帝ではないアウグスタ・メルクーシンという戦士の顔なのではないかと私は思う。
「おかえり、リッカ」
祖母は入室した私に一瞥をくれると、短くそう言った。
私は祖母の机の前まで進むと、傍のソファに腰を下ろすことなく、立ったまま彼女と向かい合う。
「ただいまー、おばあちゃん。ママ達のところに行ってきたよ」
「そうかい」
祖母は口元だけで笑った。
だから私も笑い返す。
「今度は何を話してきたんだい?」
「うん。私がおばあちゃんを止めるよ、って」
私が言うと、祖母は頬杖を突いたまま、口元に笑みを浮かべたまま、もう一度「そうかい」とだけ言った。
私は小脇に抱えてきた封筒を、祖母に手渡す。
祖母はそれが何かを訊くことすらせずに受け取ると、無言で封筒の中身を取り出して、その書類に目を通し始めた。
この書類は私達の調査の結果をまとめたものである。
一応、私が旗振り役となってナタリーを始めとした賛同者達の協力を得て、ここ最近の一部のクランメンバーの不穏な動向について調べていた。相手の周到さもあって長らく足踏みを強いられていたが、事態が大きく動いたきっかけは先日の『はぐれサラマンデル』の一件に付随して発生したとある事件。当時『パンドラ』に所属していたヒューゴという討伐者が、私のパーティーメンバーであるシトロンを溶岩流に突き落として殺害しようとしたあの件だ。
彼の所業は決して許されないし認められたものではなかったが、しかし彼の供述が状況を大きく動かしたのもまた事実。これは余談だが、あの件は背景の不透明な事情も相俟って、必ずしもヒューゴ一人が一方的な加害者とは言い切れないところがあったので、彼の処遇に関してはその辺りの事情が勘案されて多少の酌量が加えられているはずだ。
それともう一つ、無視出来ないファクターがあって、何かというとロイの協力である。
ロイことレックス・モラン・コーリッジの協力を得られたのは私にとって本当に幸運であった。レックス自身も大概優秀な人間であるようだが、恐ろしいのは彼本人ではなく彼の直属の従者であるダリオさんだ。異性の心を解かすのが悪魔的に上手いダリオさんの手管がなければ、私達の調査は今も暗礁に乗り上げたままであったことだろう。あまりにも一点特化型の局地的天才であるダリオさんの技能が、今回のこの件においては奇跡みたいなマッチングを果たして、順当な結果として大活躍してしまったわけだ。
つまり。
彼の調査協力の元、私達はついに元凶と呼べる一人の人物に辿り着いていた。
「なるほど……」
書類を最後まで読み終えた祖母は、それを机上に置くと、緩く長い息を吐いた。
そして、感情を排した平坦な声音で言う。
「裏で糸を引いていたのは、クルエラか」
クルエラさん。
クルエラ・バルトリという名の女性は『赤原同盟』においては幹部の一人に数えられる人物だ。古株の中では比較的若いほうであるが、確かな実力と、女帝への揺ぎ無い忠誠心を有する優秀な人だった。
祖母もクルエラさんを可愛がっていたし、在りし日の母とも仲が良かった。私もたくさんお世話になったし、よくしてもらった。
極め付けに疑いたくない相手だが、しかし調査の結果は、あらゆる線が最終的にはクルエラさんの関与を指し示すのだ。
祖母は瞑目し、長く、長く沈黙した後、呟く。
「知ってた」
「……と、言ったら驚くかい?」
祖母の問いに、私は静かに、何も答えなかった。それこそが何よりも雄弁に、彼女の問いに対する回答である。
そもそもの話をすれば、クルエラさんは最初から一番怪しい立場に居たのだ。それはヒューゴの供述に出てきた実行犯三人が、揃いも揃ってクルエラさんのパーティーに所属していたから。
しかしながら、その情報を知った当初、私はクルエラさんの関与を否定したし、ナタリーもそれに同意を示した。それはクルエラさんという女性の人間性に対する信頼故でもあったが、それ以上に、それなり以上にクルエラさんと親しくしていた事実がある私やナタリーは、よく知っていたからだ。
クルエラ・バルトリという女性が、どれほどまでに女帝、つまり祖母を信奉しているのかを。
彼女には、祖母のためならば命すら惜しまないのではないかと思わされるような鬼気迫る忠誠があったし、そしておそらく事実として、クルエラさんは祖母のためなら迷いなく死んでみせるだろう。彼女は若い時分に路頭に迷って死にかけていたところを祖母に救われた経緯があるらしく、若干行き過ぎたほどの忠誠心は命の恩義に由来するものだった。
だから、私もナタリーも、こう思った。
あのクルエラさんが、祖母の意にそぐわないことなどするはずがない。
そうなるくらいなら、自決することを選ぶような人だ、と。
だがその後も調査を続けるほどに、ダリオさんの手管もあって断片的な情報が徐々に出揃ってくるに従って、クルエラさんに掛かる嫌疑は大きくなっていき、拭い難い違和感となって立ちはだかった。
だって、クルエラさんはとても優秀な人なのだ。強いて言えば対人コミュニケーション能力に若干の難があると言えなくもないが、それを歯牙にもかけない程の実力と実績がある。
故に、おかしいのだ。
パーティーメンバーに実行犯を三人も抱えていて、即ちパーティーの半数が不埒者であるという状況に、果たしてあのクルエラさんが気付かないなんてことがあり得るのだろうか。
この疑問に対する答えは、簡単だった。
前提を一つ変えるだけで、すべて説明がついてしまう。
つまり、これが、そもそも――――女帝の意にそぐわない行為、ではなかったとしたら?
今日、この時。
私達はついに元凶と呼べる一人の人物に辿り着いていた。
黒幕はクルエラさん――――ではない。
「元凶は、おばあちゃん……
『赤原の女帝』アウグスタ・メルクーシン――――貴女です」




